少女
静けさに包まれた部屋の中、僕一人だけが残っていた。
職員室という教員達が支配する空間、それを今僕は独り占めにしている。
だが、独占したくてこうやって夜中に一人学校に残っているわけではない。やるべき事
が多すぎるのと、それを効率的に処理する頭と手が足りないせいだ。
明日の授業の用意。日々の日報。テストの採点。どれも事務的なものでありながら必須の作業。
だが手を抜く訳にはいかない。特に直接生徒に関わるものであればなおのことだ。
授業一つとっても、いくらでも手を抜こうと思えば抜く事は出来る。しかし、それは大人の僕らが絶対にしてはいけない事の一つだ。
伝える事の出来る者が、しかるべき事を伝える。いずれ大人になる彼らの為に、僕らが教師が頑張る必要があるのだ。
「ふう」
と、意気込む気持ちはいいのだが、体の疲れは貯まる一方。
どうしたものか。まだ三十手前。若者と呼ぶには躊躇する歳になってきたが、おじさんと呼ばれるほど老いてはいないと自分では思っている。
「んー」
――いや、ダメだな。
撤回。僕はおじさんだ。疲れには逆らえない。
そうと決まれば、僕は机の上に広げた書類やらなんやらをさっさと片付け職員室を後にした。
暗い学校。
小さい頃の自分だったら思わず縮み上がるような闇が広がっている。
だがそれも慣れたものだ。今となってはこの暗さの方が馴染み深いし落ち着きすら覚える。それがいつもと同じただの暗闇であればの話だが。
――おや?
下駄箱に向かおうと体を向けた廊下の先に、ぽつんと何かが立っていた。
小さな人影。
――生徒か?
どうも子供のようだ。だがこんな時間に何をしているのだろう。
僕は訝しがりながらも影に近付いていった。
子供らしき影は動かず、その場にじっと立ったまま微動だにしない。
近付く程に影はくっきりと輪郭を描き出し、やがてそれが少女である事が分かった。
――……まさか?
影を見た瞬間から思っていた事がある。
夜の学校。現れた少女。
もしやという思いがあった。
少女と僕との距離は、歩幅五歩程度までに近付き、僕は一度そこで足を止めた。
月明かりに映る青白い肌。ざんぎりおかっぱの黒い髪。
――これは、ひょっとするかもな。
とはいえ、僕はまだ慣れてる方だ。これが初めてじゃない。そういう事は何度かある。
だからこれは、たまにあるちょっとしたいつも通りなのだ。
そう思いながら、僕は少女に優しく話しかけた。
自分の気持ちを悟られないように。
「君、こんな時間にどうしたの?」
多分この子は、幽霊だ。