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ぽっちゃり少年と旅するご近所の神様  作者: とっぷパン
一章 ”放浪と出会いと危機と” の段
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3話~異界の人々

ぽっちゃり少年と幼き少女が向かう先には、既にある御一行が入り込んでいた……。

 原生林が何処までも広がる大地に唯一聳え立つ巨大な山、モレク山。その巨大で雄大な山を鎧を着て剣を携えた三十名程の人間で構成された一団が、ぞろぞろと列を作って登っていた。


「フォルカ様、本当にこの様な場所にあの御方は居られるのですか? 伝説では目下に広がるカルルの森に棲むと言う話でしたが……」


「職務中だぞジェミニ副長。隊長と呼べ」


「はっ! 申し訳ありませんでした、フォルカ隊長!」


 集団の中程を歩く一際立派な装飾が施された鎧を身に着けたフォルカと呼ばれた青年が、自身の右後方に続くジェミニと呼ばれた白銀の騎士鎧姿の女性を窘める。窘められたジェミニは直ぐ様敬礼を取って自身の非を認め、その姿を見たフォルカは一つ頷いてまた歩を進め始めた。


「我がアルバス王国の臣下以下庶民に伝わる伝説では確かにそうなっている。が、我ら王家には彼の御方に関する伝説ではなく最重要機密として別に伝わっているのだ。成人した王家の継承権資格者のみに語り継がれる真実がな」


「なるほど、王家の資格者のみにですか……。確かに健全な判断と言えます」


「うむ、王家は何処もだが国家繁栄のために子供を多く作らねばならん。だが、王となりうるのは当代唯一人で、後は時の王が急遽亡くなってしまった時に代理として王位に就かねばならばない者達が大半だ。万が一にも我が国に不利益を齎す訳にはいかないからな。伝承する者が限られるのは自然の摂理という物さ」


 どうやらフォルカはアルバス王国の王子様と言う事らしい。ならば一団の中でも一番立派な鎧を着ているのも納得できる。


 その後もフォルカとジェミニは会話を挟みながら道なき道をひたすら山頂目指して進んでいく。草や蔦が道をふさげば短刀や鉈で切り払い、険しい岩肌が行く手を阻めば手と手を取り合って一団は進む。


 目測で四千mはあろうモレク山は日本に存在する富士山の様に綺麗な円錐型で、火口付近からは噴煙が噴き出す事も無くその活動を休止している。御蔭で目下の大地には様々な草木、花や動物が生息している生態系が形成されているのだ。


「皆の者、これより暫しの休息に入る! 各自食料と鍋、それに薪を用意して炊事の仕度をせよ!」


「「はっ! これより炊事の仕度に取り掛かります!」」


 王子であり一団の隊長でもあるフォルカの指示を復唱するのは、副長であるジェミニと白い髭を蓄えた恰幅の良い大柄な老齢の男だった。ジェミニが目で老齢の男に合図を送ると、にっこりと目を細めて肯き後ろに並ぶ兵員の一人に指示を送る。


「カリム二等兵! フォルカ王太子殿下の鍋を持てい!」


「はっ! 殿下のお鍋、お持ちしました!」


「うむ、では料理が出来次第毒味用の魔石を使いシルム鍋を試し、安全を確かめた後に殿下へよそって差し上げるのだ!」


「ははっ!」


 その指示を受け取ったのは一団の中でもフォルカやジェミニを除いたら取り分け若いカリムと言う名の新人だった。新人らしく声に張りがあるが体付きは他の兵員に比べると貧弱もいい所。剣や鎧と言った装備品も使い込まれている様子がほぼ無いと言ってもよく、現代日本で例えるならば、社会に出たばかりの若者が卸したてのスーツを着て営業活動に勤しんでいる様なものである。

 だが、その新品同然の装備品の中で唯一兜だけに多くの傷が付いているのが目立っていた。


 登ってくる途中で乾いた薪を拾って来ていたカリムは、背中に背負っていた荷物から薪と食材、それに飲み水の入った皮袋を取り出し煮炊きを始める。

 慣れた手つきで野菜や干し肉と言った食材をばらし、周囲の石で即席の竈を拵えると薪を入れて魔石と呼ばれる石を用いて火をつけた。石から迸る炎が薪を燃え上がらせ、パチパチと音を立てながらその炎を大きくして行く。


 やがて、料理に使う物として十分な火力を得られると判断したのか、綺麗に洗った鍋に水と野菜を入れて煮込み始めた。日本料理などの現代料理と違って出汁と呼べる物は無い様子で、唯一出汁が取れそうな食材は干した塩漬けの肉だけだ。所詮野営をしているのだから贅沢は言っていられないが、現代人であれば干し肉だけで味を調えた料理は舌の熟れた王子には辛い物があると思うだろう。


