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大海のテンタクルス

 今日は戦闘科と合同で臨海学校となっている。

 早朝からバスに分譲し、2時間程で海岸に着く予定だ。もうかなり暑くなってきてるし、正直結構楽しみだ。

 まあメインは合同実習ってことで、戦闘訓練みたいなことをするんだけど、少しくらいは泳いだりもできるみたいだし。

 それにセラは海を見るのが初めてで、なおさら楽しみらしい。朝からテンションが上がりっぱなしで相手するのも大変だ。

「ねえ、さっきの人見た?」

「さっきの?」

「ほら、すごく大きな人。3mくらいあったよね」

「ああ、確かにいたね、戦闘科に。でかいしごついし、よくバスに乗れたよね」

「ほんと、天井にぶつかってるよね、きっと。席も三つ分くらい取ってると思う」

「だね」

 戦闘科は比較的体の大きい人が多いけど、その人はその中でもずば抜けて大きかった。あんな人もいるんだな。

 それからもずっとセラの話に付き合わされて、ちょっと眠くなりかけたとき。

「海だ。海が見えてきたよ」

 真っ青な海と真っ白な砂浜が続く、長い海岸線が見えてきた。朝日を反射してきらきら光っている。

「あれが海? すごい、こんなに水があるなんて。向こう側が見えないよ」

「うん。だって海だから」

「そっか、海だもんね。海かぁ。楽しみ、楽しみっ」

 バスは山あいの道を抜け、程なく海辺の合宿所に到着した。

「では各自部屋で準備をして、三十分後に集合してください。くれぐれも訓練であることを忘れないよう、きびきびとした行動を心がけること。解散」

 部屋は女子と男子でそれぞれ大部屋が割り当てられていた。戦闘科のムキムキボディに囲まれ、使役科の面々は隅でこそこそと着替えている。僕だけじゃない、フィルだって使役科で一番体を鍛えているコカトリス使いのヴェリエフェンディだって、ここでは貧相に見えてしまうんだ。まあ、僕が一番貧相なのは確かだけど……。

「いやい、楽しみだない。おい、ドラゴンっち戦うんの夢やったがらしゃ。今日来とうんやろ。はよ力比べっちいきたかとよ」

「いや、いくらお前でもドラゴンは無理だろ~。ワイバーンぐらいにしとけって」

「のっはっは。ワイバーンなんて、おれんラリアットで瞬殺ばい。グリフォンばってん相手にならん。おれん相手はドラゴンだけちゃ」

「でも俺も対人訓練だけじゃ物足りなかったからな。楽しみだよ」

「そうやろがう、腕の鳴るちゃ。おいの全部倒しちゃる」

「はっは、俺らにも残してくれよな」

 ううん、物騒な話をしている。あの豪快に話しているのは、出発のときに見た一際大きい人だ。そして脱いだら一層すごい、毛深くて熊みたいだ。

 すると今度は、茶髪ロン毛で黄金の西洋甲冑を身に着けた人が、彼らに近づいていった。

「キミ、ドラゴンと戦うのはドラゴンの末裔である、このワタクシの役目だよ。キミたちは下がっていなさい」

「またきさんか。なんならここで決着ばつけてやろか」

「望むところといきたいがね。ここでは皆さんの迷惑になるだろう、またの機会にしようじゃないか。ではお先に」

「なんなんじゃ。相変わらず気に入らん奴ばい」

 一触即発の雰囲気を感じつつ、僕らはそそくさと大部屋を後にした。

 セラには悪いけど、僕が関わることはないだろう。カーバンクルなんて眼中にないだろうし。

 合宿所前の広場では、戦闘科の人たちがストレッチを始めている。

 使役科の面々も、相棒とスキンシップを図っているようだ。

 僕もライトニングをモンスター運搬用のトラックから受け取り、軽くコミュニケーションをとり始める。

「ユー!」

 セラが着替えてきたようだ、と見ると、おいおいおいおい。

 セラが着ていたのは、かなり大胆なビキニだった。セラは小さいし、こう言っちゃあなんだけど、まあはっきり言ってしまえば貧乳だ。でも、そこまで極小じゃあ、ちょっとまずいんじゃあないか、いやいろいろとさ、いろんな人がいるわけだし。

