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ー…天におられるわたしたちの父よ
み名が聖とされますように。
み国が来ますように。
みこころが、天に行われるとおり
地にも行われますように…ー
大きな木々が鬱蒼と生えた森の奥まで僕達兄弟は逃げてきた。そこで見付けた古びた小屋でひっそりと暮らしている。
生活感のない白い部屋。窓から小鳥のさえずりを乗せた心地よい風が流れ込んでくる。
ここまで来れば誰にも見付からないだろう。
それでも不安になって僕は兄の手を離す事が出来なかった。
「もう大丈夫だよ、ウィツ。もう誰も追ってくる奴はいない」
ルイは優しく僕の髪を撫でてくれた。
僕にとって彼だけが信頼出来る相手だった。
「ウィツ、俺は絶対お前を見捨てたりはしない。例え血が繋がってなくても、純血のエルでなくてもいい。俺のたった一人の大切な弟なんだ」
僕はディオ(神)に愛されるべき種族、エルじゃない。エルと敵対しているダルクとの混血だ。
汚れた血の流れた僕を殺そうとエル達が僕を捜している。
「ルイ、母さんは父さんの様に処刑されたりしないよね。ダルクはとても残酷で恐ろしい種族なんでしょ?だから父さんは殺されてしまったんだよね」
「母さんの罪は許されないかもしれない。でもウィツに罪はないよ、神様だってきっと分かってる」
ルイは優しく微笑んだ。
いつか、エルとダルクが共存できる世界になればいいのに…
実現しないことは分かっていたけれど
僕はそんな世界を夢見ていた。
ー…コンコン
誰かがドアをノックする音がして僕は恐くなってベッドの下に隠れた。
息を潜めてルイを探すとドアを開けてその誰かと会話をしているのが分かった。
「この部屋、使い心地はどう?」
「ありがとう、シエナのお陰で久しぶりにゆっくり眠れそうだよ。色々と巻き込んじゃってごめん」
「ううん、それより彼は大丈夫なの?」
すると、ルイが僕を呼ぶ声がした。なかなか出てこない僕にルイは、大丈夫だよと手を差し伸べた。
「彼女はシエナ。俺の幼馴染みでこの隠れ家を見付けてくれたのも彼女なんだ」
「初めまして、ウィツ。少しほこりっぽい部屋でごめんね。食料も買ってきたから好きなときに食べて」
「………ありがとう」
僕はルイの後ろに隠れながら小さな声で言った。
「そんなに恐がらなくても平気だよ、シエナは俺達の味方だ」
いつも僕を安心させる為に無理して笑ってくれているルイが、彼女には自然な笑顔を見せていた。
決して表には出さないけどルイも本当は不安なんだ、頼れる誰かがいないと…
僕はそう思い、一歩前へ歩み寄り彼女の顔を見上げて微笑んだ。
「綺麗な瞳だね」
彼女はそう言って僕の髪を撫でた。
その言葉に僕は動揺を隠せなかった。爬虫類のように縦に貫く瞳孔はダルクの特徴である為、エルでは悪魔の瞳とか呪われた瞳だとか言われている。
自分でもこの瞳が大嫌いだから、つい下を向いてしまった。
「ウィツ、部屋戻っていいよ」
僕は彼女に手を振ってその場から逃げるように部屋に戻った。