まさか、私も・・・
給食のあとは童話の時間で、それが終われば今日の幼稚園はおしまいだった。
コーヒー牛乳を飲んでから、急におしっこがしたくなった沙織は、トイレに行った。そして服を下ろそうとしたとき、急に青くなった。
《服が・・・、脱げない・・・》
スモックの園服の下に、今日は上下つなぎのロンパースを穿いてしまっていたのだった。なので、そのままではパンツを下ろせなかった。
落ち着いていったん園服を脱いでからトイレに行けば、ロンパースを下ろしておしっこできるのに、この頃の沙織はそこまで頭が回らなかった。
《どうしよう・・・どうしよう・・・》
沙織はパニックになり、おしっこをしないままトイレから出てきてしまった。昼休みも終わりに近づき、たくさんの女の子たちが入れ替わり立ち替わりトイレに入ってきて賑やかだった。誰も沙織のことは気にかけていなかった。
沙織はそのまま席についてしまった。そして途方に暮れるうちに、童話の時間がはじまり、先生の朗読がはじまった。
《もしかしたら、だめ・・・かも・・・》
尿意の高まるスピードは速く、我慢の限界にどんどん近づいていった。童話の時間の終わりまで我慢できなかったら・・・、我慢できてトイレに駆け込んだとしても、パンツが下げられないから・・・そんな思いが沙織を追い詰めていった。
《このまま、私も・・・漏らしちゃうのかな・・・?》
さっきまで普通にしていたはずの自分が、まさかおもらしすることになるなんて・・・、沙織は自分の身に起きた不運を嘆いた。ふと、さっき麻衣がおもらししたときの様子が頭に浮かんだ。麻衣だって、前の時間まで自分がおもらしするなんて思ってなかったはずだった。今の私は麻衣と同じ・・・、沙織は悟った。
《条件さえ重なれば誰でもおもらししちゃう・・・、だからいつか自分も漏らしちゃう日が来る・・・、そして、それが今日やってきたんだ》
斜め後ろの席に座っていた麻衣が、沙織に声をかけてきた。
「沙織、どうしたの? 」
「え・・・?」
「なんだか様子が変だけど・・・」
「なんでもないの・・・」
「沙織、おしっこしたいんでしょ?」
「え・・・ううん、ちょっとだけ。でも、我慢できるし」
「うそ、沙織がそんなにそわそわしてるの見たことないもん」
「そんなこと・・・」
「ロンパース穿いてたから、さっきトイレでおしっこできなかったんでしょ?」
沙織は麻衣に見透かされてドキッとした。
「ほら、当たった」
「麻衣ったら・・・」
「おしっこ、もう漏れちゃうんでしょ?」
「麻衣、声が大きいわよ」
「だったら沙織も、このまま漏らしちゃいなよ」
「なに言ってるの?」
「だって我慢できないんなら・・・」
「そんな恥ずかしいことできるわけないじゃない? 漏らすなんて絶対にイヤ! 私、麻衣みたいにはしたない子じゃないんだから、麻衣みたいにみんなの前でおしっこ漏らすなんて、最低!」
ひどいことを言ってしまった。
「・・・知らない」
麻衣が泣きべそをかきながら言った。沙織も涙が出てきた。麻衣にいくら怒っても、自分の切迫した状況が解決するわけではなかった。