第三夜
第3夜「青彩の覚悟」
Blue of resolution
「くっ、手強い…!」
そう言って歯軋りするヨウタの目は黄彩に輝いていた。アマテラスはなんとかハンターオウルを弾き飛ばしビットに包囲させて、搭載されている機関銃で撃つが相手はそれをかわし次はチャージ時間が必要なビームライフルで反撃される。そして再びハンターオウルが「カレトブルッフル」で袈裟掛けに斬りかかり、アマテラスは「クロガネ」で防ぐ。しかし力負けして「クロガネ」が横に弾き飛ばされる。そしてヨウタのモニターにハンターオウルが下から上に「カレトブルッフル」を振り上げようとする姿が映り、一瞬冷や汗をかく。
……やられる!!
ヨウタがそう思った直後、黄色い尾を引く白い物体がハンターオウルに激突し、近くにそびえる空に繋がっている柱、フィラーシャフトに衝突した。その光景にしばらく唖然とするヨウタだったが、すぐに気を取り直して望遠モニターを表示させ依然として黄色い尾を引き続けている白い物体の方を見た。
「ぐぅぅぅぅ!」
アマテラスに止めをさす瞬間ハンターオウルのコックピットに衝撃と同時に横に押しつけられる感覚、そして再び衝撃。何事かと目の前のモニターに目をやると口を開き、今にも刀で突き刺そうとしているスサノオの姿があった。パイロットはその時感じた。『純粋な恐怖』を。まるでこちらを喰らおうとするように本能を剥き出しにしているスサノオの姿に戦慄を覚えた。しかしパイロットはその感情に抗うかのようにレバーを操作し、脱出を試みるが、両腕はスサノオの手と足で押さえられ、スラスターを全開にしているのか全く動く気配が無い。そしてスサノオが刀を突き刺そうとした瞬間、ハンターオウルは人型ロボットでは有り得ない挙動で脚を動かし、振りおろそうとする右腕を右足の鉤爪で押さえる。しかし元々こういう事に使う訳でもない脚の駆動系が悲鳴をあげる。そして徐々に脚が押されていき、パイロットが死を覚悟した瞬間、スサノオの胸部の装甲が開き、開いた部分と背部から凄い勢いで蒸気が噴き出たと思うと操り人形の糸が切れてしまったのかのようにスサノオの動きが停止した。ハンターオウルはこれをチャンスと見てスサノオを蹴り飛ばし、侵入した穴から撤退していった。
◇◆◇
「あれは…1号機……」
ヨウタのアマテラスは落下したスサノオに近寄り、これを眺める。既にバイザーと胸部の装甲は閉じられており、機体の色は灰色に戻っていた。過去に起動すら出来なかった機体。あの時起動出来なかった屈辱は今でもはっきりと覚えている。しかし少なくとも今のヨウタにはあのスサノオのような操縦は出来ないと思った。何故ならあんな動きをしようとするなら機体が持っても『普通の』人なら肉体が持たない、それに無限稼働機関であるマインドドライヴでもその発電量には限界があり、長い時間ライトローダーを出力し続けるのは不可能なのだ。しかし取り敢えずこの機体を回収し、起動した原因を解明する為本部に連絡した。
「ハイス先生、1号機の回収を始めるので3番ハッチを開けておいて下さい」
ハイス先生は手元のキーボードを操作しながら応える。
「りょーかい。それにしてもびっくりした?ここまでプラン通りなんて未来を予知しているみたいじゃない?」
アマテラスはスサノオを持ち上げてハッチの方向に運ぶ。
「確かにそうですね。ビームの初弾着弾地点から侵入経路まで、何もかもぴったりでした。一体情報をリークして来たペレストロイカとはどんな組織なんですか?」
ハイス先生は真剣な顔で話し始める。
「さーね。ただ、分かる事は常人では有り得ない位先を見通す事が出来るという事」
「EYE'Sですか……」
ハイス先生は参ったというように両手をあげる。
「今は何とも言えないね」
「……」
ヨウタは何も言わなかった。ただアマテラスの腕の中にある彩を失ったかつて愛機となる予定だった機体を見つめながら開いたハッチの中に入っていった。
ここは……何処だろうか…?
