第四話 決心と別れ
すみませんめっちゃ遅れました!!!最初の方がかなり難産でした!!!
前回のあらすじ:王女と攫われました
ガタ・・・ゴト・・・と体が小刻みに揺られるような感覚を受けて俺は目を覚ました。と、同時に背中を刺すような痛みに襲われて声を上げようとしたところ、口に轡をかまされているせいで声も満足に出せず、うめき声だけが漏れる。そのことを漠然と認識しながら無詠唱で回復魔法を行使して背中の傷を癒す。・・・よし、落ち着いてきた。周りを見渡すとどうやらここは馬車の荷台らしくいろいろな箱が置いてあった。
・・・と、近くで「んーんー」とうめき声がするので見てみると、そこにはローズがいた。手足を縄で拘束されている・・・ロリ。あかん、これあかんやつや。助けに行こうと思って立ち上がろうとしたときに自分もまた同じように拘束されているのを思い出して、そんな自分にため息をつきながら無詠唱で小さいかまいたちをカッター代わりにして縄を切って脱出。そして、『静寂結界』を張ってからローズの縄をほどいた。
「ケイン!!」
その瞬間、ローズは大声をあげて俺へと抱き付いてきた。・・・まったく、最初に『静寂結界』を張っておいて正解だった。・・・と思ったが世の中そんなに甘くないらしい。馬車はすぐに止まって、後ろにかけてある日よけの布は取り払われ、男が覗き込んできた。
「なっ!」
その男が言葉を言う前に俺は無詠唱で土杭の魔法を発動する。すると男の背後の地面の土から杭のようなものが出来上がり、それが男の方へと飛んでくる。それは男の四肢を貫いた。ブシュッと飛び出る鮮血とプンと匂う鉄のにおいに俺は吐き気がしたが、『気配感知』の魔法を使って、あと一人の気配を探す。・・・だが、見つからない。
どこだ・・・と思ったとき背筋に嫌な感覚が走り思わず嫌な感覚が走った方へと『風刃』を飛ばしてしまった。ブシュッと、何もないはずの空間から赤い液体が噴き出す。・・・そして、じわじわと景色から浮き出すかのように黒ローブの魔法使いが姿を現した。フードの下から見える口が「ウソだろ・・・」といってるかのように口をぱくぱくとした後、どさりと倒れる。再度、『気配感知』を使用すると生命反応は、ローズの分を除いてなかった。・・・そう、生命反応は俺を除き二人分しかなかった。
その瞬間、俺は胸をつくような不快感を覚えた。それと同時に気持ち悪さも。人を殺した・・・そんな感覚が頭の中でフィードバックされる。
ぐるぐる・・・と頭の中を回る嫌悪感。俺は人を殺した。その言葉が何度も脳裏に浮かぶ。思わずへたり込んで手のひらを見る。
「・・・ぅ」
その手は、まるで血に染まってるように赤く見えた。人を殺した。お前は人を殺したんだ。そんな叫びが俺の頭の中にこだまする。
「・・・ぅ、ぁ・・・おえっ・・・」
なんで殺したんだ、という自分への嫌悪感で頭がいっぱいになって、人殺しは死ねという自分自身からの蔑みで胸がいっぱいになって腹の中をぶちまけた。だが、その時俺は背後から抱きしめられた。
「・・・良い。私がゆるす」
「・・・ローズ?」
「ケイン。私をまもるためによくぞ・・・やってくれた。大儀だった」
背中から聞こえる声は震えていながらもどこか心強かった。その暖かい言葉に俺は涙を流した。・・・泣きわめいた。
「・・・いくらでも泣きさなさい。あんたには泣く権利がある」
「・・・ぅ、ううぅ・・・」
「・・・すっきりするまで泣きさなさい。それまで私が抱きしめてあげるわ!」
彼女だって辛いだろう。だって、彼女は王女とは言えまだ七歳。なのに、それでも俺の心中を慮って抱きしめてくれている。彼女は強かった。それを実感して俺は泣いた。
彼女に比べればまだ、俺など子供だ。たかが前世の記憶を持っているだけだ。俺は自分の情けなさを思いながらも泣いた。彼女の暖かさに泣いて、決心した。
・・・誰も殺さないで済む力を持とうと。
