興奮と緊張の文化祭
夏休みが終わると、一番の話題はなんといっても文化祭だ。
我がユグドラシル国立モンスター専門学校の文化祭は、毎年各クラスと自由参加のグループを合わせた百を越える出し物により盛大に開催される――とパンフレットに書いてある。
どんな感じなんだろう、ともかく楽しみでついつい顔がにやけてしまう。
「では、クラスの出し物を決めたいと思いますわ。何か案のある方はいらして?」
たった一人だけ立候補して、即座に文化祭実行委員に任命されたアニタが、調子よくクラス会を仕切っている。いつもは一言多いのが玉に瑕だけど、こういうときは頼りになるよな。
「はい、モンスター屋敷はどうですか?」
「はい、モンスター喫茶がいいと思います」
定番だ、定番中の定番をとりあえず言っておいて、考える義務を放棄しよう、そんな心境が垣間見える。
「モンスター喫茶といえばモンスターメイド喫茶だろ。目一杯セクシーな衣装でさ、こうさ、こんな感じでさ」
フィルの発言も予定通りだ。だけどこのクラスはこれで終わらない。こんなところで軟着陸したりはしないんだ。
「はーい、はい! モンスター対抗バトルロイヤルがいいと思います!」
「それでは、確実にあなたが優勝でしょう。セラさん」
「だめかなぁ。超燃えるのに」
「みなさんちゃんと考えておりますの? もう、わたくしが決めて差し上げますわ。そう、やはり文化祭のクライマックスはなんといっても演劇ではありませんこと? 演目はもちろん、わたくしとサンタモニカの愛の軌跡。すでに脚本はわたくしの中に出来上がっております。いかがです、この素晴らしいアイディア」
「いや、そういう個人的な話はちょっと……」
と思わず、思ったことが口に出てしまった。
「では、あなたは何がいいと思いますの? ハヤキタ・ユーさん」
しまった、こっちに振られてしまった。急に振られると、なかなか頭の中がまとまらない。
「あ、ええと――」
「何も考えておりませんのね。わたくしの案にケチをつけておいて」
「あ、そう、そうだ。エイシェントバハムートの伝説をやるのはどう? それならみんな知ってるし、ククルに出てもらえば盛り上がるよ」
「なるほど、いいかもな」
「フィルもそう思う?」
とっさの思い付きだったけど、クラスの雰囲気も賛同している感じがする。いけるかも。
そしてその後、めでたく多数決によって演劇『エイシェントバハムートの伝説』を上演することが決定した。
「では、配役などは次回決めましょう。ハヤキタさんは脚本をお願いできますかしら。よくご存知のようですから」
「えっ。ああ、うん、おっけー。任せてよ」
勢いに押されて、思わず引き受けてしまった。
ううん、脚本かあ。ちょっと大変そうだけど、好きな話だし、頑張ってみるか。
投票の結果、主役のドラゴンマスターはフィルがやり、ヒロインとなる王女の役はアニタがやることに決まった。
セラはククルに台本通り演技させる裏方だ。
そして敵のボスであるファフニールを、みんなで手分けして作ることになった。
このファフニールの張りぼてをククルに破壊させるところが、この劇の最大の山場、つまりクライマックスというわけだ。
そしてさっそく、劇の衣装や張りぼての製作が始まった。
僕はというと、好きな話といっても小さい頃に読んだだけだし、よくよく思い出してみるとうろ覚えなところもあったので、図書館で調べてみることにした。脚本ができないと、練習が始められないからね。急がないと。
この学校の図書館は全学科共通になっていて、とても広大な敷地を持つ十階建ての建物だ。蔵書数は五百万冊以上と言われている。大半はモンスター関係だけど、それ以外の本も一通りは揃っているし、中には貴重な古代の書物も所蔵されているらしい。もっともそんな貴重な書物は、学校に特別の許可を申請しなければ読むことはできないけどね。
ともかく図書館に来た僕は、神話伝承のコーナーでエイシェントバハムートの伝説を扱った本を探すことにした。
