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狂気のスライム

 学校はもう夏休みに入った。

 無事期末試験も終わり、学科ばっちり、実技それなりの結果を収めた僕も、実技ばっちり学科それなりの結果を収めたセラも約1ヶ月に渡る長期休暇に突入したわけだ。

 帰省する人、学校に残って訓練に励む人、色々いる。

 僕としては今年は帰省する気はない。まだまだ訓練を頑張りたいし、実家にいても退屈なだけだからね。フィルもセラも帰省するって言っていた。セラはククルでひとっ飛びだってさ、お金がかからなくていいよな。

 そういえば飛び立つときに、こうも言っていたな。

「私のいない間に、変な事しちゃだめだからね」

 って、変な事ってどんなことだよ、裸で走り回ったりとか? まさかね、いくら暑いからって、そんなことしないよ。


 ある晴れた日、いつものようにライトニングと障害物を飛び越えて走る訓練をしていると、遠くから誰かがこちらをじっと見ているのに気がついた。

 どうやら2人いるみたいだ。車椅子に乗った小さな女の子と、その車椅子を押している大きな女の子。遠いので顔はよくわからないけど、車椅子の子は白衣を着ているらしい、押している方の子はメイドの衣装のような服を着ている。

 誰だろう、この学校の生徒だろうか。見た感じからして生物科か工学科かな。

 でも訓練が終わった後、近寄ろうとしたら、すっとどこかに行ってしまった。

 そんなことがあってその日からちょっと意識していたんだけど、結局のところ別に意識するまでもなく、何度も何度もその子達を見かけることになった。

 グラウンドで、中庭で、室内訓練場で、寮の裏で、訓練していると不意に現れ、不意に去っていく。

 一体何なんだろう、僕に興味でもあるんだろうか、え、まさか、ひょっとして……、いやまさか、一度も話したことないんだし、そっそんなわけ、そんなわけないよなあ、はは。

 じゃあいったい何なんだろう、そう思いながらも話しかけることができずに、日々を過ごしていた。


 その日も、僕はライトニングと一緒に寮を出るところだった。建物の陰にあの2人がいるのがちらりと見えたんだ。

「あ、ちょっといいかな――ちょっ、待ってよ、別に危害を加えようってわけじゃ、ちょっと話を……」

 今度も逃げられた、だけどこう付きまとわれちゃ気になってしょうがない。今日こそ理由を聞いてやろう、そう思って必死に追いかけた。

 でも相手はやたら早いんだ。車椅子なのに普通に走る人より早いんじゃないか、僕の足が遅いってのもあるけど、それにしても早すぎだ。みるみる離れていく。

「ライトニング、先回りだ。行け!」

 ライトニングはもうだいぶ言うことを聞いてくれる、加速もお手の物だ。あっという間に2人の前に回りこんだ。そして、一生懸命威嚇している。よし、この間に追いつくぞ。

 ところがその必死の形相も、全く相手には通じなかったようだ。大きい方の女の子がライトニングをおもむろに掴みあげると、そのまま再び走り出した。

「えーっ、ちょっと、そんな、返してよ! ライトニングーっ!」

 僕のところからは結構距離があったけど、2人がとある校舎の入り口から入っていくのが辛うじて見えた。

「はあ、はあ、ちょっと、待って」

 僕もその入り口の扉を開き、中に入った。結構古い校舎みたいだ。煉瓦造りでとても頑丈そうな分厚い木製の扉が取り付けられている。荘厳な雰囲気で普段ならここに入るとなるとちょっとビビってしまうけど、今はそんな事を言ってる場合じゃない。

「お、おじゃまします」

 部屋にはそこらじゅうに本やら書類やらが散乱している。それに実験器具みたいなものもいっぱいだ。まさに研究室という感じ。

「ほう、よくここがわかったな」

 奥の古めかしい椅子に腰掛けた白衣の少女が言った。遠くからはよく解らなかったけど、ウェーブのかかった金髪のロングヘアーで、かなり鋭い目つきをしている。

 メイド姿の少女は、白衣の少女の傍らに無表情のまま黙って立っている。しっかりとライトニングを抱いて、だ。

「こっ、ここに入っていくのが見えたから。それよりライトニングを返してよ」

「ふむ、まあ勢いで連れてきてしまったがな、すぐに返してやるつもりだ。だがその前に一つお願いがあるのだが」

「何? お願い?」

「ああ、このカーバンクル、噂には聞いていたがやはり大変な珍種だぞ。今まで密かに調査を進めてきたが、こいつの頭についている七色の宝石には、通常1つの宝石には1つしかないはずの属性が7つ全て含まれていると考えられる。研究を進めてみなければ詳しいことはわからないが、いままでの常識では考えられないような力が発現する可能性が大いにある。とにかく大変な代物なのだよ」

