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第8話

 目の前に広がる自室の天井。

 カチカチと言う音が耳に入ってくる。

 視線を左に移すと、左手が枕元の目覚まし時計の上に置かれていた。

 時計は朝7時半を指している。

 ベッドに横たわっていたオレは、ゆっくりと体を起こした。

 汗でびっしょりに濡れた寝間着が、肌にへばりついてくる。

 目を閉じると、瞼の裏に先ほどまで目の前にいたはずのアスナの幸せそうな顔が焼き付いていた。

 脳内では、アスナの声がこだまし続けている。

 オレはふらふらしながらも立ち上がった。

 が、強烈なめまいに襲われてそのまま床にズルズルと突っ伏してしまう。

 この感覚をもう何度経験しただろうか。

 そのたびについさっきまでの現実が夢に……

「――夢!?」

 オレはハッとして顔を上げた。

 アスナはどうなったのだろうか。

 先程までぼんやりとしていた脳内が覚醒を始める。

 オレは汗まみれの寝間着のまま、部屋を飛び出した。


 すごい勢いで家を出たオレは、ダッシュでアスナの家に向かった。

 寝間着とスリッパで飛び出したので、すれ違う人に変な目で見られたが、そんなのは構っていられない。

 一刻も早く、確認したいことがあった。

「アスナ!」

 アスナの家の前に到着したオレは周りの目も気にせず叫び、呼び鈴を連打した。

 一旦呼び鈴を鳴らすのを止め、しばらく待ってみる。

 しかし、玄関からは誰も現れなかった。

 もう1度呼び鈴に手を伸ばす。

「何、こんな朝っぱらから」

 オレが呼び鈴を鳴らすよりも早く、家の中から制服姿のアスナが姿を現した。

「しかも何その格好、寝間着?」

 そう言うと、彼女は軽く笑った。

 割と元気そうなので安堵し、肩の力を抜いた。

「よかった、その様子じゃ昨日はよく寝れたみたいだな」

 アスナが門から出て、オレの目の前に立つ。

 彼女が近づいたことにより、オレの目にはさっきまで見えないものが見えていた。

「まあ、あれだけ泣いたら疲れてぐっすり寝ちゃうよ」

 アスナは自虐的に言い放った。

 その顔には笑顔が浮かんでいる。

 この距離まで来れば、それが無理をしている表情なのはすぐにわかった。

 歯を軽く食いしばり、目は赤く腫れ、どこか遠くを見つめている。

 オレは”現実”を理解し、言葉が出なかった。

「てか、リョウも早く着替えてきなよ。学校行こ」

 オレは拳を固く握り締めながら、アスナに背を向けた。

「……ごめん」

 オレは小さな声でそう言い残すと、自宅に向かって一直線に走り去った。


 それからどれくらい経っただろうか。

 外はすっかり暗くなっていた。

 オレはベッドの上に体を預けたまま、天井を見つめていた。

 ふと、オレは携帯を手にとった。

 アドレス帳からヒロキの名前を探し、電話をかける。

『もしもし、リョウ?』

「ああ」

 コール音が鳴ったと同時に、スピーカー越しにヒロキの声が聞こえてきた。

『風邪でも引いたの? 今日学校来なかったけど』

「今どこにいる?」

『どこって……家だけど?』

 オレは体を起こし、そのまま壁にもたれかかって座る。

「今日のゲー研の様子はどうだった?」

『ゲー研? ああ、一応部として存続できるようになったよ!』

「そうじゃなくて、部員の方は?」

『相変わらず幽霊だけど……まあ来年新入生が来てくれれば――』

「アスナとミキは?」

 オレはイライラしてヒロキの言葉を途中で遮る。

『2人なら今日は部活には来なかったよ』

 ちらっと窓から外をうかがう。

 雲が広がっていて星はひとつも見えなかった。

『篠田さんも野田さんも声かけたんだけどさっさと帰っちゃって――』

「そうか、ありがとう」

 そう言ってオレは一方的に電話を切った。

 そしてオレは確信した。

 やはり、関係が進展する前に戻っている。

 オレは机の方に向かい、1冊のノートを引っ張りだした。

 そして何も書かれていない1ページを乱暴にちぎり取り、鉛筆を手にとった。

 白紙の紙にアスナとヒロキとミキ、そしてオレの名前を順に四角形の頂点になるように書いていく。

 そして、それぞれを曲線で結ぶ。

 さらにその曲線の先に矢尻を書き足す。

 アスナからヒロキ、ヒロキからミキ、ミキからオレ、そしてオレからアスナ。

 そうなるように矢印を完成させる。

 そこに浮かび上がるのは一定方向に回る円。

 止まることなく回り続ける、サークル。

 恋愛感情で形作られたそれは、ラブ・サークルとでも言えばいいのだろうか。

 そんなことを考えた自分が気持ち悪くなりオレはその紙をぐしゃぐしゃに握り潰し、ゴミ箱に投げ捨てた。

「馬鹿か、オレは……」

 大きくため息をつく。

 余計虚しくなってオレは再びベッドに身を投げた。

 だが、今度は仰向けではなくうつぶせに寝っ転がった。

 枕に顔を埋める。

「オレに回し続けろって言うのか、みんなの気持ちを犠牲にして……!」

 オレの握り潰したような叫びは、虚空に消えていった。


 窓の外が明るくなってきたことに気付き、オレは目を開ける。

 朝だった。

 眩しい陽光が部屋の中を照らしていた。

 オレは体を起こし、シャワーを浴びるためにシャワールームに向かった。

 

