2話~風呂敷超特急!
姫巫女さんが行方知れず!?
所は変わって妾達、地表を離れて大凡四半刻と言った所かの? なんと麗らかな陽気に照らされて、お天道様も半ば下がってくる時間帯にも拘らずとても気持ちが良い。結界の上は柔かくも弾力があり、元が力の持ち主である奏の字の匂いが妾を包み込む様に抱っこしているようじゃ~。
「「あああぁぁぁぁぁぁっ!!??」」
「ぶ、ぶつかるぅぅううううぁぁぁああああっ!?」
そう言えば妾、この世界に来る前に大根とかぶの糠漬けを仕込んでおったの。最早幾日も経ってしまった故に今頃開けて食うても塩辛いだけじゃろうが、月の字なら自慢の嗅覚で見つけ出して御茶請けにしとるかもしれんな……惜しいの~。
「ひぃえぇぇぇぇ、木が、木が正面にぃぃぃっ!?」
「ちょっとぉぉぉぉ、おおぉぉぉぉぉ!? 木が勝手に曲がったぁぁぁ!?」
春先には蕗の薹が出よるからして、蕗味噌なんぞ拵えて御結びさんの具材の一つにしたかったんじゃがの……。それに、いま少しすれば山芽の時期じゃし、野山に仰山の食が溢れる境じゃな。タラの芽とこしあぶらを天ぷらにして、大葉の刻みと大根おろしの天つゆで食す――ああ、なんと素晴らしき美味じゃの~。ウルイの酢醤油御浸しや、ウドの鰊煮込みも良いの!
「副長! 前方に巨大な岩塊があります!?」
「今度は巨大な岩塊がっ!? 九ちゃん様、このままでは結界事岩にぶつかって――って、く、砕けた!?」
皐月の初旬までなら山桜も咲いとるし、今頃は皆で散策がてらに御花見と飲み会かのう?スーさんと建御雷神のおっさんが川原で腕相撲、天の字と宇受売さんは草花の咲く野で天上界の書類整理に明け暮れる様がありありと浮かぶわい。
「「九ちゃん様ーっ!?」」
「くぁ~……誠に以って小うるさい童共じゃの~。何の為に志乃が先行しとると思うて居るんじゃ、あ奴に任せておけば障害等ものの数ではなかろうに。少しはフォルカの様に黙って座っとれ」
全く、地を離れてから数十秒位は静かじゃったが。やはり人の子は臆病さは何処の世界も変わらず、恐らくは日常的に空を飛ぶ感覚に慣れとらん所為も相まって夏の夜長の羽虫の如く喧しい事この上ない。いっそ奴らの声を遮断してやろうかとも考えたが、その様な事に一々術を行使するのも馬鹿らしいと思い現実逃避していた訳じゃ。
ドルゲとか言うあの中で一番の年長者は気絶しとるし、ジェミニはキーキー言っとるが取り乱さんだけまだマシな方かの。どいつもこいつも全く以って軟弱、その股座に付いとる物は飾りか!
「ほれほれ、童共。後半刻もあれば到着じゃ、直ぐに出発できるよう荷物の整理と心の準備でもしとれ」
騒いでいる奴らも妾の言葉で意識を切り替えたのか、王都で起きた事の孕んでいる重要性を思い出したのか定かではないが、皆一様に真剣みのある真面目な顔付きに変化しよった。やれば出来るのであれば始めかやっておれと、声を大にして心で叫んで置くとしよう。
『姉上、前方にヒューマニアンの気配が多数感じられる場所が近づいております! このまま王都内部へ降り立つよりも、一旦近くで降りてから入城した方が良いと思われますが如何為さいますか?』
ふむんと一息ついた所で妾の耳を風の霊力による波が打った。声と霊力の質からして地上を先行しておる志乃じゃの。大分霊力の扱い方が板についてきおったと感心しながら、承諾の意を返して若干の軌道修正へと入る。
修正方法は単純明快、妾が上から風呂敷を殴り飛ばす力技。風呂敷の見た目に反していやに高い防御力を備えた結界ならば、多少妾が殴りつけたとしてもびくともせんのじゃ。逆を言えばじゃが、此処で思い切り不満をぶつけたとしても大丈夫と言う話じゃの!
「それでは童共よ。これより着陸の準備に掛かる故、皆で寄り固まりてじっとしとれよ! 何、安心せい。ちょこっとばかし殴るだけじゃ!」
「「――――っ!?」」
悲鳴が口から出る前に拳を振り上げて打ち下ろす。妾の拳がめり込む感触を確認した頃には既に地上へと真っ逆さまの急降下状態じゃ! ぬははは、楽しいのう~!