「ククルーっ、こっちー」

 大空から強風とともにククルが舞い降りてきた。ククルは自力でここまで飛んできたらしい。トラックに乗らないからね。

「どう? この水着、アニタが選んでくれたんだけど」

「いや、どうって、ちょっとそれは」

「すごく良く似合っていますわ。といっても、わたくしには適いませんけれど」

 アニタも大胆な水着だ。そしてすごいプロポーションだった。こればかりは確かにセラは適わない。

「なによ、それ。ねえ、ユーはどう思う?」

「えっと、ふ、二人とも似合ってるよ。うん」

「ふーん」

 微妙な空気感だけど、そう言う以外ないだろう。実際問題。


 とりあえず、昼間では戦闘科と使役科それぞれで訓練し、午後からは合同訓練とのこと。

 A組ではベルモント姉妹、B組ではセラが人気者だ。それぞれ十人以上の相手を同時にしている。

 といっても、他のみんなのモンスターじゃあ、全く相手にならない感じだけど。

 僕は、フィルと一緒に砂浜でダッシュやジャンプの訓練をしていた。

「ライトニング、ジャンプ! よし、今度はこっちだ、はい、ジャンプ!」

 ライトニングは、もうかなり言うことを聞いてくれるようになった。まあ、といっても、チョコレートは欠かせないけどね。真夏は溶けてしまうので、色々と苦労するよ。

「はー、オレもキャンディーちゃんのところに行けばよかったかな。少なくともあの水着姿を間近で見ておかなきゃ、来た甲斐がないよ」

「はは、やっぱり僕とじゃつまらないよね。行ってきたら?」

「いやいや、ユーにはユーのよさがあるってもんよ。たとえば、そうだな、ええとその、なんだ。心のまっすぐさとか?」

「いや、別に無理に褒めようとしなくても……」

 と言いつつも、なんだかんだで訓練に付き合ってくれる。ほんとありがたいよ。アジャックスは風のように颯爽と白い砂浜を駆け抜けると、そのまま海の上へと飛び立っていった。真っ青な海と空、真っ白なペガサス、なかなか絵になっている。

 それに比べてライトニングは小さいし色も地味だよなあ。宝石は綺麗だけど、近くで見ないと解らないし。

 っと、ライトニングに気付かれたかな、微妙に距離をとられているような。

 ともかく、午前中は砂浜と海を行き来しながら、いろいろと訓練をやってみた。ライトニングはきっと海が初めなんだろう。最初は戸惑っていたけど、すぐにバシャバシャと楽しそうに泳ぎ始めた。野生モンスターは、生まれながらにそんな能力があるんだなぁ。正直うらやましいよ。

「そろそろ飯にしようぜ、オレもう腹減っちゃってさ」

「あ、もうそんな時間か。なんかあっという間だったね」

 合宿所に戻ると、広場で昼食が振舞われていた。もちろんお約束のカレーだ。いや、こういうときって、そういうもんでしょ、やっぱり。

 戦闘科の間では、練習相手を巡ってあちこちで小競り合いが起きているみたいだ。

 といっても、僕とやりたくて争っている人はいないだろう、間違いなく。

「ユー、こっちこっち」

 セラがアニタと一緒にカレーをほおばっている。もうすっかり仲良くなったみたいで、なんか安心だな。

「もう、いろんな人から誘われて嫌んなっちゃったよ。ドラゴンドラゴンってさ」

「仕方ないよ、強いし、珍しいし。誰とやるかはもう決めたの?」

「うーん、まだ。とりあえず、30人位断ったかな。弱い人とやるのもなんだし、かといって強い人もなんか怖いし。あんまり気が進まないんだよねぇ。戦闘科の人たちって、なんか気が合わないっていうか」

「わたくしはもう決めましたわよ。こういうのは、フィーリングでぱっと決めてしまえばよろしいのですわ」

「へぇ、どんな人?」

「あまり強そうな感じには見えませんでしたけれど、サンタモニカのこと『素敵な毛並みですね、きっと主と固い絆で結ばれているからでしょう』なんて褒めてきましたので、もうさっと決めてしまいましたわ」

