第十六話 眼帯男との闘い
前回あらすじ:やせいの がんたいおとこが しょうぶを しかけて きた。
サイトニス王国、王都。その中には一際物騒な気配を放つ建物と組織が存在する。
その名も、王国軍。そう、戦の最前線に出る兵士たちの所属する組織である。特に、サイトニス王国は建国者である勇者様が国中に作った訓練施設があり、その精強さは他国にも深く知られている。
そのため民間人はあまり立ち寄らないので、軍関係者くらいしか寄り付かないのだが、その軍関係者というものにも問題がある。
体中に走る細かい古傷、あるいは纏う雰囲気が威圧感あるものである。そのため猶更一般人が立ち寄らなくなるという悪循環が生じている。
まあ、それはともかくとして、その王国軍の本部とでも言うべき施設には一際広い広場があった。そこは、時に訓練所として使われ、時に見世物の会場として使われ、そして時には演習場として使われる。
そう、今の俺が使ってるように。
「ふむ、なかなかの面構えであるな」
「・・・・・」
目の前で、屈伸などの準備運動をしている男がいた。その男は、上半身裸で、胸から腹にかけて大きな傷跡があり、そのほかの部位にも細かな傷がたくさん走っていた。極めつけに左目には眼帯があった。
どう見ても堅気に見えない男だったが、彼は軍部に所属しているらしい。先述のとおりここには一般人は近づかないし、しかも堅気でない者も近寄ってこない。捕まりたくないからな。
「む・・・?どうした・・・?」
「・・・・」
心配げな顔になってこちらを見てくるが、俺は死んだ魚のような眼を返すだけだ。
「・・・ふむ?」
考え込むように口元に手をやって唸る眼帯男。
「ん、そうか。褒美がほしいか。そうだな、俺に勝ったら王都で一番の娼婦に会わせてやろう」
「あんた、俺子供だって分かってる!?」
ついに耐え切れず俺は叫んだ。
「お、おおう・・・元気じゃねえか」
ちょっと引いたようにこちらを見てくる眼帯男をにらみつけて俺は言う。
「・・・いえ、気分は最悪ですよ」
「ま、まあ、力量を見るだけじゃねえか。儂はお前の実力知ることが出来、お前はいい汗を流せる。一石二鳥というやつだ」
その言葉を聞いて俺は確信した。こいつ、脳まで筋肉でできてるタイプの人間なのだなと。
「はぁ・・・、まあいいですけども。木剣を借りたいのですが」
「木剣・・・?」
俺が木剣を借りたいというと、目の前の眼帯男は首を傾げて復唱する。大方、魔法使いなのに木剣を使うのかと疑問を抱いているに違いない。まあ、確かに俺の剣術は、目の前のこいつより劣っているのは確実だろうけども、だからといって不要というわけではなかろうに。
「木剣なんてここにはねえぜ?」
「・・・は?」
眼帯男の一言に俺の思考回路が一瞬止まる。木剣がない・・・?どういうことだ?
「そも、なぜ木剣なんて言う軽い剣を振るう必要がある。どうせ、戦場に出て鉄の剣を振るうなら普段から振って感覚を慣らしておかねばなるまい」
つづく言葉に俺は悟ってしまった。
そう、ここは魔法がある世界。おそらく、訓練でも真剣を使っているのだろう。恐らく、『訓練』用とされる剣ですら鉄剣だろう。もちろん、刃先などを丸めてあったりいろいろと安全策は講じているのではあるだろうが・・・。
なるほど、鉄剣なら訓練中に死者が出そうなものだが、もともと訓練で絶対に死者がでないわけもなく、その上この世界には魔法という便利な代物が存在する。田舎の隅の廃れた道場であればまだしも、国の軍に回復魔法を使える魔法使いが全くいないということはないだろうから、下手すると即死さえしなければ、それこそ部位欠損しても完治できる可能性もある。つまり、鉄剣の使用を躊躇する理由がないわけだ。言い換えると、木剣を使用する必要性がないのだ。
