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真理の海で溺れる者達
人は真理を求める。
無意味に。
無価値に。
真理の海などと名付けて、
ただ快楽を得るために潜り込む。
自分が、ほんの少し高尚になったという、
薄っぺらな自己満足のために。
彼らの表情は、誇らしげだ。
口元に笑みを浮かべる者もいる。
語る声は、満足げに響く。
一語一語が、まるで自分の深みを証明するかのように。
しかし、その笑みは、溺れた者の表情である。
肺に水が満ち、息が詰まり、それでもなお、もがきながら浮上しようとする、無様な、哀れな苦悶。
無意味に真理を求め、無意味に飛び込み、そして、無意味に溺れている。
己自身の真理さえ掴めぬ者に、他者の真理など、掴めるはずがない。
掴もうとする行為自体が、すでに腐敗の始まりだ。
真理を知った者は、どう感じるのだろう。
愚かだと、冷たく思うのか。
哀れだと、静かに見下すのか。
それとも、ただ滑稽だと、声にならない笑いを、胸の奥で噛み殺すのか。
己の自己満足のために真理を利用すると、こうなる。
利用される真理は、静かに、しかし確実に、利用した者を飲み込む。
そして、残るのは、空っぽのガラスケースと、そこでまだ笑っている、溺れた顔ばかり。




