おしっこ漏らしたくせに・・・
「怒ってる?」
「別に・・・、怒ってなんかないわ」
図書館へ続く渡り廊下で、沙織は視線を外に逸らしながら言った。キャンパスを取り囲む広大な森の緑が、目に眩しく飛びこんだ。
さっき、授業が終わったあとのカフェテリアだった。アイスコーヒーをトレイに載せて歩いていく沙織の視線の先で、麻衣が涼の隣に座って親しげに話しこんでいた。
「お待たせっ!」
沙織がわざと大きな声でそう言うと、麻衣は沙織を一瞥して、そそくさと席を立ち上がった。
「じゃあ・・・私はこれで」
「なんで? まだいればいいのに」
「ううん、いいの。私、じつは・・・すごくおしっこしたいんだ。沙織、これも飲んでいいから」
まだたくさん飲み残したままのアイスコーヒーを沙織に渡すと、麻衣は去っていった。
「涼くん、私、陸上の部室寄って図書館行くから、あとで本を探すの手伝ってね。あ、沙織、ごめん、涼のことちょっと借りるね」
「僕もあとで行くから」
沙織は麻衣の座っていた椅子に腰掛けると、涼に話しかけることもなく、無造作に携帯をいじりながら黙って2つのアイスコーヒーを飲んだ。
涼も麻衣も、沙織にとっては幼なじみだった。学区は皆違っていたが、昔同じミッション系の幼稚園に通っていた3人だった。当時仲良しだったので、大学に入って再会したときはうれしかった。
やがて沙織は、涼から交際を申し込まれた。でも、一度ドライブに行ってキスをして以来、その先に進めなかった。デートには誘ってくれるものの、どことなく涼が何かをためらい、沙織を避けているような気がした。沙織はその理由が分からず、もどかしかった。
《それなのに、麻衣と話すときのあの親しげな態度は何?》
沙織は不満だった。3人の中で自分だけが距離を置かれている気がした。でも、それが自分のせいだとは思わなかった。
《ドジでそんなに可愛くもない麻衣が、どうして涼とあんなに親しいの?》
「じゃあ、麻衣のことちょっと手伝ってくる。僕もなんだか、おしっこしたい・・・」
そう言って涼が書架の中に消えていった。
沙織は緑が降り注ぐ窓際の席にひとりで座ると、疲れたように机に突っ伏した。
涼が、素直で物分かりが良すぎるのも物足りなかった。
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私のことどう思っているの・・・
麻衣とはあんなに親しいくせに・・・
いつもおっちょこちょいで失敗ばかりしている麻衣・・・
だいたいさっき別れるときだって・・・
おしっこしたいなんて・・・
いったい、いくつになったと思ってるの・・・?
あのときだって、私の目の前で・・・
おしっこ漏らしたくせに・・・
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沙織は突っ伏したまま、しだいに夢の中に微睡んでいった。