 シャワーを浴びてからリビングに入ると、テーブルの上にはいつものように朝飯が置いてあった。

 が、今日はいつもと違って置き手紙が置いてあった。

『昨日リョウが夕飯食べなかったので残りです。食べて行ってください。母』

 皿の上には、チキングリルやら唐揚げやら、鶏肉料理が所狭しと盛りつけられていた。

「朝からこんなに食えるかよ……」

 オレはそうつぶやいたが、昨日から何も食べてないことに気付き、電子レンジにその皿ごと放り込んだ。

 時計を見ると、8時をとうに過ぎていた。


 朝食を食べ終わったオレは、制服を着たまま布団に寝転んだ。

 今日も学校に行くのはダルい。

 このままサボってしまおう。

 そう思って、目を閉じた時だった。

 家の中に呼び鈴の音が響く。

「何だよ、めんどくせーな」

 オレは無視することに決めた。

 再び目を閉じる。

 すると、何回も何回も呼び鈴が連打される。

「ったく、うるさいな……」

 オレは無理やり体を起こして玄関へ向かった。

「文句を言ってやる」

 そう意気込んで、オレは玄関のドアを勢いよく開けた。

「うるさいぞ」

 外から大量の光が玄関に差し込んでくる。

 オレは一瞬目が眩み、ドアの向こうに立っていた人が誰だかわからなかった。

「よかった、一応起きてはいたんだ」

 続いて聞こえてくる女の子の声。

 聞き慣れたその声は。

「アスナ……」

 目が明るさに慣れ、ようやく前に立っている人の顔が見えるようになり、訪ねてきたのがアスナだと気付いた。

 オレはきょとんとして声をかけた。

「お前、学校は?」

「そのセリフそっくりそのまま返すわ」

 そう言ってアスナはニヤリと笑った。

 オレもそれを見て自然と笑みがこぼれてしまった。

「あ、やっと笑った」

「え?」

「文化祭の後からリョウ、1回も笑わなかったんだもん」

 オレはそれを聞いてうつむいて1歩引いた。

「アスナは、学校行けよ」

 オレはそう言って、ドアを閉めようとする。

 アスナはオレの手を掴んでそれを阻止した。

「もう9時だよ?」

 そう言ってアスナは、強引にオレを家から引っ張り出した。

 オレはされるがままに家から出た。

 そして、そのまま道路まで引っ張られる。

「完全に遅刻だな」

 オレは軽く笑った。

「いつものリョウなら少なくともHRの15分前には着いてるのにね」

「いつもぎりぎり間に合うアスナも、もう遅刻だな」

「リョウと一緒に遅刻なら、いいよ」

 そう言うと、アスナは笑顔をオレに向け、背中を押しながらオレに歩くように促した。

 その背中に当てられた手から温もりが伝わってくる。

 幸せを奪われた惨めな手が、奪った張本人の背を押している。

「……もうやめてくれ」

 オレの口から言葉がこぼれ落ちた。

「止めないよ、リョウが学校に行くまではね」

「オレと関わらないほうがいい」

 オレは、立ち止まって背を押す力に抵抗した。

「何言ってるの、もしかして中二病に目覚めちゃった?」

「オレと関わると、幸せになれない」

 目尻が熱くなってきた。

 目を固く閉じて必死に堪える。

「何か悩んでるんでしょ」

 目を薄く開くと、アスナがオレの顔を覗き込んでいるのが見えた。

 ぽたり、と涙がアスファルトにシミを作った。

「いいんだよ、話して」

 アスナが優しくオレの頭を撫でてくれる。

 俺は堪えきれなくなって、口を開いた。

「オレは、みんなの気持ちを――」


 全てを話し終わった後、オレの部屋には沈黙が流れた。

