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ぽっちゃり少年と旅するご近所の神様  作者: とっぷパン
一章 ”カリム村での旅支度” の段
35/65

5話~腹が減っては

出迎えられた最初の人里……、果たして異界の村には何があるのだろう?

 城門を越えた先に待っていた光景は、中央に立つ村長さんの建物と思わしき立派なお屋敷と、それに向かって真っ直ぐに伸びる道の両脇にびっしりと並んだ屋台や露店。そして、夕食時で群がる村人や兵士、傭兵さんと言った方々が所狭しと賑わっている様子だった。


「ほほ~、それなりには人が居るようだの……ふんふん。 うむん! 鼻っ柱をくすぐる良き匂いに釣られて腹の虫が泣き出してきよったわ!」


 肩の上で久方ぶりの人里の匂いを感じてはしゃぐ九ちゃんと同じく、僕も屋台から香る美味しそうな食べ物の匂いに御腹の虫が大合唱を始めた。

 香ばしいく焼けるお肉の馥郁たる香、数十種類ものスパイスが醸し出す複雑な香りが絡まる野菜炒め。ウイスキーを思わせる酒気が漂う酒場と酔っ払い同士の喧騒と笑い声……。中々に立派な街並みに人々の暮らしが感じられ、この世界に放り込まれてから早一週間余りで溜まった人恋しさも、春先の雪解けの如く消えて行く様だ。


「ほ~、これがヒューマニアン達の里ですか……。成程、一般的な民草の暮らしをじっくりと見た事はありませんでしたから――中々に興味深い」


「クルァ~……クァ」


「よしよし、今から食事だからな。お前も龍帝ならば今少しの間辛抱せよ」


 ヒューマニアン達の暮らしに興味津々な雲龍帝さんに抱っこされている龍帝さんは既にお疲れモード。お腹が空いているらしく、屋台から漂ってくる匂いを鼻息荒く嗅いだと思ったらにへらっととした笑みを浮かべて、雲龍帝さんの袖を引っ張って可愛らしく催促をしている。

 そんな龍帝さんのおねだりにお母さん宜しく接している雲龍帝さんは、母性を前面に出した笑みで教育的指導。上手くあやし煽てながら子供を扱う様は、やはり龍帝と言う種族の長を長年務めて来た風格を感じさせてくれるよ。


「爺、先に宿へ赴いて奏慈殿達の部屋を取っていてくれないか? 我らはどの道村長の家に泊まる事になるだろうから必要は無いし、この分だとすぐに空きが無くなってしまう。宿が見つからず恩人に軒先で眠って貰う事になったら我らの、ひいては王国の恥だからな」


「そうですな、この歳で恥の上塗りは些事ですが。殿下や陛下、そして国の恥となれば大事ですからのう! うむ、ウォルド兵長にトルパ一等兵、それにネーリスの三名は儂に付いてまいれ。他の者は殿下をお守りしつつ屋台で美味いものでも手に入れておくのだ。……儂の分も取っておけよ」


「「「はっ!」」」


 フォルカさんの指示によって僕らの宿を探すために離れて行くドルゲさん達。離れ際にちゃんとご自身の美味い物を確保しておくのを忘れない所は年の功と言いうか、茶目っ気があると言えばいいか迷う所だ。

 四名の宿取り部隊を見送った僕達は、早速料理の匂いにつられて屋台巡りの開始! 先ずは軽い物から順に生きたい所だね。


「奏の字! あっちから肉の丸焼きの良き匂いが来よるぞ~! あっちじゃ、肉を食べるんじゃ!!」


「おうふっ!? 痛っ、痛いから胸付近を両足で蹴らないでくれるかな!? 分かった、分かったから――お肉からだね!?」


「あ、主様! 私達も御供いたします!」


「クルルルル~、クルアッ!!」


 元がお狐様だからかお肉の匂いにご執心な九ちゃん。手加減は覚えているものの足加減が今一な彼女の催促は地味に効く、大胸筋を地味に攻めてくる痛みは運動後の翌日に現れる筋肉痛を思わせる。

 僕らが動けば当然雲龍帝さん達も後に続き、そんな僕の後をフォルカさん達も付いて回る事に。基本的にこの国のお金を持っていない僕らには、当面の間フォルカさん達に御厄介となるだろうけども……やっぱりお金は大事だよね~。


「九ちゃん様、お金を忘れておいでですよ!」


「ジェミニ、後は頼むぞ。私達は先に村長宅へと行ってくる。九ちゃん様がご満足するまで、私の私費を使っても良いから御馳走して差し上げなさい」


「畏まりました、フォルカ様。お財布の許す限り、私が責任を以ってご案内させて頂きます――って、もういない!?」


 いつの間にやら九ちゃんに急かされてジェミニさんから遠ざかってしまっていた様だ。迷子になる前にと言えばよいのか、大事な資金源と言えばよいのか九ちゃんの思惑は定かではないが、肩に乗っている彼女が手を上げて呼びよせる。

