表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】婚約破棄された悪役令嬢、皇太子に拾われて契約夫婦になりましたが、愛さないと言ったわりに大切にされて困惑してます  作者: 一ノ宮ことね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/20

第6話「第一皇子との邂逅『まだお前は俺のものだ』」

皇宮の音楽堂。

定期的に催される“皇族主催の音楽祭”は、表向きは文化振興だが、実態は政界のパワーバランスを見極める社交の場である。


その夜、セレナは淡い藍のドレスを身にまとい、静かに会場を歩いていた。

皇太子であるユリウスは外交の公務により欠席――

つまり、今日は“単身”での出席だった。


(いらぬことを仕掛けてきそうな夜ね)


そしてその予想は、的中する。


「……お前ひとりか」


背後から聞こえたのは、もう聞きたくもない声だった。


「レオニス殿下。ご機嫌よう」


礼儀として名を呼ぶが、その視線は冷たいまま。

レオニスはそれでも構わないといった様子で、彼女の前に立ち塞がった。


「セレナ。どうしても、君に言いたいことがあってね」


「お聞きする義理はありませんわ」


「いいや、聞け。……まだお前は、俺のものだ」


音楽が止まったわけではないのに、会場の空気が静止したように思えた。


セレナの眉がわずかに動く。

レオニスは微笑み、言葉を続けた。


「お前が皇太子の妃になったのは、俺の気を引きたいだけだろう?

 見ればわかる。たとえあの男に抱かれようとも“心”を許していないことくらい」


「……どうやらご自分の“価値”を過信されているようですわね」


「俺はずっと後悔していた。君を失ったことを。

 だが、取り戻せるなら取り戻す。お前にふさわしいのは弟ではなく、兄である俺だ」


その瞬間、周囲の令嬢たちがざわめき始めた。

あまりにも“踏み込んだ発言”――つまりスキャンダルの芽を、第一皇子自らが口にしたのだ。


(……なんて愚かな人なの)


背筋に冷たい怒りが走る。


(この男、私を“取り戻したい”んじゃない。

 自分のプライドを守るために、“自分のものだったはず”の女を弟から取り返したいだけ)


「……陛下は、私を手放してくださった唯一の恩人です。

 が、殿下がわたくしを“所有物”のように口にされると、不快ですわ」


「セレナ、誤解だ。俺は本気で――」


「――そこまでにしていただけますか?」


その声は、氷のように鋭く澄んでいた。


振り返ると、そこにいたのはユリウス・ヴァルクール。


外交で不在のはずだった男が、いつの間にか、静かに立っていた。


「……殿下。公務は?」


「早めに終わらせた。君が“無防備に狙われる”未来が、あまりに容易く想像できたのでな」


レオニスがわずかに顔を引きつらせる。


「これは――」


「この場で君に剣を抜くこともできるが、それはやめておこう。

 兄弟であり、皇族だからこそな」


ユリウスはセレナの側に立ち、言う。


「セレナは、偽りではない私の妻だ。“今この瞬間”も、私の隣に立っている」


その言葉に、周囲の人々がどよめく。


(……“偽りでもない”)


その言い回しは、意味深すぎる。


ユリウスはそのまま、レオニスを振り切り、セレナの手を引いて会場の奥へと連れていく。


ふたりきりになった瞬間、セレナは問いかけた。


「……どうして、来てくださったのですか?」


「答える必要はないだろう。私の行動は、私が決める」


「ですが、“契約”の範囲を逸脱しておられるのでは?」


「ならば、“契約”を改訂しよう。

 今後、“私以外の男が君に触れた時点で処罰対象”という項目を加える」


「それは……冗談ですか?」


「君が冗談と受け取るなら、それで構わない」


けれど彼の瞳には、冗談の色など一滴もなかった。


(ユリウス様……一体どうしたというの……)


わからない。

この人の“感情”が、どこにあるのか。


けれど今、ただひとつだけわかることがある。


――私の手は、確かに、誰よりも強く守られている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