 ベッドに腰掛けているアスナも言葉が出せずにいた。

 この重苦しい空気に耐え切れなくなったオレは、部屋を出て飲み物を取りに行こうとする。

「――そんなの」

 立ち去ろうとするオレを引きとめようとするかのように、アスナが口を開いた。

「そんなの信じられないよ……」

 アスナは少しうつむいて泣きそうな顔になっていた。

 オレは彼女に背を向けたまま言う。

「そりゃ、信じてもらおうなんて思ってない」

「でもね……」

 そう言うと、アスナは顔を上げた。

 オレは思わず振り返る。

 彼女はこちらをまっすぐに見つめていた。

 泣きそうな目で、じっと見ていた。

「でも、リョウはこんな深刻な嘘、つけないの知ってるから。人に打ち明けるときは真面目にありのままを打ち明けるって知ってるから……」

 アスナはそう言うと軽く微笑んだ。

「……信じるしかないよ」

「ありがとう」

 オレはそう言って自室のドアノブに手をかけた。

「何飲みたい?」

 アスナに声をかけた。

「お茶でいいよ」

「そうだよな」

 オレは部屋を出た。


 オレは2人分の麦茶を持って部屋に戻った。

 見ると、アスナは何か紙を広げて見ているところだった。

 昨日の夜に捨てたものを思い出す。

「ちょ、それ……!」

「何これ?」

 オレは机の上に持ってきた麦茶を置き、アスナから紙を取り返そうとする。

 しかし、アスナはそれをひょいとかわす。

「おい、返せって」

「やーだね! 何この矢印……あ、もしかして」

 そこで、オレがアスナの手から紙を奪い取る。

「あ」

「ゴミ箱漁るとかどういう神経してんだよ……」

 オレはそう言いながら、紙をビリビリと破り捨てる。

「あーあ、もっと詳しく見たかったのに」

「油断も隙もない……ほら」

 オレは持ってきた麦茶をアスナに手渡す。

「ありがとう」

 アスナは、受け取った麦茶をごくごくと飲み始める。

 オレは床に腰を下ろした。

 コップの中身をすべて飲み干したアスナは、再び口を開く。

「要するに、リョウがいる限りさっきの紙に書いてあった矢印の方向は逆転することはないってことでしょ?」

「まあそういうことだな」

 アスナがマジマジとこちらを見つめてくる。

 オレは照れくさくなって目をそらした。

「……何だよ?」

「いや、ここでアタシがリョウのこと好きだって言ったらどうなるのかなーって思って」

 アスナがベッドから下りて、床で四つん這いになりながらこちらに近寄ってくる。

 オレは少し後ずさった。

「おい……何言ってんだよ」

「リョウはアタシのこと、受け入れてくれないの?」

 オレの背中が壁に当たる。

 アスナはさらに這い寄ってくる。

 ずりずりと足を引きずりながら、ゆっくりと。

 ついに、アスナの顔が目と鼻の先まで近づいた。

 そこで彼女は一旦止まり、オレの目を覗きこんできた。

 そして、口を開く。

「いいんだよ、好きにしても」

 彼女の吐息がオレの唇を撫でた。

 これ以上は、オレも我慢ができるか不安だった。

 オレは声を荒げる。

「いいかげんに――」

「冗談!」

 アスナは突然大声を出して顔を離した。

 そして、床にへたりと座り込んだ。

 オレは安堵し、大きく息をつく。

 アスナが口を開く。

「でもね、リョウの事好きなのは本当」

「ごほっ!? ……ゲホッゲホッ!」

 オレは突然耳に入ってきたその言葉に驚きを隠せず、むせこんだ。

 慌てて麦茶を手に取り、一気に飲み干す。

 見ると、アスナは大爆笑していた。

「お前がいきなり変な事言うから!」

