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ぽっちゃり少年と旅するご近所の神様  作者: とっぷパン
序章 ”始まりと旅立ち” の段
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6話~敵の正体

敵は神様、じゃあ味方は……?

 暖かな夜風が身体を包む様に吹く渡り廊下を歩き、夜天に輝く三日月が舞い散る桜の花びらを照らす庭を眺めながら目的の離れ屋へと進む。少し長めの廊下の突当りに御札や太いしめ縄で封じられた古めかしい木造の離れ屋が姿を見せる。先頭を歩くあーちゃんがブラウスの胸元から小さな小刀を取り出し、手元が一瞬ぶれたかと思うと結界の役目を果たす縄がボトリと床に落ちた。本来ならば触れたものを弾き飛ばしたり麻痺させる効果を結界なのだけど、あーちゃんの手にかかればちょっと硬い糸を断ち切る位の力で解除できる。まあ要するに、結界の意味が全く無いって事。


「さて、とっとと中に入ってしまうぞ。少しばかり時間が無くなってきおったからのう」


「あら? ……確かに姉さんの言う通りみたいね」


「ほ~、こいつか? 姉貴が伸した野郎ってのは……。中々力のある奴みたいだが、所詮三下は三下の実力しかねえわな」


 どうやら御三方は例の男を気配だけで察したらしい。だが、三人が三人共に何も脅威とは感じていないよね。争い事が好きじゃない月姉ですら頬に片手を当てて楽しそうに笑っているし、スーさんは自分との力の差を測って爆笑している。いつもは其々が個性的で纏まりが薄い姉弟だけど、今この時に措いては満場一致で愉快という感情が浮かんでいた。


「……むにゅ?」


 気配を察知したのか小さく身じろぎをする九ちゃんを背負い直して僕も家屋に足を踏み入れる。その建物自体には窓も通気口も無いのにひんやりとした空気が頬を撫で、外から見るのとはまた違う種類の空間が広がっている特別な場所である事が雰囲気だけで伺えた。


 まず目を引くのは朱色で塗られた二メートル位の鳥居だ。神社の敷地に入る為に設置してある鳥居の他にも室内にもう一つあるなんて、余程厳重な結界を施してある場所なんだと言う事が分かる。きっと、この鳥居を僕やあーちゃん達と無関係で悪意がある者が通ると術が発動する仕掛けなのだろう。とても強力な力の気配が僕のお腹を震わせるくらいビンビンと伝わってくる。床に目を移せば爽やかない草の香りが漂うの畳が一面に敷き詰められている。足の裏に伝わってくる感触は現代で使われる様になった畳床の間に発泡ポリスチレンを挟む畳ではなく、昔ながらの製法で作られた丈夫で重くがっしりとしたやつだね。


 それを潜り抜けたと同時に、今度は部屋の壁と床に置かれた燭台の蝋燭に灯りが灯る。次々と灯りが灯されて行く中を進めば、部屋の中央辺りに位置する場所に一際強い力を発している直径四メートル程の結界陣が見える。陣を形成する円に正三角形を模る小さな三つの丸が描かれ、その中には其々違う文字が刻まれていた。

 天、月、海……。長女であるあーちゃんが足を向けたのは天の文字が刻まれた丸で、次女の月姉が足を向けたのは月の文字が刻まれた丸の上。最後にスーさんが海と刻まれた丸の上にゆっくりと歩を進め、九ちゃんを背負ったままの僕はそのまま結界の外で待機する。


「さて、久方ぶりにこれを使う時が来た訳じゃが。御主ら、陣の扱い方は覚えておろうの?」


 天と記された丸の中に立つあーちゃんが振り向き様に二人の姉弟に尋ねる。いつの間にか彼女が着ていたスーツやブラウス、スカート等は消え失せて無くなり。白衣に緋袴、それに千早という神事に羽織る着物を着た祭祀用の姿に変わっていた。


