聖女様?そんなことより絵の具を作ります!
「異世界、退屈だ…」
華美すぎる王宮の部屋のベッドで横になりながら、私はため息を吐いた。
異世界に召喚されて、半年。
ただの日本人の私が連れてこられたのは、聖女が欲しかったからという理由だった。
異世界の人間には、ここでは探知できない別の生命力があって、それに浄化作用があるんだって。
まあ、つまり、ぶっちゃけ言うと、私じゃなくてもよかったという話。
たまたま私であり、もう二度と日本に帰ることの出来ない私は、王国の特別な客としてもてなされている。
聖女としてやることは、特にない。
ただ、国の真ん中にいればいいだけなんだって。
だから王宮にさえいれば、あとは自由という。
それがね、あまりにも。
「暇なんだよなああぁ…」
最初の頃は、魔法に驚いたり、王族や貴族に慄いたりと目まぐるしくしていたけれど、それもすっかり慣れてしまった。
私って順応力あったんだなぁ。
というか、インドアの引き篭もり体質の私からすると、この世界での部屋の中の楽しみが少なすぎる。
小説や漫画もないし、もちろんスマホもないし、やれることは刺繍くらいかな。
贅沢したい欲もなかったらしく、ドレスや宝石なんかも全然惹かれなかった。
「魔法も使えないし、異世界意味ねえ〜」
この世界と別の生命力が流れているのと一緒で、私には魔力回路がないから、魔法は使えないんだって。
つまらん。
「ユズキ、よかったらお茶にしないかい?」
出た、お茶。
それしかないんかい。
「レオぽん、お茶好きだねぇ」
「レオポルド、な」
「カタカナむずいって」
「ユズキの言うことはよくわからないな」
赤髪に赤目を携えて笑っているこの男性は、私を召喚した魔術師のひとりであり、この国の第二王子でもある。
時々、私の様子を見に来ては、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる、まあいい人だ。
レオぽんの赤が綺麗だから、眺めている分には楽しい。
この世界の人は色とりどりで、それは結構好きなところかもしれない。
「レオぽんって、お茶以外にすることないの?」
「仕事かな」
「趣味なし人間か」
「そういうユズキは、何かしたいことでもできたか?」
「ええぇ、刺繍はもう飽きたしなぁ」
ここで淹れてもらう紅茶は美味しい。
けど、それ以上でも以下でもないっていうか、お茶はお茶だよねっていう庶民舌だったので、特にお茶も楽しくはない。
趣味は多い方だと思っていたけれど、この世界にないものが多すぎる。
「絵が描きたいかなぁ」
「魔法が使えないのにか?」
「それなんだよねえぇ…!」
この世界は魔法があるゆえに、なんでも魔法でやろうとする。
私の肖像画を描きたいと言われた時も、魔法で描いていた。
それは感動したけれど、自分には使えないとなるとあまり嬉しいものではなかった。
「…作るか、絵を描く道具」
たった半年で、暇を極めているのだ。
趣味の道具作りから始めないと、死ぬまでに干からびてしまう。
「絵を描くのに道具がいるのかい?」
「私がいたところはそうだね」
「そもそも一般人は絵を描かないけどね」
優雅にお茶を飲むレオぽんは絵になる。
人物画ってあんまり得意じゃなかったけど、この際やってみるのもありだな。
社畜の頃より時間がありすぎているので、なんでもやってみよう。
「ということで、レオぽん。私の世話役として、この国の染料を用意してくれない?」
「もちろん構わないが、そんなものが使えるのかい?」
「わかんないから、試してみる」
そう言って用意してもらった染料は、ラッカースプレーのようで扱いづらかった。
「これで、ドレスとか染めてんの?」
「この染料を魔法で定着させるんだよ」
出た、魔法。
魔法が使えない人間をよく招いたな。
私が苦労するとか、考えないのか。
…考えてねえな、じゃなかったら召喚するなんていう迷惑行為しないわ。
「この世界、楽しくないね」
「…辛辣だね」
「レオぽん、ただの誘拐犯だもんね」
「…返す言葉がないな」
苦笑いしているレオぽんを揶揄うのは、もはや唯一楽しいことかもしれない。
「じゃあ、もう絵の具から作るしかないかぁ」
私はため息を吐きながら、レオぽんに次の指示を出した。
「できるだけ色とりどりの鉱石を用意して」
そうやって集められたたくさんの石たちを前に、私はガツガツ削っていく。
「な、何をしているんだい、ユズキ」
「ん〜、確かこうやって作ったと思うんだよねぇ」
最初に赤い石を手に取って、できるだけ細かく粉のような状態にしていく。
こうやって作る絵の具があったと思うんだよね〜。
まあ、この世界でも通じるのかはわからないけど。
「ねえねえ、魔法でこの粉の粘度を上げられたりしないの?」
「性質を変えるのは難しいな」
「ちっ。魔法って便利じゃないんだね」
「…し、舌打ち。粘り気が欲しいのか?」
「そう、このまま水に溶かしてもたぶんうまく塗れないと思うんだよね」
「染料用の花の蜜ならあるが」
「えっ!それちょうだい!」
「わかった、今用意する」
レオぽんが慌てて用意してくれた花の蜜は、透明で、粉にした鉱石をよく混ざった。
これ、結構絵の具に近くない…?