見る限り灰色の大地、瓦礫と血糊、そして銃声が鳴り響く空間。しかし、空は地上では何も無いと言わんばかりの場違いな青空だった。僕はそんな混沌な世界をただ前に向かって歩いていた。しばらく歩いていると胸を撃ち抜かれて倒れている男性を見つけた。しかしその顔はノイズのようなもので隠されていて確認する事が出来ない。僕がその男性に手を伸ばすと風景が一瞬にして変わり、次はリビングのような所に変わった。そしてそこには頭部だと思われる所から血を流して倒れる少女と何かに怯えるように壁にもたれかかる若い女性、そして銃を構える少年がいた。しかしその顔はさっきの男性と同じくノイズのようなもので隠されていた。
「やめて!×××!」
声はコンピューターで処理されたように図太い声になっていて、名前は聞きとる事が出来なかった。
「なんでっ…なんでそんな事っ……」
女性のすすり泣く声が聞こえ、少年は言った。
「母さんが悪いんじゃないか」
そこで乾いた銃声が響き、女性は壁に赤い線を描きながら倒れた。
そして少年は自分のこめかみに銃口を当て、「サヨナラ」と呟き、引き金を引いた。銃弾は少年の幼い頭蓋骨を貫き脳漿と共に飛び出す。そして飛び出した脳漿は僕の体を通り抜け、地面に赤い薔薇を1輪描いた。
「悲しいかな…人間は……」
いつの間にかに倒れた少年を挟んだ目の前に黒いコートに身を包んだ人が立っていた。その人は倒れた少年を見下しながら言った。
「正義なんてモノは存在しないのに、その正義の名の下に命を奪い合い、死んでいくのだから」
顔を上げ、こちらに紅い目で微笑み掛ける青年の顔は紛れもなく自分自身の顔だった。
そして顔を隠していたノイズのようなものが全て晴れた。
その顔は……
◇◆◇
「エリカさん、1号機の状態はどうですか?」
格納庫の壁に固定されているスサノオを見ているエリカは声の主の方を振り、敬礼をする。
「はっ! マリア艦長!」
マリア艦長と呼ばれた軍の制服を身に纏った人物も敬礼する。
「で、エリカさん、状態の方は?」
エリカは手元のタブレット型端末を操作し、マリアに渡す。
「MFCLはもう殆ど固形化していて冷却が出来ない状態に陥っています」
マリアは端末をしばらく見つめ、操作した後、口を開く。
「このログに残っている異常な程の発電量の上昇の原因は分かっていないのですか?」
端末の画面に映し出されている発電量を示す棒グラフが起動後5分の地点で突然跳ね上がっている部分があり、そこには『計測不可能』と書いてあった。
「ええ、そして、何故かマウスロックが外れているのです」
「なんですって!」
マリアは驚き、エリカの方に向く。
「対物質砲が使われた形跡は!?」
エリカは首を横に振る。
「ありませんでした」
マリアは安堵したように溜息をつき、前のスサノオを見上げる。
「あの兵器は絶対に誰にも使わせてはいけないわ」
エリカは頷く。
「分かっています」
その時、センサーアイが光り、急にスサノオが動きだして、ロックを外そうともがき始めた。そして口が勢いよく開きグォォォォ!と吠えたと思うと急に動きが停止した。
「一体なんなの……私達がこんな制御出来ない兵器を使って世界は本当に変わる事が出来るの……?」
マリアはスサノオを見ながら少し困惑した顔で言った。
「……ヤ! タ…ヤ! タクヤ!」
「うわっ、あっ、はっ。一体ここは……」
僕はベッドから起き上がった。そしてそこにはサキがベッドの横に座っていた。その時、サキの左手の平が僕の頬に触れた。どうしても胸が高鳴ってしまう。
「タクヤ、涙が……」
「えっ?」
僕は慌てて右手で自分の頬に触ると生温かい水の感触が指先にあった。
「本当だ……でも、何でだろう?」
周りを見回すと部屋にはサキが座っている椅子と今僕が横たわっている簡易ベッドしかない殺風景な狭い部屋だった。その時、部屋の戸が開き、ユウキと軍の制服を着た女性が入って来た。
「あっ、タクヤ。起きてたんだ」
僕は「うん……」と小さく頷く。
サキが制服を着た女性に椅子を譲った。すると女性はサキに小さく礼を述べて椅子に座り、自己紹介を始めた。
「私の名前は瀬尾 マリア、BOWN支援艦「プロヴィデント」の艦長をしています」
僕はその「BOWN」という単語に動揺するが、それを隠すように自分も自己紹介を始める。
「僕は、空彩学園高等部2年の高彩 タクヤです……」
「ええ、それならさっきこの子達に聞きました。では時間が無いので本題に移させてもらいますが、このBOWN、スサノオを操縦していたのはあなたで間違い無いですか?」
そう言いながら胸ポケットから灰色のままのスサノオの写真を取り出した。
「はい……多分……」
マリアは「多分」という言葉に疑念を抱き、更に質問をする。
「多分、とはどういう事ですか?」
「いや、途中から記憶が途切れていて覚えてないんです」
僕は項垂れて自分の両手を見つめた。
本当に自分が動かしたのだろうか……?
「そうですか……まぁ、突然の戦闘でパニックに陥っていたのかもしれませんが、いつくらいから記憶が無いんですか?」
「乗ってから5分くらいでしょうか……よく覚えていませんが……」
その言葉を聞いたマリアは思わず立ちあがり「また後で質問させてもらうわ」と言って駆け足で部屋を出て行ってしまった。
「一体何が起きようとしてるんだよ……」
僕が閉じられた戸を見ながら呟くと再び戸が開き学園の制服を着た1人の男子生徒が入って来てこう言った。
「僕が、その答えを教えてあげよう」
◇◆◇
「ハァッ、ハアッ、ハアッ、ル、ルイ先生……」
マリアは息を切らしながら誰もいない格納庫に1人立っている一部が白髪の男性に声を掛けた。
「何ですか、マリア艦長」
「先生……BOWNにはまだ何か秘密が……」
「何かと思えばそんな事か……スサノオに何かあったのかな?」
「は、はい……」
ルイは顎に手を添えて1人思案するように話始めた。
「ふむ……確かに僕達の知り得る事が出来ない『ブラックボックス』をBOWNは持っているかもしれない……でも果たしてそれは人類の進化を加速させるものなのか……?」
息を整えたマリアは深刻そうな顔をして言った。
「プロジェクトオルタナティブがスタートしたという事ですか?」
ルイは首を横に振る。
「いいや、プロジェクトオルタナティブは『既に』始まっているんだよ。もう止まる事は無い。僕達は試されているんだ」
そして一拍おいてこう言った。
――――人類を超越した存在に。
そして物陰に隠れてその話聞いていた整備士の服を着た銀髪の青年がニタリと嗤った。
「せいかーい」