・・・。つまり、こいつは容赦なく鉄剣を使ってくるだろう。・・・本当、冗談じゃねえ。クリフとの訓練では木剣を使っていたというのに・・・!いや、素振りでは鉄剣を使っていたが、それはそれ、これはこれだ。
「まあ、剣を使いたいというのであれば貸し出そうか?」
「・・・ええ、お願いします」
俺の愛剣とでも言うべき存在は今、城の中にある。なぜかと言われれば、当初は城内の案内だけが目的だったから持ち歩く必要がなかったからだ。・・・場外に軍部があるって知ってたら持って来たんだけどな・・・。
そんなことを考えながら、俺の前に運ばれてきた剣を持つ。鞘から抜き、軽く素振りをしてみる。・・・ふむ、いつもより軽いな。
「ほう、なかなか堂に入った素振りであるな」
「ええ。まあ、剣の訓練も少しはやってますからね」
感心したように言う第二王子にそう短く返してから、眼帯男に向き直る。
「さて、準備できました」
####
「では、ルールの説明をする!」
俺が剣を鞘にしまってから一人の兵士がやって来た。彼はどうやら、俺と眼帯男の『試合』の審判であるようだ。そんなことをぼうって考えながら俺はルールを思い出していた。
ルールその一、相手を殺さない。ただし、故意でない場合は責任を問わないこととする。
ルールその二、両者あるいは片方が戦闘不能であると判断された場合、『試合』は終了される。
ルールその三、魔法の使用は当事者同士の話し合いで決定してよい。ただし、魔法の使用が禁止されている『試合』で魔法を使用した場合、使用したものは敗北。魔法の使用が許可されている『試合』でも故意に相手を殺すような魔法を使うことは許されない。
ルールその四、『試合』終了後まで、『試合』参加者は、同じ『試合』参加者以外の回復魔法を受けてはならない。『試合』に参加していないものが回復魔法などで援助を行うことも禁止される。
ルールその五・・・。
と、そんな感じでいろいろあるが覚えておくのはそんなに多くはない。相手を殺すな、反則すると失格というくらいか?まあ、たかが『試合』で兵士を失うわけにもいかないから当然の話だろう。
「なお、この度の『試合』における魔法の使用は許可されている。双方、ルールを遵守し、正々堂々と戦うことを誓うか!」
「誓います」
「ああ、誓う」
審判の問いかけに俺と眼帯男は誓い合い、それに対して審判は一度だけ頷いた。
「ならば、誇り高き試合を・・・。はじめ!」
はじめの号令がかかる。それと同時に俺と眼帯男は剣を抜き放ち構えた。彼我の距離は約10mといったところか。俺は中段に構えて、相手は・・・構えることなく、肩に担ぐように剣を持つ。
なんだ・・・、隙だらけじゃないかとも俺は思ったが、あれは違う。こちらを誘っているのだ。隙を敢えて晒すことによってそこに飛び込ませることにより、俺に攻撃するのが狙いだ。先手必勝ではなく後手必殺とでもいうべきか、あるいは肉を切らせて骨を断つとでも言うべきか。
ただ、相手の自信がうかがい知ることができる行為だと言える。
そんな相手を見て、その思惑を見抜いて、俺は地を蹴った。
それを見て眼帯男は小馬鹿にするようにニヤリと口角を釣り上げる。
その表情を見て俺は魔法を発動させる。
『風刃』、風属性上位魔法の一つで、風の力で目標を切り裂く魔法である。水やらなんやらと違って風は俺が走るだけでも存在するため、魔力の消費は実は低いのだ。
「・・・ぬ!?」
しかも、『風刃』は風属性の魔法である。そのため、色はなく透明である。RPGとかだと緑色とかそんなイメージがあるが実際に使われると魔力の動きや空気の動きを察知でもしない限り気づくことはない。そして、眼帯男は見事に気づかぬまま、体の細かい傷を増やしていく。
「・・・魔法?いつの間に詠唱を」
訝し気にこちらを見る眼帯男に突っ込む。だが、不可思議な攻撃を受けたはずの眼帯男は容赦なく剣を振り下ろす。狙いは足、機動力を奪うのが狙いか?!
