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堺県おとめ戦記譚~特命遊撃士チサト~

日本初の巴図魯の母となった女性の心境と職業意識

作者: 大浜 英彰
掲載日:2026/05/06

挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。

 両手で構えたアサルトライフルは少し前に採用されたばかりの最新モデルではあるものの、現役時代に愛用していたのと操作性に大きな差はなかった。

挿絵(By みてみん)

 だから人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局の地下六階に設けられた地下射撃場に銃器を携えて入ったら、自ずとあの時の感覚に戻っていたの。

 私こと吹田万里が、特命機動隊の下士官として現役だった青春時代に。

「この感覚、何もかもが懐かしい…」

 装填した弾丸をチェンバーに装弾し、ストックを肩の窪みに押し当てる。

 銃を撃つための一連の動作は身体に深く刻み込まれており、今回の週末訓練でも日常生活のルーティンみたいに至って自然にこなせた。

 実際、十代から二十代までの所謂「青春時代」だった頃の私にとって、射撃訓練と実戦での発砲は日常の一部なのだから。

 後に楽隊に転属した私の母の栄喜穂(えきほ)もそうだったし、少佐階級の特命遊撃士として軍務に励んでいる長女の千里(ちさと)にとっては現在進行形の日常の一コマである。

 だからこうしてアサルトライフルを構えていると、母や娘と一緒に構えているような気がして実に心強いのよ。

「撃ち方、始め!」

 そうして照準を合わせてセーフティを解除したら、後は引き金に力を加えるだけ。

 鼓膜を震わせる鋭い銃声と鼻孔を刺激する硝煙の芳香は、あの時と変わらずに心地良くて素晴らしい。

 そしてその成果もまた、実に素晴らしい物だったわ。

「全弾命中…腕は衰えてないって事ね。」

 三点バーストで止まったアサルトライフルを下ろしながら、私は綺麗に風穴の空いた人型の標的を一瞥したの。

 その時に胸に去来したのは「予備役として充分な水準を示せた」という満足感だけではなく、「私や母では及ばなかった高みに到達出来た娘の顔に泥を塗らずに済んだ」という安堵でもあったわ。

 何しろ私の娘の千里は、それだけの事を成し遂げたのだから。


 そうして意気揚々と地下射撃場を後にした私は、顔見知りの現役下士官に呼び止められたの。

「御疲れ様です、吹田万里予備准尉!御健勝の御様子で何よりであります!」

「御疲れ様です、江坂佳乃(えさかよしの)准尉。貴官も相変わらず御健勝の御様子、誠に喜ばしい限りで御座います。」

 私が予備役入りを決意した時には訓練課程を終えて間もない少女だった彼女も、今は部下達から母や姉のように慕われる立派な分隊長。

 少佐階級の特命遊撃士である娘の千里も、この江坂佳乃准尉を部下として従え何度も戦場を駆け抜けたというのだから、時の流れという物の早さを改めて痛感させられる。

 しかしそれは同時に、私達先人が後進である彼女達の糧となる何かを残せる確かな仕事を成したという証でもあるのだから、感慨深さよりも誇らしさの方に目を向けるべきなのだろう。

 しかし誇らしさに関して言うならば、この昔馴染みの現役下士官が伝えてくれた吉報の方が今は遥かに勝っていた。

「おめでとう御座います、吹田万里予備准尉。貴官の御息女…もとい、吹田千里少佐がまた武勲を上げられたそうで御座いますね。」

「まあ、あの子が…」

 江坂佳乃准尉の差し出してくれた軍用スマホの画面には大手ニュースサイトの速報記事が表示されていたけれど、その記事の内容は実母である私が思わず息を呑んでしまうには充分過ぎる物だったわ。

「ええ…『御手柄!日本人初の巴図魯(バトゥル)、長崎にて和碩親王殿下を救う!』ですか、あの千里が…」

 今年の春に中華王朝の愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の影武者を務めてテロ組織の壊滅を成した功績を評価されて中華王朝の準貴族に封じられた娘が、新た成し遂げた武功。

挿絵(By みてみん)

 それは長崎で開催された日中友好式典に参列した折に、同じく参列された愛新覚羅永祥和碩親王殿下の御命を狙う凶賊を護身用の鉄扇で返り討ちにするという極めて華々しい物だったの。

 和碩親王という高位の王族にして熱心な親日家である愛新覚羅永祥殿下を御守り出来た事は日中友好の観点において素晴らしい快挙であり、中華王朝の王室も「次期天子である麗蘭第一王女殿下に続き、和碩親王殿下もまた危うい所を救われた。巴図魯の吹田千里少佐は日本における比類無き功臣であり、その義烈と忠勇は誇りである。」と高く評価して下さっているらしい。

