16話~教育は始めが肝心です!
森を抜ければ即地面!? 御結びころりんよろしく転がれば……。
麗らかな陽気の中、皆さまはどうお過ごしでしょうか? 僕ですか? ええ、只今絶賛地面を転がってます。
「うぼあぁぁぁぁぁっ!?」
「クルァッ!? ク、クァ……」
柔らかな土と草花が咲き誇る地面を昔話のおにぎり宜しく転がり、しかして可愛く転がるおにぎりとは違い土煙や草花を巻き上げながら中々に年を重ねたであろう大木に激突し止まったのである。逆様になった視界には、突然トンネルから飛び出して来た僕達に驚いた斥候役の人が駆けつけてくる様子が映されている。
僕を地面とランデブーさせた張本人である龍帝さんは、あわあわとしながら顔を手で隠してやってしまったっ!? と言う様子だね。
「うむ、如何やら大事は無い様じゃの」
「はあ、はあ……中々の健脚ぶりで、御座いますね姉上……ふぅ」
「お主は言わば病み上がりじゃからのう。十数年程適度に運動をして体と魂を慣らして来た妾に、妾自身が全力ではないとは言えきちんと付いてこれただけでも大したもんじゃぞ?」
大した間も置かずにトンネルから飛び出して来た九ちゃんと雲龍帝さん。九ちゃんは息も切らさず何時もの様に胸を張って雲龍帝さんを労っているね。対して労われている方はと言えば、肩で息をしながら足に溜まった疲労に喘いでいた。
「……あの、誠に忝いのですが。そろそろ下ろして貰えると嬉しいのですが……」
「ふむむ、それもそうじゃな――――ほれい!」
「「「痛っ!?」」」
見目麗しい美少女と美女が両の手に抱えていたのは、トンネル内部を慎重にかつ迅速に進んでいたフォルカさん達一行であった。先に出ていた二名を除けばざっと二十三人かな? 伝達役を含めた一団の全ての人数が、たった二人の美少女と美女に運ばれて来たのである。まるで蕎麦屋さんの出前みたいだよ……。
出来るだけ優しく放り投げられた皆さんは、誰もが地面に打ち付けた腰をさすりながら新鮮な空気を味わっている。
「だ、大丈夫ありますかー!?」
「…………」
位の一番に駆けつけて下さったのは身内である九ちゃんでは無く、やたら兜に傷を持つ若そうな一人の少年でしたとさ。哀しくも、異世界に来ても人の善意に触れられた事への嬉しい気持ち。まるで甘くてしょっぱい煎餅の様な――――腹減った~。
「よっこいせっ! あれ? み、見た目以上に重いですね!?」
「……中々に鋭くも現実的な言葉をありがとう。そうなんです、ただの脂肪じゃないです」
「ああっ、す、すみません!? 大変失礼な事をっ!?」
必死に力を込めて僕の身体を起こそうと奮闘してくれている兵士さんの言葉が心に刺さりつつ、心で涙がちょちょぎれる思いで何とか起き上がる。それと時を同じくする様に、今度は僕らが通って来たトンネルが轟音を立てて崩落した。土煙と土砂がトンネルを押しつぶし、完全に内部の空間との道を閉ざす。
「……思ったよりも持たなかったの。十中八九霊力が不足しておる所為じゃろうが、何よりも碌な飯を食べて居らん事の方が精神的に大きな影響がありそうじゃ」
「成程。魂の力はその物の精神状態にも影響される訳ですか……一つ勉強になりました」
「ふむ、学ぶ事はいくら時間があっても足りぬものよの。さて、そこで縮こまってい居る龍帝はお主に任せて、妾は奏の字に霊力を補充してやるとするか」
崩れ去ったトンネルの様子を見て話し合う九ちゃんと雲龍帝さん。心配そうに僕の方を伺っている龍帝さんを雲龍帝さんに任せると、九ちゃんはトテトテと僕との所へ歩いてきた。僕の背中に回って身体を支えてくれている兵士さんに、身体を横たえる様に言い聞かせると尻尾を一本出して僕の胸の辺りを小さな手で触れた。