「そ、そうなんだ、でも……」

「いや解っている。こちらも鬼じゃあないんだ、今すぐ欲しいとは言わない」

「じゃあ、どういう……」

「ただ……ただなキミ、未来は誰にもわからないものだろう。不慮の事故によって、非常に残念なことに絶命してしまうこともないとは言い切れない、そうだろう」

「まあ、いや、でも」

「そのような悲しい出来事が万一起きてしまった場合ということだ、その時にはこのエルナ・ハイデルベルクに遺体を譲っていただきたい、そういうことなのだよ」

「でもそんな、縁起でもない」

「縁起……か、そのような非科学的なものにこだわるのもまた、人間の心のあり方として至極真っ当なことだ。だが運命とは残酷なもの、突然の不幸が訪れることもある、そうだろう」

「まあ、話はわかりました。とにかくライトニングを……」

「わかってくれたか、ではこの契約書にサインを」

「あ、いや、ええと」

「どうした? よし、では約束しよう。生きているうちは決して危害を加えるようなことはしないと」

「本当に大丈夫なんでしょうね?」

「とはいえ、誰にでも間違いは……いや、何でもない。もちろん本当だとも」

 女の子の銀色の目がきらりと光った。

 いまいち信用できない感じだけど、サインすればいいだけみたいだし、さすがに酷いことはしないよな。そう思い、契約書にサインをしてしまった。ああ、でもいいんだろうか、ちょっと不安になってきた。

「うむ、ありがとう。約束どおりカーバンクルは返すぞ。ほら、マルガレータ」

 メイド姿の女の子が、ゆっくりとライトニングを床に放すと、何度も振り返りながらこちらに戻ってきた。

 おいおい、名残惜しいっていうのか、おい。

「あの、その子は?」

「こいつはマルガレータだ」

「ええと、2人はどういう……」

「わたしは、エルナ・ハイデルベルク。生物科の3年だ。エルナ先輩と呼ぶがいい。こいつは、おい、見せてやれ」

 エルナ先輩がそう言ったと思うと、ガシャっと音がして、マルガレータ(さん?)の体から無数のメスやハサミ、その他もろもろの医療器具が飛び出してきた。全て細長い多関節のアームでつながっている。なんか結構グロいんですけど。

「こいつはわたしが作った医療用ゴーレムだ。普段はメイドとして使っているがな」

「へえ、なんかすごいんですね。てっきり人間だと」

「ふふふ、そうか。ところで動力源は何だと思う?」

「え、動力源?」

「これだ」

 マルガレータの頭がパカっと開くと、中には固定された赤い宝石が光っていた。

「これが何か、わかるだろう」

「もしかして、カーバンクルの?」

「うむ、授業で習っただろう。ここにライトニングだったか? キミのカーバンクルの頭についているものが入れば、ふふ、楽しみだな」

「あっ、ええと、し、失礼します」

「ああ、またな。待ってるよ」

 僕はそそくさとその部屋を出た。そして早足で寮に戻った。これから訓練って気分じゃなくなったし。

 やっぱりやめとけばよかったかもしれない、サインしない方がよかったのかも。そんな気がして、その日はよく眠れなかった。


 数日後、軽く訓練しておこうと寮を出ようとすると、寮の前にマルガレータが立っていた。

 こうしてみると、ぱっと見は本当に人間と見分けがつかない。ちょっと表情が乏しいし、全然喋らないことを除けば、すらっとした長身の美少女だ。

 マルガレータは僕に1枚のメモを手渡すと、ぺこりとお辞儀をして去っていった。

 なんだろう、いやな予感しかしない。でも無視するわけにもいかなそうなので中身を確認すると、『ちょっと実験に付き合って欲しい。まあ簡単なバイトだと思ってくれて構わない。2時にこの前の部屋で待っている』と読みにくい筆記体で書いてあった。