「それ、志乃よ! 結界がそちらに行ったぞ。見事傷一つ無く受け止めてみせい!」
『承知!』
足場が無くなったお陰で自由な落下を楽しむ中、地上で受け止めるよう指示を出しておく。一応こやつ等を送り届けるのが妾の仕事じゃからして、安否を気遣う心くらいは示しておかんとの。
志乃からの勇ましい返事に次いで大きな土煙が妾の鼻っ面を掠めて空へと舞い上がる。幸い此処い等は岩とちょこっとばかしの樹木しか自生しておらんから、邪気の温床となる様な破壊にも繋がり難い。前方に視線を向ければ人の子の集う都、アルバス王国首都である王都がよう見えよるわ。ふむん、やはり城壁で街ごと囲う奴じゃの。それを三段階に分けて敵からの攻撃に対しての守りを取っておるか、然もありなん。典型的な城と言う訳じゃのう、異世界に来てまでなんと面白みの無い。御城見物は妾の楽しみの一つなんじゃがのう……いや、まだ魔法による仕掛けがあるやも知れん。そいつを楽しみにしておくとするかの。
「姉上~!」
「おうおう、ようやったの志乃。見た所童共に怪我をしとる者は居らんようじゃし、大地に傷をほぼ着ける事無くよう受け止めよった。合格点じゃ!」
大人びている容姿の割りに童女の如く嬉しそうに笑みを浮かべる志乃。思わず頭を撫で回してやろうかと思うたが、それは又の機会にとっておこうぞ。今は一刻も早く王都へ急がねばならん……こやつ等がの。
「そら、童共起きよ! この平野を進めば王都は目と鼻の先じゃ、目を回して居る暇は童共には無いのであろう?」
落下の衝撃は殆ど無いにせよ、心理的恐怖によって地面で伸びておるフォルカ達に叱咤をくれて覚醒させる。腰やら頭やら打ち付けた所を摩りながら各々目を覚ました後にのろのろと出立の準備をする姿に苦笑を禁じえないのう。所謂足腰立たぬ”ガクブル”状態。へいへい、ピッチャービビッてる~の言葉を送りたい所じゃな。凡そ伝わらんじゃろうが……。
「きゅ、九ちゃん様。王都が近いとの事でしたがどちらの方角ですかな? 落下の衝撃で平衡感覚が、その、駄目になっておる次第です……」
「まあ、半分は妾が面白半分憂さ晴らし半分でやった結果じゃからのう。暫しの休憩を挟んだ後に移動としようぞ。志乃もそれで良いかの?」
ふらふらでよれよれのボロ雑巾一歩手前、汚れた手拭が如き萎びた様相を見せるドルゲに思わず哀れみを抱いた妾。仕方無しに休憩を挟む事にした訳じゃが、確認の為に振り向いた先には辺りを忙しなく見回しておる志乃が居った。
「――あ、はい、私に依存は御座いません。それより姉上、龍帝の姿を見ませんでしたか? いつの間にか私の腕の中より何処かへと……もしや、主様に付いてあちらに残ったのでしょうか」
妾が二の句を告ぐ前にこちらを振り向き理由を話す志乃。そう言えば龍帝め、先程から姿が見えんと思うて居ったが、奏の字の方に残ったと見て間違い無さそうじゃの。妾達が飛んできた方に二つの大きな霊力の持ち主が感じられる……。何やらもそもそとしとるようじゃが、直に追いつくであろうから放って置いても良さそうじゃ。
ありゃ? と、言う事は……妾の焼肉が当分……お預け?
