1話~急を告げる知らせ……
霊力の御業を持って作り出したのは――御野菜ポテチ?
「なんと……!? アルフェルカの行方が不明……今確かにそう言ったのだな? ……そうか」
ほのぼのとした旅立ちの一歩は、しかして僕らに衝撃等言う名の展開と更なる危機を孕んだ知らせを齎し、アルバス王国にとって有史以来の分岐点を歩ませようとしていた。
”姫巫女”――言葉のニュアンスからしたら姫の立場でありながら巫女の役職も兼務する特別な立場と見れるが、それと合わせてフォルカさんの妹さんでもあると……。確か、この国の宗教は大まかに二つ在ったね。五大龍帝を主と仰ぐ龍帝教会と、五大創造神を主と仰ぐ――あ、名前はまだ聞いてないや……。
「アルフェルカ様が……姫巫女様が行方知れずとなりますと、このまま志乃様を王都へお連れしても邪気の殲滅や浄化儀式等の作戦にかなりの支障が出てしまいます。辛うじてと言っては難ですが、安否が不明と言う事は御命が無事である可能性も残されている、と言う事だけが救いです……」
で、その宗教の内フォルカさんは雲龍帝――つまりは現在の志乃さんに庇護を受けて暮らしてきたと言っていた。それから察するには志乃さんを主と仰ぐ龍帝教会の一派だと推察できる。何故一派だと言い切れるのか、と言う問いには、五大龍帝の名が現す通りに五つの流派があると楽に推察できるからだと答えておこう。
元・龍帝だった志乃さんの魔力と名から風と水を司る龍帝だったみたいだし、他の龍帝さんは火とか雷だとか光みたいな異なる属性を司っている可能性が高い。各々が別の属性を担当する事で、他の龍帝に大事が起きた時等に損失のリスク分散を図るためだろうね。主とする部分と副産物的な目的で二つくらいは担当しているかもしれないし……。
そんな龍帝の巫女がアルフェルカさんという妹君って言う話な訳でして、此方の世界でも霊力を感じられる事からも儀式とやらを通じて僕らと同じ力を扱う術があるのかもしれない。その要が姫巫女さんなのだろう。要が行方知れずとなれば――探すしかないよね!
「所でドルゲさん。”敵”って仰いましたけど、敵って何処の何方が敵対しているんですか? ヒューマニアン同士の争いに限っては、僕らはよほどの事で無い限り介入する立場では無いので如何し様もありません」
あえて手を上げる形で意見を述べさせて貰った所で、そう言えばそうだった的な一瞬の呆けを浮かべたドルゲさんが僕らに簡潔に説明してくれた。
「そう言えば具体的な話はしとらんかったわ。現状で我らがアルバス王国に敵対する国家は略無い。モレク山の聖域でわし等が戦っておった瘴気の化け物、お主らの言う所の邪気が我らの国内で此処百年位で暗躍しおってのう。先々代の国王陛下の情勢で突如西の国境付近で確認されてから方々で出現しては、殺戮と破壊の限りを尽くした上で大勢の騎士達の命と技術を以って辛くも退ける事に成功してきたのだ」
まあ、この世界の一般的な騎士と呼ばれる人達からしたら邪気の討伐など命が幾つあっても足りない大事。兵の数で押しつぶすしか道は無く、それを事項するには多大な犠牲の基に成り立つ結果が常に付き纏うだろう。それでも撃退できるだけの力を持つ辺りは、ヒューマニアンの可能性が相応に高いお陰だろうね。
「……そうなれば、姫巫女さんの命を狙っているのは邪気となりますね。ならば僕らが肩を貸すのも何ら構いません」
ふ~ん、ドルゲさんの話も何処まで本当かは知れない……。だけども邪気を相手にして他と戦っている余裕は無いだろうから一先ず信用しておこうか。
それを踏まえて、邪気討伐作戦の要を欠いた状態である訳なのだけれど。存亡をかけた危機に対しては、やはり王族が毅然とした態度と威厳を以って統率を図る他無いだろう。なれば、風呂敷結界で暢気に二日もかけて奔る話は在り得ない。一刻も早く彼らを王都へと送り届ける必要が急務って事だね。
