柑子色の前奏曲(プレリュード) 4
「あらあら、驚かせてしまったようね」
「びっくりしてるねー成功だねー!」
「成功だねーうれしいねー!」
そう言いながら先程の様にぴょんぴょんと跳び跳ねる双子。少女はそんな二人にも驚きの声を上げ肩を揺らした。
浅葱色の髪、濃いブルーと薄いブルーのオッドアイ、青い髪飾り、水色のワンピース……と全体的に青い少女。私と同じくらいの年だろうか。驚きの声は止んだが挙動不審な動きは直っておらずシャカシャカと謎の踊りを踊っている。
「えっと、……ぁあの! 今のは、その、何が起こったんですか……!?」
「彼等の魔法よ。私が貴方を此処に案内するように頼んだのだけれど……この子達は人を驚かせる事が大好きでね。それでつい人が驚く様な方法で何かをしてしまう癖があるの」
「おねーさんをびっくりさせたかったのー!」
「びっくりしたから成功なのー!」
ぴょんぴょん、ぴょこぴょこ。双子は寸分もタイミングを狂わせる事無く、交互に跳び跳ねたまま各々の立っている位置でくるくると回り始めた。彼等のテンションメーターは視覚的で非常に分かりやすい。
青い少女は「ま、まほう……」と噛み締める様に呟き表情を綻ばさせた。
「トルさんもポルさんも、魔導士さんだったんですね!」
「そうだよー魔導士さんだよー!」
「おねーさんも魔導士さんなのー?」
ここで双子は一旦止まり、青い少女の方を向いて首を傾げた。トルは右に、ポルは左に。傾けた角度も揃っていてまるで鏡に写っている様だ。
「私は、えっと……使える魔法はほんの少しだけなのですが、それでも魔導士を名乗っても良いものなのでしょうか……?」
「魔法がつかえたら魔導士さんなのー!」
「おねーさんも魔導士さんなのーいっしょなのー!」
そう言うと今度は少女の周りを走りながら周り始める双子。あんなに動き回っていて疲れないのだろうが。元気なものだ。
そんな彼等を見ながらずっとクスクスと笑っていたミネルヴァだったが、不意に座っているカウンターチェアを回し少女の方へ向き直った。
「そろそろ貴方の用件も聞こうかしら。名前も教えて?」
「は、はいっ! ソラ・スノードロップです。わた、私は……えっと、このギルドに入れて頂きたく参上仕りましたでしゅっ!!」
ミネルヴァに話し掛けられた途端ガチガチに硬直し何故か言葉遣いも可笑しくなる少女――――ソラさん。先程からのおどおどとした態度からも察するに、緊張しいなのだろうか。本人は言葉遣いの方には気付いているのかいないのか「か、噛んじゃった……」と顔を赤くしていた。
「そう。貴方も加入希望ね、わかったわ。では……アリア・レイティス、ソラ・スノードロップ」
「はい」
「は、はいっ」
「今から貴方達には面接を受けて貰います。私と一対一。難しく考えなくていいわ。貴方達の使う魔法、このギルドへ加入する志望動機………そんなものを教えて欲しいだけよ。まずは先に来たアリアから。ソラは少しここで待っていて頂戴」
「わかりました。宜しくお願い致します」
「了解です、宜しくお願いしますっ!」
ミネルヴァに連れられて、私は別室に案内された。ギルドの酒場からは少し離れた筈なのに喧騒はここまでも届いている。本当に賑やかな場所だ。
「煩いでしょう。ギルドメンバーは皆良い子達ばかりなのだけれど、少しお酒が入ると一気に騒がしくなるの」
「………建物に入ってきた時は少しびっくりしました」
「いつもあんなに呑んでるのに皆すぐに宴会を開きたがるのよね。きっと貴方達が加入しても宴だ宴だ、酒を用意しろって言い出すわよ。呑みたいだけなのよ。元気なのは良い事だし喧嘩さえしなければ私は構わないのだけれど」
私もお酒は好きだし、とミネルヴァは笑いながら私に椅子を進め、自身もその向かいに座った。
ドレスの裾をふわりと持ち上げて足を組みながら微笑むミネルヴァ。
(……あ、まただ)
先程の様に喧騒が遠退いて感じる。ミネルヴァはトル&ポルが現れた時やソラさんがいる時にはこんな空気は出していなかった。彼女がプレッシャーを放つのは私と向き合った時だけ。
もしかして、警戒されているのだろうか。プレッシャーを掛ける事で私を怯ませて下手な行動が取れない様にしている……そんな感覚。私が犯罪ギルドに属していた(正確には逃亡しただけなので現在も属している事になっている)人間だと彼女は気付いているのかもしれない。元より私はこのギルドにどうこうするつもりは無いのだが、そうだとしたら警戒されるのも無理は無い。私は左腕を服の上からギュッと握り締め、粟立った背中を誤魔化した。
「さて。じゃあアリア、まず貴方の魔法を見せて?」
「………わかりました」
ミネルヴァのふっくらとした唇から紡がれた言葉に、慎重に返す。今更ながら別室に移動した理由に察しが付いた。このギルドに潜入し内部から崩そうと企む者もいるのだろう。そういう者達をギルドマスター、ミネルヴァによる絶対審判で裁くのだ。仲間達から離して、彼女自らの手で。
『断罪の哲学』……ミネルヴァ・ユーストゥスの持つ二つ名だ。仲間に害を為したもの全てを悪とし、敵とみなし、断罪する女神の哲学。ギルドに害を為すと判断された場合どうなるのか、全く想像が付かない。少なくとも私は彼女に勝てる気がしない。それどころかまともにやり合える自信すら無い。だから慎重に、慎重に。
認めて貰うんだ。あの闇から這い上がる為に。