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ぽっちゃり少年と旅するご近所の神様  作者: とっぷパン
序章 ”始まりと旅立ち” の段
2/65

2話~ぽっちゃり少年、帰宅する

 夕焼けに染まる桜並木をぽっちゃりとした体で歩く。立派な御髭がトレードマークの初代校長スペシャル銅像が配置された荘厳さを感じさせる校門を通り過ぎれば、夕焼けが空を茜色に染める中に水の張られていない水田の広がる景色が現れる。コンクリートやアスファルトと言った人工の公道の他に、田畑に続く畦道や農道が日の沈む水平線へと奔っている。


「ふんふん、ふ~ん。おっ! 菜の花に混じってたんぽぽが咲いてる……」


 舗装がされていない歩道の脇には様々な春の草花が咲き乱れ、白や黄色、桃色や紫といった色彩豊かな自然の装飾がされてた。


「……さてと、現実逃避は此処まで。早く家に帰らなきゃ」


 タンポポの花を指でそっと撫でながら覚悟を決め、再びぽっちゃりした足に力を込めて歩き出す。家の神社までの道程はざっと一キロメートル範囲内と言った所で、田舎らしい殆ど変わり映えのしない道を進んだ所に建っている。


「……しかし、世界を越えて人間から一皮剥ける修行ってなんだろう? 他の修行内容は大体分かるけど、これだけが全く分からないや」


 世界を越えるって言うのは……違う世界に行くって事なのかな? でも、それで人間から一皮剥けるっていう意味が全く理解できない。それに、仮に一皮向けたところで僕は何を得られるのだろうか。


「……う~ん、やっぱり駄目だ。お腹が空いて考えが纏らないや」


 お腹が空くって言うのは、生物にとって一番良くない事だと僕は思っている。古代の人間が争う理由も、元を辿れば飢餓だとか飢饉で飢えてしまった事が事の始まりだと思う。空腹はどんなに頭の良い人間でもその英知と思考を鈍らせ、その鈍った考えで何かをしようとすれば必ず失敗をする。

 必ずしも原因はそれだけではない事は分かるが、やはり空腹というのは辛いものである事には変わりはないしね。


「ああ、そういえば今日の晩御飯はアイツが作るんだっけ? だとしたら、ご飯はおいなりさん一択だね。せめて焼き魚とかが付けば御の字、か……」


 僕の家は神社をやっている。その関係で世に蔓延る邪悪な存在を祓い清め、完全に邪となる前の段階ならば基本的に家で保護をする事を信条として副業的な仕事もしている。


 基本的に生物や妖怪、精霊や御霊と言った存在には初期段階では善悪の基準は無い。よって、全ての物は経験と蓄積によって自らの在り処を決める。どの様な経験をするのかという事と、どの程度の知識を得ることができるのかと言う事が己の善悪の立ち居地を決める切っ掛けになる、と以前お茶を飲みつつナギさんから教わった。故に、一概に邪とは言えない事の方が多く、意外と清い心を取り戻せる事が多々あるらしい。


 僕が初めて邪の討伐に同行した時、偶然に偶然が重なってかなりの大物が引っかかったらしく、いつの間にやら僕とその大物が鉢合わせをする破目になった。その時に何をどうしたかは憶えていないが、気が付いたら廃寺の縁側で月を見ながら古来から大妖と言われた大物と共におにぎりを頬張っていた。


「お、なんかいい匂いがしてきたぞ~! これは……、桜鯛の煮付け……?」


 その後も、僕を心配して駆けつけたあーちゃん達とすったもんだの大騒ぎがあったんだけど、今では双方とも和解して家で楽しくお茶なんかを共にしている。

 それに、二人とも料理が得意という事も相まって休日や僕の両親が出かける時などはよく御飯を作ってくれた。あーちゃんは日本料理全般が得意だから良いんだけれど、もう一人の方はほぼ毎回おいなりさんや油揚げを使った料理しか作ってくれない。食べさせてもらう身としては非常に申し訳ないのだけれど、もう少し僕の意見も取り入れてもらえると嬉しいな~、なんて思ってしまう事もしばしばあるんだよね。


