あるコカトリス使いの一日
それがしの名はヴェリエフェンディ。ユグドラシル国立モンスター専門学校使役科1年B組に在籍しております。
使役科ではその名の通りモンスターの調教を主に学んでいるわけですが、その中でも各人が重点的に訓練するモンスター、通称メインモンスターを決めています。そしてそれがしはメインモンスターをコカトリスとしているので、コカトリス使いというわけです。以後コカトリス使いのヴェリエフェンディとしてお見知りおきをお願い致します。
コカトリスというのは、鶏と蛇を合わせたような姿をした比較的小型のモンスターでして、最大の特徴はなんと言っても見つめた者を石に変えてしまう石化能力でしょう。
もっとも石化とは言いますが、筋肉を硬直させてしばらくの間動けなくするだけで、本当に石になるわけではありません。硬直した人の体を触ると、まるで石のように硬くなっていることからそんな風に言われているわけです。硬直する時間はコカトリスの能力や相手の大きさなどによって差がありますが、大体5分~1時間くらいですね。もちろん硬直が解けた後は、何の問題も無く元通り動けます。
このような能力がありますので、一般にはあまり知られていないのですが、警察や軍隊、あるいは警備会社などで対象の確保を円滑に行うため、よく使役されているのです。それがしは幼少の頃より警察官である叔父の仕事を見ておりまして、正義を守る姿にずっと憧れておりました。ですから将来そのような仕事に就くことを志し、コカトリスをメインモンスターに選択したわけです。
しかしコカトリスの石化能力は連発することができませんし、戦闘力としてははっきり言って弱いです。ですからそれがしは常日頃から筋力トレーニングに励み、正義を志す者にふさわしい肉体作りに勤しんでいる次第です。やはり基本は己の肉体です、モンスターに頼ってばかりいるわけにはいきませんからね。
自己紹介はこれくらいにして、今回は使役科の学生が普段どんな生活をしているのかをお見せしようと思います。
使役科の一日は、モンスター厩舎の掃除とモンスターへの餌やりから始まります。
使役科では、実習用などのため多数のモンスターが飼育されています。ワイバーン、ユニコーン、フェンリル、コカトリス、バジリスクなど。それらの世話をクラス毎の当番制で毎朝することになっています。
それがしが今週担当しているモンスターはユニコーンです。糞の始末や餌やり、あと毛並みを整えたり、体を洗ったりもします。入学したての頃は、先生や先輩に教えてもらいながらで、手に豆を作ったり臭いがきつくて吐きそうになったりで大変でしたが、今ではすっかり慣れました。というのもユニコーンには独特の硫黄臭があるんですよ、それが糞の臭いと混ざってすごいことになるもので。
でももう何度も世話をしていますからモンスターの方もこちらに慣れてきて、最近では向こうから寄ってくるようになってきました。ほんと、可愛いやつらですよ。
これが終わったら寮の食堂で朝食をとり、校舎へ向かいます。
授業は1~2年の間は、実技以外全学科共通になっています。一般教養の国語や数学などもありますが、モンスター生物学、モンスター歴史学、モンスター地理学、モンスター法律学、モンスター材料工学など、本学校ならではの科目も充実しています。
正直それがしは勉強は得意ではないのですが、これも将来のためと思い、なんとか頑張っております。
好きな科目を挙げるとすれば、そうですね、モンスター生物学の授業でモンスターの習性を習うのですが、やはり一口にモンスターといっても性格は色々と異なりますので、それが面白いですね。コカトリスは比較的攻撃的ですとか、ドラゴンは意外に臆病ですとか。でも覚えるのは苦手なので、すぐ思い出せるのはそれくらいなのですが。
「ユー、ちょっとこっちきてよ。ねぇ、ユーってば」
「うん、今行くよ。ちょっと待っててよ」
セラさんと早来君ですね。セラさんはとても珍しいドラゴン使いで、もうすっかり学校の有名人です。早来君とは学校に入ってからの仲のようですが、とても親しい仲のようです。恋愛関係かもしれません、残念ながら、あ、いや残念ではないですね。確かにセラさんはとてもキュートです、元気がよくて前向きで、とても素敵な女性だと思います。しかし、それがしはそのようなことは別に思っていないといいますか、早来君もいい方ですし、それがしは恋愛などはあまり得意でないといいますか、なんといいますか。
「おう、オレも一緒に行っていいかい。ユー」
そう、恋愛が得意といえばドーヴィル君です。このクラスだけではなく、学校中の女性に声をかけているという噂です。たしかに身なりに気を使っていて、ぱっと見かっこいい感じです。話も面白いですし、この間の文化祭でも主役でした。でも、正直さほどもててもいないようです。なぜなのでしょうかね。
「あなたたち、もう少し静かにできませんの? まったく」
