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ぽっちゃり少年と旅するご近所の神様  作者: とっぷパン
一章 ”アルバス王国と騒乱” の段
57/65

10話~とある場所にて……

作戦会議は何処もかしこも同じ。九ちゃん達が会議をすれば、当然――?

 ここはアルバス王国内の何処か……暗い暗い石造りの壁に覆われた何処か。夜の帳が下りる様によく似た光景が室内を満たし、辛うじて見える物体はテーブルであろう物に置かれた燭台のローソクが照らす僅かばかりの木目のみ。そんな暗闇の中に蠢き話す”モノ”達が数名、息遣いや話し声だけで何とか判別できた。


「……フォルカ王子が帰還したぞ、一体如何言う訳だ? 野に放っておった聖気は千を有に超えていた筈、追跡で放った聖気も合わせれば千と二百もだ!」


 地の底に響くようなくぐもった声がまず上がる。それはフォルカ王子が無事に王都へと帰還せしめた事への疑問と、明らかな非難の感情が見えていた。怒号と共に叩きつけられた拳によってテーブルが揺れ、ローソクの炎が陽炎の様に揺らめく。


「分からん……追跡に放っていた聖気は恐らく全滅したのであろう、報告をする手筈の聖気から定期連絡が無いからな。王子達の探索隊に潜り込ませた聖気は邪龍を滅する為に用意した固体だったが……。どうやら邪龍の御蔭で生き延びたらしいな、忌々しい限りだ」


 対面に位置する気配が言葉の最後に隠そうともしない不満を舌打ちの載せて不満を漏らせば、それに同意する多くの気配が鼻を鳴らしたり怒気を上げた。

 一通りの罵声が飛び交う中でまた一つの気配が音も無く立ち上がり、静まるように諸手を出して制する。一瞬にして静まりかって事から見ても、この気配の持ち主がこの場で最も重要な役に着いている事が伺えるだろう。ざわつき興奮した気配が落ち着くのを見たその”モノ”は、再び椅子へ座り直すと低い声で話し出した。


「だが王国全体を覆う奴の魔力は途絶えた、故に邪龍は既に滅したのだ。我々には最早些細な事よ……。それよりも気にすべき一件は王都の周りに忍ばせていた聖気達が全滅した事にある。仔細を掴んでいるものは居るか?」


 リーダー格の発言に対して手を上げるモノも声を上げるモノいない。そう、居る筈もないのだ。何故ならば――


「恐れながら一つ。今回の事は正にフォルカ王子に奇跡が起こったも同然の事態。王都から邪龍の住むカルルの森へ行くだけでも十分の破滅が望めましたものを、何の冗談か連絡が途絶えた日から僅か数日で王都まで帰還せしめたのです。これは我らの予想を大きく上回る”何か”の干渉を受けたと見るのが無難かと存じます」


 彼らが当初仕組んだ計画ではカルルの森への道半ばで部隊は壊滅、後に後続部隊である”聖気”つまりは邪気で以って森を薙ぎ払い雲龍帝を抹殺するのを目的としてたのだから。

 アルバス王国やヒューマニアン、果ては生きとし生けるものまでの絶対的な強者であり庇護を求める対象である龍帝は、彼らから見れば最も邪魔でかつ厄介な相手なのである。フォルカ王子の予想外の帰還が齎した報告によれば一番の目的である雲龍帝を確かに打倒せしめた。しかし、王子や傍付きの者達まで生きてこの地を踏みしめた事は理解不能な事態なのだ。


 故に、今彼らは何者かによる大きな番狂わせが起きたと考える他が無いのである。別の龍帝か、それとも神の仕業か……。幾ら考えを巡らせようとも、異界の地から神々の策略で修行と言う名目で投げ込まれたとある二人連れが発端で起こった今回の番狂わせを予見できるモノなど、現場を逐一見ている者でもない限り到底不可能だと言えよう。


「……城壁に忍ばせましたる影によれば。王都へ辿り着いた王子達を発見したと報告があった際、確認の為に城壁を登った時には聖気達の軍勢は跡形も無く消え失せていたと……。ただ、バチム平野周囲の岩や地面には強力な火力で以って煤けた様な後が多数残されていたそうです」