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しばらくして泣き止んだ俺とローズは死んでいない方の男を連れて家に着いた。ローズはサヴァンを連れて奥に行って、俺は安心感から倒れこみそうになったが、まだ俺の仕事は終わっていない。踏ん張ってこらえた。
「・・・ケイン、何かあったんだな?」
「・・・はい」
普段の陽気な声とは別人のような低い声がガランドから出た。思わず下を向きそうだったが、頑張ってガランドの目を見る。彼は・・・とても真剣な目をしていた。
「・・・説明しろ」
「・・・はい。僕とローズが空き地で遊んでいると二人組の男が現れて、僕たちをさらいました」
そういって、俺はちらりと後ろを向く。そこには、四肢を土の杭で貫かれたままロープで縛られている男の姿があった。
「・・・一人しかいないようだが、あと一人はどうした?逃げたか?」
「殺しました」
ガランドの問いかけに俺は即答した。殺した・・・という言葉に限りない気持ち悪さが胸の中に浮かんだ。だけど、こうもしないと・・・心が壊れそうだ。今でも喉の奥に酸っぱさを感じる。だが、それは我慢した。事は、二人の子供が浚われた・・・などという話では済まないのだから。
「・・・そうか。死体はどうした?」
「埋めました、深くに。・・・一応、魔法研究ギルドのメンバーだったらしく、メンバープレートを持っていました」
そういって俺はガランドの前にそのメンバープレートを差し出す。ガランドはそれを受け取って眺めた。
このメンバープレートというのは簡単に言えば運転免許証のようなものだ。身分証明書になるし、自身の取っている免許のようなものも記載されている。これによると、あの黒ローブの男はジリ・リリルという名の下っ端魔法使いらしかった。
魔法研究ギルド、通称魔研は、魔法を扱えるもの、つまり魔法使いだけで構成されたギルドである。その活動は、魔物討伐などの冒険者のような内容から新魔法の開発などと多岐に渡る。また、所属員は全員ランクで管理されてりうらしく、下はEで上はSらしい。貢献度や、使える魔法によってランクは上昇していくらしい。つまるところ、さっきの男は、悪い言い方をすれば組織にとってはとるに足らない男だった、ということだが、それで俺の殺人への嫌悪感は薄まるわけではない。
ややして、ガランドは今度は俺の後ろへ目を向けていった。
「・・・で、そっちの男は何だ?」
「わかりません。僕はただ連れ帰ってきただけです。自警団とかにでも渡してください。・・・僕はもう、この男の顔を見たくありません。・・・あとはお願いします」
そういって俺は奥へと向かう。
「ケイン、どこへ行くの?」
「・・・部屋」
心配そうに声をかけてきたエレナにぶっきらぼうにそう告げて俺は部屋に入った。
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「ねえ、あなた」
ケインが立ち去ったあと、エレナはガランドに声をかけた。すると
「・・・何だ、エレナ」
少し硬い声音でガランドは答える。その眼は先ほど立ち去ったケインの自室へと向けられていた。
「・・・もう少し、優しくしてもよかったんじゃないかしら?」
エレナがそう言うと、ようやくガランドは彼女に目を向けた。その顔は疲れ切っていて、まるで一気に十歳くらい年を取ってしまったかのようだった。
「ああ・・・、そうしたいのはやまやまだったが、ケインは・・・歴戦の冒険者、いや、一人前の大人を相手にしているような気分にしてくれたんだ。あいつは本当に俺の息子なのか・・?」
そう弱弱しく己の内心を吐露するガランドにエレナはフフフと笑って彼の頬にキスをする。そして、彼女は言った。
「ガランド、私の家を覚えてる?」
「・・・ああ、当たり前だ。そのことでお前の幸せを奪ってしまったんじゃないかって今でも不安になる。・・・本当に」