「ふむふむ、やはり霊力の七割程は龍帝と術の行使で減ってしまっておるの……。このままでは奏の字がカピカピの帆立の紐になってしまうのじゃ」
「ぽっちゃりボディが帆立の紐……美味しそうだね」
「しっかりせんか。自身の身体を貪り食うたら、ヨムちゃんとそう変わらんぞ? まあ、あ奴は本当に自身の身体を貪っておる訳では無いがの」
九ちゃんが言うヨムちゃんとは、北欧神話で語られる人間達のすむミッドガルドを取り囲む様に海中で己の尻尾を噛んでいる大蛇のヨルムンガルドさんの事である。彼は神々の黄昏ことラグナロクが勃発する起因を作った神様で、トリックスター性癖を持つロキさんが生み出した子供の一人なんだよね。
ラグナロクが発生した中で雷神トールさんと戦い、その身を砕かれながらも毒霧を以って相討ちに持ち込んでお亡くなりになった。やがて、全ての神々が地上及び神界や人界、そして死者の国から争いが消えると世界に散らばる各神話の神々方によって神々共々復活を遂げたのであった。
何故北欧神界が復活させられたかと言うと、ズバリ言えば世界の安定と調整の為である。世界は神々の力によって常に変化する事象を調整され、不安定な要素を排除しつつ今日も続いている。これまでも神々の争いは各神界で存在し、ラグナロクやトロイア戦争と言った有名な争いが起こる度に一時的に他の神界の神様方が総力戦で世界の安定に努めて来た。
しかし、神界が丸ごと消滅した日には一気に神様達の仕事が増え、とてもじゃないがやっていられないと言う訳でして……。我らが日本の誇る八百万の神々は数においては他の神界を圧倒するので、今まで様々な争いの後始末に奔走して来た歴史を持つ。滅んだ神界を復活させると言う決まり事を提案したのも実はあーちゃんこと天照大御神様が、余りの仕事の増加量に怒り各神界の最高神の元へと殴り込み行った事から始まっている。
当時は北欧からギリシャまで立ち所に滅んで逝ったものだから、生き残った神様方の代表は憤怒と溢れんばかりの神力を滾らせたあーちゃんを若き神々と共に総出で宥め、そしてほぼ即決で受け入れたらしいよ。オーディンさんのお子さん達から直接聞いた話だから間違いない。あの時の彼女は自分達が知っている聡明な彼女じゃなかったと、悟りを開いた様な微笑みと共に教えてくれた。
ちなみに、ヨムちゃんは現在北欧からお引越しして黄泉の国へと通じる黄泉平坂でのんびりと暮らしている。ご近所さんは古代においてはっちゃけた経歴を持つ水神・ヤマちゃんこと八俣遠呂智さんで、神々よって討伐された経験を持つ二柱は意気投合。夜な夜な人界の酒場ではしご酒をして飲み歩いている。
「ほれ、余計な事は考えずに心静かにしておれ」
話がずれた所を九ちゃんの愛らしい拳骨で引き戻されたので、言われるがままに心静かに目を閉じる。すると胸に置かれた小さな手から彼女の暖かな霊力が送られて来るのを感じた。熱き焔が混じる蒼い霊力が草臥れた僕の魂に染みわたり、減った場所を補うべく魂によって霊力を変換し満たされて行く。
その過程はとても気持ちが良いモノであり、同時に彼女の魂に触れる事で安らぎを得て心が穏やかになるのだ。
「ふはぁ~~……」
その効果と言ったらまるで温泉に浸っている気分にさせてくれる。暖かな露天風呂で疲れた身体をのんびりと休めるあの至福と言ったらもう、食欲に勝るとも劣らない幸せな感覚だよね~。
「――九割方注いだ事じゃし、もうこれくらいで良かろう。大体尻尾一本半と言った所かの? 随分と消耗しておったようじゃ」
そんな心地良い感覚に浸っていたのも束の間、九ちゃんからの霊力譲渡で尻尾一本半と言う事実に頭が覚醒する。可笑しい、明らかに可笑しいよそれは。でも――それなら……。
