12話~新たなお供、爆誕!
龍帝の命を救うべく、ぽっちゃり少年の秘儀が炸裂する。
『んっ! ……んぅ、ぁ……っ!?』
霊力の塊を指先から直に魂に注入された雲龍帝さんは、僕の記憶にありありと刻まれた九ちゃんと同じ様に身体をびくんと跳ねさせて艶かしい女の声を上げる。先程のまでのエコーが効いたごつい声では無く、明らかに艶を含んだ少し低い大人の女性の声だ。……嫌な予感しかしないぞ。
巨大な龍の姿が少しずつ縮んで行き、大蛇の様な身体から人の肉体へと変貌を遂げて行く雲龍帝さん。その間も押し殺した様な、すすり泣く様な艶っぽい声で啼く彼女? に男性陣は困惑しながらも神秘的な光景に魅入られていた。
ちなみに金髪のお兄さんは眼鏡のお姉さんに両目を塞がれてキョトンとしていた。耳は恰幅の良い御爺さんが塞いでいる。完全ガードだね、こりゃ。
『ふ……ぅ、あっ、んぅ』
「…………」
「ほれ。しっかりと見るんじゃ、奏の字! 滅多に見られぬ女龍の艶姿じゃ!」
「わかってるよ!? だから懸命に目を逸らしているんじゃないかっ! ぬあっ!? く、首がへし折れるからやめ――しまった……ぶほっ!」
僕の肩に乗って雲龍帝さんから必死に反らしている首をへし折らんばかりに戻そうとする九ちゃん。閉じている瞼を無理やり開かれた先に映ったのは、蒼く金色に光る霊力の中で悶える美しい裸身を晒す女性の艶姿。
腰まである長い黒髪を静かに揺らしながら、夜天の下で凪ぐさざ波の如き声で何かに耐える様に啼いている姿が目ん玉にありありと映し出される。細腕で抱きしめる彼女の身体には大きなチョモランマが二つ装備され、柳の様にしなやかな腰は細く括れ、その下に着いている御尻はふくよかで女性らしい丸みを帯びていた。
正にどっからどう見ても人間女性と同じ身体付きに、口からいろんな思いや感情と共に何かが噴き出す。ぽっちゃり身体によって溶岩の如く熱くなった血潮も鼻から噴き出そうとするが、そんな醜態だけは避けようと必死に粘膜を強化する。
『んんぅ……ぁ』
「ほ~ん、妾もあの時はこの様な姿を晒していた訳かの? 少々所ではなく木端恥ずかしいの~」
「分かった、分かったから瞼から指を離してお願いしますぅ!? めり込む、めり込んでいるからぁぁあああああっ!?」
恥ずかしがって腰をくねらせる九ちゃんが指に力を籠めるせいで、目玉が破壊される危機に陥っている僕。そんな様相で騒ぐ僕らをしり目に、金髪お兄さん達が見守る中雲龍帝さんの変化が徐々に落ち着いて来た。
「……ん、ぁ、ああっ! ――――ぁ、これは……力が溢れるこの姿は……一体?」
蒸気して薄っすらと紅く染まる頬に玉の汗が一滴。頬を伝い顎先から胸元へぽたりと落ちて、深い谷間を抜けて頂から地面に流れて消える。変化する前と比べ力が満ち満ち溢れる身体を一つ一つ確かめる様に見た彼女は、両の拳を握りしめて力を籠める動作を何度かした後はっとして僕らの方を、正確には僕の顔をじ~っと見つめて来た。
何でも宜しいのだけれど、狐や龍と言った生物から変化した女性は羞恥心が薄いのだろうか? 早く誰か着る物を彼女に授けてほしい。ホントに、美女に見つめられるのは素直に嬉しい。けれどもだ、全裸の美女にじ~っと見つめられるのはこう……居心地が大変悪い。それに二人しかいない場合ならばまだしも、今この場には二十数名の観衆が居られる所でして……尚更居心地が悪いよ。心に視線が突き刺さるぅ~。
「…………」
「あの~、僕の顔に何かついてます?」
「…………」
「あ、あの――取りあえず服着て下さい……。それが駄目ならせめて隠して頂戴な」
何だ? 一体どうしたんだ雲龍帝さんは……。終始無言で僕の顔を見ている彼女は、ピクリとも動こうとせずに視線を僕に固定しロックオンしている。
周囲の人達も誰一人として動こうとするものは居らず、雲龍帝さんが視線を向ける僕に同じく視線を載せてくる始末。九ちゃんは僕の肩でにやにやとした笑みを浮かべるだけでこちらも無言……。ここには僕の見方が居ないのか? 彼女に服を着せてくれるような見方が……!!
