16話~焼肉は万国共通
九ちゃんから駄目出しを頂いた奏慈君。そんな事はさて置いて、”旅のお供”を拵える。
ぽっちゃりお腹をぽよんと揺らしてのサムズアップを返した所で僕も霊力を更に練り上げる。体内で作り上げるは風と火の霊力の元と成りし種。空とカルル村で今使われている竈の火をちょっと拝借して、霊力の種に掛け合わせればお手軽使用の風と火の精霊力の出来上がり。
「”左手に宿りし風の子よ、舞を踊りし嵐の種と成りて吹き荒れん” 結界戦術参ノ形、霊結嵐艶舞」
空に満ちる霊力が野原でじゃれる童の如く朗らかに、しかして竜巻の如き激しさを以って結界内部に吹き荒れる。切り刻まれた野菜やお肉さん達が風と戯れる様に舞い、風が吹き荒れる事によって生じた低気圧を利用して内部の気圧をどんどん下げて真空にするんだ。するとどうなるか? その答えは簡単明快、皆大好きお野菜チップスが出来上がるんだ!
皆は真空乾燥機って知ってるかい? 水は気圧を下げると地球上の平均的な気圧100hPaの沸点温度である百度以下も沸騰させる事ができる。それを利用して作られたのが真空乾燥の理念なんだ。つまりは水分が蒸発するまで気圧を下げて乾燥を促す方法だね。近代の技術革新によって模索された理念はあーちゃん達の神界では割と当たり前の常識であったのだけれど、逆に常識過ぎて人界には全く教える機会が無かったと言う話。
それから数千年の時を試行錯誤に用いた人類が、現代になってインスタントラーメンとかお茶漬けみたいな方法にする事で爆発的に普及したんだ。今ではフリーズドライって言う名前で味噌汁なんかも乾燥させて持ち歩く事も出来るし、軍事産業や宇宙開発の為にも日夜活躍している超技術さ。
「――おおっ! 刻まれた野菜や肉が一瞬で……」
「まるで王都の記念式典みたいな……なんと楽しき光景でしょう! こんな料理の仕方、私産まれて初めて見ました!」
仕上げに市場で買ってきた貴重なお塩をさっと振りかけて優しく風と舞い躍らせれば野菜とお肉のチップスの完成! 軽くて持ち運びも便利、サクッとした小気味の良い歯ごたえと塩加減が抜群の携行食だね。出来立てほやほやのチップスを数枚づつ手伝ってくれた皆に分けて、それぞれの嬉し楽しの感想を尻目に次の準備に掛かる。
「奏の字、焼肉か? 焼肉なのじゃな?」
「勿論、我らが主役の焼肉さんですよ!」
「むふふん! 高ぶってきたのじゃ!」
次の準備に取り掛かっている僕の背中をよじ登り、いつもの定位置に着いた九ちゃんが喜びの声を上げて拳を振り上げ吼える。なぜ彼女が此処まで高ぶっているのかはさて置いて、意識を右手に集中させて神経を尖らせていく。
「”右手に宿りし火の子よ、蒔き火を種に焔となりて舞踊れ” 結界戦術壱ノ形、霊結焔撫」
あえて分けて置いた二百本の骨付きエルダームを結界内部でこんがり焼いていく。外はパリッと芳醇な香りをそのままに中は肉汁滴る水分量と柔かさを絶妙な些事加減で以って仕上げる。焼かれるお肉達は結界の中でルンバを踊る様に滑らかでゆったりとした艶を出し、揺れる焔とダンスする様は調理している僕も楽しい気持ちにさせてくれる代物。篝火の中で舞う一匹の蝶が如く幻想と果敢なさも同時に感じて少しだけ心が浅瀬に沈むけど、漂ってくるお肉の香ばしい焼きの香りで直ぐに緊急浮上。海面を突き破ってお空のお星様にならんとばかりに心が湧き踊るのを実感するよ。
「今日の薬味はなんじゃろな~、艶やかな焔かのう~。それとも麗らかな清水か花香る春の夜風か――むふふふ、夢想に深けるほどに涎が溢れて敵わんわ!」
こらこら、人の頭の上で涎を垂らすもんじゃないよ九ちゃん。
彼女のにんまりと開いたお口から溢れ出る清水による絨毯爆撃を頭皮で受けつつ、僕は先ず竈の火種を触媒にして新たな焔の霊力を練り上げた。九ちゃんお気に入りの霊力の焔を練り上げるに当たって大事な事は、ちろちろと舐める様に長く燃え盛る炭火の焔をしっかりと頭に描く事。描いた絵が鮮明で克明であればあるほど霊力の質が上がり、その向上を以って最高の薬味になると言う訳さ。
「今日はね~、九ちゃんの大好きな艶焔にしようかね~っと」
「ほっほう! 祭りじゃ祭りじゃ、妾の中でお囃子がなり始めたぞ~!!」
「あははは――それに志乃さんと龍帝さん用に月夜の芳香も拵えておこうかな……そ~れっと」
興奮しすぎて涎に小さな火炎が混じって来て頭が熱い。地味に熱い……燃えてないよね?
