1話~ぽっちゃり少年の自由落下
さあさあ、思惑通りに攫われましたは我らがぽっちゃり少年と幼き少女の二人連れ。異界ではどんな出会いが彼らを待ち受ける?
空に羽ばたく見知らぬ鳥達、夜でもないのにはっきりと見える二つの月。視線を地面に移せば、燦々と降り注ぐ日の光りに誘われて草花が元気良く光合成をし、時折吹きぬける爽やかな風に揺られている。
「……ねえ、九ちゃん」
「どうしたのじゃ? 奏の字。あむ、あむ……おっほう! この果実も中々に美味じゃの~!」
「……はぁ~」
見渡す限り人の手がついていない原生林が広がる中、僕の肩の上に陣取った九ちゃんはさっき見つけた異世界にて初めて見つけた果物を呑気に頬ばっていた。姿かたちは日本の秋の味覚である柿の実にそっくりなのだけれど、皮の色味が紫で味は黄桃っぽく触感は巨峰という不可思議な果物だった……。
「僕らは一体どこら辺を彷徨っているんだろうね?」
「――……何処って、そりゃ、森じゃの~」
「うん、そうだね。森、だね……」
果物に夢中な九ちゃんは僕の質問に答えてくれる様子もないし、見渡す限り太い幹を持った木々と色様々で形も様々な花草が生える道なき道を彷徨うばかり……。鳥以外に動物の気配は今のところ感じられないけど、誰か? に見られている印象は常に受けている。だけども姿も力も見えないし感じられないのがむず痒い。まあ、敵意が感じられないのは幸いって所かな?
「おう、奏の字! あそこに生えている木にも何か実が生っておるみたいじゃぞ。早速確保しておくのじゃ!」
「もう! 九ちゃんたら、さっきから果物の話しばっかり――――おおっ! 滅茶苦茶大きくて美味そうな果物が生ってるね! これはもう、摘み採って食べるしかないよ!!」
背の高い草をかき分けたその先に、森の中に半径二,三十m位の広さでぽっかりと空いた空間。その中央に位置する所に周りの大木に負けない太さの枝に、現代日本では決してお目に掛れない大きさの果物が幾つも生っていた。大きさは十tトラックのタイヤ位で形はハート型、淡い桜の花弁を連想させる色をしている。
幾年も雨風に耐え生きてきた力強さを感じさせる幹に足をかけ、ぽっちゃりとした身体に似つかない速度でお猿さんの様に登っていく。幹に手を掛けた瞬間、この大木自身の霊力が掌を通して流れ込んで来た。一応意思みたいな物が感じられたので、僕の霊力を通して果実を摘み取らせてもらう旨を伝える。全部を摘み取らない事を条件にして数個だけ摘み採る事を承諾してくれたので、出来るだけ美味しそうな見た目を選んで採る事に。
「よいしょっと……!」
「よしよし、妾が支えておる内にもぎ取ってしまうのじゃ! しかしでっかいのう、この果物は」
「おっとと……ははっ、採れたよ九ちゃん! 結構大きいし嵩張るから巾着袋に入れちゃおうか。ちょっとそのまま持っていてね」
「任せておけい、奏の字。そうじゃ、もうお天道様も高いし下に降りたら木陰にある岩の上で昼餉の〝でざ~と”に食べてみようぞ」
九ちゃんの提案に僕のお腹が音を鳴らして返答する。幸いと言って何だがこの原生林には割と果物や木の実、茸と言った類の食べられる物が存在していたんだ。御陰様でこの異世界に着いてから早五日、飢える事無くこうして歩いていれるって訳さ。
「しかし、あれじゃのう……。ほんに豪い所へと落とされたものよのう」
「ホントだよ。それに月姉の結界があったから良かったものの、下手したら最初の墜落だけでお陀仏だったかもしれないしね~」
そう、正直言ってここにこうして居られるだけでも奇跡の類なのかもしれないね……。なんせ、僕達二人はイケメン神様にこの星の大気圏外から投げ落とされたのだから――――
◆