「……お主――否、我が主様っ……!」
やっと口を開いたかと思えば開口一番意味不明な事を口にした雲龍帝さん。そのまま抱き付いてきそうな勢いと気迫でもって僕の足元に片膝をついた雲龍帝さんは、僕の顔を仰ぎ見る様に顔を上げるとキラキラとした瞳で見つめ返してきたのである。
「主……? 一体全体誰が――――ま、まさか」
「はい、主様とは貴方様の事で御座います!」
その言葉が出た瞬間、僕は目の前が真っ暗になって足元からガラガラと崩れ落ちる感覚に陥る。思わず眩暈を覚えた僕は雲龍帝さんと同じ視線の高さまで崩れ落ちた。
何故? 何故、どうして、こうなった……。様々な疑問符が頭に浮かんでは消え、う浮かんでは消え……さらに湧き上がった物を目の前の宝石の様に煌めく瞳を持つ彼女が増幅させて行く。言葉で言い表そうにも巧い語句は浮かんでは来ず、口から出る前に霧となって洞窟内に消えて行った。
「……主様、この度はこの不肖の身はおろか龍結晶、果てはヒューマニアンの者達まで御助け戴き感謝の念に絶えません。その対価と言っては難で御座いましょうが、新たに得たこの身体と魂を終生主様に捧等存じます次第!」
「……終生?」
「はい! 終生――……あの世の果てまでも付き従い御供いたします!」
「項目が増えてるじゃないか!?」
豪く心酔していらっしゃるご様子の雲龍帝さんに泣きっ面を見せながら絶叫する僕。何処が如何してこうなったと再び考えを巡らせるが、堂々巡りでパンク寸前の思考回路ではそもそも考えが巡らない事に気付く。
視線を片膝をついている雲龍帝さんよりも更に低くして頭を抱えるが、大人しく現状を受け止める事以外の手段が今の所無いみたいで……。周りで事態を見守っていた人達も固唾を呑んで僕の返事を待っている始末だよ。
「……奏の字よ。海よりも深く山よりも高い悩みを抱えて居る奏の字に妾からとっておきの妙案があるのじゃがの?」
「……妙案て何だい?」
悩める哀れなぽっちゃりに差し出された一筋の光明、昔紆余曲折あって僕ら一家と同居して暮らしている言わば雲龍帝さんの先達。彼女の場合はあーちゃんからの沙汰があって、僕と一緒に暮らす事に相成った訳だけれども、生憎とここにはあーちゃんや月姉と言った頼りになる御方は居ないし……頼りになるのは彼女しかいない!
