柑子色の前奏曲(プレリュード) 6
私は太陽属星に生まれたことが喜ばしくも恨めしくもある。太陽に生まれなければ、私は「あの人」とも、アイツとも、"あの子"とも、『あの男』とも出逢えなかっただろう。彼等に出逢えなかった人生なんて想像もしたくない。
しかし、もし私が太陽に生まれなければ、彼等に出逢わなければ。………そんな事を考えてしまう時がある。「あの人」が私を拾わなければ、彼はもっと自由だったかもしれない。アイツが私を慕っていなければ、アイツが傷付く事はなかったのかもしれない。"あの子"の住む森に私が行かなければ、彼女は今でも彼処で静かに暮らせていたかもしれない。私が犯罪ギルドに目をつけられなければ、『あの男』をあの場所に縛り付けることはなかったかもしれない。私が、私が、私がいなければ。
(…………でも、やっぱり)
それでも私にとって、彼等に出逢えた事は何よりの幸せだった。彼等は私に沢山のものを与えてくれた。だから私は、彼等に何も返せないまま犯罪ギルドで一生利用されるだけの人生を送る訳にはいかないのだ。Ifなんて考えたって過去は変えられない。考えるべきなのは、未来の事だ。これから私がどうしていくのか、どうしたいのか。私はこのギルドで……光の象徴である「Sun&Moon」で、闇を祓う術を学びたい。強くなりたい。私の大切な人達に、大好きな彼等に恩返しができるようになりたい。それが私がここに来た理由だった。
「私は『獅子の森』と呼ばれる森で育ちました。まだ赤ん坊の頃、私はその森の深部に置き去りにされていたそうです。「あの人」はそんな私を拾い上げ、7つまで育ててくれました。私は彼から言葉や魔法を教わり、父と慕いました。でもある日突然「あの人」は、父さんは、まるで初めからいなかったかの様に忽然と姿を消してしまったのです。私には弟分がいました。それは父さんの友人から預けられた子でしたが、何年も一緒にいたので姉弟のようなものです。魔法を共に学んだ仲でもあるので弟弟子というのも間違っていないかもしれません。とにかくそんなに年の変わらない幼い私達は二人だけで暮らすのも心細く、呆然と父さんの帰りを待ち続けていました。
そんな時、私達の元に一人の魔導士が現れました。彼は炎の魔法を極めており、その根源である太陽属星の私を自分の元に迎えたいと言ってきたのです。しかし私は父さんの帰りを待ちたかった。それにシンを……弟分を置いていく訳にも行かなかった。なので私はそれを断りました。しかし私は彼の本質に、『迎えたい』という言葉の意味に気が付かなかった。気が付けなかった。魔導士は呪具を用いてシンに呪いをかけました。奴はシンを人質に、従わなければ弟を殺すと、お前の目の前で拷問し出来る限り残酷に殺すと言ったのです。幼い私はその魔導士に敵わなかった。そいつは一つのギルドを束ねるマスターでした。………私はその男に従うことを決めました。強くなって、いつかアイツを、シンを助けるんだと。そう決めたんです」
私は左腕をギュッと痛いくらいに強く握った。ここには憎々しきあの魔導士が治めるギルドの焼き印が刻まれてある。まるで奴隷の烙印だ。これを捺されて何年も経つが、未だに時々ジクジクと痛む。私があの魔導士の奴隷であることを示すかのように。
「………私は犯罪ギルド『frame eye』の一員です。ギルドマスター・フライアの命で、今まで幾つもの罪を犯してきました。きっと私の一生では償いきれないくらい。人の命を奪ったことも、何度もあります。そんな人間を容易に受け入れて貰えるとは思っていません。でも、でも……シンを、アイツを自由にしてやりたい。フライアの好きになんか、させたくない。今の私の力はまだ到底フライアには及びません。だから、もっと強くなりたい。闇の力に打ち勝つ光が欲しい。ここなら、きっと強くなれると、フライアを倒せる力を手に入れられると、そう思ったんです。――――お願いします、私に力をください。私を強くしてください。おねがい、します…………」
「……………『煉獄の独唱歌』」
「っ!!」
「『煉獄の帝王』の、帝王の為の死の歌姫……貴女のことね?」
『煉獄の独唱歌』、それは私に付けられた二つ名だった。いつ誰が付けたかもわからない、私にとっては不名誉な名前。フライアの為の、だなんて反吐が出そうだ。首を縦に振って肯定する。ミネルヴァは何かを考え込み、暫くして私に目を向けた。
「貴女がギルドを離れてしまってよかったの? 人質の弟分くんは無事なのかしら」
「………シンは火星属性の魔導士で、それに通常よりも魔力が高いんです。そこをフライアに気に入られているので、私が離れたことでアイツに危険が及ぶことは恐らくもう無いでしょう。でもフライアは最近何かを企んでいる、そしてそれにシンを利用しようとしている。のんびりはしていられない……そう判断しました」
「そう、そう………成る程」
ミネルヴァは再び何かを思案し、やがて立ち上がる。カツン、とヒール音が響きふわりと魔方陣が消えた。
「アリア・レイティス」
「、はい」
「左腕を見せて頂戴」
理由は全くわからなかった。それでも握りっぱなしにしていた左腕を離し、ミネルヴァに差し出した。袖をぐいと捲くられ焼き印が露になる。ミネルヴァはそれを見て少し目を見開き、そっと指で撫ぜながら「………痛かったでしょう」と囁く様な声で言った。魔力で捺されたものとは違い本当に焼かれたものなので、この烙印が消えることは二度とない。それでもミネルヴァはそこに手を重ね、魔力を込めた。
「治すことはできないけれど、それなら少しはマシでしょう?」
「これ……」
離れた手の下に烙印は変わらずあった。しかしその上から被さるようにあったのは太陽と月をモチーフにしたマーク。ギルドメンバーのみに刻まれる、「Sun&Moon」の紋章だった。
「貴女を『Sun&Moon』のメンバーとして認めます。ようこそ、新しい家族」