7話~邪気対ぽっちゃり少年
さあさあ、此処からはぽっちゃり少年の独壇場! 穢れに染まりし御霊を祓う為、食い意地のはった霊力が迸る……!
岩貫き手で打ち破った結界の先に僕らを待っていたのは、全身血まみれになった巨大な龍と二十数名の人間、それに邪気に塗れた化け物達が争い戦っている場所だった。今一状況が掴めないけど、大事なのは邪気を祓い消滅させる事だ。
邪気には理屈は通じないし、話し合いも通じはしない……。それに人が侵されてしまったのならば助ける方法は唯一つ、速やかに命を絶って浄化した上で昇天させてやる事だけなんだ。だから――
「ここは僕らの出番だよね、九ちゃん!」
「うむん! ギッタンギッタンの滅多滅多にやっつけてやるのじゃ!!」
「何だがそれは僕が言った方がしっくりくるような言葉だね! 別にGのガキ大将じゃないけど!!」
九ちゃんの威勢のいい言葉に押されて邪気の前に躍り出る僕。着地した際にお腹が大きく揺れるのはご愛敬。まずは瀕死の一歩手前まで追い込まれている龍さんが相手している、このデカ物から行ってみようか!
僕の岩貫き手によって斬られた痛みにのたうち回る邪気、仮に邪気Aとでもしようか、に狙い定めて拳を握りしめる。これぐらいの邪気ならば霊力の第二段階融合・倍加精霊力でおつりがくる。体内の霊力と洞窟内に満ちる土と岩の霊力を合わせ、かき混ぜて練り上げ力を倍加させる。
融合された力は大地の特徴を持った霊力に代わり、それを拳に纏わせると両手が岩に包まれてボクシングのグローブの様に変化した。
「よっしゃあぁぁぁ! まずは一撃受けてもらうよ……! 地霊拳・大地の両拳、だぁりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!!」
『ぐべらっ、べ、ギャ、オウゥ……!?』
荒ぶる暴雨の神スーさんの如く荒々しく、しかし確実に仕留める様に一発一発殺意を以って拳を叩き込む。一撃一撃が邪気にとっての致命の攻撃に等しく、拳が叩き込まれた所から吹き飛び邪気の総量が減衰していく。
「これで、止めえぇっ!!」
『っ!? ……グバアァ』
止めの一撃で拳に纏わせていた岩塊を散弾の様に飛ばし、ボロボロになった邪気の肉体を木端微塵に消し去る。結構な巨体を持つ邪気だったけど、耐久力そのものは大した事は無かったみたいだ。
『…………!?』
後ろでボロボロの体を引きずりながら驚愕の意っぽい感情を示している龍さん。悪いけど今はゆっくりと話をしている時間は無い、後で色々と片付けてご飯でも食べながら話を聞こうと思う。言葉は分からないけど……。
「見事な攻撃じゃったぞ、奏の字! 散弾パンチは効果抜群じゃったの!」
「ありがとう。じゃあ僕はこのまま一人で踏ん張っている御爺さんの所に行くから、九ちゃんは龍さんの手当てをお願いできるかな?」
「いや、妾もたまには運動をせねばいかん。あっちの汚泥の邪気を相手にしてまいる故、この龍の手当ては全てが完了した後でも良かろう」
言外に暴れたいと言う九ちゃんに苦笑が零れるが、決着が早いに越した事は無いので二人で分担する事に。
茫然と僕らを見ている龍さんを余所に、九ちゃんは尻尾を一本だけ生やして向こうに飛んで行った。それを見送って視線を触手の邪気に向けた所で後ろから何か聞きたそうな龍さんの気配を感じ取る。無い様でしっかりとある首だけで後ろを見ると、案の定血塗れの龍さんが僕の事をじっと見つめていた。
「貴方に聞きたい事も、逆に貴方が聞きたい事も沢山あるみたいだけど。取りあえず積もる話はこれを片付けた後ゆっくりと、ね?」
『…………』
龍さんは大きな鎌首を縦に動かして肯定の意を伝えて来た。なんとなく意思疎通は出来るみたいだし、これなら放っておいても問題はなさそうだね。
「それじゃあ、ぱぱっと片付けますかね……っと!」
足に霊力を集中させて強化し、少し離れた所で懸命に触手の邪気からの攻撃を耐え忍んでいる御爺さんの場所まで一息で跳躍する。そのままの勢いを活かして、出会い頭に触手の邪気に霊力の拳を叩き込んで御爺さんから距離を取らせる事にも成功。
既に虫の息もいい所と言った様子だけど、彼の目だけは戦意を失わずに鋭い輝きを放っていた。
「ヒュー、ヒュー……カ八ッ……」
「御爺さんも随分と無理をしたみたいだね。でも、ここからは僕が相手をするから休んでて下さい」
「…………」
頷き返す事すら億劫なのか、視線で頷いてくれた御爺さんを触手の邪気との戦闘に巻き込まない所まで運ぶ。身体を地面に横たえる際に僕の腕を力強く握りしめ、何かをか細い息で話し出てくれたけどやはり言葉は分からなかった。