「とにかくありがとう、九ちゃん。御蔭でだいぶ回復したみたいだ……。後は――」
霊力の増大現象に関する考えを脇において、譲渡してくれた彼女にしっかりと礼を言う。力の具合を確かめるように拳を握り締めた所で、その握り拳を開いてぽっちゃり御腹に持って行く。すると、待っていましたとばかりに胃袋が盛大に音を鳴らし始めたのである。
「美味しいご飯を腹に入れるだけじゃの? ぬははははっ!」
「――全くその通りで。あははは!」
ずばり言い当てられた事で思わず笑いが込み上げてきた。そんな僕らの様子で安心したのか、斥候役の兵士さんは笑みを浮かべると断りを入れてフォルカさんの所へと戻って行った。うん、彼も中々面白いね。
「さてと、次は龍帝さんかな? さ、こっちにおいで」
「ク、クァ……」
「大丈夫。別に叩いたりしないからおいで」
概ね一段落着いた所で雲龍帝さんの陰で縮こまっている龍帝さんを呼び寄せる。幼いながら僕の盛大な転びっぷりにショックを受けている様だ。まあ、無理も無い。絶大な力を持つ存在とは言え、彼はまだ生まれたばかりの赤ん坊だもんね。自身よりも脆弱な物を見るのも初めてなのだから、ここはゆっくりと時間を掛けて教えて行くしか道は無いよ。
恐る恐る近づいてきた龍帝さんを両腕で抱きしめる様に捕まえると、その愛らしい円らな瞳が輝く顔を優しく撫でる。大丈夫? 生きてる? と言わんばかりの視線に力強く頷き返し、にこりと笑みを浮かべた後で手刀を振り上げた。
「手刀、お仕置きの型!」
「クルァ~――カペッ!?」
安心させた所でのお仕置き。え? ええっ!? と目を白黒としている龍帝さんが非常に可愛らしいけど、ここは命の脆さを教える為にも心を鬼にしなければ駄目だよね……!
「いいかい? 僕達人はね、君や雲龍帝さんみたいな龍種と違って凄く脆い生き物なんだ。例えるなら、そうだね。君がこの硬い石ころだとしよう。すると僕らは地面の柔らかい土みたいなものなんだ。ほら、手で触ってごらん」
「クルルゥ……」
右手に石ころ、左手に地面の土を握らせて様子を見る。正直言って彼の力なら石も土塊も大した差は無いのだけれども、それでもこの微妙な感覚を龍帝ならば知っておいて貰わねばいけない。
にぎにぎと石ころを触ると今度は土塊を握りしめて、感触の違いを学習している。長い年月を経て表面が雨風によって削られ、手にしっくりと納まる形に姿を変えた石ころ。それらがさらに風化して粒子にまで変わり、森の葉っぱや色々な物が変化して混ざって出来上がった土塊。凄く大雑把な例えだけれど、生まれたばかりの彼にはこの位が丁度良いと思うんだ。
「どうだい? 結構違うでしょ」
「クルァ!」
「今回は僕自身が一般人からちょっとだけ逸脱した人間だったから無事だったけど、もし僕じゃない人がこんな目に会ったら死んじゃうんだ。ほら、こんな風にね」
分かり易い様に土塊を握りつぶして見せると、龍帝さんはビクッと身体を震わせて深く頷くのであった。如何やら大まかには理解してくれた様だね。
お仕置きと教育が終わった所で龍帝さんを離して立ち上がる。すると、僕の話を聞いていた九ちゃんと雲龍帝さんが笑顔で頷いているのが目に留まる。何を笑っているのかと尋ねれば、龍帝さんの成長と僕の教育が微笑ましく映ったらしく。九ちゃんはかつて集団の長を務めた経験から懐かしむ思いで、雲龍帝さんも人間達と交流があった数万年前の記憶が浮かんだ事から思わず笑みが零れたらしい。どちらも年長者として子供達に色々と教えて来た立場だからね。成程、僕の教え方が微笑ましく思えるのも納得だよ。




