2話~――森でした、広いね……
美味しいご飯を食べれば元気も百倍!
「ふう……御馳走様でした」
「御馳走様じゃ」
数分も掛らない食事を済ませた後、僕と九ちゃんは即座に立ち上がり背後の森へと散開する。僕らの突然の動きにフォルカさん達は身を固くし、彼らを庇う形で雲龍帝さんが前に出た。龍帝さんも薄気味悪い気配には気付いていた様で、低い唸り声を上げながらいつでも撃てるようにブレス攻撃の態勢に入っている。
感じた気配は合わせて三十六。最初は動物達が近寄って来たのかな? とも思っていたけれど、僕らを徐々に円周上に取り囲んで行った所で邪気が溢れ出したので敵と認定。食事時を狙ってくるなんて戦の常套手段だけど、それも大体は生きている物がとる戦法の話し。邪気は厳密に言うと生命体ではあるのだが、辛うじて生命と言う枠に引っかかっているだけで本質的には別の存在だ。
そんな奴らが集団戦法を使ってくるとなると、これはそう言った戦いが得意な生き物が邪気によって侵されて攻め込んだ可能性が大だね。
九ちゃんと反対側に奔り、時計回りに邪気を殲滅するべく狙いを定める。不確定生物、邪気に侵されて正気も命も失っているか……。禍々しい力を垂れ流しながら黒い体毛にがっちりとした体躯、あれは狼の類かね?
確実に僕らをしとめるべく動いていた邪狼が急接近する僕の姿に気付く事無く、獲物と認識しているフォルカさん達を前に舌なめずり。完全に負けフラグが立っている邪狼さんには悪いけど、早速殲滅させて頂こう。
「――こんにちは。そして、さようなら~」
『グルアァ!?』
一瞬で邪狼の目の前に接近した僕は、一言だけ声をかけると右手に蓄えられた霊力を纏った拳を振りぬいた。ギャン!? と言う悲鳴と共に粉々に砕け散る邪狼は、しかして何処か安らぎを得たような顔つきで塵となり果てた。
「可哀想だけど、これしか手は無いから許しておくれよ……」
哀悼の意を込めつつ狼さんの御魂を回収して次の邪気の場所へと走る。僕らのいた場所を中心として大体半径三十メートルの円周上に邪気が居る。九ちゃんは既に三体程の邪気を片付けて、左回りに来ているから僕も急がなきゃいけ居ないね。
霊力を充填しつつ唯々邪気を葬るべく足を動かす。次の邪気は……イノシシ? かな。でも、やたら目ったら巨大な牙をお持ちで体躯もメガホッグ並みだ。もしかしたら、このカルルの森に棲むイノシシの王的な存在かもしれない。
「だけど、こうなったら王も精霊も人も無い……ね!」
『プギィァ……!?』
巨大すぎる牙を両手でへし折り、脳天に肘打ちの食わせてダウンを取る。顎を蹴り上げて無防備な腹を見せた所に、左手でそっと触れて直に霊力の放射で吹き飛ばした。放光印とはまた違うやり方なんだけど、威力に関しては段違いで低いが低燃費仕様で連発が効く奴なんだ。
霊力の蒼い光の中で光の粒子と共に消えるイノシシさん。やはりこの邪気も最後は安堵した表情で安らかに鎮圧されたのである。
「……ふう。後でしっかり送ってあげるから、すこ~しだけ待っててね」
殲滅された事により邪気の大部分をそぎ落とされた御魂を回収。次の場所へと足を向けた。
◆
奏の字が親玉とらしき邪気を殲滅したのを感じた妾は、既に九つめの邪気を祓った所であった。蒼い焔を纏った拳を維持しつつ、次のたーげっとである邪気の所へ駆ける。こ奴らは恐らくフォルカ達ヒューマニアンが連れてきよった四体の邪気によって、自身の運命を曲げられし哀れな獣であろう。倒した邪気のどれもこれもが散り際に妾へと礼を言って散って逝ったのじゃ。獣達の長であった妾からすると、何やら自分の子供達を倒している様で少々心が苦しいの。
「どりゃああぁぁっ! なのじゃ!!」
『グガァァァアアアッ!?』
おっきい邪熊の首を手刀でへし折り、その勢いのまま蒼焔を球体状に凝縮させて心臓に打ち込んで爆発させる。上半身を粉々に吹き飛ばされた邪熊はそれでも倒れずに下半身だけで迫ってきおった。じゃが、それも半身に残った蒼焔が一気に広がり消滅。邪気の力が大分落とされた御魂のみがその場に残った……。
「うむ、これで十か。……残りは――と、奏の字もやりおるの~」
妾が邪熊の相手をしておる間に奏の字も既に八つ、今一つ屠られて九つか。この一瞬の間に七つも仕留めた訳じゃな、成長しとるの~。
奏の字の成長に感慨を覚えながらも、左後方から飛び出してきよった角の生えた邪兎の頭を拳で吹き飛ばす。よそ見しながら遣ってしまったものだから勢い余って全て粉々にしてしまったが、御魂さえ無事なら後は如何でも良いからの。哀しい事故として許しておくれや~。
「おっと、流石に妾達の行動に気付いた奴が居るな。……ま、雲龍帝が居るしの。一匹ぐらいは御奴らで対処してもらわねば、この幾世代先の奴らまで妾達は面倒見る気は無いのじゃ!」
『グビャッ!?』
地面から飛び出して来た邪蛇をはたき落とし、指先から蒼焔を閃光の様に変えて放射し滅却。ため息を吐きつつも次の邪気に狙いを定めて駆けだした。
◆
ふむむ、此処で私に出番が回って来たか……うふ、うふふ。
「――やっと、やっと私の出番がやって来たぞっ!!」
両手を天に翳して喜びを表現する私の行動に目を白黒して吃驚するヒューマニアンども。ま、それも仕方が無いと思いつつやる気と魂の力を引き出して敵を迎え撃つ。準備は万端、私の魂と心は滾り滾っている!