――あれからイケメン神様に抱えられ連れ去られた僕と九ちゃんの二人は、しばしの間世界の狭間見学に乗じる事と相成った。連れ去れた時の高揚した様子は世界の狭間に着いた時には鳴りを潜め、イケメン神様は終始無言で空間を翔け抜けている状態だ。
「あの~、僕は何処に連れて行かれるんでしょうか? 差支えなければ教えていただけると嬉しいのですが……」
『…………』
「……はぁ」
先程からちょくちょく話かけているのだけれど、この通り僕に視線を向ける事も無く無言を貫き通している。そろそろ狭間の景色も見飽きてきたし、九ちゃんはいつの間にか僕の腕の中で寝息を立てているし、何よりも話し相手が無言だから退屈で暇だ……。
『……着いたぞ』
「ふあぁ……うひょぉぉぉっ!?」
終始無言だった彼が突然ぼそっと呟いた一言によって、程良い浮遊感で見学していた僕の身体を抱えていたイケメン神様が急に止まった。その事によって生まれた慣性の法則に洩れなく従い、超音速飛行している航空戦闘機が急停止する位の負荷が身体を襲うはめに。
危うく晩御飯に食べた物をそのまま吐き出してしまう所だったけども、食い意地の張った胃袋は一度中に入れた物を放さない。無意識の内に肉体強化の内臓版を施して、対衝撃と圧力に耐える事に成功した。
『さあ、此処が貴様の為に用意した舞台だ。……あの女神に関わった己の不幸を呪いながら、この邪気に溢れた世界で精々苦しんで生を終えるがいい』
「……なんで棒読みなんですか? 言葉に力が入ってませ――」
『口を閉じていろ、舌を噛むぞ……』
「あの、キャラが変わってます――うわあぁぁぁぁぁっ!?」
やっと会話が成立すると思ったのも束の間。いきなり襟首あたりを鷲掴みにされて、父さんがよくテレビで見ている野球中継の投球フォームで振りかぶり、眼下に見える青く緑の多い星目掛け思い切り放り投げられたのだ。
『…………生きろ』
離れ際にぼそっと呟いたイケメン神様の言葉が耳に残り、先程までの芝居に疑問が浮かび上がって来たがもはや後の祭り。考え事もそこそこに、この身は大気圏に突入した瞬間夜天に輝く彗星の如く発光して地表目指し突き進む。
結界によって保護されてるとはいえ、眼前にある景色の変化は否が応でも恐怖感を沸き立てる。なんせ速度が速度だ。隕石はその運動エネルギーが生み出す衝撃波だけで、地上にあるモノを破壊する事ができる天然自然の破壊兵器。古代では大型生物達を絶滅までに追い込み、近代でも世界の各地で隕石による様々な事件が起こっている。
幸い僕らの地球には月という衛星がある事によって、宇宙に漂う数多くの隕石からの被害を免れている。これは夜と月を司る神様である月姉や、世界に存在する月神様達の御蔭なんだよね。
「――て、暢気に考えてる暇は無かったんだぁぁぁぁぁっ!? 着地はどうしよう? このまま地面に衝突したらクレーターどころの騒ぎじゃすまない……!?」
「そうじゃの、このまま行ったら辺り一面焼け野原。地表はすり鉢上に抉られて上空数千メートルまで岩盤ごと吹き飛び、星の重力によって再び噴石として舞い降りる。人の作り上げた文明は一巻の終わりじゃ!」
「起きてたの!? って言うか、楽しそうに被害状況を話さないでぇぇぇぇっ!?」
「あはははははっなのじゃ~!!」
目を覚ました九ちゃんが身が竦むほどの被害を簡潔に、しかし分かりやすく耳元で説明してくれた。しっかりと僕の恐怖心と加害者意識を刺激してくれた九ちゃんには花丸をあげたいね! まったく、自分でも何を考えているのか分からなくなってきたよ!?
「落ちつくのじゃ、奏の字! 大丈夫、妾と奏の字の二人ならばなんとかできるわい!」
「あわわわっ!? 何とかできるってどうやるのさぁぁぁっ!」
「うむ、それはのう――ごにょごにょ」
そ、そうか……、その手があった。流石は九ちゃん、伊達や酔狂で長生きしてないね!