「ええ、大丈夫よ。私にはあなたがいるもの。あなたがいる生活が私にとっての幸運なのよ?・・・まあ、それはさておき、実は私は実家で疎まれていたのよ?」
「…?可愛がられていたの間違いじゃないか?現に、君を貰い受けますと挨拶に行ったらあの家は激怒したじゃないか」
「ええ、そうね。でも子供のころは、姉や兄より物覚えがよく、魔法の習熟も早かったから不気味がられていたのよ・・・そう、ケインみたいに」
「・・・俺は・・・別に・・・」
ガランドはエレナに反論しようとしたが、その前に彼女は自分の人差し指を彼の唇に当てて黙らせた。
「そうね。でも、どこか心の片隅ではそう思ってたのかもしれないわよ?さっきだって、あいつは本当に俺の息子なのか・・・とかね?」
「・・・」
「そして、そう思ったら最後、その子供は愛されなくなるわ。・・・そう、私のようにね」
そういって、エレナは窓の方へ歩いていき、窓の外を見る。緑が広がる田舎の村らしい光景が広がっていた。
「でも、私は、そんな思いをケインに抱いてほしくないの。私は愛をあなたからもらったわ。それをケインにも教えてあげたいの」
ジッとガランドはエレナを見ていた。そんな彼に彼女は再び、微笑んだ。
「あの子は他の子より早熟で、賢い子よ。それに少なくとも魔法は私よりも才能がある。だからこそ、私は一層あの子がいとおしくなるし、守ってあげたくなる。・・・これが私の愛ね」
そういって、エレナは歩いていく。ケインの元へ。それを見てガランドは口を開く。
「・・・エレナ」
それにエレナはぴたりと立ち止まる。そして、しばらく間が空いてから彼はつづけた。
「ケインは俺たちの宝だ。・・・俺たちが守るぞ」
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コンコンとノックされる。その音に俺は、沈みかけてた意識が覚醒していくのを感じた。
「ケインー?ちょっといいかしら?」
そして、エレナの声がした。俺は、返事する気もなく、ベッドの上で魔法を使う。中級風魔法の『伝言』だ。その中に承諾の言葉を込めてエレナへと送った。そして、エレナは部屋に入ってきた。
それから、彼女は俺のベッドへ近づいてきて俺を抱きしめた。全身を柔らかく包み込む暖かい感触。それはまるで冷え切った俺の心に沁みわたるように感じた。
「・・・いいのよ、ケイン。今日のことは仕方なかった。あなたはね、王女様を守ったのよ。誇りに思いなさい?・・・たしかに人を殺すのは駄目なことよ。でもね、あなたはそうしないと助からなかった。そして、王女様も助けることができなかったのよ?」
この、俺のいたところよりはるかに命が軽い世界では、過剰防衛なんてない。殺人者に対してのペナルティは死刑であるし、盗賊なんかの殺害はむしろ推奨されている。
だけど、だからと言って、皆がたやすく同族を殺せるかといえばそうではない。最初から、息をつくように人を殺せるものとて、最初は戸惑っただろう。だけど、俺には無理だ。二三十年と費やした年月の道徳心はそう簡単に消えない。
だから、こそ、彼女の言葉は心に沁みわたり、俺は涙を浮かべる。二回目だ。俺は、こんどは暖かい母親の胸で泣いた。そして、彼女は俺が泣き終わるまでずっと俺の頭をなでてくれていた。
「・・・母上」
「なに、ケイン」
「・・・ありがとうございました」
「いいのよ。子供は親に甘えるものよ?」
「・・・はい」
「じゃあ、泣き疲れたでしょう?もう寝なさい。私が見ててあげるわ」
その言葉を最後に、俺は意識を失った。
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「うぅっ・・・グスッ・・・」
「・・・ローズ殿下、大丈夫ですかな?」
「・・・ええ、だいじょうぶよ。ありがとう、じい・・・」