 だが、さすがは王太子が食べる鍋だ。他の料理をしている兵員の鍋と違い、カリムは徐に荷物の中から小瓶を取り出すと蓋を開けて中身を鍋に入れ始めたのである。


「待て、カリム二等兵。その小瓶の中身は何だ、説明しなさい」


「はい、塩っ気しかない鍋を劇的に美味くする隠し味に御座います」


「隠し味? ……ふん、今まで嗅いだ事の無い匂いですね」


 小瓶の中身は黒蜜の様な色合いのペースト状の物で、煮立った鍋に入れて溶かすと少々色が濃い赤味噌の様な色合いと風味が周囲に漂い、味噌仕立ての寄せ鍋が出来上がった。


「うん、良い匂いだな……。もしや、その小瓶に詰めてきた調味料は、最近になってから我国で流通し始めた異国の豆汁と言う奴かな?」


「さすがは殿下、よくご存知ですね! これは今回の遠征の話を聞かされました時、私が城下の町で食料の調達している時に偶然であいました異国の商人より買った一品で御座います。匂いは少々独特ですが、なんとも言えぬ味わいと風味。それに携帯性と保存性の高さから今回持参した次第です」


「そうであったか」


 フォルカは元気よく話す目の前の少年に笑みを零しながら鍋が煮えるのを待つ。ぐつぐつと良い匂いを漂わせる鍋は、否が応にもフォルカ達全員の胃袋を刺激して止まない。殿下が食べるまではと必死に我慢するへ余所に、野菜と肉の味噌風寄せ鍋、シルム鍋の豆汁味は完成した。

 早速出来上がった汁を毒味用の椀に盛り毒味の魔石を入れて暫し待つ。すると白い魔石はその身を青く変化させ、それを見たフォルカは満面の笑みを浮かべて辛抱堪らんと言わんばかりに目を輝かせている。


 そろそろ空腹が限界に達しようとしているフォルカの為に、カリムは多めに具材を装いフォークと共に彼に差し渡した。椀を受け取ったフォルカは待ちに待った食欲を満たすべく、王太子として貴賓を失わない程度に具材へと齧り付いた。一口食べてよく噛み締めて具材の味を楽しみ、次に彼にとって未知の味であるスープを口に含む。

 出来立ての熱さを物ともせずに舌の上で高級ワインを味わうかの如く転がせば、豆から作り出されとは到底思えないほどの複雑な味わいに顔をほころばせた。 


「……フフッ、これはお手柄だな。大儀である、カリム二等兵」


「はっ! あ、ありがたき幸せ……。殿下からのお言葉、光栄の至りに御座います!」


「うむ。では皆の者、腹が空いている所待たせてすまない。食事を始めるが良い」


 フォルカの言葉を受け取ったカリムは目をキラキラと輝かせ、少しつっかえながらも敬礼をした。そして、フォルカが食べたと言う事から他の兵員達の食事が始まる。山登りの食事という事も相まって、皆疲れた足を休めつつ和気藹々と鍋を食べ進める。

 王太子の食事を拵え後で元いたところに戻ったカリムは、やはり新人という立場からここでも自分の上官や同僚の配膳を任されるはめに。忙しなく動き回る彼を余所に鍋の中身はどんどん減り続けて行く。それで最後に残ったのは具が殆ど残されていない様な粗末なスープだけだった。


「ひゃははっ! おい、カリム! 残さずちゃんと最後まで食えよな」


「……はい、トルパさん。残さず頂きます」


 すっかり冷えてしまったスープを啜っているカリムに対して、公然と嫌味の言葉をかけてくる者が一人いた。彼の同僚で少しだけ先輩に当たるトルパ一等兵である。

 彼は常日頃から何かと言うと新人のカリムをからかいにくる、世間で言う所の嫌な奴のお手本の様な男だった。カリムが宿舎の掃除をしていれば、やれ此処が汚れているだの、そこがまだ終わっていないなどの難癖をつけてからかってくるのだ。新人のカリムにとっては嫌な先輩以外の印象は抱きようが無かった。