「あ、ああ、そんな感じで……」

「ちょっとよろしいか」

 離しかけてきた声の方を見ると、背の高い綺麗な女性が立っていた。腰の両側に短剣を携えている、戦闘科の人らしい。

「セランゴール・シャー・アラム殿とお見受けいたす。拙者、戦闘科1年D組のステラ・ピッツバーグと申す者。よろしければ、午後の実習ご一緒願いないだろうか?」

「あ、どうもご丁寧に」

 突然の改まった申し出に、セラもちょっと戸惑っている。

「いかがだろうか、承知していただけるか? 是非ともククル殿とお手合わせ願いたい」

「おいおい、抜け駆けはいかんじゃろう」

「うむ、ドラゴンの相手はドラゴンの末裔たるワタクシこそが相応しい。そうだろう」

 後ろから、午前中に更衣室でもめていた2人がやってきた。2人もどうやらセラと、というかククルと訓練したいらしい。

「霧島にクリフォードか。今は拙者がお願いしているところだ。しばし待っていただきたいものだな」

「ドラゴンとやるのは、この霧島九州之介と決まっておるんじゃ。早ぉどかんかい」

「キミ達、このクリフォード・マンチェスターがレディーと話をしようとしているんだ。見苦しい争いはよそでやってくれたまえ」

「ほんじゃあ、力で決着つけっか?」

「無粋だな、キミは。だが、ワタクシもここまできたら引くわけにはいかない」

「おい、拙者の話を……」

「ちょっと待ってーっ!!」

 甲高い絶叫に3人は驚いた様子でセラの方を向いた。

「じゃあククルに決めてもらおうよ、それで文句無いでしょ」

「なるほど、確かに一理ある。ワタクシはそれでよいぞ」

「おいも、それでよか」

「うむ、承知した」

「じゃあククル、誰と練習したい?」

 ククルはしばらく3人の顔を見回した後、少し羽ばたいて飛び上がり、すっとステラさんの前に降り立った。「おお、あり難い」

 ステラさんはにっこりと微笑んで、ククルの頭を撫でた。ククルは気持ちよさそうに、目を閉じている。

 あとの2人は不服そうな顔で、その様子を見つめていた。

「じゃあ決まりだね、よろしく、ステラさん」

「うむ、よろしくお願い申し上げる」

 

 そんなわけで、ククルはステラさんと訓練することになった。

 僕はというと結局誰からもオファーは無く、仕方がないのでだめもとでセラに断られた2人にお願いしてみたところ、霧島さんは「おいは巨大モンスターにしか興味なかと」とのことだったけど、クリフォードさんは「これも何かの縁だ、お願いするよ」とのことで、一緒にやることになった。

「しかしカーバンクルか。このような小さな体にワタクシの強力な太刀を浴びせるのは少し気が引けるが」

「大丈夫、ライトニングはこう見えても頑丈ですし、それにすごくすばしっこいですから」

「そうか。では、どこからでもかかってきなさい」

「はい。じゃあライトニング、クリフォードさんを倒しちゃって! それっ」

 ライトニングは、一生懸命飛び掛っていく、右、左。それを交わし大剣で反撃するクリフォードさん、両者一歩も譲らない、というか、じゃれているだけのように見えなくもない、なんともほのぼのとした戦いとなっていた。

「よし、そこでフラッシュ!」

「うおお、目がぁ。痛っ、いたた」

「どうです?」

「いや油断した。だがこれは正確な剣撃の訓練になるな。今度は遅れはとらんよ、ドラゴンの末裔の名においてね」

 訓練は順調に進んでいた、セラの方を見てみるとかなり本格的な模擬戦闘をしているみたいだ。ククルの強力な突進を、身軽な動きでひらりとかわし、短剣で数回切り付けている。とても俊敏だし、それに綺麗だ。

 その向こうには、霧島さんが対戦相手を求めて彷徨っているのが見えた。あの巨体なのでとても目立つ。どうやら完全に出遅れてしまった上、えり好みが激しいので相手が決まらないようだ。


