グリフォンとアルラウネ
「行け! ライトニング、ほら、行け! 行けって!」
あれから二週間、授業以外にも色々と自主錬しているけど、なかなか言うことを聞いてくれない。
こっちが必死で命令しても、すぐに僕の背中に戻ってきてしまうのだ。
「ユーは甘すぎるんだよ。もうちょっと厳しくすることも必要だよ。ちゃんと叱ってやらなきゃ」
「厳しくかぁ。結構やってるつもりなんだけど、苦手なんだよなぁ」
セラからはいつもダメ出しだ。なかなか道のりは険しいよ。
「もう。せめて『行け』と『戻れ』くらいはマスターしないと。クラス対抗戦はもう来週だよ」
「そっかぁ、もう来週なんだね。まあA組に勝てるとは思えないけど、あんまりクラスに迷惑かけるわけにもいかないし」
「何言ってんの、やるからには勝たなくちゃ」
「うーん、まあ、セラは勝てるんだろうけどさ……。とにかくがんばるよ」
来週にはこの二ヶ月の訓練成果を見るため、A組とB組でクラス対抗戦をすることになっている。といってもこの段階じゃまだ難しい競技はできないわけで、一緒に走ったり、ボールを取ってこさせたり、簡単なレースをするくらいだ。
とはいえ、全員参加だから1年生全員の見ている前で競技することになる。全く言うことを聞いてくれないんじゃ、いい笑いものだ。
「おお、ユー、調子はどうだ?」
「あ、フィル。まあ、なんていうか――全然ダメ」
「おいおい。そんなんじゃ、A組のベルモント姉妹に笑われちまうぞ」
「ベルモント姉妹って?」
「知らないのか。A組の事実上のリーダー格だな。キャンディーとウィップの双子の姉妹で、キャラは全然違うけど二人とも結構な美人だったぞ。さっきこっそり見に行ってきたんだけどな」
「なに? かわいいからって見に行ったってわけ~?」
「いや、偵察だって、偵察。あ、ああ、セラは今日もかわいいなあ」
「ふん、どうも!」
「ところで、フィルの方はどうなの? ペガサスにはもう乗れてるのかな?」
「ああ、ばっちりよ。オレとアジャックスの絆はフランスパンより硬いぜ」
「それ、硬いのかどうか微妙な例えだね」
「へへ、簡単には噛み切れねぇってことよ。じゃあな、がんばれよ」
「うん、ありがとう」
翌日の日曜。僕は寮の裏手で、ライトニングにボールを取ってこさせる訓練をしていた。
「ほら、こうだよ、こう」
自分で投げて、持ってきて、とやって見せてもいまいち反応がよくない。
「うーん、もっと食べ物とかでつったほうがいいのかなぁ」
ライトニングには、いつも自分と同じものを食べさせている。特に好き嫌いがあるでもなく、何でも食べる感じだ。宝石を食べるって話もあるけど、そんなの無理だし。
「あら、練習ですか? よろしければご一緒しませんか?」
おっとりとした女の子の声がして振り向くと、その通りおっとりとした女の子がいた。
腰まである金髪がクルクルとカールしていて、少し垂れた目に長いまつげが印象的だ。
見たことない子だから、きっとA組の子なんだろう。
「いいですよ――でも僕と一緒で練習になるかどうか……」
「ふふ、大丈夫ですよ。ほら来て、キャロット」
そう呼びかけると、ちょうどライトニングと同じくらいの大きさのアルラウネがチョコチョコと歩いてきた。
「へえ、珍しいね、アルラウネなんて」
「小さいときから一緒なんです。ほら、ごあいさつ」
アルラウネはスカートのような葉っぱをつまんで、上品にお辞儀をした。
「すごい、さまになってるよ。ねぇ、どうやって教えるの?」
「そうですねぇ、いつも遊んでたらいつのまにか覚えてたって感じで。あ、でもお菓子をあげたりもしますね。今日も持ってきてるんですけど」
