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オペレーションレッドノーズ【クリスマス作品】

作者: 鋏屋

 201X. December. 24

 23:46

 東京湾上空 高度26,000フィート


 コクピットの正面のガラス越しに見える星空を眺めながら、S少佐はふぅっと小さく息を吐き、そのままコクピット内をぐるりと見渡した。

 正面の席に座っている2人の操縦士は、先程からデジタル計器とナビゲーションモニターを交互に見ながら操縦桿を握っている。

 そしてSの右手にはオペレータの女性がヘッドレストを耳に当て、通信機を操作していた。

「現在東京湾上空、高度26,000フィート。間も無く目標上空に到達します。前方に依然として低気圧が停滞中」

 副操縦士が気象レーダーを確認し報告する。

「下は雪か……何年ぶりかな、雪になるのは」

 Sはそう呟いて再び正面の強化ガラスに浮かぶ、月に照らされた雲海を眺めた。


☆ ☆ ☆ ☆


「なあルーキー、ライターで遊ぶもんじゃない。ツキが落ちるぞ?」

 俺は正面に座る、いかにもルーキーといった若い男にそう声を掛けた。広い貨物室には俺とその男、そしてサポートマンの3人しかおらず、その男はさっきからZippoライターを指先で回しながら蓋を開閉していた。落ち着かない様子だったのと、少々鬱陶しかったので声をかけたのだ。

 それから俺は胸のパウチから葉巻を二本取り出し、一本はナイフで口元を切り自分で咥え、そしてもう一本をその男に差し出した。

「キューバ産だ。吸うか?」

 するとその男は「どうも……」と言いつつ葉巻を受け取った。それからその男のライターで俺たちはお互いの葉巻に火を灯した。

「レッドノーズは初めてか?」

 微かに酸味を含んだ煙を吐きながら、俺はその男にそう聞いた。男は「ええ」と頷いた。

「どこから来た?」

 別に生まれを聞いんじゃない。この男の故郷などに何の興味もありはしない。だが流石にその男もそれはわかっていたようだ。

「第160空連です。先月までイラクにいました」

「160……ほう、ナイトストーカーズか」

 俺は素直に感心した。確かにレッドノーズはルーキーかも知れないが、若いながらも優秀なようだ。

 アメリカ陸軍所属特殊作戦コマンド、第160特殊作戦航空連隊。通称ナイトストーカーズ。

 同じ陸軍のソーコムに所属するデルタやグリーンベレーはもちろん、シールズや俺の居たリーコンといった、任務の性質上ソーコムに属さない海兵隊とも共同作戦を展開し、輸送や回収、支援攻撃などの航空支援の全てを引受けてくれる部隊だ。現に俺もアフガニスタンの作戦で一緒になったことがある。

「ルーキーなんて言って悪かったな。俺たち現場の兵士はみんなあんたらには感謝してる。俺もアフガンで命を助けられたよ。回収ポイントで、翼のあるケンタウルスのマークの入ったUH-60を見た時は神に感謝したもんさ……」

 俺はそう言って右手を差し出した。

「マフィー・ブルックス中尉だ」

 すると男は俺の腕をグッと握り返した。

「ラルク・ボーエン軍曹です。アフガン…… 失礼ですが、どちらから?」

「俺はリーコンだ。部隊名は…… 悪いが察してくれ」

 俺の所属であるリーコンは、極秘部隊というその性質上、例え友軍でも、相手が軍令部付きの左官クラスでもない限り官性名を名乗る事が禁じられている。

「リーコン!? リーコン隊員までレッドノーズに……っ!」

 そこでラルクはハッとして、慌てて敬礼した。

「も、申し訳ありません、中尉!」

 俺は紫煙を吐きつつ葉巻を挟んだ右手を振って左眉をクイっと上げて見せた。往年のロバートレッドフォードの渋い苦笑いのつもりなのだが、どういう訳か同じ部隊の仲間からはウケが悪い。髭剃り前の鏡の中では、よく似ている男が苦笑しているハズなんだが……

「よしてくれ、俺たちリーコンは無いはずの部隊だ。居ない人間に敬礼など必要ない」

 するとラルクはフッと微かに笑いながら「了解です、中尉」と言って煙を吐いた。

「しかし…… 噂には聞いていましたが、中尉といい、本当だったんですね。各方面の選りすぐりのみで行われるミッションって言うのは」

 ラルクは感心したように頷いてそう言った。栗色の短く刈られたもみあげを撫でるように煙が這い上がる様を目で追いながら、俺も頷いていた。

「俺も初めてオペレーションレッドノーズを知ったときは心底驚いたさ。そして同時にがっかりもした。俺はガキの頃から信じてたクチでな…… でも今はこの作戦に参加できる事を誇りに思っている」

 俺がそう言うとラルクも「ええ、私もですよ中尉」と呟いた。

「俺たちだけじゃないぜ? オペレーションレッドノーズは今この時間に、世界中で同時に行われている。我が国の軍だけでなく、各国の特殊部隊の中でも特に腕利きが選抜されてこのミッションに参加している。とてつもなく巨大なワンナイトメイク・スペシャルチームってとこだな」

 俺は煙を吐きながらラルクを見つめた。ラルクは真剣なまなざしでそんな俺を見ていた。ゆっくりと上下する喉仏からゴクリと生唾を飲む音が聞こえてきそうな、そんな様子だった。

「もっとも、武器を持たない完全なスニーキングミッションで、おまけに行動時間も少ないとなると、そうならざるを得ないだろうがな」

「なんだか、自分は自信が無くなってきましたよ……」

「なに、それほど難しいことじゃない。空から降下して目標の建物に侵入し、『XM-P』を所定の場所に置いて速やかに次の目標へ向かう、それだけの任務だ。ただ絶対に守らねばならない事は『何にも察知されず、誰にも見られてはならない』って事と『失敗は許されない』って2つだけさ。まあもっとも、それが一番難しい事なんだがな」