察するに気を付けろだとか、後は頼むみたいな感じを言葉の端々から受けたから心配してくれているのだろう。でも大丈夫、貴方が一命を賭して稼いでくれた時間できっちりと退治して見せるよ。
ざっと見た所、御爺さんの生気がかなり弱まっていた事から僕の霊力からほんの一分を心臓の辺りに注入して応急措置を図る事に。指先に霊力を集めて胸の少し左側の心臓が位置する所に置き、ショックを与えない為にゆっくりと注入させる。
この世界の人間は僕の居た多数の神々が坐す世界と違い、霊力の他に別の種類の力を体内に持っている様で。月姉は魔法があるって話してくれたから、この力は魔力と言う物だろうね。
体内で魔力と霊力が反発しあったら待っているのは死だ。だからゆっくりと刺激を与えない様に注入して、自然流れに近づけてやれば後は自然と回復する。
決して霊力が無いと言う訳では無く、体内に存在する力の比率が魔力側に分があるだけでなので、霊力を譲渡するには何の支障も無い様で良かった。これが魔力だけで構成された魂だと、こんな緊急措置を施す事が出来なかったからね。
「……さてと、待たせたみたいで悪いね。そのお詫びと言っちゃなんだけど、一瞬で綺麗に消滅させてあげるよ。……覚悟はいいかな?」
僕の拳がめり込んだ場所には大穴が空き、触手の半分くらいが千切れて消し飛んでいる触手の邪気。攻撃の痛みでのたうち回っていた所からようやく復活を果たした邪気は、その血走った眼光を僕に向けて完全に敵とみなしていた。
『グジュウゥゥ……!』
「大丈夫、痛みは一瞬で目が覚めたら後は冥界で神様との面談が君を待ってるよ……もしかしたら閻魔様かも?」
『グウジュウゥゥオオォォォォッ!!』
あれ? 言葉も意思も通じない相手なのに冥界に行く事がすごく嫌そうに見えるよ。それとも閻魔大王に反応したのかな?
気持ち悪い見た目に反して、中々の素早さと手数を武器に躍りかかって来た邪気。ここは某光の巨人の如く、胸を張って全てを無効化してみようか!
『グジュジュジュジュジュッ! ――……グジュウッ!?』
ぽっちゃりとしたお腹を突き出し、腰に手を当てて胸を仁王像の様に張り触手の連打を全て受け止め無効化する。攻撃が僕のお腹と胸を余す事無く打ち据えるけど、ぷるぷると揺れるだけで痛くも痒くも無い。
さっきまで戦っていた御爺さんを瀕死の状況まで追い込んだ必殺の連打。その攻撃に余程自信を持っていたのだろう、全ての攻撃がどんな速さで重さを兼ね備えていようとも僕に一切の効果を与えていない事実に愕然としている。
「ふふん! 僕のぽっちゃりお腹と胸の壁には、どんな連打も通用しないからね! ……それじゃあ、今度はこっちの番さね。あ~、よいしょっと!」
ショックから素早く立ち直り、諦めずに尚も連打を仕掛けてくる邪気の触手を数本わし掴み。そのまま一本背負いの容量で邪気を投げ飛ばし、硬い岩の地面に叩き付けるが触手は離さない。そのままジャイアントスイングの様に振り回して今度は天井目掛けて投げ飛ばす。
天井の鍾乳石が邪気の身体に突き刺さり悲鳴を上げ、今度は重力に引き寄せられて落下して来た。よ~し、両拳に霊力を充填させて尚且つ増幅、更に足元の水たまりから水の霊力を取り込んで属性を付与……。うん、良い出来だね。
「さあ、行きますよ~! 必殺、水霊拳・鯉の滝登り!!」
落下してくる邪気に対して、一気に飛び越し左拳からウォーターガンの如く霊力を含ませた水を放射、現代の放水車よりも強力な水圧で硬い地面目掛けて落とす。霊力の水だけでも相当なダメージを負う筈だけども、ここからが鯉の滝登りの本領発揮だ。
地面に向かって高速落下する邪気目掛けて僕は天井蹴って一足早く回り込む。落下してくる邪気を体当たりで押し上げながら、ぽっちゃり鯉が水の中を駆け上がる。その様は九ちゃん曰く鯉の滝登り、滝を駆けあがり龍にならんとする者が魅せる業、だそうだ。
残った右拳にさらに力を溜め、水の中から飛び出しと同時に邪気の腹目掛けて拳を叩き込む。
『――……グボゥア!?』
「これぞ正しく鯉の滝登り也~!」
霊力を邪気の心臓部に叩きこみ物理的に破壊する。この業の難点は全身ずぶ濡れになっちゃう事と、少しばかり身体を動かし過ぎる所だね。ぽっちゃりには激しい運動はご法度――って、別にそんな事は無いか。
さてと、こっちは概ね片付いた。後は九ちゃんが暴れ――もとい、運動しに行った方だけども。彼女の事だからもう片付けて少し不満そうに頬を膨らませている所かな?