やっぱり有名な話だけあって、本の数も半端ではない。表に出ているだけでも、本棚丸々2つはある。どうやら一口にエイシェントバハムートの伝説といっても、地方によって内容には違いがあるみたいだ。中にはバハムートが悪者で、ファフニールが正義っていうものまであった。王女が出てこないこともあるし、勇者も男性だったり女性だったりあいまいだ。勇者はパーティーを組んでいたっていうのもあるし、バハムートの他にリヴァイアサンとマンティコアを連れていたっていうのもある。僕の知っているのは、勇者がファフニールにさらわれた王女を救い出した後、地中の奥深くに眠るバハムートを探し出して仲間にし、最後にはファフニールを倒すという、ある意味王道的な内容のものだったけど、こんなにいろいろバリエーションがあるとは思わなかった。これじゃあ、事実かどうか疑われても仕方ないよな。
これが正しいっていうのは無いみたいなので、小さい頃聞いた話に近い本を何冊か借りることにした。これらをベースにして、劇用に単純化したり、多少脚色したりして脚本を書こうと思う。だって正解がないんだから、自由に面白くしてしまった方がいいってことでしょ。
そんなことを考えながら図書館の自習コーナーに行き、原稿用紙を広げて書き始めると、意外とすらすらと書いていけた。ひょっとして僕って、作家の才能あり? よし、この調子で一気に書き上げてやろう。
「ユー君じゃないか、奇遇だねぇ。今日はお勉強かい?」
顔を上げると、臨海学校の時に一緒に訓練したクリフォードさんとステラさんが立っていた。
「ああ、こんにちは、久しぶりですね。いえ、これは今度の文化祭で劇をやることになったんで、その脚本なんです」
「ほう、脚本家とはすごいじゃないか。ワタクシなぞは本がこんなにあるってだけで眩暈がしそうだっていうのに。なあ、ステラ」
「貴様と一緒にするな。拙者はそこまでダメではないぞ。まあ、確かに得意でないことは事実だが……」
「だろう、戦闘科には読書はきついよ。それなのにグリフォンとの戦い方について調べてこいなんてさ。まったく面倒な話じゃないか――それで、どんな劇なんだい? ユー君」
「エイシェントバハムートの伝説です」
「なるほどな、それなら拙者も知っているぞ。女勇者が世界を救うのだろう。拙者も昔は憧れたものだ」
「ええっ、そうだったかい? ワタクシのお母様の話では、実は勇者の正体がエイシェントバハムートで世界を救った後王女と結ばれるというものだ。そして、何を隠そうワタクシこそがその末裔と聞いている」
「あ、いや、なんかいろいろとバリエーションがあるみたいで……。ともかく面白い劇にしますから、ぜひ見に来てください」
「ああ、楽しみにしているさ」
「拙者も、もちろん見させてもらおう。あまり執筆の邪魔をするのもなんだな。そろそろ失礼するとしようか」
「それもそうだね。またな、ユー君」
「はい」
僕と別れてからも2人は伝説の内容でもめている。やっぱり聞いている話は、人によってだいぶ違うんだな。
数日後、どうにか脚本は完成し、劇の練習が始まった。ファフニールの張りぼても、徐々に形になってきている。なんか、どんどん文化祭の本番が近づいてるっていう感じがして、わくわくしてしまう。
とはいえ時間はあまりないわけだし、わくわくするだけじゃなく、頑張って仕上げないとね。
「ユー、このシーンのククルの動きなんだけど」
「ええと、ここはゆっくり振り返る感じでお願い」
「ハヤキタさん、この場面ですけど、王女はもっと気高く振舞うべきではありません?」
「ああ、でもここは勇者と親しくなるところだから、少し砕けた感じで」
「ユー、この台詞長すぎないか? こんなの覚えられねぇよ。ただでさえ勇者は台詞が多いってのに」
「うーん、ごめんよ。でもここは大事なとこだから。衣装の見えないとこにでも書いておいてよ。袖口の裏とかさ」