そう言うと、腰のポーチから飴玉やチョコレート、ビスケットなんかを山のように取り出した。
「ほら、キャロット。ごほうび~。よしよし」
飴玉を渡すと、アルラウネは両手で受け取って足の方に持って行き、クルクルと舐めている。足から養分を吸収しているんだろう。
舐め終わると、にっこり微笑んだ。
「ふうん。ライトニングにもお菓子をあげてみようかな。何がいいんだろ」
「どうぞ、たくさんありますから。でも、ちゃんといいことをした時にあげないとだめですよ」
「そっか、まずはそこからだよね。でも、なかなか言うことを聞いてくれないんだ」
「最初はボールにお菓子の香りをつけてみてはどうですか?」
「なるほど、やってみるね」
僕は一番上にあったチョコレートの封を空け、それをボールに塗りつけた。
「ほら、ライトニング」
そしてそれをすぐ近くに転がすと、ライトニングは僕の背中から飛び降り、ボールをつんつんし始めた。
「いまです。褒めてあげてください」
「あっ、そっか。よしよし、じゃあご褒美」
僕がチョコレートのかけらを渡すと、ライトニングは飛びついてきて一気に平らげた。
「そう、そんな感じで少しずつ教えてあげてください」
「うん、がんばってみるよ。よし、もう一度」
何回かボールを投げ、ボールに触ったらご褒美をあげた。
「じゃあキャロットは応援しようか。ほら、フレー、フレー」
女の子が左手の拳を上げて応援を始めると、アルラウネが不思議な踊りを踊りだした。思わず笑ってしまうような、なんだか元気が出る気がする妙ちくりんな踊りだ。
「ははは。よし、もう一度だ。行け、ライトニング」
また何回も繰り返していると、ライトニングがボールを咥えた。
「よし、持って来い」
でもチョコレートを差し出すと、ほんのちょっと進んだところですぐにボールを落としてしまった。
「ああ~。でも大きな進歩だよ。よしよし」
「この調子なら、すぐに持ってきてくれるようになりますよ」
「おねえちゃーん、ちょっと聞きたいことあるんだけどーっ」
表の方から、元気そうな女の子の大きな声が聞こえてきた。
「あ、妹が呼んでるみたいです。ごめんなさい、わたしはこのへんで」
「うん、僕はもう少しがんばってみるよ。ありがとう、いろいろ教えてもらっちゃって。お菓子までもらっちゃったし」
「いえいえ、すごく楽しかったですから。また機会があったらご一緒しましょう」
「うん、またね」
昼食後、僕は再び寮の裏手に繰り出した。
今度はちゃんと自分でチョコレートを買ってきた。購買に一通りのものはそろっているからね。
午前中はボールを咥えさせるところまでだったけど、なんとか1度くらいは持ってこさせたいな。
そんな願望を胸に裏手に回ると、そこにはなんだか気の強そうな女の子がいた。
綺麗な金髪のショートヘアーで、左手には長い鞭を握っている。僕を見つけると、鋭い眼差しで睨み付けてきた。
「何? あんた」
「いや、ここで練習しようと思って」
「ふうん。まあいいけど。あたしの邪魔しないでよね」
「ああ、うん」
女の子の隣には、大きなグリフォンが静かに座っていた。座っている状態で高さが2mくらい、体長でいうと5mくらいだろうか。彼女と同じく、鋭い眼差しで僕の方を睨んでいる。
「じゃあ行くよ、スティック! 取ってきなさい!」
女の子はそう叫び、助走をつけてから真っ赤なボールを空高く放り投げた。ボールは二階建ての寮の屋根のあたりまで飛んでいる。
グリフォンは女の子がボールを投げた直後に大きく羽を広げて飛び立つと、ボールがまだ落下し始める前に咥え、あっという間に女の子の前に戻ってきた。
「よし」
