17話~王都への潜入劇1
御久しぶりの更新で御座いますれば、皆さん楽しんでいってくださいませ~!
物思いに耽っていたトルパを余所に、奏慈達は兵舎の二階まで飛びあがり手を振る。目をひん剥いて向かった先では……?
全力疾走で二階から駆け下りてきたトルパさん。さっきまでまどろみの中に居た彼の口端には、若干の涎と机の上で寝ていた為に頬に腕の痕が残っている。
「やぁやぁ、トルパさん。昨日振りです」
「……ぜぃ、ぜぃ……っ! なんで、こ、こんな所に!?」
息も絶え絶えに僕の前に駆けつけてくれた彼に手を振り、何故王国軍兵舎へと赴いたのか振り返る。
◆
僕らは城壁から降り注ぐ兵士さん達の視線を交わしつつ、門前の木の陰で如何にか潜り込めないかと城門前で思案する事数十分。
いっその事、穏行の術が弐の形を使おうかと思い至った所でエルヴィーラさんから一つ提案が持ちかけられた。
「ねえ、奏慈君。このままでは私達が王都へと入る術は無いわ。だから、絶対に口外しない事を条件に一つ提案があるのだけれど……乗る気はあるかしら?」
提案の内容としては何とも定石に則った定番で、もしも王国が敗れた時に王族や貴族、それに民を逃す為用に非常脱出口を使い忍び込むと言う物。
勿論、出口はそれなりに警備体制を敷いてある為に、今回は代々の巫女のみに伝承されてきた龍帝教会の脱出口を使おうとの事だ。
「ほ~、巫女さんの所は秘伝なんですか……。場所はどこら辺で、王都のどの辺りに出るんですか?」
「――奏慈君は言いにくい事をズバッと聞いてくるわね……。まず入り口だけど、これは城壁から南側にある泉の近くにあるわ。水の精霊様であらせられるルイック様が結界を張って守護していらっしゃるから、魔物も迂闊には近づけないの」
如何やら水の精霊――ルウィックさんと言う方が、幻惑の結界と守護の結界を二重で引いて守っているらしい。
これは精霊結界と言う類の物らしく、邪気や魔物は勿論、悪意を持ったヒューマニアン等も近づけぬ強力な結界との事。
首尾よく結界を発見できたとしてもだ、中におわすルウィックさんが情け容赦無く攻撃してくる。精霊が扱う魔法はヒューマニアンとは違い、区分としても精霊魔法となり威力も上位に位置するのだそうだ。
まあ、僕達の世界でも精霊に属する存在は各地に多々あるけど、御話として有名なのはヨーロッパ圏の神話に出てくる様な方達だろうか。
特に有名な四大精霊と称される精霊は、火、水、風、土等の四大元素を主とする自然界に棲む力の塊が霊となって地上に降臨した姿を現すんだ。
それに、日本で正確に読めば ”せいれい” では無く、”しょうりょう” と読むのが僕らの慣わし。唯、これらは所謂先祖の霊とか常世に旅立った魂を指すのであって、世間一般的な精霊さんとは意味が違う。
変わりに、その役目を八百万の神々が兼任しているんだけどね。
「――だから、現状一番安全に王都へと入るにはここが一番確実なのよ」
「なるほど。じゃあ善は急げです、早速向かいましょうか」
「クルルィ……!」
話が纏まった所で行動を開始する僕等。
木々の間を素早くかつ気配を隠蔽して駆け抜ける事二十分あまり。幾許かの獣型の邪気を屠りながら見張りに気付かれること無く南側へと来る事には成功した。
歩を近づける度に強くなっていく魔力の気配に、こちら側の世界での精霊さんを存在とはっきり認識。幻惑の結界とやらの御蔭で具体的な位置までは上手く掴めないものの、それなりに力を持った精霊さんは此方の様子を窺っている様だ。
僕単体で向かえば恐らく攻撃を加えてくるか幻惑の魔法で追い返すか、どちらかの方法を以って撃退してこようとする筈。
だけども、今回は前任の龍帝の巫女でありアルバス王国第二王妃のエルヴィーラさんが一緒。更には、新たな龍帝である幼き龍帝さんも一緒だし、些か困惑しているのかな?