脚本を書いた流れで、監督っぽい仕事もやっている感じがする。もうこうなったら、とにかく必死にやるだけだよ。
「ハヤキタ君、ファフニールの色なんだけど」
「ああ、ええとそれは……」
ついにやってきてしまった、文化祭初日。
文化祭は2日間開催され、僕らの劇は2日目の昼過ぎに屋外ステージで上演することになっている。
つまり今日はフリーというわけだ。
正直劇の事は気になるけど、やっぱり文化祭も楽しみたいし、今日は思い切って遊んでしまおうかな。
「セラ、今日劇の準備が終わったら……」
「あ、ごめん。私、ウィップから呼ばれてて」
「え、呼び出し? 何の用なの?」
「わかんないけど、A組の展示に来て欲しいんだって」
「ふうん、そうなんだ。あ、フィル、今日、これ終わったら……」
「悪い。オレもちょっと野暮用でさ」
「えーっ、ほんとに?」
「ごめんな。ちょっと外せないんだわ」
「うん、わかったよ。仕方ない」
みんないろいろと忙しいんだな。まあいいや、一人で回ろう。
文化祭は初日からかなり盛り上がっている。一般のお客さんも、かなり大勢来ているみたいだ。
出し物は屋台、路上イベント、各教室の展示に講堂での公演と盛りだくさん。モンスター専門学校だけにモンスターに絡めたものも多いけど、メイド喫茶みたいなコスプレ喫茶や路上バンド、ダンスパフォーマンスなんかもやっているようだ。
「おお、キミか。どうだね、キミもうちの喫茶店に来ないか? なかなか楽しめるぞ」
「あ、ええと……、もしかしてエルナ先輩? これはまたすごい格好ですね」
エルナ先輩は、いつものように車椅子に座り、マルガレータを連れていた。でも今日のエルナ先輩は、大きなフリルのついたド派手な衣装に身を包んでいる。ロリータファッションというのだろうか、いつもの白衣姿からは想像も付かないけど、まるでお人形のようで、これはこれではまっている。そしてマルガレータは高そうなスーツを着て男装していた。背が高いのでかなり様になっている。はっきり言ってイケメンだ。
「クラスの全会一致で選ばれてしまってな。わたしはこのようなイベントはあまり得意ではないのだが。ともかくこの2階でやっているから、行ってみてくれ。ドラゴンミートパイがお勧めだ」
「えっ、それってドラゴンの肉なんですか?」
「いや、ただの牛肉だ。単なるイメージだよ、それくらいわかるだろう」
「はは、そうですよね」
「くっふっふ、なんだいその格好は。エルナちゃ~ん、かわいいでちゅね~」
工学科四天王のリンゴット先輩だ。後ろからやってきて、エルナ先輩に激しく頬ずりしだした。なんか前の時のイメージとは違うような。
「ん、なんだウンコ女か。貴様も来たければ来ていいぞ、ほれ、ビラだ」
「あらあら意地張っちゃって。ほんとは来て欲しいくせにぃ~。よしよし」
「な、仲がよろしいんですね」
「ん、キミは? どこかで会ったような気もするが……。ええと、どこだったか」
「あの、ゴーレムレースの時に」
「ああ、カーバンクルの飼い主くんか。エルナとも知り合いなのかな?」
「まあ、いろいろありまして……」
「あのカーバンクルはやらんぞ。わたしが予約済みだ、残念だったな」
「予約って。相変わらず容赦ないねぇ、エルナちゃんは」
「お二人はどういう関係なんですか? 違う学科なのに」
「なんというか、腐れ縁というかな。中学から一緒だし、マルガレータを作る時にも力を借りたり、それに……、まあとにかく長い付き合いだよ」
「エルナちゃんは変わらないよねぇ、中学の時からかわいいまま」
「うるさい、貴様がでかくなりすぎだ。いろいろと……」
「あら、このへんとか?」
リンゴット先輩が背筋を伸ばし、胸の辺りを強調した。確かに……大きい。
「いいから、ほら早くうちのクラスの店に行け! お前らにばかり構っている暇は無いんだよ」
「わかったよ。じゃあね、エルナちゃん」
「ええと、僕も後で行ってみますね」