体内で種火を捏ねて柔かくしっとりと、しかして燃える焔の高まりをそのままに艶を出して磨いていく。それを霊力の薬味として結界内部にささっと降りかけて、さらにじっくりと焼き上げていけば完成である。
「……あのぅ、主様」
「なんだい、志乃さん」
「御二人が盛り上っておいでの理由を聞きたいのですが……。そもそも主様は先程から何をしていらっしゃるのか、私と龍帝の分もと仰っておりましたし、是非お聞かせ下さい。――後、頭が燃えております」
つんつんと服の裾を引っ張っている感じを受けて振り向けば、困惑気な八の字眉毛の志乃さんが僕におずおずと疑問を投げかけてきた。とりあえず燃えている髪に霊力を通して耐性をつけてから彼女の質問に答える事に。
まず、僕と九ちゃんが何を話題にして盛り上がっているのかと言うと――これは実際に一つ食してもらった方が早い! と言う事で、焼けたばかりのお肉を一つ差し出して食べるように促す。どうせだから感心しながら見学しているフォルカさん達にも同じく食べて頂こう。僕らの世界の一般人が食べても多少の効能が得られた記憶があるし、霊力とは別の魔力に偏りがある人達が食べても効果があるかもしれない。
「良かったらこれ、少しづつ分け合って皆で食べてみて下さい。特に志乃さん達は食べれば、これの効能が一発で分かると思うよ」
「は、はあ……食べれば、ですか?」
恐る恐るといった様子で焼いたエルダームの骨付き肉《月夜の芳香》を小さくちぎり口に入れる志乃さん。小さなお口に熱々のお肉が入る様を後ろに居る方々が固唾を呑んで見守っているのに苦笑がでる。熱々のお肉をものともせずに噛み締める志乃さんの表情が、一噛み事に波の満ち引きの如く刻々と変化する様に僕の顔もつき立ての御餅の様にほっこりほこほこ。
見る間に笑顔になっていく彼女を見た龍帝さんも同じくお肉に齧り付いて、唯のお肉には決して感じられない特有の旨味にご機嫌な鼻歌を披露している。
「……はぐ、はぐ。……うむうむ……うん!」
「ン~……クルアァ!!」
瞬く間にお肉丸々一本を食べ尽くしたお二方は笑顔満面。どうやら僕謹製の焼肉を気に入って頂けたみたいだね。
「主様! 霊力にはこの様な使い方も在るのですね! も~、私がこれまで食した何物にも例え難きこの美味、身体の奥底から湧き上がる風の力が私の魂を湧きたてて止みません!」
今にも僕のお腹に掴みかからんばかりの勢いと喜色に満ちた声に若干気圧されている僕と、我関せずとお肉を頬張る九ちゃん。フォルカさん達は志乃さんの様子を見て安堵したのか、各々にお肉を口にしては観想を述べ合っている。
「俺は志乃様程の変化を感じられないんだが……、お前は如何だ?」
「そうだな……言われてみれば若干力が上がった気がする。だけど、魔法で強化した方が力の上限は断然高いな」
「右に同じく、我々には魔法に強化が合っていると言う事だろうな……。ま、それを差し引いてもなんと美味な焼き具合には違いない」
兵士の方々には焼肉の効能は薄いし、味の変化も余り感じられないようだ。が、中にはそれに気付ける人も居るわけでして、その筆頭はモレク山の戦闘にて深手を負い僕の霊力を注入されたドルゲさん。彼は焼肉を手にした瞬間、好々爺然とした笑みが獲物を視る捕食者の顔付きに変わり、目つきも鋭くフォルカさんが全力で引く位の勢いで焼き立てのお肉へと齧り付いたのである。
「……がぶっ! むぐむぐ!」
「あの、ドルゲ様……? もう少しゆっくりとお食べに為られた方が――」
「むぐむぐ、ふん!」
白い立派な口髭に油が付くのも何のその、一心不乱に焼肉へと齧り付く様は正に戦場の兵士そのものと言った気迫っぷり。ジェミニさんの心配げな注意も跳ね返し、筋の一片までも喰らい尽くしてしまったのである。
「……な、なあ、奏慈殿。ドルゲは一体如何してしまったと言うんだろうか? 私は爺の、この様な荒々しい姿は戦場以外で今まで一度たりとも見た事がない」
「大丈夫です。僕の霊力を譲渡した影響で少しの間この様な食べ物、取分け僕の霊力の宿る食べ物に対する執着が強くなっているだけですから。何れ魂に霊力が馴染めば症状も完全に無くなるし、言わば霊力の補填を僕謹製の焼肉から行ってるだけですので」
「そうなの、か……なら、良いのだが」
引きつった笑みを無理やり納得させて引っ込めるフォルカさん。まあ、知己の人が突如人相も人格も変わった様に肉に齧り付く姿を見れば然も在りなんと言ったところかな?