「然れば”あれ”じゃな、奏の字。事態は一刻を争う状況じゃからして、風呂敷弾丸超特急のお披露目と言う話じゃの。こやつ等を纏めて送れば、そうじゃの……半刻もあれば余裕を以って着きそうじゃわ」
九ちゃんが霊力レーダーを使って王都との位置関係を調べた上での大凡の所要時間を示した。半刻は地球時間で約一時間、一刻で大体二時間となる。本来ならば残り二日は掛かる距離だが、モレク山集発時に出した三つの案に照らし合わせれば自ずと問題は解決するってもんだよ。
「――あ、まさか”風呂敷弾丸超特急”とは」
「聖地モレク山脱出の際に奏慈殿が御提案された案の内の一つ、我らを結界で包み込み全力でぶん投げると言う力技の事ですか……?」
恐る恐る、戦々恐々……言葉の表現は数あれど、震える声で僕に確認を取る兵士の皆さんに最高の笑顔とサムズアップを返して告げるは残酷な真実。
「勿論!」
「「うわぁぁぁぁ……」」
もう、王都で大変な事態が起こっていると言う話なのに情けない。僕の答えを聞いた彼らは一様に頭やら膝を抱えて崩れ落ちるのを、九ちゃんと共に呆れ顔のため息と共に見下ろす。肩を竦め合う僕らではあったが、いち早く立ち直ったのはやはり王族のフォルカさん。次いでドルゲさんとジェミニさんがフォルカさんと同じく覚悟を決めた意志を宿した瞳で立ち上がる。
「望む所です、奏慈殿。端からこの命は王国の為、民の為に奉げたも同じの身。今更王都まで投げ飛ばされた所で何の恐怖を抱く必要がありましょうか……!」
「フォルカ様……!」
「だのう、若様」
頼もしい顔付きと勇気を以って立ち上がった御三方に触発されて、地面にへたり込んだ兵士の方々も次々に足腰に力を入れて立ち上がる。其々が己が使命を果たさんとばかりに力強い輝きを瞳に携え、心なしか身体に満ちる魔力も増している様に感じるね。いや、実際上がっているのだろう……全員漏れなく膝が笑っているけど。
「では、主様が投げ易い様に一箇所に纏まるのだ。私はおぬしらが投げ飛ばされた後を護衛として付いて行く。姉上は来た時と同じ様に結界の上で維持をやって下さるから、安心してぶん投げられるが良いぞ」
「クアッ!」
びしっと決まった志乃さんと龍帝さんのダブルサムズアップに冷や汗が止まらない様子の一団は、しかして王国の危機という二進も三進も行かない緊急事態によって強制的に風呂敷結界の中へと押し包まれる事に。着弾の衝撃に中の人が耐えられる様に結界そのものを分厚く補強、且つ戦闘機乗りや宇宙船パイロットが感じる様な対G圧力の減衰を測るべく術を行使しておくのも忘れない。
「”奔りいて、友を救いし丈夫は。風を纏いて千里を駆けん――” ふう、これで大丈夫だね」
「うむ、後は妾が引き継ぐからの。奏の字はこ奴等を投げ飛ばす準備じゃ」
結界の維持を九ちゃんに譲渡して任せ、僕はこれを王都まで投げ飛ばす為に精霊力第二段階の融合・倍化精霊力を行使せんと自然に満ちる霊力を吸収し倍化させていく。大気に満ちる風の霊力、大地に満ちる地の霊力を吸収し融合、更に両者の特性を掛け合わせて身体能力底上げし強化を図る。風の霊力は筋肉に凄まじい瞬発力を与え、地の霊力は頑強且つしなやかな身体を作り上げる基となるのだ。
霊力の組み合わせによっては様々な力の向上を望める第二段階ではあるが、惜しむらしくは所詮”自然任せ”と言うのがどうしても付き纏ってくると言う事だね。環境によっては全力を出せる訳も無し、下手を打ったら弱体化も招きかねないんだ。
「……主様の外見に特別な変化見受けられませんが、潜在霊力の変化を見れば最早別人と言わざるを得ないほどに変わっておいでですね。眼が見えず、魂の力を感じられない者ならば今の主様を同一人物とみる生物は大凡居ないでしょうな」
生物としては一生の内に成長や変態を遂げるものは数多くあるだろう。それに伴って外見が変化したり、新たな能力を備えるのが一般的な生き物だよね?