先輩達と別れ、屋台が立ち並ぶエリアにやってきた。
「うまかぁ、とんこつラーメンいらんか~い。うまかぁよ~、ばりうまかぁよ~。ほらどげんね、うまかろ~がぁ」
あの大声は戦闘科の霧島さんだ。屋台より大きいんじゃないかっていう巨体で、ダイナミックに呼び込みをしている。さすがにかなり目立つので、屋台は長蛇の列だ。
「ユーさんじゃないっすか、こっちで一緒に見ないっすか? おもしろいっすよ」
声のした方を見ると、ホンダ君が手招きをしていた。その向こうにはトヨタ君とスズキ君の後姿も見える。さらにその向こうは結構な人だかり、どうやら路上パフォーマンスのようだ。
「ほら、あれですよ」
ホンダ君が指差した方を見ると、演台の上で揃いのタキシードに身を包んだ男子生徒とケットシーがパフォーマンスを繰り広げていた。
「そう言えばユーさんは使役科でしたね。知ってる人っすか?」
「いや、見たことないなぁ。上級生かな」
どうやら、男子生徒がボケてケットシーが突っ込む形のコントのようだ。小さくて可愛いケットシーが、ちょっと強面の男子生徒に激しく突込むというギャップが観客の笑いを誘っている。
「ショートコント、猫に小判」
「ようチャーリー、そこでこんなもの拾ったんだけどさ、よかったら君にあげるよ」
「ええっ、これって小判? ほんとにもらっていいの?」
「いいよいいよ。だってさ、ほら、裏に校長って書いてある」
「届けろよ!」
「はーい、肉球、肉球」
「ショートコント、猫の手も借りたい」
「いやあ、忙しい忙しい、こりゃあ猫の手も借りたいな」
「たいへんそうだねえ。手伝おうか?」
「じゃあお願い。いやあ助かったよ、遅刻した罰にレポート百枚なんてさ」
「自分でやれよ!」
「はーい、肉球、肉球」
「ショートコント、猫をかぶる」
「チャーリー、君ってみんなの前ではかわいい顔してるけどさ、二人きりの時は僕をいじめてばっかりだよね」
「ええっ、そんなことしてないよ。みんな信じてよ」
「でもさっきから、僕の頭をバシバシと」
「そりゃ突込みだよ! おらあ! 突っ込みだっつうの! おらあ! おらおらあ!」
「はーい、肉球、肉球」
「どうもありがとうございました~。次回は午後4時からでーす」
「次も見てくれニャ」
こりゃあ、午後はもっと人が集まりそうだな。
ああ、そういえば、まだお昼ご飯を食べてなかった。道理でお腹が空いているわけだよ。
「ええと、僕はちょっとお昼ご飯を食べに行こうと思うんだけど」
「ああ、僕らはもう食べたので」
「あっ、そうなんだ。トヨタ君達は何をやってるの? 出し物は」
「僕らのクラスはお化け屋敷です。ギミック満載で楽しめますよ」
「へえ、後で行ってみようかな」
「ユーさんとこは何してるんすか?」
「うちは明日、屋外ステージで劇をやるんだ。昼過ぎからだから見に来てよ」
「へえ、ぜひ行くっす」
「ですね」
3人と別れ、使役科の校舎に向かって歩き出した。使役科のA組が喫茶店をやっているのを思い出したので、この際そこで食べてみようと思ったからだ。エルナ先輩には悪いんだけど。
確かこの辺だったような……、ってこれは。
そこにはびっくりするほど長い行列ができていた。隣の隣のそのまた隣の教室までずらりと並んでいる。
どうしよう、昼食のピークは過ぎているはずなのに、まだこんなに混んでいるなんて。結構おなか空いてるから、こんなんじゃ他へ行こうかな。
「あら、あんたも来たんだ」
「え、ああ、うん」
ウィップ・ベルモントだ。どうやらグリフォンのコスプレをしているらしく、色鮮やかな羽と尻尾をつけ、羽毛をあしらった服を着ている。そしていつも通りに露出は多めだ。いや、いつも以上か。
「あたしはこれから休憩がてら宣伝に行ってくるけど、セラは中にいるよ。あと、おねえちゃんもね」
「あっ、そういえばセラが呼ばれたって言ってたけど。中で何してるの?」
「見りゃ解るよ。じゃっ、あたしは行くから」