女の子はグリフォンからボールを受け取り、軽く頭を撫でた。
大したもんだな。まあとにかく、僕は僕で頑張ってみるよ。ということで午前中にやったように、ボールにチョコレートを塗って咥えさせる練習を続けていた。
「違う! もっと高く!」
パシーン
突然激しい鞭の音が響き渡った。
女の子がグリフォンの尻をひっぱたいたのだ。
「はい、もう一度!」
グリフォンは高く飛び上がり、空中で一回転している。すごいもんだ、どうすればあそこまでできるんだろう。
「だめ! もっと高く!」
パシーン
「厳しいんだね。そんなに強く叩かなくても……」
「はあ!? こんなに大きいんだからこれくらいしなきゃ効かないでしょ」
「まあ、そうかもしれないけど」
「失敗したらきっちり怒らないと、モンスターにはわからないんだから」
「怒る――か、僕苦手なんだよね」
「ふうん、確かにそんな感じよね。ちょっと怒ってみなさいよ」
「え、いま?」
「そうよ、全然うまくいってないみたいだからさ。さっきから見てると」
確かにライトニングはボールに興味を示すものの、なかなか咥えて持ってくるところまではいっていない。
「じゃ、じゃあ。行け」
僕はボールにチョコレートを塗り、2mほど向こうにボールを投げた。
ライトニングはボールを追いかけたが、ボールの近くをうろうろするばかり。
「こら、咥えて持ってこい。こら」
「……え? 今のが怒ったの?」
「ああ、うん」
「あんたねぇ。まず一人で怒る練習した方がいいよ。完全になめられてるじゃない」
「うーん、やっぱりそうなのか」
「仕方がない。あたしが厳しく教えてあげるよ。カーバンクルは部屋に置いてきな。見られてちゃ、なんだからさ。スティック、今日はもう返っていいよ、ほら、これ」
女の子が餌をやると、グリフォンは森の方へ飛び立っていった。
僕は部屋にライトニングを置き、寮の裏に戻った。でも大丈夫だろうか? いや、いくらなんでも人は叩かないよな、多分……。
だが、叩かれた。
「だめ、もっと声を張って!」
ピシッ
足元だけど、結構痛い。まさか自分が調教される側に回るとは、入学前には思ってもいなかったよ。
「コラァ!」
「もっと厳しい表情で!」
「コラッ!」
「もっと激しく!」
「コラ!!」
「もっと全身で怒りを表現して!」
「コラァァアア!!!」
パシーン
こうして僕は夕食までしごかれ続けた。でもそのおかげで、ちょっとは怒れるようになったかも。
足のミミズ腫れが痛いけど……。
快晴の空の下、僕らは全員校庭に座って、競技が始まるのを待っていた。
今日はいよいよクラス対抗戦だ。グラウンドには巨大なディスプレイが設置され、様々な映像が映し出されている。まあ戦闘科からの借り物らしいけどね。
でもこうなってくると、僕としてもさすがにテンションが上がってしまう。
なにせあれからずっと練習して、ライトニングはだいたい3mくらいの距離まではボールを持ってきてくれるようになったからね。セラやフィルとも一緒に練習したけど、僕の怒りっぷりにちょっと驚いていたな。これもあの女の子のおかげだよ。
「ほら、見ろよ。あれがベルモント姉妹だぞ」
フィルの言う方を見ると、あの日に会った2人の女の子が並んで座っていた。そういえば、あの時は名前も聞いてなかったな。あの2人がそうだったんだ。
「髪の長い方が姉のキャンディーで、短い方が妹のウィップだよ。2人ともいいだろう。まあオレはどっちかっていうと姉の方が好みかな。あのおっとりした感じがなんかこう、たまらないんだよ」
「ああ、うん」
セラがじろりとこちらを睨んだ。
