9話~え? 龍帝教会ってなんですか?(雲龍帝)
良い店を紹介されたと思ったら、おっちゃんの実家じゃった……眠いのう~。by、九ちゃん
「実はね、話と言うのはこの果実の事だけではないの。……ん~、この際手っ取り早く聞くけど。貴方達モレク山で何が起きたか知っているのでしょう? それを教えて欲しいのよ」
ほほん? 果実の事じゃなくてモレク山で起こった事が知りたい……か。
突如として彼女達の口から滑り出た話題に一瞬面食らう。モレク山で起こった戦いは僕ら当事者でしか知りえない情報であるからして、偶々訪れたお店の店主と家族と言う一般人から質問される様な事柄じゃない。唯の商売人にしては魔力に”張り”があるなとは感じていたけど――はてさて、僕らは一体どんな人と関わってしまったんだろう……。
「……何故、貴女方にこの様な質問をされるのか今一つ掴めませんね。それに、お話はどちらかと言えば私の方にお聞きになるのが本筋でしょうに」
そう、本来ならばジェミニさんに話を聞くのが本質だろう。僕は御覧の通りの典型的ぽっちゃり日本人で女性陣とは違い肌の色も髪の色も違う、言わば異邦人である。
九ちゃんは元々色白でふわふわな金髪の持ち主であるし、龍帝から人の身へと変化した雲龍帝さんも黒髪だけど色白で此方の世界の人よりだ。だけども、そんな中で僕に話を付けに来るとはこれ如何に?
ジェミニさんの言葉に笑みを零すロロットさん。
マルグさんは苦笑いを混ぜつつも咳払いを一つ。と、それが合図なのかロロットさんがスカートのポケットを弄り出し、何かを手にとってジェミニさんへと手渡した。
フォルカさんの専属近衛兵と言う割にはとても綺麗な彼女の掌に乗せられたのは、緑と青で色付けされ火を噴く龍があしらわれたブローチが一つ。
宝飾品については僕は余り詳しくは無いが、小粒ながらも綺麗に磨き上げられた宝石が四つ、中央の龍の手に少し大きめ若草色の宝石が填められていて中々に綺麗だ。
と、そんな僕の感想を余所にブローチを渡された当の本人は、切れ長の目をカッと見開いて隅々まで観察し始めたのであった。
上に下にと引っ繰り返し、果てには何かの魔法を唱えて細部まで鑑定するジェミニさん。
某鑑定団も裸足で逃げ出すような真剣実で鑑定をする彼女は、一通り見終わったのか掛けている眼鏡を取って目頭を解し、再び掛け直すとブローチをロロットさんへと返した。
「……この様な所、いえ、この場所だからですか?」
「ええ、そうですよ。王家専属侍従長兼・近衛第一隊・副長のジェミニ・フォード様」
「ふふ、初めから知っていてこの対応。王都での噂は本当だったみたいですね、ロロット・D・ベタングール殿」
何だ? 彼女達の間で会話が成立している様だけど、双方ともドヤ顔なんかしてないできちんと説明して欲しいと思う僕は間違ってますか?