「改めて御祝い申し上げます、吹田万里予備准尉。貴官の御家庭での薫陶の賜物でありますね。」

 昔馴染みの現役准尉による賛辞は一切の打算や腹蔵のない物だったし、私にとっても喜ばしくまた誇らしい物だった。

 だからこそ私は、それに安易に首肯する訳にはいかなかったの。

「そう仰って頂き喜ばしい限りで御座います、江坂佳乃准尉。確かに私は家庭においても、あの子に対しては良き母であると同時に良き公安職の先人であろうと務めております。しかしながら、我が吹田家の教育だけでは今のあの子は成立し得ないでしょう。支局での厳格な軍事教育に数多の実戦経験、それに貴官を始めとする沢山の戦友達との交流にあの子自身の頑張り。それらが正しく噛み合ったからこそ成し得た栄達であり勝利であると思うのです。」

「その謙虚な姿勢、やはり貴官は吹田千里少佐の御母堂であらせられますね。巴図魯の叙勲を伝えられた時の吹田千里少佐も、同じような事を仰っていたそうで御座います。」

 この時の江坂佳乃准尉の一言は、週末訓練の帰路に着いた私の耳に木霊のようにいつまでも残響していたのよ。


 日中友好式典への参列と和碩親王殿下の暗殺阻止。

 この二つの快挙を長崎で成し遂げた娘と自宅で直接顔を合わせたのは、あの週末から二日後の事だったの。

 特命遊撃士としての軍務や堺県立御子柴高等学校での学業に加えて巴図魯としての公務もこなしているのだから、千里のスケジュールは以前に比べて高密度になっているわ。

挿絵(By みてみん)

 同期の友人三人を「後援の三傑」と名乗らせて支援団体として随伴して貰うばかりでなく、咲洲舞中尉という臨時秘書まで支局から公式に付けて貰っているのだから、その精力的な活躍振りが伺えるの。

 それでも週に数日はキチンと自宅に顔を出して一家団欒の時間を設けようと務めているのだから、その律儀さには我が子ながら頭が下がる思いだわ。

「そりゃ私は巴図魯だからね、お母さん。中華王朝の準貴族として、そして愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の忠臣として、『忠』と『孝』の美徳はしっかり持っておかなくちゃ。」

 そう照れ隠しに微笑されたけれど、あの子自身も私達家族を大切に思ってくれている事は間違いないわ。

 だって公欠していた日の宿題をタブレットで仕上げた直後に、こんな事を言ってきたんだもの。

挿絵(By みてみん)

「お母さん、前に言ってたよね?『自他を守れるように万全を期すのは公安職の務め。自分の成すべき仕事の完成度を上げる為にも、自分や周りの人々を守る備えは万全にしなさい』って。あの言葉があったからこそ、私は愛新覚羅永祥和碩親王殿下を御守り出来たんだよ。」

 それは特命遊撃士養成コースに入隊したばかりの娘に施した、殆ど心構えに近いアドバイスだった。

「えっ?どういう事なの、千里?」

「中華王朝の準貴族である巴図魯になった事で、式典やレセプションといった公務に従事する機会も増えるけれど、そうした公の場では私が個人兵装として普段使いしているレーザーライフルは威圧的過ぎる。だから自分や周りの要人達を守れるように、鉄扇術を学んだんだ。そうして会得した鉄扇術で永祥殿下をお救い出来たんだから、お母さんの教育の賜物だね。」

 照れ臭そうな娘の微笑は今の私には直視するのも躊躇われる程に輝かしく、また高貴で頼もしく感じられたの。

 大清帝国から中華王朝に至るまでの歴史上で初めて誕生した日本人の巴図魯にして、公安職の地位向上と日中友好の為の尽力を市民講演会で宣誓した時代の若き寵児。

 それが今の娘の社会的評価であり、あの子が精力的に進めている大仕事なのだった。

 今は予備役としても完全に引退した母の志は私が継ぎ、その私の志は娘の千里の代になって更なる高邁な大志として受け継がれた。

 一人の公安職として、そして何より一人の母親として。

 精一杯に勤め上げた仕事の成果は、本当に驚くべき物だわ。

 そしてこれからは、あの子の頑張り次第。

 その仕事振りを生命ある限り、しっかり見届けていきたいものね。

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― 新着の感想 ―
凄いです……母から子へ繰り返し受け継がれている歴史を作品から感じました。(*'▽'*) 千里ちゃんのお母さんを私はあまりまだ分かっておりませんでした。恥ずかしい(//∇//)もっと作品を追って参ります…
何もかもが懐かしい… > 沖田十三艦長!? かの偉人の魂がそこにあった…………! つまり威圧的じゃなければレーザーライフルを持ち込むんだな、キミは(-ω-;) 代わりに鉄扇…………。 小型化するとか…
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