ラーデンス家二階の客室でローズはサヴァンに泣きついていた。・・・客観的に見ればどこか犯罪臭がしそうだが、当人たちにそんなものはない。彼女は恐怖故に泣き、彼は保護者故にそれを受け止めただけであった。
彼女は大声で泣くことによって、恐怖やを振り払う。・・・そして振り払った先には二度も自分を救ってくれた、年下の男の子の姿が浮かぶあがった。彼とともにありたい、彼の隣に並び立ちたい。だけど、今のままの自分では・・・。そう思った彼女は覚悟を決めた。
「・・・じい、私のお願い聞いてくれる?」
「ハッ、このじいめになんなりとお申し付けください」
「・・・私、アルザス家へ行くわ」
「は、アルザス家でございますか?しかし、あの家は・・・」
「分かってるわ!でも、それでも行くの!!」
アルザス家。それはこの王国の侯爵家であり、王家を初代から陰ながら支えてきた家である。それに軍事力にかけては他の追随を許さないほどの家であり、この家に表立って立ち向かおうとする貴族はいない。それに王族でも無碍にできないほどの影響力を有していた。それに、この家はどんな者も門弟として受け入れ、彼らは平等に扱われる。たとえ平民でも、犯罪者でも、この家の門下生の間はいかなる圧力をも受け付けない。そのため、犯罪者が一時しのぎに入ってくることもあるが、大抵はその目的も潰える。中で犯罪を起こそうものなら容赦なく叩きのめされてから憲兵に突き出され、しかも門下生としての修業はかなりの荒行で結局は逃げ出して牢屋に入るものもいる。
そのため、ローズの避難先としてはかなり高得点ながら、その修業をローズが受けたがらない(仕方ないが)のでこちらへ来たのだ。それを彼女はやはり、あの家に行くという。
「殿下、本気でございますか?」
「・・・ええ」
泣きはらした赤い目をサヴァンは静かに見つめ、何かを悟ったかのようにため息をつく。そして、
「わかりました」
そうとだけ言って、彼は己が主に従うことにした。
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あくる日、俺はいつもより遅めに目覚めた。予想以上に疲弊していたようだと思いながら居間へ向かうと違和感を感じた。・・・エレナだけがいた。
ローズなら寝坊でもまだわかるが、如何にもできるといった執事のセヴァンが寝坊することなどありえないし、親父はこの時間はまだ、庭で素振りをしているはずだ。なのに、庭の方から素振りの掛け声は聞こえない。ためしに『気配感知』を使うと、ここには俺とエレナしかいなかった。ぐんぐんと範囲を広げていくと、森の入り口あたりに、三つの生命反応を感じたことによって俺は察した。
「・・・ああ、ローズは帰ったのか」
「あら、分かっちゃったかしら?『気配感知』?」
「ええ、森の入り口付近に反応がありますね」
「そう・・・。ああ、パパから伝言よ、『しばらく帰ってこれない』って」
おそらく、彼らの関係のことだ。護衛としてガランドはついてったのだろう。そのことに俺は無力感を感じてしまった。
「こらっ!」
その時、急な怒声に俺はびっくりした。そして、声の方を振り返るとエレナだった。
「あのね、ケイン。あなたはまだ二歳児でしょ。そんな子供が、家督争いとかに顔を突っ込んではいけません。こういうのは大人の仕事なのよ」
「・・・でも、昨日僕がちゃんとローズを守ってれば・・・」
「だから、それが大人の仕事なのよ。子供が安全であれるようにするのは大人の仕事。・・・むしろ、ごめんなさい、あなたたちを二人きりにして危険にしたのは私たちの方よ」
俺はコクコクと頷きながらエレナの顔を見る。彼女はたしか現在二十歳のはずだ。前の俺より年下ではあるが、紛れもなく大人だと俺は思った。
またしても、俺は決心する。俺は、本当の意味で『大人』になってやる、と。前世では無為に年を重ねるだけだったが、今生は、絶対に無駄にしない・・・と。
さしあたっては・・・
「魔法を極めようかな・・・」