「ええ、ではこれからクラス対抗戦を始めます。みなさん今までの成果を存分に発揮して、パートナーとの絆を見せて欲しいと思います。ただし怪我の無いよう十分に注意すること。では、まずは小型モンスターによる競技から」
メイダン先生の挨拶が終わると、早速競技が開始された。僕もすぐに準備し、競技場に向かう。
競技はA組とB組の対戦形式で行われる。一人ずつ自由に訓練の成果を披露し、3人の先生が勝敗を判定するという内容だ。
まあ、はっきりいって僕の勝ちはないだろう。結構練習したけど、うまくいくかどうかも半々だし、うまくいったとしてもA組に敵うわけないよ。
どうやら対戦相手はあらかじめ先生の方で決めているみたいだ。どういう基準なのかはわからないが、どうせ適当だろう。
「では最初の対戦だな。A組キャンディー・ベルモント、B組早来勇」
いやいや、おいおい、おかしいだろう。こんなのどう考えても勝負になるわけがない、嫌がらせだ、確実に。僕をコテンパンに負けさせて、再起不能にしたいのだろうか。
「あら、お手柔らかに」
「ああ、うん、よろしく」
とりあえず、試合前の握手を交わした。小さな手に細い指、他の男子の視線が痛い。
「ではA組から演技を開始してください」
「はい。キャロット、森の木陰でティーパーティー」
キャンディーがそう言って両手を挙げた。
すると、そこから一大スペクタクルが始まってしまったのだ。
キャロットは急激に枝葉を伸ばし、グランド中を大森林に変えてしまった。ジャングルという感じではなく、きちんと手入れの行き届いた雑木林という感じだ。そしてその中で一人紅茶を嗜んでいるキャンディー。ちなみにだけど、審査員の先生方にも紅茶と果物が振舞われていた。
お茶も果物もキャロットが作り出したものだ。こりゃあ便利だな、キャロットがいれば一生食べるには困らないんじゃないだろうか、なんて呑気に考えてしまう。だって、勝てるわけがないからね。
「以上です。お粗末さまでした」
キャンディーが一礼すると、一気に大森林は小さなアルラウネに戻っていった。
「ありがとう、はいご褒美」
キャンディーはにっこりと微笑んで、キャロットに山のようなお菓子を渡した。その量はどこにそんなに持っていたのかと思うほどだ。キャロットは見る見るうちにそれらを根っこから平らげていく。
でも、やっぱりそんなうまい話はないか。これじゃ、ご褒美の方が断然大変だよ。
「すごい演技でしたね。ではB組どうぞ」
あの後でとは……、でも僕は動じない。だって勝とうと思っていないから気楽なもんだ、自分のできることをするだけだよ。
「ほら、ライトニング。取って来い!」
僕は思い切ってボールを投げた。どうせ失敗するなら近いとこでしょぼく失敗するより、遠くまで投げてしまった方がいいと思って。すると自分でも驚くほどの距離までボールは飛んでいった。練習でもやったことのないような距離だ。
ライトニングはまっしぐらにボールを追っかけていく。これはひょっとしてやってくれるのかも、そんな淡い期待を抱いたその時。
ライトニングは高く飛び上がり、眩い光に包まれたかと思うと、ボールめがけて猛スピードで突っ込んでいった。そしてあっという間にボールに追いつくと、急激にUターンして僕のすぐ前に強い衝撃とともに着地した。一瞬の出来事だった。
その大きな穴の開いた着地地点には、バラバラに破けたボールの破片を咥えたライトニングが立っていた。その姿は、あくまでも誇らしげだ。
ええと、こんなこと今まで一度もなかったんだけど……。普通にボールを咥えるか咥えないかくらいの感じだったのに。本番に強いタイプ? 対抗意識を燃やしてしまったのだろうか?