 状況報告を淡々と述べるモノによってこの度被った被害が露になる。しかしてそれは決して全容ではなく断片、それも後に控える雲龍帝こと志乃の生存と次代の龍帝が覚醒。さらにはその上を行く強者、九ちゃんと別行動で第二王妃を救出した奏慈の存在に比べる事さえ意味の無い些事であった。


「王子を発見して聖気達を確認するまでの時間など幾許もあるまい……その様な短時間で千を超える軍勢が壊滅したと言うのか?」


「現状からしてそう判断する他無いかと……存じ上げます」


「……一体何が起こっていると言うのか。長く時間をかけてここまで、後一歩でこの地を聖域となせる瞬間が近づいていると言うに……!」


 始めに怒声を上げた気配が更に語気を強めて再びテーブルに拳を叩きつけた。

 勢い余って強く叩きすぎたのか周囲に血の臭いが微かに広がる。臭いを感じた他のモノ達が一瞬獰猛な鮫の如き高ぶりを見せるが、重役のモノが目に見えぬ圧をかけて沈静化した様だ。叩き付けた本人は周りの気配たちが高ぶるのを感じて小さく息を呑むも、直ぐに収まった事に気付き直ぐ様魔法で傷を消して臭いも消した。


「クヒヒヒ……お先にお集まりの皆さん、何やら楽しい御様子で」


 若干のざわつきを残す中、唐突に一つの気配が室内に現れる。


「……サルバか。何か今回の騒ぎで情報を得たか?」


「フヒッ! 勿論で御座います。それも特上に良いネタですよ、獲れたてのダグワーの様にピッチピチ……!」


 重役のモノにサルバと呼ばれたそれは、先ほど確かにフォルカ王子へ帰還の言葉を述べていたバルゲン副次官だった。フォルカ王子達があからさまに嫌っていた事実と、九ちゃんや志乃が受けた精神的衝撃からしても何も可笑しい話ではない。

 が、もしこの光景を九ちゃんが見ていたのなら、草も生えんの――と言う億年の歳月を生きていると豪語する少女があまり知らなさそうな現代のネット用語を一言言っていただろう。


 ローソクの明かりに照らされたバルゲン――もとい、サルバの顔は。先のあどけない少女を編めますような目つきに勝るとも劣らん笑みを貼り付けて、尚喜色の悪さを前面に出した気配を以って語りだした。完全に変態性欲持ちのそれである。


「王子が帰還の挨拶を国王へ述べるに際して、報告の一つとしてある二人連れの者が浮かび上がってまいりました。……一人は醜く太った男で、朗々とした女々しい話によればこやつが窮地に陥った王子一行を救ったご様子」


 とどのつまりは奏慈の事であるが、長く朗々とした話しぶりが功を奏した結果”ぽっちゃりしている” としか伝わらなかった。完全にフォルカ王子の天然によって長くなった報告だが、結果九ちゃんの存在を隠し、志乃の生存を隠し、新たな龍帝の存在まで隠し通せたのだから御の字である。特に、今現在城に居る九ちゃん達の存在を隠し通せたのは大きいだろう。

 奏慈と龍帝は今現在、王都より離れた洞窟にてアルバス国王第二王妃と午後の御茶会の真っ最中。野菜チップスと焼肉を片手に夕食も兼ねて情報交換をしている所だろうか……。


「そして、件の邪龍・雲龍帝は確実に滅した様で……。先の話で出た男が加勢に入り聖気を滅したものの、時既に遅く力尽きたそうですよ」


 これが並みの霊力者であればサルバの言った通りになっていた。それは九ちゃんや志乃ですら認める事実。奏慈の師であるあーちゃん、天照大御神より直伝された救済の極致は上級ですら扱えぬ云わば禁術とも言うべき術なのである。もし情けのあまり人に使えば魂が耐え切れず肉体諸共に爆発四散し、奏慈程の鍛錬を積まぬ者が扱えば己の命ごと相手に譲渡して前記と同じ蔦を渡る破目になるのだ。

 これが九ちゃんが奏慈と出会った時に言っていた、人が扱うには過ぎた術の正体である。天照大御神によって伝授された救済の極致、その術者は過去も含め今現在奏慈ただ一人で唯一なのだ。