アニタ・アーリントンさんです。この方がクラスを仕切っているような感じで、文化祭ではヒロインをしていました。最初の頃はもっときつい印象でしたが、最近では少し柔らかい感じになっている気がします。以前は挨拶をしてもちらっと視線を向けるだけでしたが、今はきちんと返してくれますし。
このへんがクラスの中で目立った存在ですね。それがしはただ体を鍛えているだけの地味な男ですよ。ははは。
「オスマンガズィ、そろそろ昼飯行きましょうか」
友人のオスマンガズィです。それがしとは同郷で、中学から一緒の学校でした。といいましてもクラスは同じになったことはないので、親しくなったのはこの学校に入学してからですけど。
それがし以上に無口な男ですが、いい奴ですよ。まじめで勉強家ですし。ちなみにメインモンスターはユニコーンです。
昼食はみんな大食堂で食べます。全校生徒が集まりますので、とても広いです。
メニューは3種類から選ぶことができ、大盛りにもできます。全て無料です。
それがしは体作りのためいつも大盛りを注文しているのですが、戦闘科の方々は大盛りのさらに上の特盛りを注文することもあるようです。たまに見ることがあるのですが、それがしには絶対に食べられる量じゃないです、あれは。
それに引き換えオスマンガズィは少食です。もっと食べるように言ったこともあるんですが、まあそれぞれ適量というものがありますからね。それに食べるのが遅いので、結局食べ終わるのはそれがしの方が先になることが多いんですよ。
今日は午後の授業は実技ですね。
実技では主に学校で飼育されているモンスターの扱い方を学びます。
「今日は前回の続きとして、ワイバーンの乗り方を教えます。もう全員背中に乗るところまではマスターしていると思いますが、このクラスでは飛び立つことができる者はまだ少ないようですね。今日中に5mの高さまでは飛べるようになってもらいます。しっかり教えますので怪我の無いように」
メイダン先生です。実技を主に担当している先生で、厳しいところもありますが丁寧に教えてくれるいい先生です。みんなから慕われています。
「ヴェリエフェンディ君。君は体重がありますからこの一番大きいワイバーンを使ってください。命綱をつけるのを忘れないように」
実は前回全然飛べなかったんですよ。合図を出しても羽ばたいてすらもらえなくて。
今日こそは……、ほら、行け、飛べ。
「もう少しスキンシップを図ってから、強めに合図を出してみてください。焦らないでいいですよ」
「わかりました、やってみます」
よしよし、頼むぞ。重くて大変だろうけど。ほら、飛んでくれ――お、おおっ、やった。
放課後は、各自で自主トレをすることが多いですね。
それがしのメインモンスターは学校で飼育されているコカトリスなので、普段は校内の鶏舎にいます。
メインモンスターは生徒自身が所有しているものと学校で飼育しているものが半々くらいでしょうか。中には先祖代々モンスター使いという家系もありますので、そういう人のためにモンスターの持ち込みも許可されているんです。生徒所有でも通常の餌などは支給してもらえるらしいですよ。といってもドラゴンなど特別なモンスターの場合は無理なので、そういう方々はモンスター自身が調達しているみたいですね。幸いここは自然が豊富ですから。
ともかく、それがしのような一般人は学校から借りてまかなうわけです。
借りているといっても、ちゃんと見分けられますよ、自分のコカトリスは。ほら、こいつです。トサカが5本に分かれていて、前から2本目が長いんです。それに少し尻尾が長めですね。
もうかなり使いこなせますよ。
「よしよし。ほらこっちにジャンプだ」
どうです、なかなか賢いでしょう。最初の頃はかなりつつかれましたけどね。石になったことも一度や二度じゃないですし。ははは。
学校所有のメインモンスターは、卒業する時に買い取るか学校に残すかを選べるらしいですが、情が移ってしまうと別れるのは辛いでしょうね。たぶん連れて帰ることはできないので、今から憂鬱です。
そんな感じで訓練したあとは、寮で夕食です。一応時間は6時からと決まっていますが、遅くなっても対応してもらえます。ありがたいですよ。
時間があれば、学校の外に出て買い物をすることもできます。といっても田舎なので、あまり近くに店は無いんですけどね。
部屋ではテレビを見たり、ネットをしたり、本を読んだりなど。まあ、普通ですよね。あ、もちろん勉強もしますよ。たまには……。
あとは風呂に入って10時には就寝です。ちなみに男子寮の風呂はかなり広いです、10m四方くらいでしょうか。一斉に入ることになるので、それでも結構混みますけどね。
そういえば、女子寮の風呂も広いらしいですよ。マーメイドの彫刻があるとか。いや、見たわけではないですけど、もちろん。ちょっと噂で聞いた程度で。たまたま聞こえたのです。
ええと、まあ、こんなところでしょうか。
これが使役科の日常です。興味のある方は是非受験してみてください。入学試験はなかなか大変ですけど。
では。