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ぽっちゃり少年と旅するご近所の神様  作者: とっぷパン
序章 ”始まりと旅立ち” の段
12/65

12話~御霊送り

コテンパンに伸された異界の神。せめて最後は安らかなれと……。※注 これは芝居です。

「よし、妾も共に鎮魂の舞いで御魂送りをしようかの!」


 九ちゃんが普通の着物から儀式を行う巫女服へと一瞬の内に姿を変え、小さな手に神楽鈴と玉串を持って鎮魂の作用がある舞いを舞う為の準備にかかる。

 本来、御魂送(みたまおく)りとは古来から日本の祖霊信仰として存在した風習が神仏融合を経てなったお盆などで行われる行事であり、有名な行事で言えば京都で行われる五山送り火などが相当する。大文字焼きで有名な送り火だが、実は五山の文字が示す通りに五つの山々で文字や鳥居を模って送り火を炊き、祖霊や死者の霊をあの世に送り出してやる行事だ。


 そして、僕らの世界と言うか神様や仏さまが混在して住む世界では宗派や信仰の違いによる言葉の差異は標準語と方言みたいな関係で。それはやり方もそうだが、重要なのは儀式を行う事によってなる結果と効果のありようであって、儀式の所作や言葉による違いは大して意味が無いと言う訳なんだ。

 正し、呪文と印はちゃんと意味がある物であって、言葉に込めるイメージと霊力を持って言霊に変化させるのである。その言霊を持って呪文を唱える事により、初めて術が完成すると言う次第なんだ。印はそのイメージと霊力を変化させやすくする、武術で言う所の構えみたいな物だと理解してくれれば良い。


 まあ、一般人や普通の神職者には大問題だけどね。なんせ、その違いを売りに今まで生き残って来たのだから、肝心の信仰対象である神仏間で違いがあまり無いなんて絶叫ものだよ。


「……では、我らは後ろで見物でもしていようかの。坊よ、しっかりと黄泉の国へ送ってやるがよい」


「分かった。――我、御魂送りの儀を持って彼の魂を安らぎと共に黄泉の国へと誘わん」


 あーちゃん謹製の巾着袋から神楽笛『天月の調べ(あまつきのしらべ)(かなで)』を取り出す。そしてもう一つ、巾着袋から取り出したのは鼓の一種である小鼓である。こいつは代々神社に受け継がれてきた一品で、優に千数百年を超える年月を奏者と共に奏でてきた楽器である。勿論、皮の張替えや修復を幾度と無く行ってきた御蔭もあって様々な疵が彼方此方にあるのだが、音色は昔と変わらず魂を打ち響く様な小気味の良いと評判だ。

 

「――天泉(あめいずみ)気行(いきゆ)(かよ)(みち)をじ。凶神止(まがかみとど)む、伊邪那岐神(いざなぎのおおかみ)……」


 普段とは質の違う声を使い素早く静かに言霊を持って呪文を放ち、それと同時に両手を用いて印を結ぶ。左掌を地に向けて五指を伸ばし、右の掌を天に向ける。左手の親指と右手の小指を合わせ両手の間に隙間を作り、呪を唱えて指を離す。すると、僕の体内に流れる力の質が邪気を撃滅する物に変化した。


 この呪文と結印法は伊邪那岐大神印と言い、あーちゃん達三柱の父神であるナギさんこと伊邪那岐大神様に感応せんが為に生み出された印だ。神話にある通りとは一概には言えないけど、伊邪那岐大神様は黄泉の国へ降り立った時に数多くの邪神を打ち破った事がある。この世界がまだ混迷していた頃に大量に溢れた邪気を払う為に、奥さんであるナミさんこと伊邪那美大神様と共に黄泉の国へと赴いた。だが、余りの邪気の総量に打破するよりも抑え込んで徐々に浄化させた方が良いと判断した二柱は、ナミさんが黄泉の国で邪気を抑え込み、ナギさんが地上で邪気を打ち破る事を決意して分かれたんだ。


 古代の神話を記したとされる古事記では、ナミさんが火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)という火の神様を生み出された時に、陰部に深刻な火傷を負いつつも神生みを行った事で(さむ)()りあそばされた(神様が亡くなる事を指す)事になっている。

 けども、実際は火傷を負いつつも神生みを成されたナミさんを必死の思いでナギさんが看病し救った事で、現在に至るまで壮健である。一時意識を失った事を亡くなってしまったと勘違いしたナギさんが火之迦具土神を切り捨て、後に意識を取り戻したナミさんから大いに泣かれたのは苦い思い出となってナギさんの心に今も刻まれているらしい。

 昔ナミさんと家の母さんと父さん、それにナギさんを含めた四名で酒盛りをした後で、ぐでんぐでんに酔っ払ったナギさんに聞かされた事があった。普段は朗らかな印象を醸し出しているナギさんが珍しく本気で泣きながら話していたのだから、自分の仕出かした過ちに余程後悔していたのだろう。仮にも何も、自分達の息子を切り殺してしまったのだから……。


