13話~私、似合ってますか?
花より団子――あ、御茶も頂ければ幸いです。
朝仕事帰りであろうか? 額に汗して己の仕事をしたヒューマニアンの客層を狙った串焼き屋の匂いに釣られてしまった主様。両手に沢山の串焼きが入った袋を下げ、困ったような顔をして姉上に頬を引っ張られてお顔が面白くなっている。
「串焼きを与げたんだからほっぺを離してくれると嬉しいな~痛い痛い」
「食べ終わるまでつねりの刑じゃ~」
龍帝の身では御洒落や着飾ると言った機会は皆無だった私は、今現在直面している女子としての矜持を得んが為に姉上に教えを請うている。ヒューマニアンの年恰好で言えば女と言い表すよりも少女と言う方がしっくりくる外見の姉上。だが、実は私よりも数億年程歳が上で、人の身を得たのも十年程前らしい事からも先達として見習う点が大いにあるのだと私は考えている次第だ。
私の主である奏慈様に恥を掻かせる訳にはいかぬと全女子力を結集しては見たものの、所詮は装飾の一つ見出す事ができぬ体たらく……。新たに生まれい出て間も無いとは言え、私の龍帝としての生は何と華の無い事無い事。まるで、遥かなる夜空に月を彩る星空が見えない様な、何処までも続く大地に草木は有れども花だけが無い様な。それとも――いや、今更半生を思いふけった所で意味も無しか。
今は私が選んだこの髪飾りを主様に見てもらわねば、私も少しは女子力を持っている所を覚えてもらわねば臣下としての恥。主様には私の事を隅々まで知り、また私も知って行かねばならぬ。生命としては略脆弱と言ってもよい主様は何故此処までの力を持ち、そして”大神”の所業とも呼ぶべき術を行使して存在を保てるのか……。現段階で全てを語ってくれる信頼を構築できている間柄でもないので、これは地道にコツコツとやっていく他あるまい。
「主様、どうでしょうか? 私が”自分で”選びました一品、主様を大いに引き立てるに役立つ品でありましょうか検証をお願いしたい次第!」
「ええ? 何もそんな尊大に考えなくても、自分で気に入った物であれば自ずと似合うようになるよ。どれどれ……」
励ましの言葉を下さった後に私の手から髪飾りを取り見回す主様。眼を細めて見る様は何とも例え難き真剣さと安らぎが滲み、一通り見終わった後に私の横髪へとそっと宛がい笑顔を浮かべて何度も頷いてくれた。
「うんうん。黒髪に光る金の一輪花、正に闇夜に浮かぶ月の如くってね。良いんじゃないかな、僕は凄く似合っていると思うよ」
お褒めの言葉を受けてこの心の底から溢れ出す嬉しさを思えば、頑張って選び抜いた甲斐があるというものだな~!
主様よりお褒め頂いた髪飾りを触りながら、にやけてしまう頬を何とか引き締めて礼を述べる。これを糧により精進すれば、何れ好ましき信頼関係を築けるかも知れぬと夢見心地に思いながらも、私は際限なく緩み赤みが指す頬に手を当て隠す。
幾億年の年月を生きた身であると言うのに……かつて龍帝の時に受けた万雷の拍手にも勝り、かつ褒め称えられるだけの身分では決して味わえない不思議な感情。何だろうな、私の龍生では一切経験が無いからどう例えれば良いかも分からないが、とても楽しく感じているのは確かだ。
「所で志乃よ、ちゃんと金は払ってきたのだろうな? 妾にはお主の背後から暑苦しい顔で追いかけてくる小僧――もとい、おっさんが見えるぞ~」
「そう言えば、金を払った覚えが御座いません。姉上が主様を追いかけて走り出したもの故、手に握り締めたまま付いて来てしまいました。あ、いや、これは思わぬ失態ですね!」
朝から全力疾走で追いかけて来た店の主人に金をしっかり払い、密かに汗の臭いが染み付いたシャツを魔力の術で花の香りを振りまく仕様に変化させて個人的なお詫びをして置く。
以前の私ならば、高々ヒューマニアンの小僧一人如きに心の中とは言え侘びの言葉を述べることなどしなかった。ましてや、態々術を行使してやる事なぞ決してしなかったであろうが、私よりも遥かな高み居る姉上やある程度まで測れる距離に居るであろう主様が傲慢も見せずに自然と接しているのだ。心にゆとりを持つ事で他者にも自然と心を振り向ける事が出来るのかも知れない……。そして、それが一つの構成要因として強さを形作っていくのかも?
