8. 第八章 母の目
個人メモ——十一月、日付なし
母が言った:
受験勉強の準備のときみたい——存在することが唯一のことみたい。
それは仕事についての発言ではなかった。川崎。
育った家。一ヶ月に一度。月曜日——祖母からの習慣が母への義務になり
今は——リラには正確に言えない何に。
義務ではない。でも選択とも違う。
月に一度、体が向かう場所。里澤道子は六時半から起きていた。
お茶を作った。台所を磨いた——リラが来るときはいつも来ないときより丁寧に。
なぜそうするか考えたことがなかった。
準備することで自分を準備する——それが彼女にとってのお客を迎えること。
10:42、インターホン。食卓。
米、焼き魚、漬物、澄んだスープ——リラが六歳から食べている組み合わせ。
道子はリラを見た。見ながら話した——隣の家の改修、母が見ていたドキュメンタリー、
論文査読についての他愛ない話。
見た:
手が正確に動いていた。正しい物を食べていた。
注意力はどこか別にあった。受験勉強の顔——でも受験勉強ではなかった。
受験勉強のとき、目に焦りがあった。
今は焦りがない。代わりに、別の何か——完全に別の場所にいるが
苦しんでいない。「疲れてる?」と道子が言った。
「良く眠れてる。」「疲れてるけど不幸じゃない」という意味で言った——
でも言わなかった。
代わりに:
「受験勉強の準備のときみたい——やってることが唯一のことみたい。」
リラは食べ物を見た。「仕事は集中度が高い。」
「そう言ったんじゃないの。」
一拍。「仕事は——」また止まった。
「対象が特異。良い意味で。」
道子は「対象」という語に何も言わなかった。
お茶を継いだ。「一人でいるのよね、今」と道子が言った。
「仕事は集中してる。」「それは聞いてない。」
お茶を置いた。「あなたが誰かのそばにいないとき——仕事がそれになるのを知ってる。悪いことじゃない。でもそれに気づいてほしくて。」
リラは箸を置いた。
考えた:
「誰かのそばにいない」。技術的に正確だ。
また考えた:
「誰かのそばにいない」。技術的に正確ではない——少なくとも今月は。
少なくとも火曜日と木曜日の朝は。
それを言わなかった。言えなかった——なぜ言えないかをまだ
言語化できていなかった。「大丈夫」とリラが言った。
「知ってる。」道子はリラを見た。
「大丈夫であるのとは別に——正直に書いておいてね、どんなことでも。」
「正確に記録してる。」道子はリラを見た——三十年間リラを見てきた
目で。「仕事の記録じゃなくて。」
お茶を飲んだ。「もう一方のやつ。」
16:15。バッグを肩に掛けた。
道子が玄関で見送った。リラは坂を下りて駅に向かった。
道子は彼女が見えなくなるまで見ていた——もう別の場所にいることが
背中に出ていた。
思った:
春には電話が来る。声が違うやつ。
仕事の話のふりをするが仕事の話じゃないやつ。
一度聞いたことがある——ずっと前、リラが大学院のプロジェクトについて話したとき。
声が技術語で話していたが技術語のことを言っていなかった。
今回の方がもっと静かだ。もっと静かな方が深い、ということを
道子は知っていた。家に戻った。
食卓を片付けた。東の窓を見た——光がもう別の季節に向かっていた。
思った:
彼女は正確に記録する。それが彼女のやり方だ。
私が心配しているのは記録のことではない。
◈春樹の部屋、日曜日。机に向かっていた——ノートが一冊、
オレンジのペンのキャップが開いていて。
母が来た:
「学校はどう?」「普通。」「何か変わった?」
「同じだよ。」彼女は立ったまま見た。
「同じ」と「普通」の両方が「違う」という意味だということを
知っていた——春樹が十四年かけて培ったコードで。
「普通じゃない何か」を聞かなかった。
「夕飯できたら呼ぶね」と言って行った。
春樹はノートを見た。
今日書いたのは一行だけだった:
由紀が十六時十五分の光について話した。
「あの光、毎日変わるって知ってる?でも同じ角度に戻ってくる」と言った。
俺は毎日気づいてなかった。でも今日から気づくと思う。ペンのキャップを閉めた。
窓の外——夕方の光が今日最後の角度を探していた。
もうすぐ夜になる。また明日来る——同じ光が、違う角度で。
母の声が階下から上がってきた。
彼は立った。夕食へ向かった。
ノートは机に残った——オレンジのインクで書かれた一行と一緒に。