「ええ、勿論よ姉さん。それよもスーちゃんは大丈夫かしら? 貴方は大分前に姉さんの所に立ち寄ってきりだから、陣の構成を憶えているか不安だわ」


 あーちゃんの問いかけに答える月姉の姿もまた、姉同様に着物から神職の着る服に変化していた。

 しかし、あーちゃんとの変化とは違いこちらは一般的に男性神職者が着る服装で、所謂男装というべき出で立ちである。


「へっ! 幾らなんでもそこまで耄碌しちゃいねえよ。時間も無いんだし、さっさとおっぱじめようぜ」


 からかい半分でスーさんを心配する月姉に苦笑を返しながら、自身のスーツを物語り絵巻に登場する英雄の様な出で立ちに変えている。自慢していたサングラスも――――あ、それはしっかりと頭に装着したままだね……。和装にサングラスってもの凄く不釣合いな気がしないでもないけど、きっとスーさんなりの信念か何かなんだろう。


「うむ。姉弟共にやる気は十分という事じゃな。……ならば、まずは敵を誘い込む為の空間結界を張っておくとするか」


 近所に買い物に行く様な感じで呟いたあーちゃんから、今の僕なんかではとてもじゃないけど測りきれない力が溢れ出し、次の瞬間神社の上空に特殊な結界が展開された。映像を透視する役割も兼ね備えた陣中央に映し出されるのは、濃密に圧縮された力の塊が混ざりこねくり回されて出来上がった次元の牢獄。入ったもの全てを決して外へは逃がさない為に、幾重にも張られた多重結界陣を内包したあーちゃんスペシャルだ。


「じゃあ、私が道を作りましょうか。……これをこうしてこうすれば、あらあら不思議な月の迷宮の出来上がり」


 子供向け料理番組に出演しているお姉さんが料理中に歌う様な感じで楽しそうに真言を唱える月姉。あーちゃんの結界陣を仄かに光る月光が包み込み、結界を核とした球体状の巨大な月の迷宮が完成する。幻想的でファンタジックな光景だが、一度この中に迷い込んだものは月姉の許可が下りない限り出られない仕様になっている。


「おっし! いよいよ俺の出番て訳だな! どれどれっと……ほう、生意気にこの世界の表層付近まで来てやがるな。武器は……いらねえな。それじゃあ、ちょっくらひとっ走りブッ飛ばして来るわ」


 そう言うと、スーさんの周りに何処からともなく集まり出した光の粒子に包まれ、瞬きをする間も無く姿を消した。次の瞬間にはスーさんの姿は自身の姉二人の合作である迷宮の上空に在り、全身を光に包みながら敵を待ち構えていた。


「どうじゃ、坊よ。これから我弟によるちょっとした狩りが始まるが、主にはその後我らから異世界で過ごす為の知恵と力の使い方を伝授しようと思うとる。それまでの間暇を持て余すのもなんじゃろうし、まずは旅仕度を整えておこうかの?」


「分かったよ、あーちゃん。……でも、旅仕度って何をすればいいのかな? 旅行鞄や風呂敷に服とか食料を詰めて行く訳にもいかないし」


「ほほ、それならちゃんと思案しておる。まずは……これじゃな」


 旅の仕度をすると言ってあーちゃんがおもむろに懐から取り出したのは……巾着袋? 濃い紫色の布で拵えた手作りの巾着袋だった。手にとってよく見て見ると、布の縫い目は機械ミシンで縫った様なきちっとした並びで、入れ口には奏慈という名前が刺繍が施されていて僕専用に誂えた事が分かる。入れ口の紐は黒で染色しており、腰に止める為の根付けには丸に奏の文字が彫られていた。


「へえ~、これを僕にくれるの! 名前も刺繍してあるし根付けにも奏の字が彫られてあるなんて凝ってるよね。ありがとう、とっても嬉しいよ。……でも、これをどうしたらいいんだい?」