「――浮世(うきよえ)の、流れに外れし水底(みなそこ)は。天地に生ける生物(しょうぶつ)の、魂沈めて黄泉の旅路へ……」


 浄化の霊力を高めつつ言霊を用いて更に力を引き出して行く。魂から溢れる霊力を練りに練り上げ、岩をも削り穿つ清水の一滴が如く研ぎ澄ます。静かに、深く、そして力強く伸びやかに。


「我、笛の音にて安らかに……いざ、黄泉比良坂へ導かん」


 天月の調べ・奏に口をつけ、霊力を込めた息吹を以って鎮魂の唄を奏でる。始めの一音を鳴らした瞬間、畳の上に転がる瀕死の奴が大きく震えてか細い呻き声を上げた。二音、三音と鳴らし、やがてそれは唄となって荒ぶる魂と邪気を祓い清め鎮める。


「鈴の音や、シャンシャンシャンと鳴りいりて。御魂(みたま)の真に響いて揺らせ、祓い清めて揺られて眠れ」


 笛の音に合わせながら九ちゃんが舞いを舞ながら歌い鼓を叩く。着物の袖が艶やかに宙を舞い、右足を軸にして独楽の様に回ったかと思えば、ポンと軽快に飛び跳ね宙返りをしつつ舞い落ちる木の葉の如く静かに着地する。その艶姿には幼さは見られず、歳を重ね成熟した女性特有の色気が全身から滲み出ていた。演奏をしている時でないならじっくりと見入っていたい所だね。


『ウ……ウゥ、グフゥ……あ?』


 笛と鼓と鈴。その音色が響き渡る度に恐ろしい程巨大な邪気がどんどん浄化されていく。それらが九ちゃんの愛らしい舞いによって倍加され、悍ましい姿になった異世界の神の御魂を癒し鎮めていくのである。徐々にではあるが姿形も本来の姿であろう長身の青年ぽく形態変化しているね。

 それでも、閉じられている筈の目蓋の奥から感じる視線は未だに有り、じっと耐えて機会を伺っている気がする。無論、そうでなくちゃ此方が困るんだけど……神様の執念と言うものは凄いね、全く。


「――父なる空に抱かれて眠れ、母なる海に揺られて眠れ……。罪を清めし陽光(ひかり)を浴びて、邪念を祓いて輪廻を廻れ」


 鼓の音が魂を震わせ、笛の音が御魂に絡みへばり付く邪気を消し去る。神話の時代に邪気が溢れた黄泉の国より生まれし混沌の如く、様々な色が混じり変色した御魂が神様本来の神々しくも爽やかな風を感じさせる彩を取り戻して行く。


 御魂には個々の証として様々な彩があるんだ。あーちゃんこと天照大御神様なら陽の光を思わせる明るいオレンジが混ざった金色。月を司る神様である月姉こと月詠の命様は夜天をそっと照らす白く淡い白銀。海と破壊と暴雨を司る神様であるスーさんこと素戔嗚尊様なら、深い水底と嵐を思わせる藍色。

 八百万の神様方で挙げれば限が無いけど、身近な神様で言うとこの様な御魂を持っている。


 対して、目の前に転がっている長身のイケメン神様はと言うと。春の陽気に誘われ剥き出しの土から一斉に芽吹いた草木を思わせる若葉色と、雲ひとつ無い大空を翔け抜ける風を思わせる緑色がグラデーションされていた。


「――(あめ)にして、光り輝く日神(ひのかみ)は。(あま)降りては(なお)(ひか)りませ……」


 九分九厘の浄化が済んだ所で止めを刺すべく新たな呪文と結印法をとる。本当だったらもう一つ神降ろしの呪文と結印法を取る必要があるのだけれど、僕らの背後にその神様が鎮座しているから手順を省略して次に移る。

 この呪文と結印法は我らが太陽神で在らせられるあーちゃんに降りて来てもらい、その暖かなる陽光の力を借りて邪気を消滅させる物だ。名を放光印と言い、神様の光芒が印から放射する様を観想しながら己が霊力を放つ必殺の浄化印である。結印方法は両手の指を使って円を作り、人差し指と親指を其々合わせつつ他の指は広げるという物だ。


 円の中心に青白い光が揺らめきながら灯る。魂から抽出される霊力が両の腕を通して円の中心に集まり練り上げられて、青白い光をどんどん変色させていく。

 普通は温度が上がるにつれて光は赤からオレンジ、オレンジから白に、白から青白く変化していくものだ。しかし、僕が変化させているのは唯の光ではない。僕の魂から抽出した霊力をあーちゃんの魂から溢れる力に近づける事で、変化する浄化の霊光である。