「私の鬱憤――もとい、準備運動の為に礎となって貰おうか!」
『グルルルルッ!!』
龍帝として生を受けて早幾億年。座して死を待つだけと思っていた命が再び輝きを取り戻し、今こうして姿を変え、個人として立ち生きられる喜び! ここ三日は何もない御かげで、道中平和ではあったが同時に私の出番も無い日々……。新たに世界に触れられる機会を与えてくれた主様に良い所を見せる事も出来ずに、唯過行く時間の中で飯を食うばかりとあっては情けない。
同じ経験をしたと言う姉上は結界維持と言う任を負っている為に、しっかりとした存在感を放っている。それを良いな~、私も役に立ちたいな~と思い眺める日々も今日此処までよ。ここでしっかりと主様に私の役に立つところを見せておかねばな!
「龍帝よ。お前はヒューマニアンを守っておれば良い。決して私の戦いに入って来てはいかんぞ」
「クルアァァ!」
元気よく返事をくれた私の後継に笑顔を返し、相対する邪気と改めて対峙する。見た目は……なんだっけ?
いかん、数万年も引きこもって居た所為で獣の姿が記憶と違うだと。これでは私の博識的な要素がまるで数年前の古本位の駄目さじゃないか……!
お、恐らくはウッドウルフに属している者であろうが、邪気に侵されている状態で時の経過による進化のコンボでは……分からん。
気持ちを切り替えるために二、三度頭を振って些細な事実を頭の隅へと追いやる。結構心にくるものがあったが、今は戦いの時だ。目の前の邪気を殲滅する事だけを考えとしなければ。
「さて、主様と姉上は確か……こうだったか」
主様は私や龍帝と違い魔力を用いて攻撃する手段は取っていなかった。魂と自然に満ちる霊力を増幅させて身体機能を向上、更には体外に放出させる等と行った方法と手段で邪気を殲滅していた様である。
以前の私はこの世界に生ける者たちと同じく攻撃手段としては魔力を扱う術しか知らなかった。邪気とは幾億年もの間争って来たが、力のある時などは爪や顎等と行った体でも消滅させる事が可能であった。だが、やはり主様や姉上の様に一撃の業を以って殲滅するのは至難で、二発目に多量の魔力を込めた攻撃で魂ごと消滅させるしか手はなかった……。
主様に聞けば邪気に穢れた魂は霊力の光を以って浄化せねば次々と湧いてくるとの事。先の戦いでもそうだったが、遥か昔に対峙した邪気も否に復活が早いものが多かった記憶がある。所謂鎮魂の儀と言う行為を経ねば魂に巣食う邪気は払えぬ事を教わった今、私にできる事は殲滅する事だけ。いずれは私も浄化の儀を担いたいとは思うが……道は遠いな。
「まずは、接近戦から行こうか!」
『ガウゥッ!!』
先の戦いで主様が扱っていた業を真似て自身の霊力を拳に纏わせてみる。すると、蒼と若い草の色が混じった力が両手を覆い、私のイメージで形状や硬度を変えられる事を確認。右の拳を腰だめに構え、左足を邪気の攻撃が届くギリギリに滑り込ませて腰を左に回転させ打ち込む。
私の足元を狙って大きく開かれた咢は空を噛み切り、その鼻っ面に霊拳が突き刺さった。
「ふんっ!!」
『ギャンッ!?』
拳が当たった瞬間邪気の頭が吹き飛び、拳を覆っていた霊力が残った体を鎌鼬の様に切り刻む。一瞬にして粉微塵に刻まれて塵同然になった邪気を目の前に、私は余りの事に言葉を無くした。
「……たった一撃でこれ、か。何と凄まじい」
ぐっと握った拳を開いて自身の霊力をまじまじと見る。明らかに過剰な力だと言うのに心に浮かんでくる感情は歓喜の一言。一歩道を間違えば全てを破壊してしまう程に危険な力を、私の主様や姉上はものの見事に制御して行使している。
人の身である主様があそこまで高度な制御と効率の良い方法を学んでいるのだ、私も訓練次第では二人と肩を並べられる日が来るかもしれない。そう思うだけで背筋から不思議なゾクゾク感が奔り抜けて私の魂を高揚させる。
「何と楽しい、何と素晴らしい……! 私は――もっと強く在れる、力になれる!」
主様より与えられしこの命、何処まで主様と共に進むが私の楽しみ! なれば、後は唯只管に突き進むだけよ。
「雲龍帝様! 次が来ます!!」
「――嬉しく楽しく華々しく! 私の前に立ちふさがる全てを糧に、私は主様達と進む……! せやあぁぁぁっ!!」
『ガアァァァァッ!!』
気合と喜びとを一緒くたに合わせた霊力を滾らせ、私は繁みから飛び出して来たワールベアの邪気に向かって走り出した。