「ごめんごめん、でも友達として好きなのは本当」

 アスナは笑いすぎて出た涙を指で拭った。

「何だよ……」

「ちょっとがっかりした?」

 アスナがニヤニヤしながら聞いてくる。

 オレは顔を熱くしながら反論した。

「べ、別に!」

「本当に? 今のリョウ、少し残念そうだったよ?」

「嘘つけ、そんな訳があるか!」

「フフフ、アハハハ!」

 再びアスナが大爆笑し始める。

「今度は何だよ?」

「いや、こういうの久しぶりだなって思って……部屋に来たのも久しぶりだったし」

 アスナはそう言いながら立ち上がった。

「リョウとこんな風に話したの、久しぶりかも」

「そうだっけ?」

「そうだよ」

 オレも自然と笑い声が漏れてしまう。

「フフフ……そうか」

「うん」

 その時に浮かべたアスナの微笑みは、今までに見たことがないくらい輝いていた。

 いや、久しぶりに見たのかもしれない。

 小さい頃に見た輝かんばかりのアスナの微笑み。

 思い返せば、あの頃からアスナに惹かれていたのかもしれない。

「でもおかしな話だよね、関係が進展したらそれがなかったことになるなんて。どんな超常現象」

「オレにもさっぱりだよ」

 オレはため息をつきながら、床にごろりと寝っ転がった。

 続いてアスナもオレの横に寝っ転がった。

「昔はよくこうやって昼寝してたよな」

「懐かしいー、リョウの寝息がすごいうるさくて寝れなかったんだっけな」

「え、マジで?」

 オレはバッと体を起こしてしまった。

 アスナがぺろっと舌を出す。

「たまにだけど」

「いや、たまにでもそういうの言ってくれれば……」

「言ってくれれば?」

「……直せないか」

「でしょ?」

 アスナはそう言って笑うと、目を閉じた。

 オレは、ただ横で寝転がるアスナの顔を見つめ続けた。

 突如、アスナが目を開けてこちらを見てくる。

「そんなにジロジロ見られたら寝れないじゃん」

「わかるの?」

「もう何年の付き合いだと思ってんの」

 オレは怪訝そうな顔をした。

「関係あるか、それ?」

「あるある」

 アスナは得意げな顔をする。

 そんな彼女にオレはぼそっとつぶやいた。

「そのくせ、オレの気持ちには全然気付かなかったくせに」

「それは……ごめん」

「いや、いいよ」

 お互いに口を閉じる。

 外でお昼のチャイムが鳴っているのが微かに聞こえてくる。

 オレは口を開いた。

「アスナはさ……」

「ん?」

「さっきの聞いて、オレの事恨むか?」

 それを聞いたアスナは、体を起こしオレの上に馬乗りになって屈み込み、デコピンをしてきた。

「痛っ」

「アタシはね、神様は信じないよ」

「は?」

 突然話が変わったので、オレは口をぽかんと開けた。

「でも、運命は信じるの」

 アスナは宙を見上げた。

 オレもその視線の先を追う。

「アタシのヒロキくんへの想いが報われない運命だって言うんなら、信じるし……受け入れる」

 そしてアスナがまっすぐにオレの目を見つめてきて、空笑いを浮かべる。

「全く寂しくないって言ったら嘘になるけどね」

 オレはそんな表情を見つめた。

 少しためらいつつも、口を開く。

「もしも、オレがいなくなることで――」

「そりゃあ」

 そう言ってアスナは、言いかけた言葉をオレの口に指を当てて遮る。

「運命を覆すなんて展開は情熱的で好きだけど」

 アスナはオレの口から指を離し、そのままさっきまでいた場所にゴロンと寝転がった。

「それでリョウがいなくなっちゃうなんて、絶対にイヤ」