でも、この術は身体の組織や力の流れそのものを大幅に強化して変化させる。それによって伴うリスクは先程上げた通りだが、志乃さんが話した内面が変化する行為は先ず生き物が到達し得ない領域の一つだろうね。
「強いて上げればじゃが、肌の艶が三割増で良くなるのがこの術の特徴じゃて」
「なんと! それは女子力を極める為には是非も無しに覚えたい術ですね、姉上!」
さて、外野で僕の厳しい修行の日々を女子力に置き換えて話している二人はさて置き、僕は巨大な風呂敷結界――と言うよりは饅頭みたいな物を片手で”むんずっ”と掴み上げる。溢れる強力は二十数名の人が入った結界を軽々と持ち上げ、砲丸投げの選手の如く肩に担げば後は腕を大弓の弦を絞らんばかりに力を入れて構える。左腕を伸ばして左手片を照準とし、仏教界の守護神こと金剛力士様の如く表情と筋肉を引き締めて投擲の準備は完了。後は九ちゃんに結界の維持をやって貰う為に風呂敷結界の上に乗って貰う。
「奏の字や。右にコンマ零参、仰角弐じゃ」
「了解! 右にコンマ零参、仰角弐!」
戦艦の主砲を敵艦に合わせる雰囲気で以って僅かな誤差を九ちゃんレーダーを頼りに修正すれば、ほら完璧だね!
今更ながらに震えが来たのか、結界の中で青い顔して膝が震えている皆様方にとびっきりの笑顔を返しておくのも忘れない僕。その笑顔に諦めが付いたのか、はたまた唯単に混乱しているのか定かではないが鷹揚に頷くフォルカさん。その様子を確認して僕は風呂敷結界を振りかぶった。
「――それじゃあ皆さん、行ってらっしゃい~!」
『うわあぁぁぁぁ!?』
「行ってくるのじゃ~!」
「主様、お先に参ります!」
凡そ三秒程の時間を以って空の彼方へと消え去る一行。彼らの無事を祈りながらも、とりあえず巾着袋から焼肉を取り出して齧り付くのであった。
「さてと、僕も追いかけますかな? だけども――」
ちょこっとばかしの寄り道が必要になるみたいだねっと、美味し!
――――◆――――
「クア~、クア!」
ぶん投げた風呂敷結界を見送った後、僕と共に行く事にしたらしい龍帝さんが僕の腕の中に飛び込んできた。九ちゃんによって普段は陣取られている僕の肩までよじ登ると、此処が定位置と言わんばかりのドヤ顔と鼻息で以って占有し始めたので好きにさせる事に。ご機嫌な彼に焼肉を渡して僕は寄り道で大事な情報を得るべく、放り投げられた自国の王族の行方に口を金魚の如く開け閉めしている兵士の方々へと向き直った。
全員が全員金魚になっておいでの中、いち早く僕の視線に気付いた村長の娘さんが隣にいる兵士の肩の服をちょいと引っ張って意識を戻してくれた。ぼけっと空に意識を奪われてた兵士さんは慌てて直立し、右頭部に手を添える敬礼をしつつ冷や汗をかいている御様子。
「そんなに畏まらなくても良いですよ、少し聞きたい事があるもんですからお時間宜しいですか?」
「は! どうぞお聞き下さい!」
びしっ!と声を上げて了解の意を下さったので早速話しを聞こう。僕がこれからしようと考えている事は彼らにも大変重要な事を孕んでいるから、きっと乗ってくれると踏んでるのだけれども……さて。
「そうですか、では早速。聞きたい事というのは外でもない、先程の――」
「――はあ、それでしたら私でもお教えできます。あの御方の魔力は特殊で、世界でも同じ質を持つ者は他にありません。ですので、上手く反応を捉えることが出来れば恐らくは……!」
なるなるほどほど。それを聞けて良かった、まだ僕にもアルバス王国にも希望の目は残っていそうだね。それじゃあ、賽の目が誰を向くのか一丁賭けてみますか!