「とっ、とにかくよくやったな、えらいぞ」
僕がチョコレートを渡すと、ライトニングは勢いよく噛りついた。
「なかなかのものでしたね。では判定どうぞ」
「A組、A組、B組。A組の勝ちです」
メイダン先生だけB組に入れてくれた。なんかお情けっぽいけど、ちょっぴり嬉しい気持ちもあったりして。「驚いちゃいました。ここまでできるようになっていたなんて」
「あ……、いや……、たまたまっていうか」
再度キャンディーと握手を交わし、退場した。
「おい、すごいじゃないか。いつのまに練習したんだよ」
フィルがすごい勢いで聞いてきた。
「いや、なんかライトニングが勝手に頑張ってくれちゃったみたいで。目立ちたがりなのかもね」
「ほんとかよ、でもすごかったぞ」
「ボールは粉々でしたけどね、負けですし」
アニタが軽く嫌味を言ってきた。
「でも、確かにすごかったですわね」
「うん、頑張ってたもんね、ユー」
なんだかんだいって、予想以上の結果ではあったな。これからもっと頑張ろう、そう思った。
その後、フィルやアニタの演技があった。
フィルはアジャックスに乗り、時計台を回って戻ってきた。少しもたもたするところもあったけど、ずいぶん上達しているなと思った。負けたけど。
アニタはサンタモニカと障害物を乗り越えたりなど、結構いい感じだった。相手の人が失敗したこともあって、勝っていた。
そんな感じで競技は進んでいき、あとはセラとウィップを残すのみとなった。普通に考えて、これは作為的なものだろう。だってその方が盛り上がるもんね。
まあ勝敗の方はというと、巨大ディスプレイには綺麗に装飾された文字で、A組22勝:B組3勝とはっきり映し出されている。つまり、もうとっくに勝負は決しているわけ。
「では最後の対戦です。A組ウィップ・ベルモント、B組セランゴール・シャー・アラム」
いよいよ最終決戦だ。ククルとセラ、ウィップとスティックが登場すると、会場はかなりの盛り上がりを見せた。勝負はついていても、やっぱりでかいモンスターは迫力があるし、なんかテンションが上がる気がする。僕もかなりいい感じに興奮してきた。最後くらいは勝ちたいもんね。
「ちょっといいかしら?」
「なんですか? ミスベルモント」
「もう勝負が決まっている状況で、普通に演技してもつまらないじゃない。ここはレースをして勝ったクラスが勝ちっていうのはどう?」
「へえ、おもしろいじゃない。私は構わないけど」
「もちろん、普通のレースじゃないわ。ペアでモンスターに騎乗して、妨害なんでもOKっていうのはどうかしら? その方が盛り上がるでしょ」
先生方が協議して、そのルールでOKということになった。こういうところ、この学校は自由である。
「じゃあユー、ペアになってよ」
「えっ、僕!? あんまり役に立たないけど」
「いいから、ほら」
強引に手を引かれ、グラウンドに引っ張り出された。もう、こうなったらやるしかないか。
もちろん、ウィップはキャンディーをペアに選んだ。ウィップは鋭い目つきでこっちを睨みつけているけど、キャンディーはにこにこ微笑んでいる。なんとも対照的な姉妹だ。
「コースなんだけど、森を越えた所に聳え立ってる大樹ユグドラシルを回って戻ってくるっていうのでどうかしら?」
「オッケー、楽勝ね」
「ふふ、今のうちに言っておきなさい」
ウィップとセラはにらみ合いながらスタート位置についた。ちなみにキャンディーはニコニコ、僕はおろおろしている。ククルもスティックも、力を溜め込んでじっとスタートの時を待っているようだ。
「では、よーい――スタート!」
先生の手によってフラッグが振り下ろされ、スタートが切られた。双方絶好のスタートダッシュを決めたけど、やっぱりこちらの方がわずかに速い。ククルはドラゴンの中では小さいし、飛ぶのも遅い方だと思う、スティックはグリフォンの中でも大きいし、飛ぶのも速い方だと思う、それでもどうやら種族の差が勝っているようだ。
「へへーん、やっぱりこんなもんよね」
「油断しちゃダメだよ。攻撃自由なんだし」
「大丈夫だって、何してきたってククルがみんな避けてくれるよ」
「ああっ、さっそく来たぁ」
スティックの口から、小さな火の玉が飛んできた。二発――三発――どんどんくる。でもククルはあっさりとかわして見せた。
「ほら、言ったとおりでしょ」
「うん。あああ、またぁ」
今度はキャロットが大量の種を飛ばしてきた。今度はククルも避けきれない。
「あたたた、あたたた」
「いてて、何よ、もう」
痛いけど飛行には影響ないみたいだ、痛いけど。
「ちょっとユー、なんか仕返ししてやってよ」