「うむ、それはな――素直に共に加える、じゃ!」
「なるほど~! この世界で長らく世界の安定の為に尽くしてきた彼女を加えて、修行の旅に繰り出す訳だね――って。それじゃあ……はあ~……分かったよ」
拒否の言葉が喉まで出かけた所で雲龍帝さんを見れば、捨てられた子犬の様にシュンとしながら瞳を潤めかせて僕を見ているのが目に止まる。振り上げた言葉の拳が宙で彷徨い、彼女の視線で急速に力を失っていったよ。
これで断ったら後が怖い……。
「ぬははははっ! 円満解決、妾にも妹が出来た気分だの!!」
「おおっ!! 有りがたきお言葉、余りの嬉しさにこの身が蕩けてしまいそうなほど嬉しゅう御座います……! 姉上、是非に主様の事を色々と御教授下さりませ」
「ほんに殊勝な女龍よの~。相分かった! 奏の字の事は道すがらじっくり教えて進ぜるからして、共に奏の字と楽しき旅へと繰り出そうぞ! の?」
「はい!」
あ~あ~、盛り上がっちゃって……。こりゃあ、九ちゃんに一本取られた気分だよ。
僕の承諾を取れた嬉しさに盛り上がる元狐と元龍の女性二人。この際万歳三唱をするのは良いからお願いです。どうか彼女に服を、着る物を誰か授けてやって下さい……。
◆
「――それで、雲龍帝様とのお話は終わりましたでしょうか?」
「うむん? おお、そうじゃった! そう言えばお主達も色々事情を抱えて居ったと、そう話しておる途中だったの」
「はい。先程の会話の次第は理解できませんでしたが、如何やら雲龍帝様の御希望が叶いました御様子……。我らも息を呑んで見守っておりましたが、雲龍帝様のあの笑顔からほっと胸を撫で下ろしております」
姿の変わった雲龍帝さんとの話し合いが終わったのを見計らって、今まで固唾を呑んで事態を見守って来た金髪のお兄さんが会話に参加。如何やら九ちゃんとの話の内容によると、さっきまでのやり取りは伝わっていなかった様だ。
そう言われてみると確かに先程は流暢な日本語で会話が成立していたね。う~ん、良くは分からないけど術の影響で副産物として彼女に言葉を理解させたのかな? だとしたら新たな発見――
「このままでは些か主様が不便ですな……。よし、ではここは私めの術にて言葉の壁を崩して差し上げます! …………ぬぬぬん、ほいさ! っと、これで良し!」
「――うん。ありがとう、雲龍帝さん」
「ははっ! 早速お褒めの言葉を頂戴しまして、恐悦至極に御座います……えへへ」
はい、そんな発見は無かったとさ。
誇らしげに僕を見て来る彼女に礼を述べれば、頬に手を当てて嬉しそうにはにかむ姿を見せてくれる。凄く愛らしい姿に心を撃ち抜かれてしまいそうだけども、だけども! 未だに着ている物が僕の作務衣の上だけって言うのが別の意味で心を撃ち抜かれそうだ。
普段自分が来ている物を美女が着ているって状態は、案外男心に響いてくるものなんだね……うん。
「さて、妾達の大将も雲龍帝の御かげもあって話を出来る様になった。では、本格的に話し合いと行こうかの? 無論、この場は妾が仕切らせてもらおうかの」
邪気のとの闘いで大活躍した九ちゃんのお言葉に彼らも異論は無いようだ。代表である金髪のお兄さんが頷いたのに誰の反論も無いのがその証だろう。
その反応を見た九ちゃんは機嫌良く鷹揚に頷いて早速話し合いに入った。
まずは、彼らが危険を承知で繰り出した旅の目的の話からだった。
「私達の住む国はアルバス王国と言いまして、この世界にて大陸の中央から少し北寄りの所に位置する肥沃な土地を有する王国です。それに加えて国の東には雲龍帝様が坐すこの聖地モレク山と大森林原カルルの森が広がり、天然自然の砦として他国や瘴気に侵された化け物共の侵入を防いで発展してきた歴史があるのです」
まず金髪お兄さんの口から語られたのは彼らの国の大まかな歴史と現状だった。この世界の大陸国家とっしてそれなりの地位を確立して来たと言うアルバス王国。その背景には、ここ数日僕らが彷徨った原生林と五大龍帝が一角、雲龍帝さんの庇護があった御かげだと言う。
それ加えて土地そのものが肥沃で農業や産業面でも豊かな王国は、他の国家よりも遥かに強い経済的有利さで君臨してきた訳だ。