 その間も視線は目の前に店舗を出している屋台のマンガ肉に釘付けだ。僕らの世界では凡そ数万年前に生きていたご先祖様達が食していたとされるマンモス等のお肉を調理した料理であるが、現代に生きる人間がまず口にする事は無いであろう一品だね。ちなみに、同じ様な姿をしたドネルケバブと言う料理が存在するが、あれはスライスした味付け肉を積層させてあの特徴的な形にした別物なので悪しからず。


「おや、エルムダームの骨付きとは珍しい一品が入っていますね……。店主、今焼いているのも含めて十本程頂けますか?」


「おお? 一目でこいつを見つけるとは中々にお目が高いねえ、お嬢さん。よっしゃ、少しだけ待ってな!お嬢さんの目利きにサービスして、十本千ルマンの所を八本価格で提供しようじゃないか」


「……随分とまけて下さるのはこちらとしても嬉しいのですが、何か理由が?」


 如何やら目の前で美味しく焼き目を付けられているお肉は、ジェミニさんと屋台のおっちゃん曰くエルダームの骨付き肉と言うやつらしい。お二人の口ぶりからすると珍品の類に出くわしたみたいだけど、何で見つけただけで二本分もまけてくれたのかは疑問だね。


「なに、お嬢さんが目利きするまで誰もこいつを分からなかったもんで、ちょいと余っちまってる状況でな。珍しいからと市場で見つけた時に出回っていた奴を全て買い付けたらこの様って訳よ……。あいよ! 骨付きエルダーム十本、締めて八百ルマンだ」


「有り難う御座います。お聞きするのは野暮だと承知であえて聞きますが、どれほど仕入れ為されたのです?」


おっちゃんから差し出された肉のこん棒を受け取った九ちゃんが早速齧り付き、滴る肉汁が僕の頭に降り注ぐ。素早く作務衣のポケットから手拭いを取り出して頭を防御、あふれる肉汁と彼女の涎が混ざった汁の頭皮への絨毯爆撃を何とか回避した。


「はふ、はふ……うむん! 久方ぶりの肉は、実に美味じゃの!!」


「おうおう、そっちのお嬢ちゃんも良い食べっぷりだねえ。お嬢ちゃんの様な食べっぷりを見てると、馬鹿みたいに頼み込んで千本も仕入れた肉も浮かばれるってもんだな!」


「千本……。成程、その単位でエルダームの骨付きとなると店主が嘆くのも無理はありませんね」


 よく焼けた肉を嚙み千切る音と男心を擽る形に香しい匂い。焼き肉の暑さに滴り落ちる汗が喉元へと流れ着物へと吸い込まれる。租借して胃袋へと流し込み、お腹でその重量を感じた瞬間に弾ける彼女の目いっぱいの笑み。これは――僕も負けてられないね……!!


「ジェミニさん、僕達にも一本づつ下さいませんか?」


「ええ、喜んで。それでは、奏慈殿には熱々の出来立てをどうぞ」


「ありがとう御座います。……では早速、頂きます!」


 まずは五感の内で食事に際して最も大事な要素、匂いを堪能するべく吸引力が変わらない掃除機の如く吸い込む。鼻腔を通り抜けて喉、気道、そして肺に至るまでの全てを馥郁たる香で満たしていく。全身の細胞一つ一つが匂いを刻み込んだ所でいよいよ、本丸の胃袋と霊力を満たすべく大口を開けて齧り付く。

 こんがりと焼けた肉に犬歯が突き刺さった感触が歯茎の神経を通して脳へと伝わり、更なる感触と満足感を得る為に歯を立てた。食い込んだ歯が筋肉の繊維を容易く切り裂き、一口分を噛み千切ると租借する為に奥歯で噛みしめる。溢れる肉汁と未知のスパイスに食べた事のないお肉の味。ピリリと辛いスパイスの刺激が舌に伝わり、次いで牛とも豚とも鳥ともとれない味が舌の上を転がりお祭り騒ぎだ。


 まあ、何が言いたいかというと――


「美味い!!」


「じゃのう!!」


 ――て、事だよね! これまでの食生活を振り返りながら自然と流れる涙を拭う事無く肉を噛みしめ、飲み込む旅へと僕は歩き出したのだ。


「ほら、焼き立てで熱いから気を付けて食べるのだぞ?」


「クルアッ! ――クゥアッ!?」


「あはははっ! どれ、私が冷ましてやるからな。ふ~、ふ~……さあ、おあがり」


 そんなお肉にがっつく僕らの横では、実に良き母親然とした様子で雲龍帝さんが自身の吐息で熱々のお肉を冷まして龍帝さんに与えている。抱っこされた状態でお肉をパクパクと食べる様子は実に愛らしく、またその様子を愛おしく見守る雲龍帝さんも楽しそう。


