芸術なんてクソ喰らえ
「なぁ〜んだよ、この空間! さっぱりわかんねぇ! 何が面白ぇんだよ、こんな場所!」
突然の叫びが、静寂を切り裂いた。
美術館の空気に似つかわしくない、荒々しい声。
人々は一斉に振り返る。
——全裸だった。
男は全裸で、全速力で駆けていた。
筋肉質だがどこか頼りなげな体躯。
そして、何より目立つのは、勢いよく左右に揺れる、おちんちん。
「わからん!何、これ!ゴミじゃん!」
男は展示物を指さしながら、声を張り上げる。
一つ一つの作品に、容赦なく指を突きつける。
紙コップのケースも、キャンディの山も、すべてが標的だ。
「な、なんだよ、アイツ……」
「なんで裸なの……?」
人々の口から、ぽつぽつと漏れる言葉。
最初は戸惑いだったものが、徐々に、抑えきれない笑いへと変わっていく。
「待ちなさい……!君、待ちなさい……!芸術のことはわからなくてもいい……!せめて、服を着なさい……!」
後ろから、警備員が必死に追いかける。
脇には、脱ぎ捨てられた服とパンツが抱えられている。
男の足跡を追うように、警備員の息が荒い。
「ちょ、ちょっと……!」
「なんだよ、これ……」
笑いが、波のように広がった。
最初はくすくすと、やがて、腹を抱えて、肩を震わせて。
「うるせぇ!ここには裸の姉ちゃんの絵が沢山あるじゃねぇか!?俺と姉ちゃんの違いはなんなんだよ!? 今の俺の姿こそが芸術だ!」
男は止まらない。
展示室を横切り、階段を駆け上がり、
もう一つの部屋へ。
おちんちんが、自由に、激しく揺れる。
「おい、やべぇヤツがいるぞ!」
「これ、SNSで拡散しなきゃ!」
スマホが次々と構えられる。
フラッシュが光る。
笑い声が、美術館の白い壁に反響する。
心の底から湧き上がる、純粋な笑顔。
批評家たちの誇らしげな表情は崩れ、キュレーターの満足げな笑みは消え、学生たちの真剣な眼差しは、ただの子供のような輝きに変わる。
「待て〜! 待ちなさい! それは芸術ではない! 犯罪だ!」
警備員の声が、遠くに響く。
「俺は俺が思うがままに生きるっ……!芸術なんてクソ喰らえだ!」
全裸の男と警備員は、嵐のように去っていった。
残されたのは、静まり返った展示室と、まだ止まらない、人々の笑い声だけ。
ガラスケースの中の紙コップは、静かに影を落とし続けている。
キャンディの山の中の一粒は、赤い痕を残したまま、誰にも気づかれずに、光を反射している。
しかし、今、この瞬間、誰もそれを見ていない。
誰も、語っていない。
ただ、笑っている。