ふふ、この様な事に心を向けられる様になったのも一つ成長をしている証なのだろうな。
主様の頭から引っぺがされた龍帝を胸に抱き、姉上が手渡してくれた串焼きを頬張りつつも己の変化に戸惑いつつも喜色の気と共に受け入れる私。この変化も全ては主様と、この胸に抱いた命が芽吹いてくれたお陰だと改めて思い至った末に龍帝の頭を撫で回す。抵抗もせずに気持ち良さそうに喉を鳴らす私の後継。今思えば、私がこうした行為をする事があってもされた経験が皆無だ。世に生まれ出でた瞬間から龍帝であり、親も無く兄弟も無い、あるのは付き従う臣下と取るに足らない小さな命の群々。
そんな私が今や親の真似事をして居るとは……何とも不可思議な事よな。
「さて皆様、そろそろ衣料品店が開店する頃合です。志乃様は是非この際にアルバス国王に謁見してい頂く衣服をお揃え頂きたいと思います。魔力や存在そのものから次元が違う事は、私やフォルカ様を始めとした者から見れば疑い様が御座いません。が、幾分にも勘違い野郎が貴族間で多いのも事実でして、現在の志乃様の外見からヒューマニアンの女性と軽んじてしまう輩も居る事でしょう」
「然もありなん、か。何処にでも居るからのう、そう言う石頭の出しゃばりは……の!」
で、ありますか。正直軽んじられた経験が皆無なので、これはこれで体験してみたい気持ちがあると言ったら叱られるであろうか? 何事も経験が重要、一方だけの体験だけでは偏ってしまいかねん。軽んじられるという事は所謂不快な思いをするのであろうが、邪気のとの戦いや昔の龍帝同士の戦いに比べれば差したる違いも無き些事。何ぞ何時だったか忘れたが、龍族の童が大人に悪戯を仕掛ける時に話してくれた高揚感を感じるな!
久方ぶりに見る国王の戦々恐々とした表情と、あ奴に付き従う臣下の立ち振る舞いが齎す悲劇と喜劇に無駄に高鳴る胸を押さえつつ歩き出す。隣を見れば今日も実にふっくら為さっている主様が姉上を肩に乗せて眼を細めて串焼きを齧っている。恐らくは、主様に対しても無礼な態度を取る輩も多いのだろう。
基本的にこの世界の男には余りふっくらしている輩は少ないと見てい良い。身体がふっくらとしているのは大体階級が上の層に限られ、中には一般人でもそう言う体格のヒューマニアンも居ろうが。生きるのに日々必死なヒューマニアンでは中々珍しい方に入るだろうと思う。
だからして、ほぼ全てと言っても良いほどそう言ったヒューマニアンには戦闘をする力が無い。然れば、体格のみを以って軽んじられるのも必須と言うものか……。
「それにしても、僕は少し手持ち無沙汰になっちゃうな~」
私があれやこれやと思案している間に串焼きを食べ終わった主様が、ほっぺに串焼きのたれを引っ付けたまま言葉の通りとは言いがたい楽しそうな顔で話している。拭いてあげたいが私は拭くものを持ってないし――
「それもそうですね。普段着を選ぶ時は未だしも、さすがに女性の下着売り場へ奏慈殿を連れて行くのには私達も気を使いますし。……そうです、男性向けのお店も向かいにありました。そちらで奏慈殿の着られる服を探して待って頂けたら良いかと。私達も買い物が済みましたらお迎えに行きますので、そこで奏慈殿の服を一緒に選ぶというのは如何でしょうか」
「うむん! 良き考えじゃな。妾も少し下着を揃えておきたい所じゃし、奏の字も少しゆっくりとして居るが良いて。――後な、頬にたれがついておるぞ」
「おっとと、ありがとうね九ちゃん。それじゃあ二人に意見に従ってのんびり服選びと行きますかね。ここが男を見せる時! かな?」
――ああ、主様が自分の指で拭いてしまった。うん? ……ふむ、私は何を残念がっているのだろうか?
胸に湧き上がる残念な気持ちを不思議に思いながらも、次の機会には必ず拭くものを用意しておく事を決める。今から赴く服屋で何か探すのも良いかも知れない。その道の者に聞けば自ずと解決するだろうし、顔を拭く程度ならば服の付属品として取り扱ってるかもしれん。
姉上からすれば”例え小物一つと言えど女子の力よ、使えるものは最大限に使ってこそじゃ!” となるだろう。これもまた己の感覚を鍛える為にも全力で当たらねば如何な!