行ってしまった。こうなると中に入らないわけにはいかないなあ。空腹がつらいけど仕方ない、行列に並ぶか。
1時間ほど後、ようやく教室の中に入ることができた。
「おかえりなさいませ、マスター、あ」
「セラ!」
僕を出迎えてくれたのは、ドラゴンの着ぐるみを着たセラだった。全身鮮やかなオレンジ色で、小さな羽があり、口からセラの顔が出ている。その口の上には、黒くつぶらな瞳が僕を見つめていた。
「なっ、なんで急に来たの。はっ、恥ずかしいじゃない」
「いや、なんて言うか。すごく似合ってるよ。うん」
「似合うとかおかしいでしょ、こんな格好。ウィップがどうしてもやって欲しいって言うから仕方なく……」
珍しくセラが恥ずかしがっている。でも実際赤ちゃんドラゴンって感じで、かなり可愛い。少なくとも1時間待った甲斐はあった。思わず、にやにやしてしまいそうになる。
「ほらセラさん。入り口で喋ってないで、早くお客様を席にご案内して差し上げて」
奥からキャンディー・ベルモントの指導が入った。彼女はアルラウネのコスプレ、どうやらみんな自分の使役しているモンスターのコスプレをしているらしい。たくさんの葉っぱをフリルのようにあしらったドレスを身にまとっている。
「はっ、はいっ。とっ、とにかく、こちらへどうぞ、マスター」
席に着き、メニューを手に取った。色鮮やかな文字で手書きされたメニューだ。
アルラウネオムライス ☆店長オススメ
グリフォンオムライス ※品切れ中
ドラゴンオムライス ★本日の一押し
ユニコーンオムライス
ワイバーンオムライス
フェンリルオムライス
コカトリスオムライス
どうやら、オムライス一択らしい。見た感じ、違いは誰が運んでくるかだけのような気がするけど。
「じゃあ、せっかくだから、ドラゴンオムライスで」
「あ……。ドラゴンオムライスですね、承知いたしました、マスター」
セラはあまり気が進まないみたいだったけど、ここまできたら見ておきたいと思った。そう、セラが一体どんなサービスをしてくれるのか、この目で見ておきたいという気持ちには、抗うことができなかったんだ。
オムライスが来るのを待っている間、他の席ではA組の女子生徒によるケチャップお絵かきサービスが繰り広げられているらしかった。でもあまりじろじろ見るわけにはいかないような気がしたので、メニューを見ている振りをしつつ、横目でちらちらと他の席の様子を伺う感じになってしまった。なんか、ちょっと挙動不審気味だったかもしれない。
「お待たせいたしました、マスター」
しばらくした後、セラがオムライスを運んできた。
よくある普通のオムライスだ。多少形が崩れているけど、素人が作ったにしてはいい感じだと思う。もちろんケチャップはかかっていない。
「では、えっと……、その……、どっ、ドラゴンちゃんです。てへっ。それでは今から、ドラゴンちゃんのお顔をお絵かきしますね~。よいしょ、よいしょ、よいしょ。はーい、できましたー。ではこれから魔法をかけますね~。はーい、おいしくなーれ、おいしくなーれ、ドラゴン、ドラゴン、プリティードラゴーン」
さすがだった、さすがセラはやる時はやる女だな、そう思った。
当初の恥じらいは一瞬で消え去り、そこからはドラゴン娘の可愛さ全開パフォーマンスが完璧に繰り広げられたのだ。もちろんケチャップで描かれたドラゴンは秀逸な出来、食べるのがもったいないくらいだ。
なるほど、これはB組からただ一人召集されただけのことはある。
「さあ、マスター。召し上がれ」
満面の笑顔でそう言うと、セラは気持ち足早に入り口の方へと戻っていった。
じゃあさっそくいただくか、もうおなかペコペコだからね。
ちなみにオムライスの味だけど、まあ普通だった。というかおなか空きすぎてて、よくわからなかったよ。
食べ終わるとキャロットがチョコチョコっとやってきて、『おしはらい』という札のついた籠を差し出してきた。これは! 多めに払わざるを得ない!