「しかし、そんな大国であるアルバス王国もここ数百年で次第に衰退の一途を辿りまして、王都の外れにある村や町で瘴気の化け物が現れる様になり……。数週間前にはついに王都内で化け物共と戦闘があり、我々は何とかこれを討ち果たす事が出来ましたが払った犠牲も大きく。フォルカ様の御友人で在られた御方が、瘴気に侵され打ち取られる事態に……」
「そこで、我らは国の危機と事の次第を雲龍帝様にお知らせして解決の案を頂戴するべく、古の約定を破ってまでこの場に赴いたと、こういう言う訳ですじゃ」
金髪のお兄さん改め、フォルカさんの話を引き継いだ副官らしき女性と僕とどっこいどっこいの体格を有する御爺さん。二人の話を繋げると、彼らは文字通り一命を賭して助けを求めて旅をしてきたと言う次第みたいだ。
成程、先の戦いの様子から見ても邪気を殲滅する手段に疎い彼等では、例え低レベルの邪気相手でも苦戦は必須。首尾よく倒せたとしても浄化をしなければ元の木阿弥状態で、何度でも復活する邪気との鼬ごっこって訳か。よく無事にここまでたどり着けたものだ、ある意味これもまた彼らの運命なのかもしれない。
「しかして、我らの一団に潜みし化け物も共にこの場に連れ来る羽目になり申し、雲龍帝様には申し訳も無い事です……」
「よいよい、今更過ぎた事をどうこう言うても何の得も無し。それよりも、今日この場で主様達と巡り合えた幸せの方が私には大きく、次世代の龍帝も無事に守り通せた事こそが何よりも代えがたき収穫よ。これ以上己を責めるなとは言わんが、余り苦にする必要も無いと知れ」
「ははっ! 勿体なきお言葉……。飲み込むのにも暫しの時間を要しましょうが、雲龍帝様のお言葉を有りがたく思います」
意外にも気にした様子が無い雲龍帝さんだが、まあ、それも分からなくは無い話かな? なんせ死を覚悟していた状態から最上の結果に導く事が出来たのだから、雲龍帝さんにとっては正に怪我の功名と言う奴だろうね。
深く頭を下げるフォルカさんを諭した後、誇らしげに胸を張る雲龍帝さんは改めて僕と九ちゃんに視線を移してきた。話の流れ的に彼女はこれからフォルカさん達に力を貸すつもりなのだろう。勿論、その流れには僕や九ちゃんも乗っかっていると見た方が良いね。
「……主様に姉上。実は知り合って間も無い私から二つ御願い事が御座います。聞いて下されますでしょうか?」
「ん? まあ、よっぽどの事じゃなければ聞いてもいいけど……」
「うむ、妾達は基本暇人じゃからして。お主の頼みとやらに付き合うのも、また一興じゃ」
鷹揚に肯く九ちゃんとは反対に歯切れが悪くなる僕だけど、どうも嫌な予感が警鐘を木槌でガンガン叩き鳴らしている気がするんだよな~。こう、僕だけ損をしそうなそうでもないような……言葉では上手く表しずらい何かが僕の危機を告げている様な感じ。
「早速のお聞き届けありがとう御座います。一つ目の頼みと言うのは至極簡単な事でして、頭上にて浮かんでいる龍結晶に主様と姉上の御力を注ぎ込んで頂きたいのです。主様達はこの後旅に出られるとの事……。勿論、新参者である私も御供として連れ添う心算でありますが、そうしますと未だ覚醒が出来ぬ時代の龍帝を置く事になってしまいます。
世界の安定には龍帝の存在と力は必須でありまして、故にいっその事この場で孵化させて共に連れて行こうかと……そう考えているのです」
雲龍帝さんの提案は意外にも凄く真面な事だった。先程感じた不安や悪寒は何処へやら、至極真っ当な話に断る理由も無い。霊力を注ぎ込む事で誕生が早まるならば、彼女の抜けた穴を埋める為にも早急にやってしまわなければならない事案と言えよう。
まあ、その話を聞いたアルバス王国の人達は大いに驚いて、ざわざわと話しながら知られざる龍帝の真実に聞き入っている様子だ。
「そういう事情なら仕方が無いか。僕の霊力で足りるんなら大いに役立ててもらっても構わないよ? ね、九ちゃん」
「そうじゃの。戦いで高ぶった霊力を少々落ち着かせてやらねばと思って居った所じゃし、渡りに船と言った所じゃ。ド~ンと持って行くが良かろうて」
僕らの返答を聞いた雲龍帝さんは礼を言うと早速頭上にある龍結晶に手を翳し、所謂念力を以って次代の龍帝が眠る卵の入った結晶体を僕らの所まで下してきた。
おお、とため息にも似た感嘆の声が周囲からもれ出る中、龍結晶は地面から数十センチの所で一旦停止してゆっくりと地面に着地するのであった。