「うむ! 俄然やる気が出て参りましたぞ!」
「え? ああ、うん……頑張って?」
「はい、主様!」
きょとんとした主様の言葉に全力で頷き、私の歩は軽く希望に満ちたものとなって服屋に向かうのであった。
◆
「さてと、本当に暇になったな~。女の人の買い物は長いのが相場だし……着る物は実は既に持っているし、う~ん」
”立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花” を地で行く様な御三方が、女性服専門の華やかな雰囲気が軒先にまで漂うお店に入って早二十数分。案の定手持ち無沙汰に腹ペコが二乗されたぽっちゃりは、龍帝さんを頭に乗せて女性服専門店の向かいに立つ男性向け衣服店の玄関先に備え付けてあるベンチに腰掛けたまま空を眺めていた。
「クルル~……ア?」
「そうだね~、雲が何故浮いていられるかってのは説明するのに二時間は掛かるけど良いかい?」
「――ルア~ァ……。クルア?」
「うんうん、龍帝さんは頭がいいね。君の言う通り、本当に簡単に説明するならすっごく細かい水分が風乗って漂っているんだよ。それが多く集まると雨になり雷となり、冷えて固まると雪になり雹になるって訳さ」
他愛も無く龍帝さんの質問にだら~っと、しかし真面目に答えていると一つ思い出した事がある。そう言えば確かに着る物は持っているけども、一度も確認した事は無かった……。この世界の一般的な衣服を貰ったってのがあーちゃん達の話だが、しかして神様は総じて何処か浮世絵離れしてる面があるから一度見てみた方が良いのかも知れない。
まあ、浮世絵離れしていると言っても所詮は浮世の話であって、人界の常識の範囲外に存在するのが神界であるから。多少人界の常識が通じないのも当たり前と言っちゃ当たり前であるのも仕方が無いよね。
思い立ったが吉日とばかりに席を立ち、男性向け衣服店”紳士服店・ダラス”の店内へと足を踏み入れる。ざっと店内を見回せば目に付く衣服はどれも中々に上等な物が所狭しと揃えられている様で。僕らの世界で所詮ファンタジー物語に出てきそうな村人さんの服から、ジェントルマン的な存在が着るようなスーツにシルクハットと品揃えも豊富みたいだ。
ちなみに、僕らが知ってるシルクハットや中世ヨーロッパ生まれのハイヒールが完成した一説には”う〇こ”が関係しているのは知ってるかな? これは説としてはおフランスが花の都”パリ”が最も有名で、当時は部屋の窓から通りに向かってぽんぽん”う〇こやおし〇こ” が捨てられていたみたい。その証拠として、今も道路が中央に向けて傾斜が掛かっているそうだ。中央に纏めて”ポイ”する為らしい……。
だから、当時は町中がそう言った汚物に塗れていたらしく、それを避ける為に踵が高くドレスが持ち上がるハイヒールが今のヒールの原点になったそうだ。その点日本の江戸ら辺は全てを肥料として大切に処理してて、来日した宣教師や商人、外交官は余りに綺麗さに驚いたそうだよ。
シルクハットやマントも上空から来襲する”う〇こ” から頭やレディを守る為に、杖は道端に落ちている”う〇こ” を退ける為に紳士の道具として拵えられたってさ。ゼウスのおじちゃんが苦虫を噛み潰した顔で当時を語ってくれたよ――僕が和風カレーを食べてる時を見計らってね!! 丁度その時、日欧でカレーの真髄を探求する会名誉会員(会長は僕)であり隣で一緒に食べてた戦の女神・アテナさんに顔面パンチを叩き込まれていたのも今となっては良い(?)思い出――じゃないね、うん……。
「いらっしゃいませ、紳士服店・ダラスへようこそ。お召し物をお探しでしたら何なりと御質問下さい。当店自慢の一品を貴方様に見繕い致します」
「こんにちは。旅衣装を探しているのですが、僕の体格に合うサイズの服を幾つか見繕って頂けませんか? 出来れば一式セットで購入したいので、必要な品々を項目で下さると助かります」
一見さんであり、この世界の世間知らずな僕のお願いに快く笑顔で承諾してくださったカイザル御髭のダンディーさん。一礼して早速見繕う為に僕の身体を採寸して店の奥へと引っ込んでいく。まあ、あれだ……店内に陳列してある中には無いと見たね。
その間暇なので龍帝さんと一緒に少しこの世界、と言うかこの国で流行っているであろう服装を見てみる事に。品揃え的には貴族や紳士向けよりは村の人向け服が多いみたいだね。
――で、代表的なのは恐らくこれ。一番安価で陳列数も多く、色も白、緑、赤茶色の三種で織られて組み合わせも複数な格好が楽しめるシャツ。それに合わせる形でこちらはベージュ、黒、グレーの三種があるズボン。最後にポケットが付いた薄めのジャケットで組み合わせは完了だ。靴は丈と底の低いブーツやデザインの違いで個性を見せるベルト、後は外で仕事をする時に着るマント系の外套などが一般的な村民の姿の様だ。
「店員さん、少し試着室をお借りしても宜しいでしょうか?」
「――ええ、どうぞお使いになって下さい。ですが、品物を破損したり為さいますと買取となりますのでご注意下さいませ」
「は~い。……さてと、じゃあ早速始めますか」