「ルイック様、エルヴィーラで御座います。道を御開け下さいませ」
横抱きの格好から地面に降りた彼女。一歩分前に進むと方膝を着き祈るように両の手を顔の前で組み、周囲に聞こえづらい程小さな声で魔力を纏わせながら発声をした。
所謂、僕らで言う所の祝詞の様な発声法だが、口に出しているのは至極普通の言葉なので魔力を纏わせる事が要なのだと推察する。
彼女を中心に不可視の魔力の波が空気を震わせ、地面に、森に、空に溶け込む様に染み渡っていく。
程なくして透明な結界の一部に人が通れるくらいの穴が開き、中から少しくぐもった声で”入るが良い”との一言が。
「……さ、行きましょう」
衣擦れの音を立てながらすくっと立ち上がったエルヴィーラさんに促され、僕らは結界の中へと歩を進める。中に入ると其処に広がる景色に、開口一番龍帝さんが楽しそうな声を上げた。
「クルルルルィ! クゥ~アッ!」
出入り口の白く美しい石柱の柱に支えられた白亜の祭殿に、眼前に広がるは澄み切った青い湖。湖面の淵には色とりどりの草花が咲き乱れる景色は、さながらノルン三姉妹の方々に御呼ばれした際に北欧神界で見た光景を思い起こす造りだね。
泉の中央には小さな憩いの場所があり、先ほどの声の主である水の精霊・ルイックさんはそこに居いる様だ。結界内部には濃密な水の魔力が満ちているが、その空間だけ周りに比べ明からに”濃い”為に間違いないだろう。
入り口から真っ直ぐに掛かる桟橋をエルヴィーラさんは静々と、物珍しい僕らは若干おのぼりさんぽく辺りを見回しつつ進む。
桟橋の中ほどで湖面を覗き見れば、半透明に透き通った水と同化する様な輪郭を持った魚達がゆらゆらと散歩しているのが見て取れる。大きさは三十センチから四十センチ程だろうか、ゆったりと泳ぐ様は錦鯉にも似た優美さを感じるね。
――錦鯉みたいな色彩は無いんだけど。
「こ~ら、龍帝さん! これは食べ物じゃありません、めっ!」
「クルゥウ?」
お魚さんを捕まえるべく肩から降りて湖面に飛び込もうと尻尾をふりふり、いざ飛び込まんと跳んだ所で龍帝さんの後ろ首を掴み阻止する。
円らな瞳でなんで? と首をかしげる龍帝さんには悪いが、僕の目論見が正しければ湖を泳ぐこれは生き物じゃあない。
この満遍なく行き渡った魔力の流れから察するに、水の精霊であるルイックさんの眷属。それもだ、恐らくは結界内部に生息している生物は全て――
”――ほう、よく分かったな不可思議な男よ”
龍帝さんを肩車しなおした僕の耳朶を打つ魔力の伝播。清らかな水の魔力が空気を、湖面を揺らし、音ではない純粋な魔力だけによる骨伝道にも近い方法で脳へ直に染み渡る。
僕には魔力が無いから骨伝道と言い表したけど、この世界の人間さん達には明確に音として認識できている事だろうね。
「――っ! ……ルイック様」
ほら、だって僕の前を歩くエルヴィーラさんが安心した様子で微笑んでいるし……。龍帝といえども邪気相手では不利と言わざるをえない世界だ、例え魔法で結界を張っていても気付かれたら其処まで。精霊さんではあっという間に喰われてしまうだろうからこその安堵なのだろう。
”――先代の巫女らよ、此方へ”
続く言葉で僕らを、正確にはエルヴィーラさんに付随している僕らも呼び寄せるルイックさん。”声の様子”からすると既に困惑の情は無く、少しばかりの好奇心と知識欲の起伏が感じられるが……。
目の前まで来て改めて一見してみれば、憩いの場の様であり神殿の奥ゆかしさも併せ持つ不思議な建造物だ。中に視線を移すと魔力の球体に彩られて仄かに水色に発光しつつも安らぎを感じさせる輝きが美しいね。
白色の柱が円形に立ち並ぶ中に魔力の球体と水の球体、それにふよふよとそれらが動き時折ぶつかり合う中で小さな魔力の粒子が弾ける。
そして、その中央に位置する質素な台座にルイックさん? は居た。
『まずは良くぞ生きて帰った、先代の巫女・エルヴィーラ』