でも心を鬼にしてメニューに書いてある通りの値段を支払い、喫茶店を後にした。
「いってらっしゃいませ、マスター」
ちょっと劇の準備がどうなってるか気になってきたので、劇の準備をしている部屋に戻ることにした。
「どう? 準備の方は順調かな?」
「ユー、どこ行ってたんだよ。セットも小道具も遅れ気味だぞ。とか言って、オレも今戻ったとこなんだけどな」
「あれ、そうなんだ。じゃあ手伝うよ。フィル、芝居の方はもう大丈夫?」
「いや、それが、まあ。結構飛んじゃったって言うか……」
「えーっ、勘弁してよ。じゃあ、作業しながら練習付き合うよ」
「悪いな。アニタも呼んでくるわ」
「うん。そうだね」
ということで、結局その日は夜遅くまで劇の準備をすることになった。
まあ、こういうのも文化祭の醍醐味って感じで悪くない、そんな気がした。
翌日。今日はいよいよ劇の本番だ。開始は午後二時からとなっている。
朝、寮を出ると空は雲ひとつ無い快晴だった。よかった、雨でも降ったら中止になりかねないし、これでお客さんが来てくれれば。
「おう、ユー、早いな。もしかして眠れなかったとか?」
「まあ、ちょっとね。フィルは眠れた?」
「ああ、ばっちりだ。なにせもう開き直ってるからなオレは。いざとなったら、その場の思いつきで喋ってやるぜ」
「はは、アドリブでもいいけど、なるべくセリフは変えないでよ」
「問題ないって。じゃあ行こうぜ、まだ作業が残ってるし」
昨日、最後の仕上げをしていると新たな問題が次々と発生して、結局今日も続きをやることになったのだった。
劇の準備をしている部屋に行くと、何人かはもう来ていて作業を始めていた。コカトリス使いのヴェリエフェンディがファフニールの張りぼてを持ち上げて、他のみんなが腹の部分の色を塗っている。
「おはよう、早くからご苦労様」
「おはようございます、早来君。いや、どうしても腹の部分の塗り残しが気になったものですから」
「僕らも手伝うよ」
もうそんなに時間は無いけど、みんなで頑張れば、どうにか完成しそうだ。
「ほほほ、朝から精が出ますね」
入り口の方を見ると、開いたドアから校長先生が覗き込んでいた。朝の見回りだろうか。顔を見たのは入学式と一学期の終業式、それに二学期の始業式の三回だけだけど、インパクトのある顔なのですぐわかった。
かなり歳をとっているみたいだけど、しゃべりは達者だし、なんといってもダンディーだ。
「校長先生、おはようございます」
「うむ、おはよう。このクラスは何をしているのですかな?」
「劇をやるんですよ、エイシェントバハムートの。もちろん主役はオレです」
「ほうほう、エイシェントバハムートですか。古い話ですが、なかなか根強い人気があるようですね。では主役の君はバハムート役を?」
「いや、バハムートはククルっていう本物のドラゴンがやるんですよ。オレはドラゴンマスターです」
「ほう、それはそれは。この劇をやるクラスは度々ありましたが、本物のドラゴンが出てくるのは初めてです。期待していますよ」
「はい、絶対面白いと思います」
「ほほほ。では、私は他のクラスも見て回りますんで。怪我には気をつけてくださいね」
「はーい」
さあ、いよいよ本番だ。
既に全ての準備を終え、全員屋外ステージ裏のテントでスタンバっている。
自分は出演しないけど、なんか緊張してしまう。なんとなく手持ち無沙汰に思えたので、ライトニングを連れてきてみた。ちょっとは気が紛れると思って。
外の様子を見てみると、いくらか人が集まり始めているようだ。僕が声をかけた知り合いの顔もちらほら見える。
「ハヤキタさん、そろそろ前説しに行ってくださいません?」
「えっ、前説? そんな話聞いてないけど」
「あら、言っていませんでしたかしら。ですがここはやはりあなたが行くべきではありませんの? 脚本家として。ねえ、みなさん」
「ユー、行きなよ。ほら、マイク」
「適当に喋ればいいからさ」
「ええーっ、わ、わかったよ」
あああ、なんかすごく人いるよ。一般の人も結構いるみたいだし、あそこにいるのは校長先生、他の先生方もいるし、知ってる顔も一杯。
でももう行くしかない、行かないと始まらないし。思い切って!
