雷雨
三題噺もどき―ななひゃくにじゅうさん。
窓を叩く雨音は酷く激しい。
白い光が差し込み、暗い部屋を一瞬照らす。
その数十秒後に遠くから轟音が聞こえてくる。
「……」
仕事をしながらも、耳はどうにもその音ばかりを拾ってくる。
マウスを操作しながらも、何度も入り込む閃光と聞こえてくる雷の音に、何度も作業をとめられる。
手が止まり、小さく体は跳ね、過去の記憶を引きずりだそうとしてくる。
「……」
トラウマなんて可愛らしいものはとうに仕舞い込んだはずなのに。
気づかぬうちに刻まれていた傷は、脊髄にまで染み渡っていたようで。
反応したくなくとも、勝手に体が動いてしまう。
「……」
ぴくぴくと、時折瞼が震えて、どうにも鬱陶しい。
マウスパッドに描かれた蝶々がなぜか気に障る。
いちいち手をとめるこの体が、気に食わなくて仕方ない。
「……」
夕方、起きた時にはここまでの悪天候ではなかった。
いつものようにベランダに出てみれば、小学生がしゃぼん玉を飛ばしていて、可愛いものだと思った。
夕日に照らされ、キラキラと光るその様はとても美しいものだった。
私の目の前まで飛んできたしゃぼん玉は、その目の前で、ぱちんと弾けた。
「……」
それから風呂に入って朝食を食べて、いざと仕事を始めたあたりで、ものすごい勢いで雨が降り出したのだ。
今は、外で防災無線というのが流れている。避難指示まで出ているようだ……。かなりの雨が降っているのだろう。まぁ、少し離れたところに川というか水路というか、そういうモノがあるから、下手したら氾濫してしまう恐れがあるからだろう。
それに雷もこうして合わさって、きっと眠れない人間もいるのだろう。
「……」
私はまぁ、眠るも何もないのだけど。
仕事をしなくてはいけないし、この時間が一番動けるのだから、寝ること自体が難しいと言っても過言ではない。
この有様では、散歩にも行けないし、明日の分の仕事までやってもいいかもしれない。
「……」
それなのに。
光と音に反応する身体と記憶が、思うようにさせてくれない。
「……」
もういっそ、やめたほうがいいのかもしれないのだが。
それはそれで、なんだか嫌な気がして。
「……」
また、光が視界を埋める。
今度はすぐそこで音が聞こえた。
「……」
間髪開けずに白く視界は埋められる。
更に近くで轟音が響いた。
「……」
手は止まり、幼い記憶が想起され、寒さに怯えるように小さく体が震える。
瞼がピクリと震え、体は思うように動かず、ほんの少し呼吸が浅くなる。
「……、」
「…、…、」
「、…、…、」
「、…、―、」
「ご主人」
「、……、」
声のした部屋の入り口に立っていたのは、エプロンを付けた小柄な青年だった。
私の従者で、世話係で、親のようなもので、元の姿は蝙蝠の。
私の唯一の、家族である。
「大丈夫ですか」
「、ん、……うん」
その声が聞こえただけで、私は酷く安堵する。
緊張が解けて、先程までの震えが嘘のように無くなる。
「……休憩にしましょう」
「あぁ、」
私はきっと、これからも。
この声に掬われるのだろう。
「……今日はもうお休みしたらどうですか」
「ん……んーしかしなぁ」
「……ご主人?」
「休むよ、」
お題:蝶々・脊髄・しゃぼん玉