試しに掃除用の刷毛に取って、紙の上を滑らせてみると。
「お、おおおっ…!?意外といいかもしれないっ!」
少し鈍い赤が、紙にしっかりついた。
水で溶かせば、絵の具だこれ。
「えええ、できんじゃん!すごっ!」
「いい感じなのか、ユズキ?」
「うん!この世界に来て、はじめて楽しいかもしれない!」
「…それは、よかった」
悲しそうに笑うレオぽんを特に気にすることなく、私は黙々と作業を続けた。
やればやるほど、こだわれるし、何もすることがなかった私はこの作業に没頭した。
ついでに、筆にもこだわって描きやすい形を探求した。
ものづくりというか、図工とか美術とかが好きな子どもだったからあの頃みたいで、時間も忘れて作り続けた。
レオぽんの訪問があっても、帰ってもらっていた。
だって、邪魔されたくないし。
引き篭もりは、1人遊びが得意なんだよ!
時々食事も忘れたり、思った色にならずに舌打ちしながら、私は絵の具作りの研究を続けた。
「見て見て見て、レオぽん!私の成果っ!」
ようやく作業が落ち着いた頃、レオぽんがちょうどやってきた。
私は、色相環の色ほぼ全部作れたんじゃないかという色味表を見せると、レオぽんは目を見開いた。
「この染料を、あの石から作ったのかい…?」
「そうだよー!いいでしょ〜っ、すっごく綺麗で!」
「ああ、宝石みたいだな…」
まじまじ見られると恥ずかしいが、出来栄えは相当いいと思う!
これでようやく、絵が描けるってもんよ!
「つーわけで、レオぽん。私のお願い、聞いてくれるよね?」
「そりゃあもちろん、君を召喚した私の責任だ。なんでもするよ」
「じゃあ、そこのバルコニーの椅子に座って」
「わかった」
「この角度で、そうそう、そのままね。よし、じゃあ動かないでね」
「動かないって、どれくらい?」
「私がいいよって言うまで。まあ、日没までには終わらせるわ」
「えっ!?それって、何時間…」
「魔法じゃないんだから、秒で描けるわけないでしょ。はい、動かないっ!」
一国の第二王子をこき使って、私は絵を描き始めた。
レオぽんに話しかけられた気もするけど、集中しちゃって覚えていない。
やっぱりこの鮮明な赤は、作った絵の具だけでは表現できないなぁ。
他にも、赤くて絵の具になりそうなもの探そう。
レオぽんの赤は、こんな濁った色じゃない。
そんなことを思いながら描いたレオぽんの顔は、はじめて描いた割にはまあまあの出来だった。
男前って、描くの難しいんだな。
「う〜〜〜ん、この赤じゃないけどまあいっかあ」
「…ユズキ、あとどれくらいかな」
「あっ、おつかれ。もういいよ」
「…ぷはぁ〜」
レオぽんは体を伸ばすと、息をついた。
それから、こっちを見た。
もう少しで夕暮れになりそうな空は、レオぽんによく似合っていた。
やっぱ、綺麗な赤なんだよなあ。
「はい、レオぽん!最初だから、これで許してね」
「え…」
レオぽんの人物画の紙を、そのまま手渡した。
「もっと、こう、レオぽんはギラギラな赤だからさ、似てない色で悪いけど」
「……」
「どうせなら世界中の鉱物とかで試したいよね〜。ねえねえ、そういう贅沢って許されるかな?」
「……」
「レオぽん?どうかした?やっぱ、難しいかな」
「……これ、ユズキが描いたのか?」
「? そうだよ、今、目の前で作業してたでしょ?」
「魔法じゃないのに、こんなものが描けるのか…?」
何度も瞬きをしているところを見るに、手描きの絵ははじめて見たらしい。
「この世界、すぐに魔法だね」
「…それが、普通だからな」
「その割には、浄化はできないよね」
「魔法に、浄化作用はないからね…」
「ふふん、手描きもいいっしょ。ぬくもりみたいなのがあって」
「…ああ、肖像画とは、もっと無機物なものだと思っていたから、ユズキがなんでこんなことをしているのかわからなかったが」
そこで言葉を止めると、紙から目を離して私の方を見た。
「このために、ユズキは頑張っていたんだな」
「レオぽんって、嬉しそうに笑えたんだね」
「え」
「どうせなら、そっちの顔が描きたかったなあ」
くすくす笑いながら、私は作った絵の具の赤色をレオぽんに見せた。
「レオぽんの赤は綺麗だからさ。描いてみたかったけど、この絵の具の色じゃなかったみたい、残念」
そう言って肩を竦めてみせると、弾かれたようにレオぽんは驚いていた。
「…私を描きたかったのか?」
「そうだよ、鮮烈な赤だからね」
「…私の色しか、気に入ってもらえてないのか。…あれ、ユズキ、これ」
もう一度私の描いた絵を見たレオぽんは、急に真顔でこっちに近づいてきた。
「えっ、なに」
「この絵に、浄化作用を感じる…!」
「は」
「ユズキの、聖女の力かもしれないっ!」
興奮気味のレオぽんがそう言うと、紙からほんのり赤い光が浮かび上がった。
私はそれを見て、ニヤリと笑った。
実益が伴っているなら、この趣味も贅沢も範疇のはず。
何よりこの世界は聖女を召喚するくらい、浄化作用が喉から手が出るほど欲しい。
使えるものは、使わないとね!
この世界に来て、一番心躍らせながら、たぶん私は悪い顔をしている。
「じゃあ、それを確かめるためにも、ありったけの鉱石を用意してほしいな!とりあえず、赤色全部!」
了
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