「年増は余計じゃっ!」
「痛っ!? まだ口から何も出てないじゃないか!」
「まだと言う事は心で思っていた訳じゃな?」
「あ……、しまった」
ついかけられた鎌に引っかかってしまい、口から飛び出た言葉に再び可愛らしい拳が打たれる。殆ど痛みは無く普段ならじゃれ合いを楽しんでいる所だけど、今は何時までも無駄口を叩いていい場面じゃないね。
結界の外ではすでに雲が掛かる所まで来ており、このまま行けばあと十数秒で地面に激突してしまう。一分一秒どころか一秒刹那が命取りの状況、早速僕にできる事をやらないと……。
混乱で乱れていた体内の霊力を倍化して練り上げ、身体の隅々まで巡らせる事で身体の強化を図る。この場合強化すべきは落下と激突の衝撃を吸収する為のぽっちゃりとした脂肪の塊。激突の衝撃を吸収する柔軟性と、それに耐えられる強靭性を併せ持つ脂肪に変化させなきゃ意味は無い。
高速落下しているこの状況で、速度自体は九ちゃんが術を行使して減速させてくれる。だけども、僕らの周りを囲む月姉の結界陣がある限り九ちゃんが大きな術を行使する事は叶わない。
ならば、まずは結界を解除する事が先決であるのだけれども……。
「奏の字、さっきの放光印の力はまだ残っているかの?」
「うん、ばっちり残っているよ。そうか、月姉の結界を破れるのはあーちゃんの力だけ……。それを利用するんだね!」
「そうじゃ。ここは一つ景気付けと称して派手に一発ぶちかましてやれい!」
そうと決まれば後は実行するだけ。素早く星空の方へと体の向きを返すと、魂魄に保管していた放光印の輝きを再び両手に灯す。大分は霧散して無くなってしまったけれど、魂に残っていた彼女の力だけでもぎりぎり結界を打ち壊す力はあるだろう。
金色の光に僕の霊力を混ぜ合わせてやれるだけの強化を図り、照準を被害の少なさそうなこの世界の太陽に合わせる。
「よ~し、照準セット完了だ!」
「今じゃ奏の字、撃てぇぇぇぇっ!!」
「了解! 放光印、発射っ!!」
迸るエネルギーが閃光となって結界を撃ち抜く。僅かな抵抗を感じた後閃光は結界を突き破り、真っ直ぐに太陽目掛けて突き進んでいった。
小惑星程度ならば楽に破壊可能なエネルギーの閃光は太陽表面のフレアをも突き破り、徐々に減速しつつ中心部付近まで進み爆発を起こす。惑星単位で破壊も可能だと思わせる爆発は、しかして全てのエネルギーは太陽と融合し無事に収束するのであった。
「お次は妾の出番じゃな。……うにゅにゅにゅう~、おお! 着物の袖に偶然お稲荷さん用の油揚げが入っておった。よしよし、これならば必要以上に力を使わずに済みそうじゃ」
「何でもいいから早くして!」
「そう急かすでないぞ、奏の字……。ほれ、しっかりと掴んでおくんじゃよ? 失敗したらちと面倒な事になるからの」
「分かった。しっかりと掴んでおくよ」
着物の袖から取り出した油揚げを僕に渡すと、九ちゃんは僕の背中に移動して早速術の行使に掛る。これは九ちゃんお得意の巨大化の術を使って油揚げを巨大化、それを使ってパラシュートの様に減速を試みて軟着陸する手筈だね。
「大きく大きく、まだまだ大きく。育ち広がり我らの手元に来たれ!」
見る見る内に巨大化した油揚げ。大きさにして二十五mプール位にまで巨大化した其れは、最早油揚げとは言えぬ何かに変化して僕の手に握られていた。
ここから最後の締めは僕だね。油揚げの両端を両手足の指で掴み、忍者の風呂敷で滑空する様な姿勢を取り一気に広げる。途端にそれぞれの指へと風圧による凄まじい力が加わるけど、強化を施した指の筋肉は油揚げをがっちりと掴んで離さない。
一気に減速した事によって大気との摩擦による発光・発熱現象は消え失せ、それと同時に穴が開いたままの結界も徐々に消失して行った。
これで僕等の身を守ってくれる物は何一つ無くなった。後は僕の身体と術、それに根性次第と言った所かな。まあなんにせよ、九ちゃんだけには傷一つ付ける訳にはいかない。もしかしたら彼女に傷は付かないかも知れないけど……。
「ふんっぬうぅぅぅぅぅあぁぁぁぁっ!!」
「良いぞ良いぞ、奏の字! この調子で行けば無事に降りられそうじゃ!」
「そ、それは良い答えをありがとう!」
きゃっきゃっと背中ではしゃぐ九ちゃんからとても嬉しい答えが聞こえて来ましたとさ。