「ああ、美味しそうな匂いだけで涎が溢れてきちゃった……」


 じゅるりと口から垂れてきた涎を拭い、漂ってくる匂いに誘われる様に若干憂鬱だった心が前向きになる。心が前向きになれば当然帰りの足も自然と速度が上がり、永遠に続けば良いと思っていた帰り道もたった1分で走破してしまった。


「おおう、いつの間にか着いちゃったよ」


 朱色の鳥居がいつの間にか目の前にあることを今更ながらに確認して、自分が食べ物の匂いに釣られて帰ってきた事に羞恥心が沸き起こる。


「……まあ、お腹は誰でも減るものだよね!」


 無理やりテンションを上げれば、誰に言うでも無しに言い訳が口から出る。そんな自分に軽くため息を漏らしながら、鳥居の前で一礼して左の端を左足から動かして歩いて行く。自分達が住んでいる実家とはいえ、ここから先は神様の住む神域と同じ扱いになる。故に、僕は物心が付く前からこの所作を毎日欠かさず行ってきたんだ。


「…………」


 基本的に参道は静かに歩かなければならない。そう、ここは神様の住む所と同じ扱い受ける神域であ――――


「何をゴチャゴチャと考えておるんじゃ? 坊よ」

「うぷっ?」


 ――――って、……どうやら考え事をしている内にあーちゃんと合流していた様で、僕の丸々とした顔を彼女の細く長い白魚の様な指でつつかれている。静かに歩かなければならないとか考えていた矢先に、まさかのご近所さんとの遭遇で長年の積み重ねが崩されるとは思わなかったよ……。


「もう、いきなりほっぺたをつつかなくてもいいじゃないか……。境内の中は静かにって言う塵も積もればなんとやらの長年の積み重ねを、まさか指導してくれた人に崩されるとは思わなかったよ」

「ん? ……おお! そういえば我が一通り教えたのじゃったな、すまんすまん」


 神社の跡取りとして指導を受ける事十数年。指導役の人物によって、努力という名の塵の山が脆くも崩されてしまいましたとさ……。はは、笑い話にしかならないよ。


 大して反省したようにも見えない謝罪を返されつつ、どうやら僕の帰りを待っていてくれた様子のあーちゃんと共に参道を歩く。石畳の参道脇には石で作られた歴史を感じさせる見事な灯篭が置かれ、夜になると暖かな明かりで参拝者を照らす様にしている。


「ふむ、仕来たりを破ってしまった事はこの際どうでもよい。我がさせてしまった事ゆえ、ここからは会話も有りと言う事でいこうかの」

「えぇ~……」

「なに、この我が許すのだから問題などあろうはずも無い」

「……まぁ、そういう見方も出来る気もしないでもない、かな?」


 我こそが道理であり正義、とでも言いそうな態度で堂々と胸を張るあーちゃん。そんな彼女を尻目にひっそりとため息をつく僕……。正に正反対の様相を見せる僕達だが、此処でいつまでも立ち止まっている訳にはいかないので、足だけは動かしつつ参道を進んで行く。


 入り口である鳥居から歩く事二百メートルと少し、鎮守の社(又は、鎮守の森)と呼ばれる森林に囲まれた大きな木造の建物が姿を現す。まず目に付くのは身を清める為に設置してある手水舎(ちょうずしゃ)で、数百キロの岩塊を削り彫って作り上げた器に、神社裏の御神山から湧き出る地下水が滾々と溢れている。


「ふむ、一応手を清めておくとするか……」

「そうだね。参拝するわけじゃないけど、これも長年の習慣だからね」


 まずは一礼して柄杓に一杯分の水をそれぞれ汲み、左手から右手、そして口の順に清めた後、もう一度左手を清めて柄杓を傾け残った水で洗い流す。最後に柄杓を元の位置に戻した後、また一礼して清めが完了する。


「ふう、やっぱり身を清めるって気持ちがいいね――――」

「ん? そうじゃな」

「――――って、そんな水道で手を洗うみたいに……」


 清めの所作が終わって隣に目を向けてみれば、柄杓で掬った水を一気にじゃぶじゃぶと流していた。さっきもそうだけど、僕は目の前にいるあーちゃんから神前の所作を教わったはずなんだ。なのに、その本人ときたら……。