「……爺、カリム二等兵に私達の鍋を分けてやるがよい。新人とは言え彼も戦力の一人、途中で倒れられてはかなわんからな」


「はっはっはっ、相変わらず若はお優しいですな! 分かり申した。このドルゲが新人の小僧に差し入れてやるとしましょう」


「すまんな、爺。私が直接情けを掛けてしまえば、あの一等兵はさらにカリムを恨んでしまいかねん。それに、私が必要以上にかまうのもカリム自身にも良くない事だ」


「あの一等兵の様子からすれば、若のお考えになられている通りになるでしょうな。……ふむ、これ位で良かろう。では若、行って参ります」


 大柄な自身の体格と胃袋に合わせた量をよそった椀を手にドルゲは新人兵士の元へと歩いて行った。一団の中で、いやアルバス王国軍の中でも一番の年上であり歴戦の勇士ドルゲ・グラッシュフィルム。彼はその豪胆な性格と数多くの戦場で活躍した武勇から、全ての兵士、国民から最も尊敬されている将軍だった。だが、そんな歴戦勇士も人間である以上寄る年波には敵わず(と言う理由をつけて……)。一昨年、体力の衰えを理由に現役を退き、息子である現当主に家督を譲り渡したのである。

 今はその戦歴と功績から王太子であるフォルカの近衛騎士団の顧問に就いていると言う訳だ。


「ほれ小僧。新人いびりもそこまでにして、腹ごなしも兼ねてこの辺りの哨戒・探索任務に行ってこんか」


「ひゃはは――はっ!? ド、ドルゲ閣下!? はっ! トルパ一等兵哨戒および探索の任務に就きます! ……けっ、運が良かったなカ・リ・ム君……」


「…………!」


 ドルゲ言葉に素直に従うトルパであったが、将軍直々の出張りに傍らで小さくなっているカリムにボソッと嫌味を言うのは忘れない。先輩の嫌味に唇を噛み締めて耐えるカリムは、今の力では到底この男にかなわない事を分かっている。それでも、反抗したくなる気持ちが心から溢れ出そうになるのもまた事実だった。


「早く行ってこい、小僧!」


「ははっ! も、申し訳ありません!」


尚も動こうとせずちょっかいを掛けようとするトルパにドルゲが一喝。少しばかりの怒気を交えた一喝に、さしものトルパも直立不動で敬礼をし慌てて走り出したて行った。


「全く、何時の世になっても新人いびりは無くならんもんだ……。そら、カリム二等兵。これを食べてお前も英気を養うがよい。さ、遠慮などせずにたらふく食べろ」


「あ、ありがとうございます閣下……!」


「うむ。兵士は食べる事も仕事だからな! がははははっ!!」


 明らかに自分が食べられる量を逸しているのだが、カリムは憧れの存在であるドルゲから差し出された椀を受け取り食べ始める。そんな新人の姿に目を細めながら豪快に笑うドルゲは、カリムの食べっぷりに満足しながらフォルカ達の元へ戻っていくのであった。


「上手くいったようだな、爺。さすがは年の功と言った所か?」


「ははは、若造共とは戦士としても人間としても年季が違いますからな。これぐらいの事は訳は御座らんよ、若」


「うん、さすがは歴戦の勇士だ」


 事の次第を見守っていたフォルカにからかわれるも、ドルゲは豪快に笑い飛ばす。そんな彼の姿にフォルカもまた笑みを零すのであった。


「フォルカ様。あまり一般の兵士に関わりすぎません様お願いいたします。先程殿下御自身が仰られた様に、王家の者が下々の兵士個人と懇意にするのは軍隊内部で様々な軋轢を生じさせますので……」


「ああ、分かっているよジェミニ。……だが、君の忠言は改めて心に刻んでおこう。君の言葉は私を始め、我がアルバス王国の事を思えばこそだからね」


「はっ、早速のお聞き届けありがとうがざいます」


 兜を取ったジェミニは美しい金色の髪を束ねてお団子にして纏め上げ、懐から取り出したメガネを掛けてやり手の秘書官風な雰囲気を纏っていた。眼鏡の奥の瞳はきりっとした釣り気味で、理知的な光を携えて輝いてる。その美しい顔立ちに誂た様な唇はふっくらとした女性らしい形で、見る者を誘惑してやまない魅力を持っていた。


 彼女は代々王家に仕える従者の御家柄で、王太子であるフォルカと年が近い事もあり近衛騎士団でありながら侍従長も兼任している。どちらもトップに座っているのは主であるフォルカで、彼を公私にわたって補助する立場なのだ。


「では、フォルカ隊長。食事も済んだことですし、探索に行った兵士達が戻り次第頂上を目指しましょう」


「そうだな。このままの速度で行けば、太陽が沈む前には目的地に着ける事だろう。山の天候は変わりやすいと聞く、是が非でも夕暮れ前には辿り着かねば」


 フォルカの言葉にジェミニとドルゲの二人も頷く。彼らは何もピクニックや訓練の為にこんな原生林の山奥に来た訳では無いのだ。国を揺るがす大事を前に、切羽詰まったアルバス王国の国王によって派遣された希望の光なのである。国の窮地を救うべく、代々の国王達が守り通してきた古の約束を(たが)えてまで……。


「そう、この命を賭してでも…………」







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