吸わん 50音順小説Part~す~
全ての煙草を捨てられた。
もうお終いだ。
「諏訪内さん、どうしちゃったんですか!?」
出社したばかりの女性部下、諏訪野が机でうなだれている俺に声をかけた。
「もうおしまいだ・・・」
「何かあったんですか?いつもの諏訪内さんらしくありません。」
「奥さんに煙草全部捨てられたらしい。」
同じく部下の諏訪部が代わりにこれまでの経緯を話した。
「要するに少しでいいから煙草の量を減らしてくれって言われていたのに
諏訪内さんが全然聞かなかったから
堪忍袋の緒が切れた奥様に禁煙を命じられると同時に全煙草を捨てられたわけですね。」
「まぁそういうことだ。」
「それは諏訪内さんがいけませんよ。」
女性である諏訪野はやはり妻の方に加勢した。
ここで諏訪内はやっと顔を上げ反論する。
「しかし俺は喫煙が一番の楽しみなんだよ。趣味と言っても過言ではない。
それを捨てるとは何事だ!諏訪部だってそう思うだろ?」
「まぁ僕も諏訪内さんの方が悪いと思いますよ。」
「ですよねー。同じ男だって諏訪部さんは違いますもん。」
「いいか、煙草は俺の唯一の楽しみなんだ。それを・・・それを・・・」
「いくら好きでも物には限度というものがあるんですよ。」
諏訪部は諏訪内のデスクに出来上がったばかりの書類を置きながら言う。
それに面倒くさそうに目を通し隅に置く。彼の書類はいつも完璧だ。
「そうですよ。奥様だって最初は煙草の回数を少なくしてほしいっておっしゃるだけだったのに
それを諏訪内さんが全然聞かないから。」
今度は諏訪内のデスクに諏訪野が書類を持ってきた。
が、ちらっと見ただけですぐに突っ返した。彼女は一度でクリアしたことがない。
ムッとしながらも諏訪野は書類を自分のデスクまで持って帰った。
「けどな、吸ってないとこうイライラして仕事も手に着かなくなるんだ。」
諏訪内の手は宙を彷徨い自然と煙草を求めている。
「それは完全にニコチン中毒でしょう。」
「ほっといたら危ないですよ、体に気を付けないと。
やっぱり奥様のおっしゃることを聞いて正解なんです。」
「いっそのことこれを機に禁煙なさればいいんじゃないですか。」
「全くもって同感です。」
二人の部下にやり込められ禁煙を迫られた諏訪内は
そそくさとオフィスを出て息のつける場所へ向かった。
「はぁ・・・どいつもこいつも禁煙禁煙って・・・。」
諏訪内の落ち着ける場所、それは喫煙室であった。
吸えなくてもせめて他人が吸っている煙が吸いたかった。
だがやはり自分が吸いたいのはやまやまで
無意識に尻のポケットに手を入れあるはずの無いものを探っていた。
「はぁ・・・・・・・・・・」
深い長い溜息が出たところで一本の煙草が差し出された。
「おぉ白鳥、悪いな。」
同期入社の白鳥は俺が口にくわえるとライターで火をつけた。
「はぁ~・・・・・」
今度の溜息は幸福によるものだった。
この一本は今日初めての一本目であった。
「なんだヘビースモーカーのお前が忘れるなんて珍しいな。」
白鳥が吐いた煙がユラユラと揺れる。
「違うんだ。妻が禁煙だって全部捨てちまった、そんで部下にその愚痴を言ったら俺が悪いと。」
「それで居づらくなったから煙草もないのにここに来たというわけか。」
「知らず知らずのうちに足がここに向いてたんだ。」
「でも愛されてるな、嫁さんに。」
「そうか?ただの鬼嫁だぞ。」
「お前の体を気遣って禁煙させてるんだろ。羨ましい限りだよ。」
「そういうお前んちの嫁はどうなんだよ、あの美人だって自慢してた。」
「あぁ、あいつはあまり俺に関心がないみたいでな。新婚当初のようなお互いを思いやる
気持ちがなくなっちまった。」
「無関心の方が口うるさいより良くないか?俺なら有難いけど。」
「諏訪内、そのうち分かる時が来るさ。まぁこのまま吸うか吸わんかはお前次第だけどな。」
白鳥の言葉を聞いていると煙草が美味く感じなくなってきた。
頭に出てくるのは妻の顔ばかり、そんなに俺は心配をかけていたのか。
そんな俺の考えを振り払うかのようにまた白鳥が煙草を差し出した。
「もう一本いるか?」
諏訪内は首を振り
「いや、いらん。」
と断った。
それを見た白鳥は満足したかのように煙草を消して喫煙室を出ていく。
そして去り際にこう言った。
「嫁さん大事にしろよ。」
タバコは健康によくありません。