「ふう、御爺さんも何とか助ける事が出来たし、九ちゃんと合流しますか――……あれれ? 九ちゃんてば邪気を倒してないし、逆に人間達と言い争ってる?」
九ちゃんの事だから事はもう終わっている物と思ってたけど、これは一つ面倒臭い状況になりつつあるみたいだね。
◆
「じゃから、先程からお主らは下がって見ておれと言っておるじゃろうに! 運動の邪魔なんじゃ!!」
「何を言うのです! ……ここは貴方の様な子供が来ていい場所でも無ければ、あの化け物は子供が立ち向かえる相手ではないのですよ! 貴方こそ我々の後ろで隠れていなさい!!」
「うるさいのじゃ、五月蠅いのじゃ、煩いのじゃ! 妾を外見だけで判断するではない……! こう見えても妾はお主らよりも十億年程歳が上なのじゃ――――年増とはなんじゃ!!」
「何処からどう見ても精々十歳位の子供でしょ! お姉さんを揶揄うのも時と場所を選びなさい! ……後、年増なんて言ってませんし、貴女の様な子供に言ったら私が物凄く惨めじゃない!!」
奏の字が触手の邪気相手に奮戦しておる最中、妾は汚泥の邪気相手に決死の戦いを挑んでおる人間達から出番を奪う――もとい、窮地を救うべくこちらに向かったのじゃが。腕まくりをして袖を襷で止め、いざ戦いを挑もうと気合十分で前に踏み出したとたんに今言い争うておる眼鏡の女子に掴まってしもうた。
何やら妾の事をただの可笑しな童とでも思うておるのか、後ろから羽交い絞めにされて拘束されたのじゃが。言うに事欠いて妾の事を年増とは……、ぷりちーな美少女を捕まえて全くけしからん女子じゃ!
「ええい、聞き分けの無い女子じゃ! もうよい、ここに居る者ら全て久方ぶりの運動の邪魔じゃからして、纏めて結界で囲ってやるわ!!」
「何ですって? ……ああ、もう! 早くこっちに――――え?」
眼鏡の錯乱した女子が妾の身体に触れるよりも早く、構築した結界がその威力をいかんなく発揮して邪魔者達を囲う。薄っすらと青みを帯びた半透明の結界に阻まれた者らは一様に顔を驚きに染めておったが、唯一あの金ぴか鎧を纏った男だけは騒がず落ち着いていた。
「ふん! これで良しじゃな。……さて、豪く待たせてしもうたの~。ここからは妾がそちの相手を務めるからして、存分に身体を動かそうぞ! ほれ、拘束を解いてやろう」
『……!? ブジュ、ブジュルルル……!』
「うんうん、良き闘争本能じゃの。まるで握り飯を前にした奏の字の様じゃ」
人間達と言い争うておる間邪魔をされぬようにと、隔離結界で地面に縫い止めて置いた邪気の拘束を解く。すると邪気は闘争本能を滾らせた気色の悪い目で妾を睨んできよった。何の気負いも無く叩き潰せる相手故、今はその視線が何とも心地よく感じられるの。
「……九ちゃんてば、握り飯を前にした僕って表現は酷くない? いくらお腹が減ってても、あんな闘争本能丸出しで握り飯を見たりは――――」
「うむん? 偶にしておったぞ」
「――え? それって本当に? うわぁぁ……」
血塗れの爺を助けた奏の字が妾の言葉を聞きつけて近寄って来たのもつかの間、普段の自身が邪気と同じ様な目で飯を見ていた事実に床に手をついてヘタリおった。まぁ、本当のことを言えば嘘なんじゃがの。奏の字はどんな時でも、その綺麗な目をキラキラと輝かせて飯を見つめておったものじゃから。
「では、奏の字。主も妾から少しばかり離れて居ってくれ。久々の運動じゃ、出来る限り身体を動かして鬱憤を晴らしておかねばのう!」
「あぁぁ……うん、分かったよ……」
後悔を隠さない情けない声で返事を寄こした奏の字は、トボトボとした足取りで妾から少し離れた所に歩いて行った。……言った妾が言うのもなんじゃが、ここまでへこまれると可哀想じゃの。後で慰めてやらねば……。
果物で良いかの?。