横でジュースを啜っている雲龍帝さんも事情が飲み込めずに僕と視線を合わせて頭に?を浮かべ、次に視線が向かうのは変な緊張感が漂う御三方。
対立構図はジェミニさん対ベタングール親子だが、特に険悪な雰囲気じゃあないから口も手も出す必要は無さそう……。
何時までも睨み合ってても仕方が無いと踏んだのか、先に圧力を下げたのはロロットさんの方だった。比較的若々しい肉体からあふれ出す魔力を伴った圧力が引き潮の如く引いて行くのを感じる。
「……ふう、お互いここまでにしましょう。私達は別に王族と事を構える心算は微塵も無い、龍帝様に誓ってね。それよりも、私の名をご存知ならあのブローチが指す意味もご理解頂けてるのでしょう? ならば、私達が何を知りたい事は地の大精霊様じゃないことも分かっていると思うのだけれど?」
「――そうね。あのブローチを態々見せるなんて事は、王都で聞き及んだ貴女なら絶対にしない筈です。分かりました、一先ずは貴女方を信じましょう」
あらら……。結局僕らに説明が無いまま御三方の緊張状態は終わってしまったよ。
お互いに警戒を一時解除したらお次は当然の如く僕へと視線が飛んできた。美女お二人からの違う意味で熱の篭ったコールを頂戴したからには、そこそこにお話と行きますか。
「所で、大前提としてお聞きしますが……貴女方はどういった方なんですか? 僕はジェミニさんとは違って遠方から旅をしてきた者でして、先程のやり取りが一切合財理解できていないのです。是非とも説明して頂けると嬉しいですね――簡潔に」
僕の言葉に劇場で舞台を務めるお笑い芸人の様にずっこけるロロットさん。マルグさんは肩透かしを食らった程度済んだが、これはもしかしてアルバス王国では一般常識的な話を質問しちゃったのだろうか?
でなければ、ロロットさんの様な妙齢の女性がバナナの皮を踏んだ人間の如き見事なずっこけを見せる筈がない。
「あ、あらあら……。そのぷるんとしたお顔からは邪念は感じられないし、本当に知らないのね……。仕方がないわ、貴方のご希望に応えて”簡潔”にお答えしましょう。テッサ、ボードと墨水晶を持って来て頂戴!」
「了解であります!」
軽く説明会を開く為に娘さんに道具を頼んだロロットさん。丸テーブルを二つ程退けて出来たスペースに運ばれてきたのは、現代でも御馴染みの教材ホワイトボードと異世界の産物”墨水晶”!
ホワイトボードは見た目から察するに木製で、ボード表面は特有の艶が見られず現代日本とはまた違う処理方法で塗装された物である事が分かる。
僕らが日本で目にする機会が多いホワイトボードは、大まかに二種類の製法で作られている。その一つは”スチールホワイトボード”と言い、表記面が亜鉛メッキを施した鉄板で出来ており。その上から白の塗料で塗装した後に、紫外線で硬化するアクリル塗装をするんだって。これでもって、あの鏡面の様に滑らかなボードが出来るって訳さ。
なんて心の中で講義をしている小さな僕にはお饅頭を上げて一休み。その間、文字通り簡潔にロロットさんが解説を書き記してくれていた。
「――キュキュの、キュっと……よし! 後はお願いしてもいいですか? お母さん」
「おう、任せときなさい! そこの男が望み通りに私が優しく簡潔に解説してやるわい!」
何処から取り出したのか三角形の眼鏡を装着し、これまた何処から取り出したのか指示棒を手に高笑いをするマルグさん。夜間に大きな声は控えた方がよろしいと思うんですが……。
九ちゃんと龍帝さんも彼女の高笑いの大きさに顔を十年物の梅干の如く顰めて不快そうにしている。かく言う僕も眠気が完全には覚めてないもんだから若干ふら付く。
雲龍帝さんも僕らの様子に気を配ってくれて、ジェミニさんへと目配せし説明の催促を促してくれた。
「――おっほん。いや、すまなんだ。説明となるとどうも昔の血が騒いでの……では、早速解説を始める。まず、ロロットと私が所属しておる組織からじゃな」
こうして始まったマルグさんの解説。