小走りで高さ1m程のステージに上がり、中央に立ってお客さんの方を見渡した。
うう、みんな見てる、みんな見てるよ。
「こっ、こんにちは。みなさん」
話し始めると、ざわついていた会場がいくらか静かになった。
「え、ええと、これからやるのはエイシェントバハムートの伝説を基にした劇です。エイシェントバハムートの伝説は知っている方も多いと思いますけど、いろいろ使役科らしいアレンジを加えたりしてるので……、ええと……、とにかく精一杯やりましたので、見てください! よろしくお願いします!」
ああ、なんか途中でなんて言っていいか解らなくなって、勢いで終わらせてしまった。
でも会場からは温かい拍手をもらったので、よしとしよう。うん、そうするしかないよ。
「オッケー、オッケー、これで十分だよ。ユーにしては上出来だよ」
テントに戻ると、セラが背中をたたいてきた。これで上出来なのか、まあ期待して無かったって事だな。当たってるだけに、何も言えないけど。
ともかく劇が始まった。囚われた王女を勇者が救い出すシーンからだ。
「ここがファフニールの住処か、なんて不気味なところなんだ。王女はどこに囚われているんだろう」
「勇者様、ここですわ。どうかお助けください」
「王女様! さあ、もう大丈夫ですよ、早くこちらへ。ファフニールが来る前に」
「ええ」
「ファフニール! くそう、これでは外に出られない。こうなったら、この剣で――ぐはっ、ぐほっ、うわあ」
「勇者様!」
「アジャックス! 来てくれ!」
アジャックスが颯爽と空から登場し、勇者と王女を乗せて飛び去る。ここで会場からは歓声。
ちなみにこのへんは僕のオリジナルだ。本にはペガサスに乗って助けたとはどこにも書いていなかった。
ふふふ、してやったりだ。
――――――
勇者はどうにか逃げ帰り、王女と協力してファフニールを倒す方法を探す。そして、バハムートのことを知るんだ。
「ファフニールに勝つには、仲間を探すしかない、強力な仲間を。このへんに強いドラゴンがいると聞いたが」
ククル歩いて登場。会場再び沸く。
「おお、お前がバハムートか。すまないが俺の仲間になってくれよ。頼むよ、一緒にファフニールを倒そうぜ。ほら、ヒュドラの尻尾やるからさ」
このへんも脚色だ。実際はそんな簡単に仲良くなっていないけど、時間がないので。
「おお、仲間になってくれるか。ありがとう。よし、さっそくファフニールの住処に出発だ」
ククルに乗り、飛び立つ勇者。盛り上がってきた。
――――――
さあいよいよクライマックスだ。
ファフニール(張りぼて)に対峙する勇者とバハムート(ククル)。
「ファフニール。貴様ももう、ねっ、年貢の納め時だな、覚悟しろ。いっけーっ!」
ククルが空高く飛び上がり、ファフニールを一気に踏み潰した。
よし、うけた。拍手喝采だ。
――――――
ついに物語も大詰め、勇者が勝利を報告し、王女と結ばれるラストシーン。
「王女様、ついにファフニールを倒してやりましたよ。どうですか、このオレのかっこよさ」
「おお勇者よ、ご苦労でした。父上も喜んでおりましたわ。それに、わたくし……」
「王女様!」
「勇者様!」
あれ、おかしいな、なんかセリフが違うし、2人がいい雰囲気になってきた。
ここは僕の台本ではひざまずいて手を取るだけのはずなんだけど、すごく近づいて見つめ合っている。
えっ、キスするの? そんな、聞いてないよ、そんなこと、えっ、えーっ。
結局、そのまま横を向くような感じで、キスしているっぽい雰囲気を醸し出していた。
そして会場は今日一番の歓声に包まれ、劇はフィナーレを迎えたのだった。
「ほら、ユー。ぼーっとしてないで、みんなで最後の挨拶行くよ」
セラに手を引かれ、ステージに上がる。裏方のみんなも全員一緒だ。
「ありがとうございました」
あーあ、なんか全身の力が抜けたような感じだ。
でもよかった、色々と心配はあったけど、結構うけたと思うし。なにより無事に終わったことが一番だよ。
「ユー、驚いたか? 最後のオレのサプライズ。あそこはどう考えてもキスシーンだと思ってさ。だから事前にみんなと打ち合わせといたんだ」
「あっ、あなたがどうしてもって言うから、フリだけしてあげたのですわ。フリだけね。仕方なくですわ」
「ほんと驚いたよ。みんなは知ってたの?」
「ユーだけだよ、知らなかったのは」
「そうなんだ……やられたよ、ほんと」
こうしてユグドラシル国立モンスター専門学校文化祭は幕を閉じた。
いろいろあったけど、やっぱり文化祭は最高だね。