 オレはずっと天井を見つめていた。

 少しずつ、それがにじみ始めていくのを必死で耐えながら。

 アスナがこっちを向こうとする。

 オレは、彼女に顔を見られないように素早く体を起こし、彼女に背を向けた。

 そして震える声を頑張って絞り出す。

「昼飯、食べるだろ、何がいい?」

 オレはゆっくりと立ち上がる。

「じゃあ、炒飯が食べたい!」

「わかった、待ってろ」

 オレは早足で部屋を後にした。

 部屋を出た瞬間、抑えきれなくなった嗚咽が溢れ出す。

 オレは一旦、トイレに避難した。


 満腹になったオレたちは、再び床に横になった。

 すぐに、寝息が聞こえてくる。

「そういえば、昼寝の時はいつもアスナのほうが先に寝付いてたんだっけ」

 何気なく彼女の寝顔を眺めてみる。

「ホント気持ちよさそうに寝るよな……昔から何も変わっちゃいない」

 何も変わらない。

 その言葉がオレの胸に反響した。

 ああ、それもいいかもしれない。

 みんなには悪いけど、開き直らせてもらおう。

 アスナに相談して分かった。

 深く悩んだってしょうがない。

 軽く考えてみよう。

 オレはアスナの髪を撫でた。

 さらさらと指が髪の間を通る。

「何してんの」

 パッとアスナの目が開き、驚いてオレは慌てて手を離した。

「起きてたのかよ」

「どう、秘技『寝たふり』!」

 そう言ってどや顔をするアスナ。

 オレは呆れ顔になる。

「いや、すごくないだろ」

「でも気付かなかったじゃん」

「ぐぬぬ……」

 オレは苦笑いした。

 アスナがゴロンと寝返りを打って体を寄せてくる。

 軽く肌が触れ合う。

「な、何だよ」

「いいでしょ、別に」

 そのままお互い黙りこくる。

 静かな室内で、お互いの息遣いだけが聞こえていた。

 オレはふと口を開いた。

「オレさ」

「んー?」

「アスナの事好きだ」

「……」

「もちろん、異性として」

「……」

 アスナは黙ってどこかを見つめたまま、何も言おうとしなかった。

 オレはむっとして口を尖らす。

「何で何も言わねぇんだよ」

「だってそんな事知ってるし」

「うわ、ヤな奴……」

「ヘヘ」

 アスナは笑い声を上げた。

 そして、こちらを見据えてこう言った。

「でもね」

 そう彼女が言いかけた時、少しだけ世界が回り始めた気がした。

「うれしいよ、そう言ってくれて」

 もちろん、地軸がどうとかという話ではない。

 オレを中心に回り始めた気がしたのだ。

「アタシたち、幼なじみだもん」

 彼女はそう言ってうんうんと頷く。

 オレはその姿を目に焼き付けるように見つめ続けた。

 目が乾き始める。

 だが、オレは目を見開き続けた。

 まだ……閉じられない。

「アスナ」

 オレはそっと声を出した。

「何――」

 アスナが言葉を言い終わる前にオレは彼女の体に腕を回した。

 そして、そのまま腕に力を込めた。

 優しく、包み込むように。

 体中に熱が伝わってくる。

「ありがとう、話聞いてくれて、信じてくれて」

 目を開き続けるのもそろそろ限界だった。

 眼球がヒリヒリと痛む。

 周りが少しづつ歪み始め、その歪みに自分の体も巻き込まれていく。

「そんな……リョウ!」

「最後に、少しだけ好きにさせてくれ」

 オレは目に入れていた力をそっと抜く。

「オレたち、いい幼なじみだよな」

「リョウ、アタシ――」

 世界は、暗転した。

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