「フフフ、聞いたか皆の者。これで邪龍の生存は無くなった。後は一息に王国全体を聖気で満たせば我らの悲願、聖気神様もお喜びになられるであろう!」


 サルバの報告で盛り上がりを見せる気配達。最早完全に自分達の障害が取り除かれたものと思っているようだ。哀れ、この選択が彼らの運命を全く違う方向へと変えてしまうのをまだ知らないモノ達が狂喜する様は真に以って哀れに他ならない。


「それでは皆の者、この地を聖気によって浄化する策の決行を宣言する。日時は明日の夜、日が沈み時の鐘が二回鳴った時に配下に王都を包囲させ、幹部達によって国王を始めとする王族を皆殺しにせしめよ!」


 声にならない、なりようも無いほどに邪悪な気配達の胎動が石造りの室内を揺らす。歓喜が、狂気が、熱気が大きく高まり、彼らによるアルバス王国存亡をかけた作戦が今始まった。







「真に以って草も生えんのう……」











 所は変わって、高天原。麗らかな尾根が美しい御山の裾野で、今日も今日とて天照大御神が仕事の一つである稲作の代掻きを行うために農道を軽トラで飛ばしていた。荷台には本来ならばトラクターでも積んでおくのが人の光景。しかして、彼女が乗り回す軽トラには十尺ほどの棒先に幅八尺ニ寸の巨大な爪のついた馬鍬が一本、ごく普通の鍬が一本と休憩用に麦茶の入った水筒と昼飯の五段重箱弁当が一つ置かれていた。


「んふふ~ん~、今年もよき晴れ模様じゃ~」


 軽トラの窓を全開にして、車内に備え付けられているカーナビもどきからは昔懐かしい演歌や楽しげな歌謡曲を鳴らし走る。農道を進む影は無く、彼女も遠慮なく運転を楽しんでいる様子だ。


「貴方の~背に~、付いて~行きます~」


 彼女の駆る軽トラに合わせて数羽の小鳥達が並走し、歌声を聴いた小鳥達は皆が皆楽しそうに舞い踊るかの如く飛び進む。

 高天原でも随一の踊り手は秘書を勤める天宇受売命が最も有名ではあるが、対して歌い手となると天照大御神と月読命神が筆頭候補に上げられる。どちらも八百万の神々の中でも群を抜いて上手い歌い手なのだが、やはり神格が持つ方向性が反映されているのか得意な歌が違うのだ。朗らかで楽しい歌ならば天照大御神、しっとりと落ち着き優しい歌ならば月読命神の様に甲乙付けがたいのである。


「何処までも~命~、尽きるま~で~」


 ちなみに演歌はどちらも好きな様だ。


 そんな彼女の歌に聞き惚れていると、竹林を過ぎた辺りで一際大きな神田が姿を見せる。日本で一般的な水田は一反歩約十a(百メートル×十メートル)、大きな所では米所として有名な山形県庄内地方ではその三倍程度だ。

 しかし、彼女が管理する神田は庄内地方の五倍ほどの面積を有するのである。しかもだ。作業では基本トラクターや耕運機は使わず、昔ながらの手作業を神特有の力で以って一柱で行うと言う。一悠に神だからとは説明しにくい力仕事を、女神であり最高神でもある彼女は長年の楽しみとして行ってきたとの話。


「さて、着いたか。ん~、やはり軽トラで飛ばすのは楽しいのう。ガタガタ道を跳ねるあの感触、早く隣に坊を乗せて走りたいものじゃ!」


 腰に手をあて深呼吸。思いっきり伸びをした後で助手席から麦わら帽子とゴム手袋を取り出して装着、神田へ水を引く為に近くの関へと足を向ける。春の陽気に伸びた若草を長靴で踏み鳴らし水路の前まで来ると、彼女は関に設置された高天原原産の神木を用いて思金神が設計した木製水門のバルブを片手で掴んだ。力の弱い神では一ミリも動かす事の叶わないバルブを、鼻歌交じりで家のドアノブを回すかのごとくすいっと回してのける。