「はは、は。いや~、お若い兄ちゃんも実に見事な食べっぷりだ。どうだいお嬢さん、この二人だけでも全部食っちまいそうだが……今買った分で足りるかい?」


「……無理、でしょうね。ふう、お手数ですが後百本程追加で頂けませんか? 勿論、お代は値引きして頂けなくとも構いませんので」


 僕達の食べっぷりに商売抜きにして足りないであろうと考えてくれたのか、追加の分を進めてくれるおっちゃん。如何やらその意見には賛成できると見たジェミニさんは、即決で追加をしてくれたよ。


「百本ね……。こっちとしては嬉しい限りだが、百本もとなるとちょいと時間を貰うが構わないかい? 誰か一人置いて行ってくれれば、焼いている間は他の店を回ってくれても構わねえからよ」


「ええ、構いません。私が代表して焼き上がりを待ちましょう」


 しかし惜しいな~。こんなに美味しいお肉が後八百九十本も売れ残っているのに、このまま行けば廃棄するしかないなんて実に惜しい。

 だけども僕らにはお金が無いし、お金に換えられるような品物も現在は所持して無い。巾着袋に入っている楽器を売るなんてもっての外、それ以外にはカルルの森で採った果物しかないけど……無理だろうな。


「ねえ、ジェミニさん。この村でカルルの森を彷徨っている時に手に入れた果実をさ、お金に換金ってできるのかな?」


「果実、ですか? まあ、聖地カルルとして民衆に伝わっている森の果実ですから、換金できない事は無いと思いますが……。お金の事でしたらお気になさらなくとも良いのですよ? 我々は貴方を始めとして皆様を持て成している側なのですから」


 ふんすッ! と鼻息を蒸気機関の如く噴き出した彼女は豊かな御胸を張るけど、流石に八百九十本ものお肉を買い取って貰うのには少々、と言うか非常に心苦しい。ジェミニさん達は直ぐに民を助けて貰った恩だと言うけども、少なくとも僕にはそんな気持ちは欠片も無い訳。だから、正直に言えば今晩の寝泊まりする場所を確保して貰えただけで十分なんだよな~。


「いやいや、そこまでしていただく訳にもいきませんよ」


「遠慮は無用です、奏慈殿。フォルカ様よりお任せ頂いた名誉あるお世話役、フォルカ様の為にも、私の為にも見事完遂させて頂きたい次第です」


「う~ん、道は険しきかな。……あ、だったら換金できる場所まで僕らを連れて行って下さいませんか? それでも、と言われるのなら一緒に交渉に参加して下さると嬉しいですね」


 ジェミニさんみたいな性格の人は中々に意見を変えないよく言えば意志の強さ、悪く言えば頑固さを持っていなさる手合いが多いんだよね。だから、そんな時は下手に相手の考えを反転させる訳にも行かず、多くの人は諦めちゃう。

 だけども、ほんの少し軌道を変えて相手の意見を逸らす事が出来れば、ほら。


「……うむむ、それならば一応の面目は保たれ――う~ん」


 ぐらついて来たでしょ?

 もうここまで来たら、後は背中を押しながら一緒に歩いて行くだけで良いんだ。これぞ秘技、頑固一徹は土台を削れば土台事落ちる! だよ。


「ジェミニよ、主様の言に従ってくれ。何にせよ、ヒューマニアンの世界では貨幣が必要なのだろう? 主様は修行の為にこの地へと参られたのだ。偶然の出会いとは言え命を頂いた身とすれば、主様や姉様一助となるなら我が住処に広がる森も満足であろうよ」


「雲龍帝様がそこまでおっしゃるのなら――ふう、分かりました。換金所、それに値段交渉も私が責任を以ってお引き受けさせて頂きます!」


 はい、落ちました。アルバス王国が民の憧れ、生ける伝説の龍帝が一龍、雲龍帝さんの一押しでころりと行きましたね。

 ジェミニさんが再び誇らしげに御胸を張るの所を苦笑で以って見守っている雲龍帝さんに、小さくグッドポーズで称える。僕の仕草が伝わったのか、照れた笑みを浮かべて頬を赤らめる彼女に微笑ましさ全開! 未だに頭上でお肉を頬張り続ける九ちゃんの液体が手拭いを貫通してきた事に焦りつつ、雲龍帝さんに癒されましたとさ。


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