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ぽっちゃり少年と旅するご近所の神様  作者: とっぷパン
序章 ”始まりと旅立ち” の段
5/65

5話~え? 修行ってそう言う事!?

修行……それは心身ともに成長を促す為に己へと課す修練――――って思っていた時期が夕飯前までありました。

「まず、先に一つ言うておく事がある。坊はの……今宵誘拐されるぞ」


 件の家族会議は食後のお茶をまったりと啜るあーちゃんの衝撃的な言葉によって幕を開けた。


「ふ~ん、誘拐ね…………ええっ!? 誘拐だって!?」


「おうおう、そんなに嬉しいか坊よ」


 あーちゃんの口から聞こえた言葉は、食後でまったりとしていた僕の頭を横からガツンと殴り倒して行った。正に言葉の通り魔と言ってもいい気がするけど、その言葉を漏らしたあーちゃんはニコニコと微笑み実に楽しそうだ。


「う、嬉しい訳無いじゃないか!? 何でそんな衝撃の事実を今さらっと言うんだよ……。あーちゃんが知っているって事は、結構前から僕が誘拐されるって分かってたでしょ!」


「ほほ、今回に限りそれは違うぞ。実はの、我の古い友人が昨日突然尋ねて来おったのじゃが、そやつが我の口が開く前に土下座をしおってな。どうしたのかと尋ねた所、此度の事の仔細を話してくれたのじゃ」


 熱いお茶を注いだ湯飲みを啜りつつ、お茶請けの煎餅を齧りながら黙って話に耳を傾ける。如何やらあーちゃんの話によると、その古い友人(女性)の部下に当たる男が昔あーちゃんに求婚してきて呆気無く袖にした事があったと言う。あーちゃんに対して大層不遜な態度で話しかけてきたらしく、顔を見た瞬間から興味が失せた彼女は一応最後まで話を聞いた上で冷たい笑みを浮かべて振ったそうだ。それに逆上した求婚相手があーちゃんに暴力を振りかざしたが、三姉弟の中でも一番腕っぷしが強い彼女にコテンパンに伸された挙句、男の上司であーちゃんの古い友人でもある女性の所に連れて行かれ説教を受けたと言う事だ。


 そして、その事を根に持った男がある日出奔し、彼女の元から行方をくらました。四方八方と手を尽くして男の行方を捜した彼女であったが男の所在は一向に掴めず、あくる日になってから一つの情報が手元に舞い込んで来た。

 なんと、行方をくらましていた男があーちゃんに逆恨みの報復をするべく、何処から聞き入れたのかは不明だが一番身近で親しい間柄である僕を誘拐してやろうと企てている、と……。


「要するに、僕は完全にとばっちりを被ったって事なんだね……」


「まあ、概ねその通りだのう~。ほほほ!」


 ころころと笑うあーちゃんに今年一番の疲労を覚え、ぐったりと畳の上に身を投げだしたい気持ちをぐっと堪えて煎餅をもう一枚。鼻の奥からたまり醤油の香ばしい匂いが抜けて行った後、咀嚼した煎餅を胃袋に流し込む為に少し冷めたお茶を啜る。

 何とか気持ちを落ち着ける事に成功した僕は、誘拐に対する抵抗策は無いかと思案する。幸いと言っては何だが、今宵この場所には様々な知恵を持った人達が集まっている。ナギさんやナミさんの二人は荒事こそ好まない性格であるが、決して力も知恵も弱い人じゃないし寧ろ僕なんかよりは断然強い人達だ。若い頃はそれなりに危険な目にも遭遇してきたらしいと言う話も聞いた事がある。ここは頼りにさせてもら――――


「うえっぷ……! 駄目だ、後数分で吐く――」


「う~ん、私も飲み過ぎちゃったみたい――……うっぷ!? こ、ここまで来てるわ……」


「誰か! 至急二人を厠に連れて行って下さい!」


 あっ……、これは当てにできそうも無いよ。

 家で代々巫女長を務めてくれている家系の、三軒隣に住む普段は委員長風なメガネっ娘大学生、千谷 彩(21)さんが叫ぶ様に指示を飛ばす。一応会議が終わるまで隣の部屋で控えていた巫女さん達が、青い顔で今にも吐きそうな夫婦を迅速に連れ出して行く。ナギさんはお酒に弱い人だからしょうがない気もするが、ナミさんは酒に強い癖に量が飲めない性質だからあれだけ飲めば自業自得と言うものだろう。