「うむ、最もな疑問じゃな。実はこの巾着袋はの、我が昨日の晩に夜なべして丹精を込めて作り上げた一品なんじゃ」


 どうやら、この巾着は昨晩僕の誘拐話に備えるためにあーちゃんが拵えてくれた物らしい。たった一晩で製作したにしては中々に凝った一品だけども、彼女のポテンシャルから考えたらこの位は朝飯前なのだろう。


「で、じゃ。この巾着の凄い所はのう、巾着が持ち主と長く触れ合えば触れ合うほど中に入れられる物の許容量が増えるんじゃよ!」


「な、ななな、なんだってぇぇぇぇええ!?」


「ほほほほっ! どうじゃ、凄いであろう!」


 この小さな巾着袋にそんな能力が備わっているなんて、さすがはあーちゃんと言わざるを得ないよ。

 僕のリアクションに満足したのか、ニンマリとした笑みを浮かべるあーちゃん。腕を組んでうんうんと頷きながら微笑んでいるが、時間と敵は待ってはくれない。とりあえず巾着袋をポケットに仕舞い込んでっと、よし。

 あ、そうだ。着替えとかはどうしたらいいのかな? どんな世界に連れて行かれるかも分からないし、和装の旅衣装を着て行くのもな~。


「それなら心配要らないわ、奏ちゃん。一応私が姉さんの御友人からその世界で一般的な旅衣装を預かってるから、あっちの世界に着いたら巾着から取り出して着替えたらいいわ。着替え終わったら元の服は巾着に閉まっておけば劣化もしないし、帰ってくる時に便利よ」


 なんと、この巾着袋は劣化防止の機能まで備わっているらしい。ならば、おにぎりや出来立ての温かい料理なんかも保存出来ちゃうのかな? 旅先で温かい料理にありつける保障は無いから、これは本当にありがたい巾着袋を貰ったもんだね。


「これこれ、また食い物の事を考えておるな? 坊よ、妄想は其処までにしておけ」


「あ痛っ!? は! そうでした。今は緊急事態だった」


 妄想から正気に帰る程度の力で僕を小突いた後、次の旅衣装の説明に入る二人。今度は月姉が着物の袖をごそごそと漁りある物を取り出した。


「はいこれ、奏ちゃんの大事な相棒の神楽笛とその他の和楽器セットよ」


「はい? なんで楽器を……?」


 まず取り出して見せたのは、僕が長年御神楽で愛用している相棒の神楽笛だった。神社にある鎮守の森、その中でも一番古い御神木の枝から作り出されたこの笛は、僕が最初にあーちゃんと月姉からプレゼントされた代物なんだ。御神木に宿る大地の霊気をあーちゃんが複雑な印で強化し、月姉が丹精込めて装飾してくれた世界で唯一つの一品。その笛が持つ音色と力は邪なる邪気を祓い、聞く者に癒しと少しばかりの幸福を授けると言う。

 ちなみに僕は、前半の邪気を祓う事は出来ても後半の癒しと幸福を授ける事は出来ない。出来ないと言うよりは、まだ出来ないと言った方が正しいだろうね。癒しを与えるだけならば僕にも出来るだろうけど、幸福というものは人間が扱える代物ではないからな~。

 運を司れるのは神様だけ。だから、人は神社に行って願掛けとか祈祷とかをする。これがこの世界の古から続く決まりであり、絶対事項なんだって小さい時にナギさんから聞いたよ。


『お出でなすったな……! そうだな、たった一発じゃあ面白くねえ。奴さんの体力を四割くらい残して後はボコボコにしてやるか!』


 どうやら敵さんがこの世界に辿り着いてしまったらしい。結界陣には実に楽しそうな笑みを浮かべて空を翔るスーさんが、一直線に敵へと突撃していく様が映し出された。月が出ているとは言え、夜天に塗れて中々姿がはっきりと見えない。凄まじい速度で翔るスーさんの後ろを追う様に映像が追いかけ、恐らくは数十キロ進んだと思われる地点でついに姿を拝む事になるのであった。。




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