 くるくると回るバルブに合わせて水門の蓋が開き、御山から流れる河川の支流の清水が水路へと通りだした。


「ん~ふ~ふふ~っと、これで良しじゃのう! 後は――」


 神田へと流れる水路の蓋を順に外して回る天照大御神。これだけ広いと蓋は一つや二つではないのだ。均等に水を流すために開けた穴から清水がどんどん流れる様を、懐に抱えた百枚以上の蓋を抱え朗らかに頷き笑みを零す。

 蓋を軽トラの荷台へと放り込んだ彼女は、次いで巨大な馬鍬を手に取り片手で担ぎ上げて神田の中へと入った。


「今年の土も良き様子じゃのう……うむ。これならば夕餉の時間までには終えれるか」


 長靴で踏んだ感触を確かめ、実際手にとって土の匂いや成分を感じ取る。今年も良い稲作が出来そうだと確信した彼女は、指先についた土を払い馬鍬を両手に持った。天に振りかざした馬鍬が振り下ろされる瞬間、空気が振動して小さな破裂音が幾つも鳴る。振り降ろしが音速を超えた為に所謂 ”衝撃波” が

起こったのだが、それも地面に馬鍬が突き刺さった時に起きた地鳴りと振動にかき消されてしまった。


「おや、今年ももうそんな時期か。早いのう」


「そうですね。毎年の風物詩ですし、大御神様も精を出しておいでです。我々も自らの仕事に精を出しましょう!」


「そうじゃのう、わしはこれから単一宇宙の破壊に赴くのじゃが……おまえさんも来るか?」


「是非! ご一緒させていただきますとも、大黒天様!」


 遠くの都市部ですら聞こえる地鳴りが毎年の風物詩となり、今では他の神々も彼女に習って自らの仕事に集中する音。これは途中お昼休憩を挟み、夕方の五時程度まで続く事になる。





「ふう、ようやっと終わったか……さすがに疲れたわ~!」


「御疲れ様です、大御神。今年も良き音をかなで奉り、私も心躍る響きでした」


「おう、宇受売や。舞踏稽古の帰りか?」


 はい、と天照大御神の問いに答えるは、先の話題にでた天宇受売命である。舞踏稽古の帰りと話す天照大御神の言葉の通り、舞踏で扱う道具を風呂敷に包み持って和服姿で声を掛けてきたのだ。


「……そろそろ御旅立ちなさいますか?」


 天宇受売命の言葉に目を瞑り夕方の涼しい草葉の芳香を感じながら一言、そうじゃのうと呟く。


 実は本日一日を以って、彼女が請け負う役割の殆どを他の神々へと権限譲渡が済んだ。旅立ちに際しての懸念事項であった他の神々(他神界も含む)の落ち込みようも、なんとか平常心を取り戻すまでに至っている。いくら腐っても神は神、立ち直りは早いのである。


「先ほどローマ神界へ派遣している神々から連絡を受けた。我が妹の拵えた機構の研修が無事に完了したとな……肩の荷も下りた思いよ」


 漸く長年の研究成果が花開いた瞬間、高天原の神々は歓喜に震えた。漸く、漸く祖国へと帰るときが来たのだ! 長く辛い研修の日々、いい加減ホームシックも通り過ぎて愛郷の念しか現地の神々には残っていない。家族も諸手を挙げて喜び、今頃は各家々でお祝いの準備をしている最中であろう。


「……明日旅立つ。皆にも挨拶をせねばならんしの、我も旅の準備をせねばいかん。それに、今少しの時間を空ければ面白き場面で乗り込めそうじゃ!」


「ふふ、左様で御座いますか」


 夕陽に向かってガッツポーズを決める上司に思わず微笑ましさを感じた天宇受売命。手で口を隠しつつ奥床しい笑みで以って天照大御神の溌剌とした姿に答えるのであった。


「ほれ、よく言うじゃろう? ”ちょろインは遅れてこそ花咲くものよ”」


「……うふふ、それはヒロインじゃありませんか?」


「なんと!?」


 泥が付着した顔を驚きに染めて笑いあう二柱の女神。沈む日の光がお互いの顔を真っ赤に染める中、本当に赤くなっていた天照大御神は誤魔化すように頬をかき。夕餉の鐘の音に気付いた所で天宇受売命を伴い軽トラへ乗り込むのであった。


 旅立ちまで後――一日



本日はこれにて御仕舞い!

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