透明なガラス細工にも似た手桶程の大きさの水瓶に並々と注がれた魔力の水。時折水瓶が傾いた際に零れ落ち魔力の粒子と還り周りの球体へ吸収され、キラキラと輝きを放ちながら消えていく。
その水瓶の縁から覗くは一振りの柄杓。
『――そして、ようこそ御来し頂いた新たなる龍帝陛下』
水晶の柄にあつらわれしは流れるように巻き付く銀細工、そしてその先の合は魔力の詰った金細工によって縁取られ輝く。
合との接合部分である所は中に突き抜ける形からして、この柄杓自体は月型ではない指通しだ。所謂、水屋柄杓ってやつだね。
神社でも手水社に置いてあって、神前に御参拝する際に身を清める為に手や口を漱ぐ事に用いる。後はちょっと古い旅館の風情であったり、月型を使うのであれば茶道の茶席が主な主戦場。まあ、大まかに言っても現代日本でもって今も活躍していらっしゃる現役さんの一つだ。
『さらには――お初にお目にかかるふくよかなる人の子よ、私は水の精霊・ルイックと言う者である』
柄杓なので声意外に読み取れる物が非情に限られているが、龍帝さんと僕に合を傾けた事から頭を下げて礼をしてくれているのだろう。
声の調子からは、穏やかでありながら龍帝と言う世界の強者に対する絶対的な敬意と喜びが混じり崇敬の念すら感じさせる。
僕に対しては……そうだね、それこそ好奇心満載の子供が新たな発見をした様子で目を輝かせている姿を喚起させてくれるよ。
「クルルルィ、アッ!」
頭の上でシュバッと手を挙げ挨拶を返す龍帝さん。その様子に微笑ましいものを見たのかほんわかした魔力の波動で感情を表すルィックさんと、傍から見るには楽しいけども僕も礼を返しておくべきだろう。
「初めまして、水の精霊・ルイックさ――――様。僕は奏慈と言う者です」
おおっと、つい何時もの癖でさん呼びしてしまう所を寸での所で強引に呼び直す。
僕がどもったのを一瞬疑問に感じたルイックさんではあったが、それでも後に続く言葉に不自然を感じなかったのだろう。こくりと合を傾けて頷いてみせた。
とりあえずと言ってはあれだけど、僕らが何故この場に居るのかを勤めて簡潔に御話をする事に。大部分はエルヴィーラさんから話をしてもらい、僕は補足と言う形で雲龍帝さんの身に起こった所から話させて貰ったんだけど……。
『――左様か、大まかにではあるが事情は理解したぞ人の子らよ。大森林での事態は地の大精霊様からの伝えで大凡聞き及んでいたが、やはり当人達から聞く報には臨場感がある』
ある程度の話は既にカルルの森から実況中継されていたようだ。まだ見ぬ大精霊さんが手に汗握りながらマイク片手に実況している姿が頭に浮かぶね。
まあ、幾たびの襲撃を経て山野が震え生と死を撒き散らした旅路と戦いの実況は戦々恐々だったみたいいだ。
「それでなのですが、ルイック様。私どもは既に王都へと帰還した我が子と、新生を果たし御出座し頂いた雲龍帝様との接触を図るべく御身を御尋ねした次第ですの。……どうか、私どもに王都内への道を御開き下さいませ」
「クルルィ!」
伏して頭を下げる彼女と僕の嘆願が横で、ふわふわと浮いたまま気楽に片手を上げる龍帝さん。二人と一匹の激しい温度差の願いを前に暫し間を置いて考えに耽るルイックさん。
安楽椅子の様に合が前後に揺れる様を伏して待つこと十数秒あまり。得心いった様子のルイックさんは一つ頷いて僕らに了解の意を示してくれた。
『人の子らの願いは分かった。私もそろそろ瘴気の化け物らをどうにかしなければと思案していた所だ、其方らに道を開けよう。――但し!』
お心遣いに感謝しようと顔を上げようとしたその時、ルイックさんは厳しい声色で更にこう続ける。
『但し、だ。それにはまず大神殿外れの古井戸への抜け道に巣食っている魔物を駆除して貰いたい。私の管轄ではこの泉から出る事は叶わぬ……。故に、私の手から離れた通路には既に奴らの手が回っているのだ。何処から嗅ぎつけたかは分からぬが、私が龍帝の巫女のみが通る事を許した道を知られているとは。些かも侮れぬものよ』
