15話~山中からの脱出劇
長生きの生き物は考え方も長生きだなって思いました。by、奏慈
何はともあれ、結界を解除したのならさっさとここから出て王国に向かって旅路に着かなければいけない。だけども、僕らが入って来た所は既に結界の修復効果によって消えちゃってるし、如何やらここには出入り口は見当たらないみたいだね。
空気を通す穴はあちこちに空いているみたいだけど、とてもじゃないが成人男性や成人女性が通れるような大きさではない。小学生程度の小柄な九ちゃんでも通る事が出来る穴は無いだろうし、無論ぽっちゃり少年である僕は入り口で詰まる事は分かり切っている。
「……と、言う事は。これはいっその事新しく穴ぽこを拵えた方が早いね、うん」
「は? 穴を拵えるって――」
「こうするんだよ、水霊拳!」
水の霊力を右腕全体に纏わせ霊力の流れに螺旋運動を加える。腕表面を覆う霊力の水が徐々に回転を始め、白い波線が指先に向かって流れて行くと一気に螺旋状の回転を始める。超高速で回転する水の霊力が飛散しない様更に霊力の幕で覆えば……良し!
「――螺旋石穿ちノ突き!!」
日本の諺にこういう言葉がある。『雨垂れ石を穿つ』 意味としてはどんなに小さな力でも根気よく続けて行けば成果が得られると言う。言葉の内容としてみれば、軒先から落ちる僅かな雨垂れでも同じ場所に長い間落ち続ければ、例え硬い石にでも穴を穿つ事があると言う様子を言葉にしたものだ。
つまりはだ。
諺の雨垂れを水の霊力を以って代替し体内で増幅させ手の先から超高速で放ち時の幅を狭め、尚且つ掘削機械の様に螺旋運動と回転によって効率よく削った物を排出すると言う業なんだよね。
この術の基本原理としてはウォーターカッターと掘削機を合わせたものを基礎としている。ウオーターカッターはその名の通り、水を用いて物を切断する工作機械の事。水にもの凄い圧力をかける事で物体に超高速の水流をぶつけさせ、物体を削り吹き飛ばすと言う現代工作機械技術の傑作の一つだ。
それに、トンネル工事などで使われる超大型回転式掘削機械の技術を組み合わせて考案されたのが水霊拳・螺旋穿ちノ突きである。
どちらも現代日本の技術の粋から考案されたものだけあって、実は最近になってから開発された新術だったりする。
「なんと! 硬い大岩の壁にこの様な穴を空けられるとは……!」
腕から放射された霊力の水が岩壁に当たった瞬間壁は砕かれ粉塵が舞い、凄まじい勢いを以って岩壁を削っていく。大体ここがモレク山の中心から少し外れた所に位置するので、目算と霊算(霊力を使用した算段)で大体二十数秒もあれば立派な穴を穿つ事が可能だろう。
「しかし、あれじゃの。人の力も案外馬鹿にならんものじゃと、この術を奏の字から初めて見せてもろうた時につくづく思ったもんじゃのう」
「科学は日々進歩してるからね。今日に無い技術が明日にはどこかで生まれているかもしれない、それが人間の力だよ」
「じゃのう。千年の時を過ぎて、妾も人と物の変化には驚嘆したものじゃしの!」
しみじみと感慨深げに話す九ちゃんをしり目に、僕は更なる業に移行する為空いている左手に地の霊力を集める作業を同時に行った。と言うのも、このまま螺旋石穿ちノ突きで削り通したとしても、削った後を何かで補強してやらねば早々に崩れ落ちてしまうからである。
よく地下鉄の工事等で用いられる掘削工法でも、削った後は早々に補強してまた掘ると言う作業を繰り返して長大なトンネルを拵えているんだ。大変だよね。
「よーし、仕上げはこいつだ! 地霊拳・岩固一鉄ノ界!」
左手に集め練り上げた霊力を地面に叩き付ける様に流す。地の霊力は先に通った水の霊力に沿う様に流れ、削り取ったトンネルの内側を補強しながら出口へと突き進んで行く。
この術はその名の通り、岩や土を鋼鉄並みの強度に補強する術なんだ。どんなに軟な足場でも一瞬で固める事が出来るから便利な業なんだけども、便利な物には自然と不便もついて来る訳でして……。
実はこの術時間制があって、一番長く以っても一時間が限度である。更には消費霊力も他の術に比べて多いのも困りものだね。
「……なんともまあ、実に多彩な技をお持ちでいらっしゃいますな~」
「へえ……。見た目は何の変化も無いけど、こうして直に触れてみると他の岩壁とは明らかに硬度違うのが分かるな」
「……実に興味深く不思議な技ですね。できる事なら国へ帰った後に御教授願いたい位です」
指揮官クラスの御爺さん、フォルカさんに副官さんと三者三様の感想を聞いた所で他の皆さんも繁々と術の行使をした所を触り始める。ただの岩壁が明らかに質感の違う物に変化している様を驚きと関心を以っている所悪いけども、僕の方はそう長く持ちそうにないのでさっさと移動をしてもらおうと思う。
「じゃ、じゃあ皆さん。早急に移動をお願いしますね。この術は疲労が激しいし、術の継続時間も持って一時間程度なので……で、出来るだけ急いで下さい」