 その時だった。

 海面が見る見るうちに大きく盛り上がっていく。百メートルくらい沖の海水が、まるで火山が噴火するように一気に吹き上がり、中から巨大な白い物体が現れた。

「テンタクルスだ!」

 深海に住む巨大なイカのモンスターだ。普通ならこんな陸の近くにいるはずがないんだけど。いったいなぜ。

 水面から高く聳え立ったその光沢ある真っ白な体は、日光を反射し半透明に輝いている。

 そして瞬く間に、吸盤のついた長い触手が、海岸の生徒たちに次から次へと巻きついていった。

「うっほっーぅ! こいつはおいの獲物ったい!」

 大きな雄たけびをあげ、霧島さんがすごい勢いで突進していった。触手を跳ね除け、のしのしと岬の灯台のように太い体の方へと向かっていく。

「我々もこうしてはいられないぞ。ユー君」

 ふと見ると、すでにセラとステラさんはテンタクルスの方へ向かい始めていた。

「はい、行きましょう」


 既に海岸はたいへんな修羅場と化していた。

 真っ白な十本の足は、四方八方から生徒やモンスターに襲い掛かり、叩き、巻きつき、放り投げている。

 だがこちらもやられてばかりはいない。戦闘科の面々は、剣・斧・弓矢など様々な武器を駆使して、攻撃を加えているし、使役科だってモンスターを操り、炎・棘・あるいは体当たりで必死の抵抗を続けていた。

 でもほとんどの攻撃は触手によって跳ね除けられてしまい、うまく胴体に当たっても弾力のある体には全くダメージを与えられていないようだ。

「ユー、ライトニングに目潰しさせて! その隙にククルが胴体を攻撃するから」

 セラとククルも、巨大な足の複雑な動きに、なかなか胴体に近づけないでいるようだ。

「オッケー、やってみるよ。ライトニング、いっけーっ!」

 ライトニングは、のた打ち回るたくさんの足を巧みにすり抜けながら、ぎょろりとした黄色い大きな目玉に突っ込んでいく。

 だけど、寸前のところで長い触手の根元の部分によって払いのけられてしまった。

「ああー、よし、もう一度!」

 何度もアタックした。もちろん僕だけじゃなく、使役科全員が、そしてそれよりはるかに大勢の戦闘科全員が全力を振り絞って、戦った、戦い抜いたんだ。

 でも、圧倒的なテンタクルスの力の前に、ほとんどの生徒は力尽き、戦意を喪失してしまっていた。

 あんなに勢いづいていた霧島さんも、大の字になって砂浜に倒れている。クリフォードさんとステラさんは、まだ剣を構えているけど、あまり動けない状態のようだ。

 アニタもフィルもうつぶせに倒れていて、サンタモニカとアジャックスがその側で心配そうに佇んでいる。

 セラやベルモント姉妹たちも、かなり疲れているのがわかる。ククルやキャロット、スティックはまだがんばっているけど、突破口は開けそうにない感じだ。

 そういっている僕も、砂浜にうつぶせの状態だ。ときおり打ち寄せる波が塩辛い。

 みんなやられてしまうんだろうか、どうしたら、いったいどうしたら。


「よーし、もういいよイカ太郎。そこまで!」


 そのハリのある女性の声が夕暮れの海岸に響くと、テンタクルスは全ての足を引っ込め、おとなしく波打ち際に寝そべった。

「みんなよく頑張ったな。ここまでやるとは、正直感心したぞ」

 メイダン先生と、戦闘科のアレキサンダー先生が、マイクを持って現れた。あともう一人、30台くらいの女性が一緒にいる。優しそうな顔の作業着を着た女性で、真っ黒な髪を後ろでひとつに縛っている。

「この方が合宿所の所長、大井川サキさん。そしてこのテンタクルスのマスターでもある。これからもお世話になるから、みんなしっかりご挨拶するんだぞ」

「はじめまして、所長の大井川です。今日は皆さん疲れたでしょう、夕食は腕を振るいましたからしっかり食べてくださいね。イカ太郎、ほらご褒美だよ、もう帰っていいからね、ご苦労さん」

 そう言って、大井川さんが500kgはありそうなマグロを片手でひょいと放り投げると、テンタクルスは触手を伸ばして受けとり、悠々と沖へ去っていった。

 世の中にはまだまだすごい人がいるもんだ。

「なんだったの? あれは」

「まあ、実技訓練……ってことなのかな。まあよくよく考えてみりゃ、あれだけ巨大モンスターが暴れたのに、死人はおろか大怪我する人もいなかったわけだし、先生方が何も対応しなかったのは妙だよな。なんかいっぱい食わされた感じ」

「だね」

 ただ、その日の夕食は、いままでで一番いっぱい食べた。それは間違いない。


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