「えーっ、僕が?」
「だってこっちは後ろ向きだもん。攻撃できないよ。」
「うーん、わかったよ。ライトニング、行け! ほら、行け! 行けって」
でもライトニングは何もする気がないようだ。澄ました顔で遠くを眺めている。
そうこうしているうちに、折り返し地点の大樹ユグドラシルが見えてきた。森を抜けた丘に一本だけ堂々と聳え立っている。10mはある太い幹に多くの枝葉を携えていて、その高さは今僕らが飛んでいるよりずっと高い。雲の上まで突き抜けるほどだ。さすが伝説の大樹と呼ばれるだけのことはある。
「よーし、このままさっさとゴールしちゃうよ」
僕らが大樹をまわって、戻って来たところで、ちょうどベルモント姉妹が近づいてきていた。
「今だよ、おねえちゃん!」
「ほら、キャロット! 世界樹に抱かれてグッドナイト」
キャロットがこっちに飛びかかってきたかと思うと、瞬く間に無数のツルが伸び、僕らはユグドラシルの枝葉の中に囚われてしまった。
「ちょっと、ずるいよー」
「ずるくないよ、最初から狙ってたんだから。まぁ、おねえちゃんが、だけどね」
「ウィップ、それは言わないでって」
「あ、ああ、ごめん、おねえちゃん」
「へへ、じゃあ、お先に~」
漆黒のグリフォンは、あっという間に大樹を周り、飛び去って行った。小さなアルラウネも、つたを伸ばしてぶら下がっている。
「ククル、早く脱出して! 負けちゃうよー」
ククルは必死にもがいているけど、つたがからまってなかなか抜け出せない。ククルだけじゃなく、僕もセラも完全に大樹に絡めとられていて、ほとんど身動きが取れない状態だ。ただライトニングだけは、つたが絡まっていない。小さいからするっと抜け出せたみたいだ。
「ライトニング、なんとかしてよ。頼むよ。ラッ、ライトニングーっ、ちょっと、ライトニングってばーっ!」 しかし、ライトニングは複雑に絡み合ったつたの彼方へと去っていった。
「もう、全然言うこと聞いてもらえないじゃない。なにやってんのよ、まったく」
「ごめん、ごめんね。僕もがんばってるんだけど」
「もういいよ、それより私のポケットの中のもの出してくれない? ちょうどユーの手のところでしょ」
「ああ、うん。わかった、取ってみるよ。よっ、もうちょっと、とっと、と、バランスが」
「ちょっ、ちょっとどこ触ってんの、くすぐったいよ。もうちょっと下でしょ」
「そう言われても、動くと揺れてなかなか――よし、取れたっ!」
セラのポケットに入っていたのは、なんか爬虫類の尻尾みたいなものだった。
「何これ? これをどうするの?」
「ヒュドラの尻尾だよ、乾燥させたもの。じゃあ、それをククルに食べさせて。よく狙ってね、一つしかないから」
「あ、ああ、わかった」
ククルの口は、僕のところから3mくらい離れている。あんまり自信ないけど時間もない。とにかく、やってやるーっ、という気持ちで思い切って投げた。
「ああっ、ちょっと外したかもっ」
でもククルは思い切り体を伸ばして、なんとか食いついてくれた。ほんとぎりぎりだ。
「よし」
そしてククルは尻尾をペロリと平らげると、思い切り体を仰け反らせ、激しく体を動かした。その拍子にククルに絡み付いていたつたが切れ、ククルは再び大空へ飛び立つことができた。
ククルはすぐに僕らに絡んだつたを食いちぎると、全速力で学校へと向かい始めた。
ふと横を見ると、いつの間にかライトニングも乗っている。ちゃっかりしたものだ。何か葉っぱを咥えて、ちょこんと澄まして座っている。
それにしてもククルはすごい、行きの時よりさらにすごいスピードだ。これっていったい。
「ヒュドラの尻尾は、ドラゴンにとって一番のパワーの源だからね。こんなこともあるかと思って一応持ってきてよかったよ」
「へえ、すごいパワーだねぇ。僕もあとで食べてみようかな」
「いや、人間が食べたらおなか壊すよ……」
「そっか……」
ベルモント姉妹はかなり前の方だ。でもすごい勢いでグングン迫っている。この調子ならギリギリ追いつけるかも。
「おねえちゃん、もう来ちゃったよ。追いつかれそう。スティック! もっとスピード出せないの!」
パシーン
大きな鞭の音が響いた。
スティックも必死で羽を羽ばたかせているけど、スピードはあまり変わらない。
「キャロット、もう一仕事お願いね」
そう言ってキャンディーが何かを食べさせると、再び大量の種が飛んできた。
今度は、大きく上昇してかわす。下からなら種の威力も減少するから、大してダメージはない。賢いっ。
ただその分ゴールからは遠くなってしまった。もうあまり距離がない、追いつけるのか、追いついてくれ、頼むっ!