「おい、トルパ……。お前少し食い過ぎだぞ」
「……はぐっ……!!」
「カリム、お前さんも少し落ち着いて食べなさい」
「――すみません。でも、止まらないんですよこれ!」
そして、道中ちょっと仲の悪そうだった二人が同じ様にこぞって焼肉に喰らい付いているのも割とな大事。二人からは魔力の胎動が余り感じられないとは思っていたけど……ふむむん。
後々に残す為の布石を見出しながらも全員が食べ終わるのを尻目に、僕は巾着袋の中に次々と焼肉と野菜チップスを放り込んでいく。勿論、チップスは結界で風味も旨味も閉じ込めて、尚且つ焼肉は巾着袋の特性を生かして暖かさもそのままに保存が可能である。本当にありがとう、あーちゃん。
元の世界に居られるあーちゃんに感謝を奉げて送れば、背後では丁度皆さん方が焼肉を食べ終わる所だった。九ちゃんは骨を丸齧りしながら満面の笑みを浮かべ、志乃さんと龍帝さんも骨までクッキーの如く噛み砕いて御満悦。このお肉の元となったエルダームと言う生物の骨は中々にしっかりとした硬度を持っていたけど、御三方に掛かれば煎餅か何かを噛み砕く感覚で食べる事が出来る様だ。二人共に途轍もない美少女と美女であるが、骨を丸齧り姿も自然と様になるのは何故だろうか? 美人の特権なんでしょうかね……。
「――はあ~、やはり艶焔は美味いの~! 妾の身体にも新鮮な霊力が湧き出て来よるわ!」
着物の袖をまくって力瘤を見せようとするも、少女の外見では唯々可愛らしく自慢げな様子にしか映らない。
「九ちゃんにこれを作ってあげるのも三月ぶりか。その様子だとお待ちかねだったみたいだね」
「あたぼうじゃ、妾はいつ何時も待ち焦がれておるぞ。初めて口にした時の衝撃と言ったらもう……今でも夢にまで見る程の事じゃったしの」
あらまあ、それは悪い事をした様なそうでもない様な……。
そんな彼女に心を和ませて居る最中、いつの間にか集まっていた村民の皆さんがざわざわとし始め、何事かが起こったのを察した村長さんが娘さんを伴って確認の為に席を外した。娘さんに手を引かれてざわつく人ごみに向かった村長さん達、只ならぬ雰囲気で駆け込んできた若い男の人と話をしてるようだけど……。
「――なんと!? それは真か、ジェニアス!」
「はい……! さっき城壁の外に一人の兵士が息も絶え絶えな様子で走りこんできて、全身血まみれで。それで俺、村長に知らせなきゃって思って――」
あらあらまあまあ。何だかまた物騒な雰囲気がぷんぷん臭って参りましたぞ~!
緊急を要する村長さん達の会話を耳にしていたドルゲさんが内容の真偽を見るべく会話に加わる。ドルゲさんを見た男の人と周囲の人達も一斉に頭を下げるが、彼はそれを制して件の話を続ける事に専念するよう促す。ニ、三の問答を経た後に踵を返してこちらに戻ってきたドルゲさんは、フォルカさんに厳しい顔付きで騒ぎの原因を話し始めた。
「若、王都にて大事が起こり申した……」
「我が王国の兵士が命を賭して知らせたのだ、覚悟は出来てる――申せ」
神妙かつ鬼気迫る面持ちで話を切り出すドルゲさん。その口から飛び出たものは――
「妹君、姫巫女・アルフェルカ様が何者かの手により行方知れずになり申した……!」
彼らにとって最も恐るべき事態の始まりを告げる不穏な知らせであった。