話を聞く限り最早安全な潜入は不可能と見たほうがいいのかもしれない、か。
見つかる前に゛切り抜く゛か、見つかるを前提に排除していくか……ともすれば後者の方が安全性は低いが確実かな。僕や龍帝さんだけなら一息に通路内を占拠している邪気共を文字通り゛切り抜く゛事が容易だ。通路の構造が複雑だったりしても即応反射で叩き伏せる、浄化は後回しにして御魂を回収し進む――なんて事が一番楽だからね。
でも、エルヴィーラさんを伴う場合どうしても彼女を気遣う必要があり注意も分散、結果発見され内部まで連絡が行ってしまう可能性が高い。
だったら、最初から覚悟を決めて乗り込んだ方が心持ちどっしりと構えていられる分に対処も可能。要らぬ気を回すよりも計算もし易いし御し易い。
牽制にもなるしね。
一頻り考えが纏まるまで待っていてくれたルイックさんに考えを打ち明ければ、通路内の簡単な見取りと距離、それに占領している邪気の数を教えてくれた。
『ふくよかなる人の子よ、急ぐのだ。昨日はバチム平野で凄まじい数の化け物共と誰かの戦闘があり、在り得ぬ事だがその誰かは身一つで全てを殲滅せしめた。故に、王国内に蔓延る彼奴等も焦っているに違いない。近い内にさらに大きな混乱が起きるやも知れぬ……心せよ』
「御忠告ありがとう御座います。早速仲間と合流して事態に対処できるよう王妃様に御帰還頂けるようします」
僕の答えに満足した様子のルイックさんは、次いでエルヴィーラさんの方へ合を向けると(…恐らく視線を)優しさと悲哀の入り混じった雰囲気で話しかけた。
『先代の巫女よ。私はお主の御子を守れず古の約定も違え、あまつさえ雲龍帝様もが身罷ってしまった。母として思う所もあるだろう、真に不甲斐無いこの身を罵ってくれても構わぬ』
「いいえ、水の精霊たるルイック様。全ては私達こそが不甲斐無い結果で御座いますれば、どうかその様な事は仰らないで下さいまし」
ルイックさんの言葉に付した頭を上げて否定の言葉を述べる彼女。魔力が多勢をを占めるこの世界では、中位の精霊といえど邪気に対しては不利にならざるを得ない。
だから、魂の力を引き出す事が出来る生物。それも知性を有する者達が頑としてこれに立ち向かわなければいけない事を彼女は理解しているのだろう。本当に強い心の持ち主だ。
『この地を守護する龍帝陛下が身罷った際に魔力の結界は解け、これよりは化け物共の活動がより活発になるだろう。新たな陛下が立派に御立ちになるまでは些か時間が必要、それまでは王国内では様々な事が起きる。くれぐれも気を付けるのだ』
最後の言葉に深く頷いたエルヴィーラさんに満足すると、〆とばかりに龍帝さんの方へ向き直ったルイックさん。
傅かんばかりに身体を低く龍帝さんの足元へと移動した彼は、一度深く礼をすると龍帝さんの小さい手を魔力の水で以って取り己が額?である合の縁へと導いた。
「「奏慈とあーちゃんの~本日の隠し味コーナ~!」」
「それじゃあ、第一回は僕らの世界で伝えられる精霊さん達について解説してみよう」
「手始めと言ってはあれじゃが、まずは日ノ本意外の”水の大精霊”を語ってみようかのう」
水の大精霊・ウンディーネさんは人間達の間では別名ニンフとも呼ばれ、うら若き女性の姿で恋活に励んでいる。惹かれた男性に悉く逃げられると言う悲談を打ち破る為、波打ち際に今日も佇んでいる。
「……私の白馬の王子様、貴方は何処?」
声を掛ける際は添い遂げる覚悟で優しくしてあげよう。
「ある意味こじらせすぎた結果じゃな」
「ばっさり行くね、あーちゃんてば」
彼女の幸せはもしかしたら底の君が握っているかも――? 男運に幸薄い彼女に最大限の祈りを!!
「「それじゃあ、今回はここまで。またね~(のう)!!」」
と言う小話を気まぐれにあとがきに載せていこうかと思います。