そう思った瞬間には既に剣は振り下ろされていた。・・・俺の思惑通り。
剣が足を切り取ったと思った瞬間、俺の姿は掻き消える。
「・・・手ごたえなし。幻術か」
そう呟いた時には、俺は眼帯男の後ろにいた。勝機と思って剣を背中に向けて叩き込む。
だが、その攻撃に気づいていたのか眼帯男は前に転がり攻撃の回避に成功した。そして、素早くこちらを振り向き、今度こそ中段に構える。ふりだしか。
俺はからぶった剣をなんとか制御し中段に構える。
「ふむ・・・やるな」
そう言って眼帯男はニヤリと笑う。今度は、小馬鹿にしたものではなく、獲物を見つけた肉食獣のそれだ。思わず背筋が寒くなるが、それを堪えることに成功する。
そして、眼帯男が動いた、と思った瞬間目の前にいた。
この世界の剣士の短距離移動の速度は正直、でたらめすぎる。俺の動体視力があまりよくないせいか、近づいてくる瞬間を視認できないのだ。毎度毎度思っていることだが、今回のは格が違った。意識の隙間に入り込むかのように行動しているため、動いたのを感じないほどだ。・・・もっとも、素直に迫ってくるのは悪手なのだが。
獰猛に笑う眼帯男が剣を振るう。それと同時に俺は地面を蹴り、後ろへと逃れる。だが、回避が間に合うはずもない一撃は、壁でもぶつかったかのように空中で何かに弾かれた。
風属性中級魔法『風障壁』。風の力でバリアを作り出す魔法だ。先述のとおり新たに魔力で風を作り出す必要はほとんどないので、隠すように発動させるにはぴったりだったりする。もっとも、風の力で作用しているので地面を見ると少し土埃が立っているために完全に隠すことはできないのだが。
だが、一撃弾いただけで『風障壁』は消えてしまった。それなりに魔力は込めたのだが、あっさり壊されるとは・・・。この男の力量がうかがえるが・・・さて。
「『風衝』!!」
敢えて、声を上げて風属性上級魔法『風衝』を放つ。風の力で生み出された衝撃は、まっすぐに眼帯男の元へ飛んでいく。だが、男は見事に反応して見せ、剣で受け止める。そう、そうでなくては困る。
眼帯男が剣で『風衝』を受け止めた、そう思った瞬間、魔法は弾け、ただの突風として男を吹き飛ばそうとする。男の手から剣が吹き飛んだ。
「ぬ・・・!?おおおぉおおぉぉおぉぉ!!!!」
それに対して、男は足に力を込めて吹き飛ばされまいと耐える。そこへ俺は突っ込んだ。
「ぬうっ!!ここで攻めるか!」
「・・・当然!」
体を低くして男へと近づく。それはこの世界の剣士からすれば目で十分に止められるスピードであろう。だが、認識していても反応ができなければ、あるいは十分な行動を起こせないなら十分だ。
「せいっ!」
俺は剣を突く。目標は男の・・・足!
「ぬんっ!」
だが、眼帯男は左手を犠牲に、体制を崩しながらも剣を受け止めることに成功する。手のひらで受け止めたから、ダラダラと血が流れる。それを俺は引き抜こうとして、気づいた。この剣は捨てたほうがいいと。男は全力を持って剣を奪おうとしている。そのため、決して手放すことはないだろうと。
その逡巡が命取りだった。はっと気づいた時には、眼帯男は既に右拳を握っていた。
「なかなかに効いたぞ、小僧!」
その拳は吸い込まれるように俺のあごにヒットし、俺は意識を失った。
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ケインが気絶した直後、二人の治癒魔法使いが近づいてくる。一人は気絶したケインのあごに治癒魔法をかけてもう一人は眼帯の男の左手に治癒魔法をかけようとした。
「いや、儂はいい。止血だけでな」
「し、しかし・・・」
「いや、この傷は残す価値があるのでな」
そう言って言い張る眼帯男にオロオロする治癒魔法使いに第二王子は声をかけた。
「アデーラ、ジーニアの言うことに従うのがよいのである。止血だけである」
「わ、分かりました・・・」
第二王子の命令に逆らえるわけもなく彼女は渋々と『止血』の治癒魔法をかける。この魔法はあくまで『止血』するわけだから、傷が治ったりはしない。場合によっては生涯残る傷跡になるだろう。そう思って彼女が見た傷は凄惨なものであった。それも、素人が見ても一生残りそうだと思うほど。
「くっく。礼は言わんぞ、ガイアス」
「うむ、この程度、礼を言われるまでもないのであるな」
お互いに顔を合わせてニヤリとする二人だが、次の瞬間顔を真面目に引き締める。
「・・・それで、ガイアス。こいつはどこで拾ってきたんだ?」
「余は嘘を言ってないのである。この少年は、正真正銘スーランの弟子である」
探りを入れてくるかのようなジーニアと呼ばれた眼帯男に、第二王子は憤慨したかのように答える。もっとも、本気ではないのだが。
「だが、普通いるか?無詠唱までできて剣まで鍛えているような魔法使いが?しかも子供だぞ?」
「・・・む?無詠唱と気づいたのであるか?」