グラウンドの中央に即席で作られたゴールラインが見えてきた。この距離からでも、かなり盛り上がっているのがわかる。勝ちたい、勝ちたいよ。
「ククルっ、もうちょっとだよ! ほら、ゴールが見えてきたよ。がんばって!」
「ああっ、でもちょっと厳しいかも、ああ、ああああ」
そのとき、ライトニングがククルの頭の上に飛び乗り、激しく輝きを放ち始めた。
「ちょっ、前が、見えないっ」
僕らは激しい拍手と歓声の中、グラウンドに倒れこんでいた。
「どっち? どっちが勝った?」
「わかんない、ほとんど同時だったような。でも、勝ってるよ、きっと」
「こっちの勝ちに決まってるでしょ。ねぇ、おねえちゃん」
「そ、そう、ね」
勝敗はどうだったのか、結果は動画判定に委ねられた。こんなこともあろうかと、ゴール前にカメラが設置されていたのだ。かなり高精度のものらしい。すごい学校だ。
巨大ディスプレイにゴールの瞬間が映し出された。
スティックに乗ったベルモント姉妹が徐々にゴールに近づいていく。そしてもうすぐゴールラインに到達する、というところで急激に画面が明るくなってきた。その直後、かなり見えずらいけど、かすかにドラゴンの姿がグリフォンを追い越し、ゴールラインを通過しているように見えた。いや、確かに追い越している、間違いない。
「B組の勝ちです」
アナウンスが流され、B組は歓喜に包まれた。それはもう最高の盛り上がりだ。僕もセラと抱き合って喜んだ。いや思わず、体が勝手にって感じで。セラはちっちゃくて、ちょっとプニプニしていて、そして汗びっしょりだった。あ、それは僕もか。
A組の方に目をやると、水を打ったように静まり返っている。
キャンディーがうつむいたまま体育座りしていて、ウィップが必死に謝っている声だけが聞こえてきていた。
「これにて対抗戦を終了します。両クラスともグラウンドに整列してください」
こうして対抗戦は終わった。いま思い返すと、ライトニングが光りだしたとき、ちょっとスピードが上がったような感じがした気がする。無我夢中でよく覚えていないけど、なんとなく、グッと加速するような感覚があったんだ。一瞬のことではっきりわからないけど。
「今日はいいレースでしたね」
キャンディーが握手を求めてきた。ほんわかとした笑顔。でもなんとなく、なんとなくだけど悔しい気持ちが出ているような、ちょっと怖いような、そんな感じがしないでもない。気のせい?
「うん、これからもよろしく」
「今度は負けないから、覚悟しときなさい」
「へへん。また返り討ちだけどね」
セラと僕、キャンディーとウィップそれぞれ握手を交わし、別れた。なんだかんだいっても2人には感謝してるよ。ある意味勝ったのは2人のおかげって気もするしね。うん、そうだよ。
「ありがとーっ」
きっとこれからも、色々と世話になる。そんな気がする。