 実験って、まさかライトニングを解剖したりとか――、でもこの前約束したしな、危害は加えないって。大丈夫とは思うけど……。


 かなりの不安を胸に、僕はライトニングを連れて、時間通りこの前の古い校舎に向かった。

 前回よりさらに重く感じられる分厚い扉を開くと、エルナ先輩とマルガレータが忙しそうに複雑な機械の調整をしていた。

「おう来たか。時間通りだな。もうしばらくかかるから、その辺に座っててくれ」

 そう言われても、椅子の上にも紙がいっぱい積んであって……、どけていいんだろうか。こういう場合、本人はどこに何があるかわかっているっていうし。そんなことが気になって、隅っこで立って待っていた。

 エルナ先輩は巧みに車椅子を操り、あちらこちらで機械をいじったり、書類を確認したりしている。マルガレータも荷物を運び込んだりと急がしそうだ。

 20分ほど経っただろうか、エルナ先輩が

「よし、準備完了だ。はじめるぞ、そこに立ってくれ。いや、キミじゃない、カーバンクル君の方だよ、わかるだろうそれくらい」

「ああ、すいません。ええと、これから何が始まるんでしょうか? 何も聞いてないんですけど。危ないこととか無いんですよね?」

「うむ危険は無いぞ。そうだな、早く始めたいところなんだか、一応一通り説明しておくか」

 そう言うと、エルナ先輩はホワイトボードに書いてある文字を消しはじめた。

「ありがたく思えよ、このわたしの講義を聴けることはなかなかあることじゃあないぞ」

「ああ……ええ……」

 別に聞きたくて聞くわけじゃないんだけど……。とは言わないでおいた。

「現在わたしがやっている研究はだな、スライムの体組織を利用して人工的に人間の体組織を作ることだ。君も知っていると思うが、スライムの細胞は高い再生能力を持っている。それにどんな形状でもとることが可能だ。これを利用して人工臓器や義手義足などを作成すれば、非常に高性能なものができるわけだ。だが非常に厄介な問題として、スライムの体組織には他の生物にとって有害な成分が含まれている。それに少し性質が変化すると、他の物質を溶かす危険な物質になってしまう。スライムが危険を感じると、その化学変化を自ら起こし身を守るわけだ。ここまではいいか?」

「ええ」

 ちなみにホワイトボードに書かれた文字はほとんど読み取れない。図もスライムなのか何なのかわからない謎の物体がいくつも書かれていた。

「だがな、カーバンクルの放つ光がこの有害成分を分解する性質があることがわかったのだ。ただ普通のカーバンクルのものでは、1gのスライムを解毒するのに1年以上かかってしまう。これでは話にならない。そこで、キミのカーバンクルだ」

「つまりライトニングの光で、スライムを解毒する、と」

「うむ、その通り。宝石を取り出して強制的に光を発生させることも可能だが――いやもちろんやらないぞ、参考までに言っただけでな。そこで光を放ってくれれば、光の成分を分析し、同時にスライムへの影響を調べることができる仕組みになっている。どうだ、有益な研究だろう」