「当たり前だろうが。儂を誰と思ってる」
第二王子の疑問は至極当然だ。というのも、無詠唱の魔法使いというのはひどく少ない。というより皆無と言っていいほど存在しないのだ。しかも、無詠唱、あるいは詠唱破棄をできるものは高名な魔法使いに多くて、無詠唱と詠唱破棄は魔法使いとしてのステータスの一種としても考えられる。現に、詠唱破棄を扱える魔法使いは、王宮魔法使いの中でも上位の五人だけである。・・・そこに、無詠唱を扱える魔法使いは存在しない。
その上で、いざ魔法使いと戦ったとしよう。その戦った人物が、魔法使い相手の戦闘経験がそれなりにある人物であったとすると、その人物は魔法の大体の発動速度を予想できる。そのため、発動速度で相手の力量を読むことが出来る。
・・・だが、逆に戦闘経験豊かであるが故にミスをすることもある。それが今回の『試合』だ。当初、ジーニアは魔法の発動速度が速いということに即座に気づいた。だが、『無詠唱』とは思わず、『詠唱破棄』を使える魔法使いと思って対戦していた。・・・『詠唱破棄』を使える魔法使いと模擬戦をよくしていた彼だからこそそう思った。他のものならあまりに早すぎる発動速度に混乱し、あっさりと負けていたかもしれない。だが、彼は『詠唱破棄』と勘違いしたまま戦い、違和感を抱いた。あまりに早すぎる、と。
そして、彼は一つの仮説を持つ。自分が目の前にいる子供は『無詠唱』で魔法を使えるのでは、と。
その事実に自分の経験は否定した。だが、ケインのある行動で彼は確信を得た。
それは、彼が『風衝』と言い放ちながら別の魔法を放ったことにある。ジーニアの所感によると、使われた魔法は『風膜弾』。衝撃が与えられると突風を放つ魔法である。
つまり、彼は『詠唱破棄』使いではないという事実が明らかになった。
どんな魔法使いでも、自身の口に出した名称と別の魔法を使うことはできない。ただ、『無詠唱』の魔法使いを除いて。そして、彼はケインが『無詠唱』だと看破できたのだ。
「・・・だが、こいつが『無詠唱』っつーことは、スーランのやつも・・・」
「いや、スーランは『詠唱破棄』のままである」
「・・・なに?」
ジーニアぼそりと呟いた言葉に、第二王子は衝撃の答えを返す。
「っつーことは、何か?あの坊主は、独学で『無詠唱』に至ったと?」
「そこまでは確定できないのであるが、スーランの元へ訪れる前より仕えたようであるな」
「・・・まじかよ」
普通、魔法使いというものは。魔法の使用傾向、魔法の使い方が師匠と似るものである。たとえば、とある魔法使いは、爆発が大好きで、爆破系の魔法を好んでいる。そして、その魔法使いの師匠もまた爆発好きで、爆破系魔法を好んで使用していたなど、珍しい話ではない。
それは『詠唱破棄』にも同じことが言える。師匠が『詠唱破棄』である者は、大概が『詠唱破棄』へと至る。もっとも、師匠がそうでない場合でも『詠唱破棄』へ至れる者も存在するし、逆に師匠と同じ『詠唱破棄』に至れない者もいる。
故に、彼はケインの師匠であるスーランが、『無詠唱』使いであり、彼が『無詠唱』となったのかと思ったが、その予想は外れている。そして、彼は最悪の可能性を思い浮かべた。そう、『無詠唱』の師匠は『無詠唱』、ならば彼は『無詠唱』の魔法使いから魔法を習っていたことがあるのではないかということだ。
この事実は一見、なにも不利益はないように思えるが、実際はそうではない。なぜならば、それが事実だった場合、国が把握できていない『無詠唱』魔法使いがいるかもしれないというのだ。
さっきも言った通り、王宮魔法使いの中には『無詠唱』を扱えるものはいない。そして、彼らは軍部であるが故に、スカウトすべき冒険者の情報も頻繁に集めていた。そう、つまるところ、ケインの真の師匠は・・・。
「他国の間者・・・?」
「・・・ジーニアが何を考えているのかは理解できるのであるが、それでも余は否定するのである」
再び、呟くように口からこぼれた言葉に第二王子は返答する。
「どういうことだ・・・?なぜ、これが否定できる!」
「簡単である。ケインは、家名をラーデンス、ガランドの息子であるが故に」
「ガランド・・・?ガランド・ラーデンスか!」
一瞬、聞き覚えないと思った名前はすぐに、彼の頭の中で反応した。浮かび上がった人物は、数年前に貴族になった男の顔だ。元冒険者『閃殺』にして軍部のスカウト候補筆頭、ガランド。直接会ったことはないが、周りの評価を聞くと、ひどく女にだらしないが強く、自国を愛する、裏表のない人物だという。
そんな人物が、息子を他国の間者と関わらせるだろうか・・・と彼は考える。答えは・・・否。
「・・・この小僧から目を離すな」
「はっ!」
そう結論付けて彼は近くにいた兵士に指示を下す。そして、ガイアスの方へ向き合って言う。
「これはとんでもないものが出てきたな」
「余も同感である」