現代でも年寄りの話は――なんて称されるご老人のご他聞に漏れず、簡潔にと言う解説の頭飾りは何処へやら。組織の歴史を語りだして二十分、二十五分を過ぎた辺りから徐々に熱を上げ始めて直ぐに一時間が経過し、気づいた時には意識が半分飛んでいた。
まあ、眠気を殆ど感じていない雲龍帝さんの解説と照らし合わせて要約すると――
彼女達が所属している宗教組織的な物の名は龍帝教会と言い、前に雲龍帝さんの話で出てきた五大創造神を主と仰ぐ教会組織と双璧をなす存在である。今まで雲龍帝さんが居たアルバス王国国内を本拠地として、この世界の各国で様々な活動をしているらしい……。
そこで、王都の本部で活躍していたロロットさんが商人見習い中であったウェルヴァさんと見初め合い結婚。
組織内でそれなりに出世をしていた彼女は結婚を機に役職を引退、修行中の旦那さんを追う形でこの村に引っ越してきたらしい。
図らずしも教会の主と仰ぐ雲龍帝さんのお膝元にある意味栄転となった彼女は、本部に居た時よりも立場的には重要視される事になった訳だ。
で、実はマルグさんも龍帝教会の役員を長く勤めてきた人で、商売に打ち込む為に引退した経歴を持っていると……。現在はロロットさんと共に協会に復帰して、三万年前にヒューマニアン達の先祖から姿を隠した龍帝である雲龍帝さんの御心を日々案じて祈祷を奉げているらしい。
ふむ、僕の隣にその雲龍帝さんがいらっしゃる訳なのだけれど、この円らで一転の曇りも感じさせない瞳から見て恐らく存在そのものを知らない可能性が大だ。
「……ふむ、此処数万年引きこもって居った間にその様な組織ができておったとは。いやはや、全く気が付きませんでした……!」
「クルゥゥ~……、クァ」
尚も饒舌に教鞭を振るうマルグさんを余所に、件の龍帝お二人は片方が知らぬ存ぜぬ。もう片方は夢の中……と。あははは、神様とか偉い存在と人間でよくある事象だね!
実際、僕らの世界でも人と神との間で意思疎通が通じず、大規模な戦争や惨事に陥った事は世界中の神話に語り継がれているお話の一つだ。
神様側から言ってしまえばよくある事、しかしてか弱き人から見れば大惨事。それの小規模版がここに在ったと……こう言っちゃ悪いが、第三者の僕からすれば饅頭とお茶を片手に話すとても面白い笑い話に他ならないよ。
「――と言う事で、私達は日々雲龍帝様へと祈りを奉げてヒューマニアンへの繁栄を切に願っておるんじゃ。どうじゃ、その頭蓋の全てに焼肉が詰まってそうな頭でも理解できたじゃろう!」
「あ、あはは……。長い時間をかけて説明して下さったお蔭で十分理解できましたよ」
「ほうか、ほうか!」
軽い罵声に苦笑いと皮肉を織り交ぜて返した所で、どこ吹く風と笑い飛ばすご老人には効果が無かった様だ。
さすがは商売人、何とも図太き心持だね。
「さて、お母さんの解説も済みましたし、そろそろ私達の質問に答えてくれると嬉しいんだけど?」
「そうですね……ジェミニさん方に不都合が無ければ教えてあげてもいいです。但し、きっと貴女方にとって驚嘆する事実しかないと思われますので、一つ心の臓を強くして聞いてください」
そう言いつつちらりとジェミニさんの顔を窺うと、僕の言いたい事が理解できている為に少~し半笑い気味の彼女は鷹揚に頷いて見せた。
これで王国側の意思として了承が貰えたと言う事だけど、それはそれ。肝心の御本人がいらっしゃる訳だから確認は取って置かないとね。
雲龍帝さんが世間様に隠しておきたいのならば、僕は無理に吹聴する気は更々無い。所詮彼女の胸三寸、選択権はあくまでも雲龍帝さんにあるってことさね。
「主様、私は特に問題とはしませんゆえ、如何様にも話して下さって結構です。主様に貰ったこの命、もはや以前の私を遥かに超えて脈動している次第。その灯火を消そうとする輩等、物の数では御座いません!」
力強い返答に彼女の覚悟と意志の強さを見せられ、ならばとロロットさん達にあの時あの場所で起きた次第を話す心を固めた。
僕と九ちゃんがモレク山に突入するまでの流れは、ジェミニさんと雲龍帝さんにご説明願う事にしてだ。僕は雲龍帝さんが人の身を得る切欠となった所から話させて貰おう。




