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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

"抱擁"

掲載日:2026/04/02

陽は落ちて居なかったが、

打ち捨てられた納屋は昏く、埃っぽい



君は僕の"躰"を抱いて、泣きじゃくって居る

その音は、他人事のように僕の耳へ響く


僕の意識が、既に躰を離れて居るからだ

君がこんなにも泣いて居るというのに、とても安らかな気持ちだった


それを『道義に反する』と感じる心も、少しは僕の内に在ったが、生きて居た時よりも更に、いま自分の感情が希薄だと感じる

そして、僕はその事を『心地良い』とか『解放された』とも感じて居た



肉躰が無いせいか、笑う事は出来なかったが、そうしたい気持ちでいっぱいだった


───自分は今まで、何を恐れて居たのだろう?


今や、誰も僕を脅かす事は出来ない

殴ることも蹴ることも、罵声を浴びせることも出来ない

暮らしとか未来とか、そういうものに脅かされる事も無いし、外で寝ても野犬や悪いやつに殺されるとか、くだらない事を考えて眠れない夜を過ごさなくて良いのだ


『最初から僕はこうして居るべきだった』

薄れた筈の感情の中で、この事だけは紙に記したように鮮明に残って居る


「生まれて初めて、僕は安息を手にしたのだ」という確信が有った



君は、まだ『僕の死』などという、つまらないことに囚われて泣き続けて居る

哀れにも、このままでは泣き死ぬのでは無いかとさえ思われた


───助けてあげなきゃ


君の涙が怖かった

いま、明確に君は、完全に意味の無い事に対して絶望を感じて居る


救い出して、「僕は大丈夫だよ」と伝えなければならない


腐った木の棚から、針金を手に取る

ゆっくり歩き寄ると、僕は君の細い喉に針金を一周させ、力いっぱい紐の両端を左右に引いた


音も無く、血の球が君の汗ばんだ肌に膨らんでは割れて、首筋を赤く赤く染めていく


痛みと窒息の中

君は声を出す事さえ叶わず、直ぐにその両の眼は真上を指して、躰の肉の、その筋は、引き攣りながら様々な躰液や排泄物を甘やかに垂れ流した



君の生命が、躰から剥離し始める


僕はとうに喪失された口の端を釣り上げて、君の旅立ちを出迎えようとした

しかし、僕はその時になって初めて、自分の意識が希薄になり始めて居る事に気が付いた


感情が喪われて居たせいか、気付く事が遅れてしまったが、記憶の大半が喪われて居る

四肢や指先、そして「思考」の感覚も、今や麻痺したように何も感じられなくなった


そして、心には『自己がこの世界から、自分自身の中からさえ、完全に消失する』という事への根源的恐怖だけが、隙間を埋め尽くすように残った



「僕は……」


「死ぬのか………?」



誰も答えないが、答えは明白だ

崩折れて、呆然と己の手を視る


もう手など、何処にも存在して居なかった

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