「いきなり知恵者が二人も。くっ、これだから呑み助は……!」


「ご、ごめんね、奏ちゃん。家の両親が迷惑かけちゃって……。私達だけでも何か考えてみましょう? きっといい解決策が浮かぶわ」


「全く、いい年こいて酒に呑まれるなんて情けねえ。さすがの俺もこればっかりは擁護できねえなぁ、わははははは!」


「うみゅ~、……もうお腹は一杯なのじゃ~。奏の字~、ふにふにお腹枕をを貸してたもれ~……くぅ」


 眉を八の字に下げて心底すまなそうに謝ってくれる月姉が、こんな時でも煎餅を掴んで離さない僕の手を取って励ましてくれた。その横でスーさんはつまみのスルメ烏賊を齧りつつ、晩酌の残りをチビチビと飲みながら豪快に笑っている。九ちゃんはそろそろ眠気が勝ってきたのか会議の序盤から頭が舟を漕いでいる状態だ。このまま放っておくのも何なので、取り敢えず九ちゃんの要望通り僕のお腹を枕代わりにして膝に座らせておく事にしよう。概ね今まで生きてきた人生で何度も繰り返してきた光景ではあるが、今回ばかりは笑って済ませられる様な状況でも無い。誠に意地汚い様相を見せる僕の手をなんとか抑えつけながら、この場に残った人達だけで対策を考えなきゃ……!


「……済まん、息子よ。そろそろ父さんもここまで――うおっぷ!?」


「誰か! 神主様を迅速に厠へお連れして!!」


 真剣表情で考えを纏めようとした途端、唐突に手を上げた父さんが吐きます宣言をして引き締まった雰囲気を壊す。すかさず彩さんがメガネを光らせながら指示を飛ばし、これまた隣室に控えていた巫女さん達が颯爽と現れる。


「何で飲み比べなんかしたんだよ、父さん……! 息子が下手したら一生会えなくなる様な瀬戸際なのに!!」


「いや、言い訳のしようも無――あ、もうダメ……! おえぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


「え、ええ、えんがちょぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 両肩を担がれて運び出されようとしたその時、その揺れが止めの一撃になったのか胃の中身を畳の上にぶちまける父さん。父さんを担いでいた巫女さんは素早く身を離し難を逃れたが、目の前で心配そうに指示を飛ばしていた彩さんは残念ながら被害を被った。顔面から吐しゃ物を浴びた彩さんは、恐らくは今日一番の叫び声を上げて空中に空手チョップを食らわしている。一種の錯乱状態に陥った彩さんを素早く拘束した巫女さん達は、彩さんを抱え込んで部屋から退避していく。きっとお風呂場に向かったんだと思うけど、暫くはテンションが低い日々が彼女を待っている事だろう。誠に申し訳ないと共にお気の毒である。


「おうおう、巫女長も御気の毒様というわけじゃな。後で何か差し入れでもして進ぜよう」


「うん、父さんの所為でゲロ塗れだからね。僕も後で謝っておかなきゃ……って、そうだよ! 対策を考えなきゃ謝る事も出来ないじゃないか。これ以上人数が減る前に何とかしなきゃ……!」


「うむ、その事なのじゃがな……。坊よ、主は我が昼餉の時に話した内容を覚えておるじゃろう。その話が正に今、この問題と関わってくるのじゃよ」


 あの話がこれに関わってくる? ってことはだ、一番目と二番目の内容は兎も角として三番目の修行内容は今回の誘拐を見越して考え出された物と言う事なの? じゃあ、初めから修行についての選択肢は無かったって事なのね……。


「無論、我や姉弟達で楽に撃退できる相手ではあるが、坊にはここいらで次の段階へと進んでもらいたいと考えた結果なのじゃ」


「最初から対策は練られていた訳なんだね。それも逃げられない方向に」


「ほほほ、そういう事じゃ」


 悪戯が成功した子供の様に笑うあーちゃんと苦笑いしか出ない僕。ツク姉も若干すまなそうではあるが微笑んでいるし、スーさんは少し気の毒そうに僕を見ながら酒を一口。唯一この場に残っている肉親である母さんは、期待と不安の入り混じった目と笑顔で僕の頭をガシガシと若干乱暴に撫でてくれた。顔も赤いし大いに酒臭いが、今はそれでも嬉しいから素直に撫でられよう。


「奏慈、お前はあたしと父ちゃんの息子だ。身体つきはどっちとも似ないぽっちゃり君に育っちまったけど、心はあたし達から良い所取りしたみたいに優しい男さね」


「母さん……」


「お前にはどうしても成し遂げたい目標があるんだろう? なら、多少苦しくても応援するのが親ってもんさ」


 男らしい笑顔ながらもきちんと母親というものを感じさせる母さん。母親の強さと優しさを胸に感じながら、改めて自分が何を目標に今まで生きてきたのかを思い出させてくれた。そう僕は――――


「そうだね、僕には昔からの目標があったんだ……。それを成し遂げるためには、まだまだ未熟な僕から一歩でも先に進まなきゃいけない。だからあーちゃん、僕その修行をやってみるよ」


「うむ、良い心構えじゃ! なれば、早速旅立ちの準備に取り掛からねば。敵は待ってくれんからのう」


 そう言うとあーちゃんはおもむろに立ち上がって部屋から出ていく。後に続く形で立ち上がるのはツク姉とスーさん、それに眠りこけた九ちゃんを背中に背負い直した僕が部屋から移動する。ちなみに足元が覚束ない母さんはこのまま部屋で休んで行く様で、父さん達と合流してから僕の所に向かうそうだ。



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