 俺がラルクにそう答えた時、貨物室にサイレンが鳴り響いた。


『ルドルフリーダーより各員へ。目標上空到達まであと5分、降下員は速やかに降下準備に入れ。繰り返す、降下員は速やかに降下準備に入れ』


「さて、仕事だ」

 俺はそう言って葉巻を床に捨て踏みつぶし、降下スーツのサーモスイッチを切り替えた。するとゆっくりと服が膨らみ表面が赤みを帯びてくる。このスーツは降下時の摩擦凍傷を防ぐための保温機構であるサーモを入れると服が膨らみ、表面の色が赤くなるのだ。と同時にこの状態はレーダーや赤外線等のデジタル感知に反応しないステルス機能も備えている。

「しかし、この色で降下なんて…… 隠密任務なのにどうにかならないモンなんですかね?」

 俺と同じようにスーツのスイッチを押したラルクが、赤く変色した自分の体を見てそうぼやいた。俺も毎回そう思うが、こればっかりはどうしょうもない事だった。

「赤はレッドノーズのトレードカラーだからな。それに文句なら始めたヤツに言うしかないさ」

 俺はそう言い、サポートマンから降下用ヘルメットを受け取った。


『カーゴ内減圧完了。降下順はダッシャー1【ワン】が先発。ダッシャー1降下後3分後にプランサー2【ツー】。ダッシャー1はヘルメット及びXMPを装備後、速やかに後部ハッチへ』


 スピーカーから流れる声と共に室内の天井から吊されたデジタルマーカーが減圧完了を示すサインを点灯させる。俺はラルクに軽く手を挙げ、受け取ったヘルメットを被り酸素ホースを胸のタンクに装着した。因みに『ダッシャー1』とは、このオペレーションレッドノーズにおける俺のコードネームだ。

《ルドルフリーダーからダッシャー1へ、インカムチェック》

 無線特有の音声が鼓膜を打つ。俺は首回りの装着具合を確かめながら応答した。

「ダッシャー1、感度良好。いつでも行けるぜ、少佐」

《ルドルフリーダだダッシャー1。目標上空に低気圧が停滞している。今夜下は雪のようだよ?》

 俺はその言葉に口笛で応えた。

「そりゃ良い。今夜のシチュエーションとしちゃ申し分ないな」

《フフッ、その通りだなダッシャー1。でもここから見る月も悪くないぞ》

「いやぁ、今夜は月より雪だよ少佐」

《違いない…… 後部ハッチオープン。ダッシャー1、降下準備だ。それとな、私はルドルフリーダーだ》

 その言葉に俺は苦笑した。

「了解。雪で道に迷わないよう、そのレッドノーズ【赤鼻】でエスコートを頼む」

《了解だ。任務の成功を祈る》

 通信が終わると同時に、ガコンっという重苦しい音と共にゆっくりとハッチが開いていく。外には月明かりに照らされた雲海が見えた。俺は傍らに置かれたXMPの詰まった白い袋を持ち上げ、体にベルトで固定すると、ゆっくりとハッチの縁まで移動した。

《中尉っ!》

 と突然インカム越しにラルクが叫んだ。俺が振り向くとラルクも俺と同じように赤いスーツを膨らませてヘルメットを被っていた。

《一つだけ…… 中尉は何故何度もこの作戦に参加しているんです?》

 そんなラルクの質問に俺は口元を緩める。

 馬鹿なヤツだ、そんなの決まっているだろう?

「明日、とびきりの笑顔を見るためさ」

 俺がそう答えるとラルクは大きく頷いて親指を立てる。

《グッドラック、中尉!》

 サポートマンが指を折りカウントダウンを告げるなか、俺はハッチを背中にラルクを見る。

 馬鹿野郎…… わかってないな……

《違うよ軍曹、ここはそうじゃない……》

 俺がそう言うとラルクは首を傾げた。俺は背中に預けた大きな白い袋を叩いて言った。


「メリークリスマス!」


 俺はそのまま後ろに倒れる様にして、高度26,000フィートの空に身を預けた。


 

 大昔、一人の男が始めた聖夜の贈り物。

 今ではその男の意思を引き継いだ熱い男達が世界中の空を飛ぶ。

 今夜もまた、オペレーションレッドノーズは誰にも知られずに行われている……



 おしまい





初めましての人は初めまして。お馴染みの人は毎度どうもw

鋏屋でございます。

何となく毎年恒例になりつつあるクリスマスにちなんだ作品です。何とか今夜に間に合ったw 良かった-www

現代版サンタクロースと言ったところでしょうかw 

普段殺伐とした戦場にいる兵士が大まじめにサンタクロースを演じるお話を書いてみたかったのでこうなりました。兵士が本職とは正反対ですが、このことに誇りを持ってやってたら良いなぁなんてw

因みにオペレーションレッドノーズに参加する兵士のコードネームは『赤鼻のトナカイルドルフ』の物語に出てくる9頭のトナカイ(正確には8頭か?)の名前です。『XMP』はなんか爆弾みたいですけどクリスマスプレゼントですw

またぞろショーもないお話ですが、だれか一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいなぁ

鋏屋でした。

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[一言] 遅いランチ中にこんにちは! そっかぁ、サンタクロースはそりに乗ってやって来るのではなく、空から降って来るんですね~納得! 残念ながら今年、お家にはサンタさんがやって来なかったです(哀)来年に…
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