 霊力を伴った光は大体青白いと相場が決まっている。魂の色は人其々に違いがある物だが、その魂から溢れる霊力は誰でも青白い光を帯びているんだ。だから、この結印法を用いて浄化を行う場合は相対的に光の変化が逆になる仕組みと言う訳。


「うむ。誠に良き霊力の練り方じゃぞ、坊よ。どれ、ここは一つ我の力の一部を直に分けてやるとするかの!」


「ちょ、ね、姉さん? それじゃあ本当に彼が消し去ってしまう事に――――」


「構わん、構わん! そ~れっと!!」


 畳の上で座り僕らの御魂送りを見届けていたあーちゃんが突如立ち上がり、月姉の静止も何のそのと言わんばかりに僕に向かって神力を送り始めた。振り向く間も無く僕の背中にぶつかる神力の奔流、その全てが僕の魂に吸い込まれて霊力に変換され、両腕を通して放光印の中心に集まって行く。青白い光が少しづつ橙色の輝きを放ちつつあったのを、赤を通り越して金色の光に変化させたそれは、過去一度として経験したことの無い強力無比な力となってイケメン神様を魂ごと消滅させようと迸っていた。


「……あの、背後におわします我らがあーちゃん様? これは明らかに過剰な力なのですが、お返事どうぞ」


「うん? なんとも言えぬ美しい輝きじゃろう!」


「そうだね、綺麗だよね。あーちゃんの魂の輝きと同じ光だよ……。じゃあ、これを今にも消えてしまいそうな瀕死の御魂にぶち当てたらどうなるのかも、聡明なあーちゃんなら理解できてるよね?」


「おう! 例え高位の神と言えどもじゃ、存在そのものをあらゆる次元・宇宙から消し去る事ができるぞ!」


 そんな嬉々として言わなくても……。

 どうやら我らが太陽神様が興奮しておられる様で、当初の目的が完全に頭から抜け落ちていらっしゃるみたいだね。僕を誘拐させる為だけに芝居なんかやっているんだから、その根幹に関わるイケメン神様を存在ごと滅したら本末転倒でしょうが!


「……うぅ? ぇぇ??」 


 心なしかイケメン神様の身体が魂ごと高速回転するモーターの如く超振動しているんだけど? 一目見て明らかな程の冷や汗を顔から垂れ流して慄いていらっしゃるんですけどぉぉっ! って言うか、汗が飛び散って僕の顔面にまで掛かってくるんですけどぉぉっ!! ひえっ!? 汗が氷のように冷たいよ!


 切れ長で凛々しい御眼目をパチクリとさせながら視線をあーちゃんと僕に行き来させるイケメン神様。その困惑と怯えも致し方無い。黄泉の国へ送られるだけならまだしも、存在ごと抹消された日にゃあどんな神様と言えど御仕舞いだからね。


(おいおい、姉貴! これじゃあ今までの苦労が水の泡じゃねえか!?)


(何を寝言を言っとるんじゃ、弟よ。彼奴めにはこれ位が丁度良いんじゃ!)


(訳分からんわ!? 俺達にも分かるようにきちんと説明しやがれ、姉貴!!)


 突然の事態にスーさんが念話で問いただしているが、あーちゃんからは暖簾に腕押しとばかりに曖昧な返答が帰ってくるだけだ。そんな長女様子に月姉とスーさんが慌てて詰め寄り理由を問いただし始めた。

 その間両手の中に迸っているエネルギーの塊を制御しつつ、九ちゃんと視線を交わしてどうしたもんかと思案する事に。しかし、当の神様達がもめているのに僕らだけで良い案が浮かぶ訳も無く、そろそろ構えを取っている腕が疲れてきた所で、現状打破をすべくイケメン神様が動き出した。


『……ふ、ふふ、ふははははっ!! 油断したな最強の女神よ!! 当初の予定通り、こいつは俺が……!』


「九ちゃん! 僕に掴まって!!」


「おうともさ!」


 素早い挙動で僕を小脇に抱えたイケメン神様。一応月姉の結界は継続して働いてくれているので、彼から直接僕に攻撃を通す事は叶わない。ならばとばかりに抱えられた訳だけども、僕一人だけでは色々と心細いし、一緒に連れて行かなければ九ちゃんが拗ねて大変な事になるので彼女を僕にしがみ付かせる。

 幸いと言っては何だが、僕の表面積は広い方だから彼女も難なく掴まる事が出来た。


「なんとっ!? くだらぬ問答をしておったせいで坊を捕らえられてしもうたか……!」


『はははははっ!! さらばだ、最強の太陽神・天照よ!!』


「……ぬかったわ」


 あーちゃんの棒読みとも取れる大根芝居の台詞を聞いたのが最後。僕の視界は一瞬にして暗転し、瞬きした次の瞬間には空間に穴が開いた時に見えたあの虹色が狭間が僕の目の前に広がっていたんだ。






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