「あいや、しまった……! 奏の字から焼肉を数本貰っておくんじゃったわ」
「それは大事ですね、姉上」
先の試し食いを思い出したのか、溢れる唾をそのままに夢想を始める志乃に妾も続く。もう久方ぶりに食べたものじゃからして、まだまだお腹が満足しとらんのじゃ! む~、あまり遅くなれば迎えに行かんといけないのう。
腹を抱えて唸っておれば、体調が回復したフォルカ達から声が掛かる。場所を教えて欲しいと再度尋ねられたので、自分で見たほうが早いと言い返し一番軽そうな小僧を選び抱えて跳んでみせた。確か、名前はカリムとか言う小僧であったか。妾に小脇へと抱えられたまま地上五百メートル付近まで飛び上がり景色が一変した事に一瞬小さな悲鳴を漏らしたが、何とか目を見開いて現在地と方角を確かめ居ったわ。奏の字とそう年端は変わらぬ癖に良うやるのう。
「無事か、カリム二等兵。……して、現在地と王都の場所は見えたか?」
「はい、閣下。何とか、見えました……。我らはバチム平野の中におり、王都への道としてはあの大岩がある方角へと真っ直ぐ突き進めば東城門前に辿り着く算段です」
「ふむ、バチム平野か……あの様な短時間の内に山を二つも越えてきたのか……凄まじい速度ですな」
まあ、ドルゲは寝とったからのう。実際には山を”貫いて”きた訳じゃが、それは敢えて黙しておいた方がこ奴の精神安定上良かろうな。若き小僧共ですらあの時は放心しておった位じゃ、歳を重ねて己が常識を作ってしまった人の子ならば精神上不安定になり兼ねんの。
バチム平野と言ったか、見渡せば少しの草木と岩肌しか見えない少々物寂しい土地にはこれと言って特に何もありゃせん。しかし、王都に近づいて行くにつれて多数の怪しき力を捕らえる事実は……相当に浸食されておると言う事態の表れか、それとも――
「あれこれ考えても所詮は机上の空論かのう……」
思わず悪い方へと意識が向いた為に零れた呟きが耳に入ったのか、ジェミニが少しの不安を顔に浮かべて妾に聞いてきよった。この様な小娘に不安がられる言葉を零した事に苦笑を交えながらも、心配はないとだけ伝えて再び視線を王都へと向ける。
暖かな陽気を吹き消す様に一陣の冷たい風が頬を撫でて吹き荒ぶ。虫の知らせとはよく言ったものじゃが、事態は妾が思うよりも少しだけ深い所にある様に思えてきよるのう。はてさて、妾や奏の字にとってはヒューマニアンの国がどうなろうと知った話ではないが、こちらから関わってしもうたからには最後まで見届けんとのう……これも修行じゃ。
それに、此度は志乃や龍帝の事もあるからの……。奏の字にけし掛けたのは妾じゃし、折角出来た妹分は目一杯可愛がってやらんとな。
「九ちゃん様、バチム平野はそれほど広くは御座いません。上からご確認なされたとは思いますが、王都から東部へかけて広がる平野は街道を経て森に挟まれ両脇は深い森林や谷などの地形で構成されております。本来ならば街道を通って行くのが最も安全な道のりなのですが、我らが都を出立した時などは最も危険な道に変化していたのです」
「そうか……ふむ、危険とは――”あれ”の事かの?」
カリムの小僧が説明した情報を更に細かく説いてくれる中誠に残念じゃが。ジェミニよ、おぬしが言う危険が目の前に迫っておるぞ? との思いを籠めて指を妾の前方で見え隠れする土煙と邪な気配に指す。妾の妖艶で愛らしいぱっちりお眼々に映るは、トンでもなく大きいつるべ落としのおっさん如く頭しかない邪気が一匹とその他数百匹の低級邪気共が群れ。そのどれこれもが気色の悪い様相と力を発しながら猛然と妾達めがけ走り寄って来る姿であった。
「――!? 者共、抜刀し戦闘魔法の準備をしろっ!」
「くそっ、此処まで来てやられて堪るかよ!」
「そうだ、俺たちは殿下と志乃様を王都へ御連れするのが任務……死んでも此処は通さん!」
お~お~、小童共が軽々しく命なぞ賭けおってからに。おぬしらが死んでも邪気に取り込まれるだけと言う事実を忘れとりゃせんかの? 鳥じゃあるまいに、三歩進んで皆忘れたでは済まんぞ。
「それ、童共は下がって居るが良い。此処は妾が一撃で以って撃滅してやる故、童共は志乃と共に王都へ走れ。良いか? 此度の妾の攻撃は大規模殲滅系統の術じゃ。後ろを振り返る事無く全力で駆け抜けよ」
童共の確認を取る事無く迫る邪気目掛けて尻尾を一本だけ出して霊力を身体に満たす。清らかでありながらも艶を含んだ霊力に体外に迸る蒼い焔……。あれらを撃滅するには十分に事足りる程の霊力を両拳に集めて両掌を合わせる。拍手を打つ破裂音が波となりて空気を揺らし、次いで平の間からは青白い閃光が眼の眩むほどの輝きを放つ。
「志乃よ、お主結界は張れるな?」
「はい、主様や姉上程ではありませんが可能です」
「うむ、では己が周りを含めて童共を囲い守ってやるが良い。ぬふふ、今度の妾は少し恐っかないからの!」
さて、綺麗さっぱり滅して王都で奏の字の到着を待つとするか……の!