 確かに研究としてはまっとうみたいだ、人の役に立つものだ、と思う。

「わかりました。お手伝いします」

「そうか、やってくれるか。ちなみにバイト代は今の講義だ。このホワイトボードのコピーをやろう。サービスで質問も受け付けるぞ」

「ああ……ええと、特に無いです」

 別にバイト代に期待していたわけじゃないけど、こういうことか。やっぱりちょっとがっくりきた。

 でも人の役に立つことならいいだろう、危険もないって言うし、そう思いライトニングを指定された場所に立たせた。

「よし、ライトニング、フラッシュ!」

 ライトニングはいつも通りにピカッと光を放った。もうこれくらいは安定してできる。慣れたもんだ。

「ふうむ、もう一度やってくれるか?」

 言われるまま何度かフラッシュを繰り返した。

「ううむ、普通のカーバンクルとたいして変わらんなあ。見込み違いか。もっと強力なやつはできんのか?」

「そうですねぇ、もっと強い光を放ったこともあるんですけど。まだそこまでは訓練が……」

「どんなときに光ったんだ?」

「ええと、ピンチのときとか……ここぞっていうとき、ですかね」

「なるほどな。マルガレータ、ちょっと脅かしてみてくれ」

「えっ、ちょっと」

 マルガレータは、ライトニングを優しく抱きかかえた。と、次の瞬間全身から多関節アームについた刃物が飛び出し、ライトニングに向けられた。

 と思ったら周囲は光に包まれた。ライトニングが驚いて強い光を放ったんだ。初めて出会ったときや、レースのゴール前のときみたいに。

「うおっ、これは」

 光が収まると、もう刃物は収められていて、ライトニングは僕のそばに寄ってきていた。

「よしよし、大丈夫だぞ」

「見ろ、これを。この数値、これはすごいぞ、ん、これはちょっと、おい、これは想定外の――ちょっと待てよ、これはっ」

 エルナ先輩がなにやら慌て始めた。すると見る間にガラス容器に入っていたスライムが増殖をはじめ、容器を破ってどんどん大きくなっていく。

「こんな効果があるとは新発見だな。だがまずい、マルガレータ、抑えろ、早くっ」

 もうスライムは部屋の天井まで届くほど大きくなり、部屋の壁や本、実験器具を溶かし始めた。

 マルガレータは多数のアームを駆使してスライムを押さえ込もうとしているけど、プヨプヨと動くスライムには通用しない。

「核を破壊するんだ、マルガレータ。あの緑色の球体だ」

 マルガレータがスライムの中にある緑色の球体に、メスで攻撃を加えるようとするけど、球体はスライムの内部をあちこちに移動してかわしてしまう。かなり素早い動きで、全然当たらない。

「おい、キミもなんとかしろ」

「って言われても……。うーんライトニング、行け!」

 でもライトニングはスライム相手にどうしていいかわからない様子。その辺は僕と同じってことか。やっぱり伝わっちゃうんだな。

 それでも体当たりなんかを必死で試みているけど、スライムに間単にあしらわれてしまう。

 そうこうしているうちに、スライムは部屋の大半を覆い尽くしてしまった。もうほとんどスペースがない。運悪く、先に窓もドアも塞がれ、僕たちは壁際に追い詰められた。もう服もぼろぼろだ。

「おいおい、これじゃあわたしらも溶かされちまう。こりゃあしくじったな」

「ううん。もうちょっと素早く攻撃できれば」

 そうだ。そういえば、レースの最後のときライトニングが光を放つと、ククルのスピードがアップした気がする。

 そのことを思い出し、ライトニングをマルガレータの頭の上に乗せた。

 するとライトニングは、マルガレータの頭の上で強い光を放ち始めた。マルガレータの攻撃は徐々にスピードを増し、核への距離を縮めて行く。

「よし、もう少し」

「ほうほう、こんな効果がな。興味深い」

「そこだーっ!」

 マルガレータの多関節アームがいっぱいに伸び、先端のメスで核の中心を貫くと、スライムはべしゃっと崩れ落ち、動かなくなった。

「ふう、どうやら終わったな」

「ええ、どうにか」

 部屋はひどい有様だ、べとべとのぬるぬる、おまけにどこもかしこもちょっとずつ溶けてぐにゃぐにゃだ。

「おい、早く手当てするぞ。キミもカーバンクルもな」

「えっ、手当て?」

 よく見ると、僕もライトニングもそれにエルナ先輩も、ところどころ服に穴が開いて、肌が炎症を起こしている。そうと解ると急に体中痛くなってきた。

「でも、先輩も」

「わたしは後でやる、早く服を脱ぐんだ、早くっ。おいっ、マルガレータっ」

 マルガレータの体から消毒液やら軟膏やら包帯が次々と飛び出し、エルナ先輩は僕とライトニングをみるみる手当てした。

「これでよし、では出て行きたまえ」

「えっ、あの、ありがと……」

「いいから早く、そんなにわたしの体が見たいかね?」

「あ、いえ、失礼します」

 僕は慌てて服を抱え、部屋を出てそのまま寮まで帰った。

 しかし散々だったな。エルナ先輩、いい人なんだけど色々とナンだよなあ。この先もつき合わされるのかも。

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