「ふむ、やはり此処の湧き水は好い。穢れを洗い流すだけでなく、僅かにだが心に善き力を授ける効能がある」

「……そう思うなら手水の所作ぐらい守ろうよ、あーちゃん」

「ほむ? まぁ、此の位は誤差の範囲内と思うのじゃ」


 そのままもう一回柄杓で湧き水を汲んだあーちゃんは、細く且つ肉付きの良い腰に手を当ててグビグビと音を立てながら水を飲み干す。柄杓の淵から零れ出た清水が、あーちゃんの白銀の雪原で踊る鶴の如く白い喉を伝い落ちる。黒髪と対比する様に白い彼女の肌にほんのりと漂う色香と相まって、姿勢は銭湯で風呂上りの牛乳を飲み干すおじさんの格好なのに、なんとも言い難い大人の艶をかもし出していた。


「んぐ、んぐ、……ふぅ」


 満足そうな艶っぽい息を一つ付いて柄杓を元の場所に戻し、スーツの胸元から取り出したハンカチで手に付いた水滴をふき取るあーちゃん。その何気ない動作一つ取っても彼女からは気品が溢れ、例え数十年の修行積んだ宮司であっても抗い難い魅力が辺りに振りまかれていた。


「……ふむむん? どうしたのじゃ坊よ。我の事をジッと見つめおって」

「え!? えっと……その~」

「ん? なんじゃ、正直に言ってみよ」


 明らかにしたり顔でニヤつきながらそう尋ねてくるあーちゃんに対して、僕はなるべく平静を装って返事を返そうと試みる。


「……うむむむっ! あーちゃんてば、それは十五歳の思春期男子には心に大きな羞恥心を植えつける重大な大事であって――――」


 言い訳をする様に言葉を並べ立ててはみるが、彼女が浮かべるニヤニヤとした笑みは一向に元のすまし顔に戻る気配が無い。その態度でさらに羞恥と焦りが増した僕は、自分でも何を言っているのかもよく分からないままにわたわたと喋り続けた。


「い、いや、だからそのっ!? なんと言いますか~……」

「ええいっ、一端の(おのこ)ならばハッキリとせんか!」

「は、はいっ! あーちゃんに見とれていましたっ――――て。し、しししししまったぁぁぁぁっ!!??」


 あーちゃんの有無を言わせぬ一喝によって、僕の口から謀らずもぽろりしてしまった思春期男子特有の視線の先。しかも、その相手が赤ちゃんの時から何かとお世話になっているご近所に住む年上のお美麗な姉さんときたら、これに例えられる言葉が見つからない程小っ恥ずかしい出来事ランキングの六位に食い込む大事だよ……。


 ぽっちゃりとした顔から火どころかマグマが噴き出しそうな位真っ赤に染まった僕は、襲い掛かる羞恥に耐えつつあーちゃんの反応を待った。ぎゅっと瞑った目を薄らと開き、様子を探るようにおっかな吃驚で彼女を仰ぎ見れば、先程のニヤニヤとした笑みをさらに喜色で彩ったあーちゃんがほんのりと頬を赤らめて僕を見ていた。


「…………プッ」

「はうあっ!?」


 わ、笑われた……。噴き出すようにあーちゃんの口から笑いの息が漏れでたのを最後に、笑いの天地開闢(爆笑の意)が始まるのを覚悟してぎゅっと目を瞑った。


「……フ、フフ、フハハハハ! そうか、そうか! 坊も立派に男をしておるではないか!!」

「……え??」


 あれれれ? 笑っている事には違いは無いけど、からかっている感じじゃあないみたい……? どちらかというと、弟の成長を喜ぶ姉の様な心情と言ったら良いだろうか。確か、小学生の時初めてテストで百点を取ったときもこんな感じで褒めてくれた気が…………ちょっと違うかな?


「ふむふむ、これは一つ大きな収穫であった! あの色恋に関してはねんねな坊がの~、時はいつの間にか坊を立派な男に成長させて居ったか……」

「あ、あははは……」


 何度も肯きながら昔を懐かしむ様に目を細める彼女に対して、そのあーちゃん曰く成長をしていると言う肝心の僕はよく状況を理解できていないまま、嬉しそうにする彼女を苦笑しながら見ていたのだった。






2015年8月17日に分割いたしました。

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