使用した霊力が思ったよりも多い事に違和感を覚えたものの、そう言えばこの所まともな食事をしていなかった事を瞬時に思い出して納得する。一般的におデブと呼ばれるぽっちゃり君達が全力疾走をした時に見せる疲労感に喘ぎながら、見かねて僕に近寄って来たフォルカさんに何とか笑みを見せる。
「だ、大丈夫なのか? えらく疲れている様子なのだが……?」
「大丈夫ですよ。でも、今は移動を優先して、下さい。話はここを出た後で……」
「そうか……相分かった。皆の者、彼が用意してくれた道は持続していられる時間が限られているとの話だ!体力の残っている者から早急にここを脱出して後に続く者の安全を確保せよ!」
尚も心配そうな顔を見せるフォルカさんであったけども、僕の言葉を信じて兵士の方々に指示を飛ばした。
それからの皆さんの行動は中々のものだったね。斥候役の人がまず真っ先にトンネルへと突き進み、その後を数人の合図を伝える役の人達が続いて連絡経路を確保する。数分で出口までたどり着いた斥候役は、入り口付近に獣や邪気が居ない事を慎重に確認してから合図を送って来た。
伝言リレーの如くに伝えられた安全確保と言う言葉が届くまで既に二十分弱が経過。術の持続時間の残りが後四十分少々と言った所で、これなら何とか脱出するまでには間に合いそうだね。
「っと、これは早く外に出て奏の字に霊力を補給してもらわねばいかんのう……。致し方無い、雲龍帝よ。お主と幼帝の二人掛りで奏の字に肩を貸してやれい」
「はい。して、姉様は如何為さる御積りですか?」
「妾は道すがら奏の字に霊力を分け与えてやるとするかの! なに、回復には尻尾一本分も必要は無かろうて。奏の字ならある程度分け与えれば後は自力で回復を図る事も可能じゃしな」
「成程。人の身なれども、主様は大分常識から外れた御方なのですね……うむうむ」
そこそこ、僕を勝手に常識外れに認定しないでくれるかな! と、声を大にして言いたいけれどもその気力もすでに尽きている。フォルカさん達がトンネルに入るのを尻目で見守りつつも、つまりは黙するしかない訳でして……残念ながら昔の諺である沈黙は金とは行かないのである。
「クルァ? クアッ!」
「ああ、君は優しいね。そこで僕を常識外れ認定しているお方達とはちが――」
「クルアアァッ!」
「――うひょぉぉっ!?」
疲労で項垂れている僕の頬を心配そうに舐めてくれたものだから、てっきり宥めてくれているんだなと思っていた僕がいけないんでしょうね。嬉しそうな声色で以って襟首を銜えられ、幼くとも力強さを感じさせる羽ばたきでトンネルに突入したんだ。僕らは一応殿を務める形で最後に出ると決めたのだけれど……あ、フォルカさん達だ。
「な、何だ!? ――龍帝様!?」
「やっ!」
「そ、奏慈殿!?」
「お先に~」
フォルカさんを守る形で列を作り進む一行をあっという間に追い抜き去り、トンネルの直径を考慮した見事な飛行で突き進んだ僕ら。途中途中で兵士の方々に驚かれたけど、その驚き顔も一秒と間もない内に通り過ぎてしまって早送りの映像を見てるようで若干笑けてきてしまった。
うん、霊力不足でテンションが可笑しな事になってるね……。
「しかし龍帝さん。流石は龍の帝を称するだけあって、こんなに小さいのに力も早さも段違いだね」
「――ッ!! ――――!!」
「うんうん、褒められて嬉しくてもちゃんと僕を銜えて離さない所は分かってるね。偉いよー」
褒められた事で更に飛行速度を上げた龍帝さん。速度に比例して僕の身体に中々の重力が押しかかって、普通の一般軍人パイロットなら失神と言うか最悪肉体が四散してしまう位の圧力に必死の思いで耐える。これは外に出たら色々と教えてやらなきゃいけない事が多いと見た。まずは一般的な生物の耐久力から教えなければ――うおっぷ!?
「そ、そろそろ出口が近づいてきたから速度を緩めて貰えないかな~なんて……うっぷ!?」
「――? ……――――!!」
僕の言葉を理解してくれたのか、コクコクと頷く龍帝さんに連動して僕の体と胃袋の中身が揺さぶられる。絶妙な加減で減速を図ってくれる彼に感謝しつつ正面から光が差して来るのを感じて顔を上げると、トンネルの出口から山に活ける動植物達の霊力と共に暖かな日差しが降り注いでいるのが目に映った。
車で長いトンネルから出る時に日の光と外の景色に安堵する様に、異世界であっても変わらず緑が視界に映った瞬間に心が落ち着くのが分かるよ。これで美味しい食べ物でも食べられれば最高なんだけど……無理だよね。
「ああ~、やっと外に出られた! ひと暴れした後は空気が本当に美味し――」
「クルアアァァッ!!」
「――いあべぼぶへべっ!?」
「クアッ!?」
初めての外の景色に興奮したのだろう。減速して大分ゆっくりとした速度で外に出た僕は、出て早々に地面との接吻と相成るのであった……。




