表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/20

第1話「あなたとは結婚いたしません」

第一皇子・レオニス・ヴァルクールの声が、豪奢な舞踏会場に静かに響き渡る。


「……この場を借りて、婚約の破棄を申し渡す」


 その言葉を合図に、場の空気が氷点下へと沈む。


 天蓋付きのシャンデリアが揺れ、壁にかけられた肖像画たちでさえ、眉を顰めているかのようだ。

 一歩前に進み出たのは、淡いピンクのドレスに身を包んだ公爵令嬢・アリシア。

 彼女は、恍惚とした表情でレオニスの腕にしがみつく。


「殿下のお気持ちは、私がすべて受け止めます。……セレナ様、あなたには、もうお引き取りいただいて結構ですわ」


 セレナ・エルヴァイン。


 帝国の名門エルヴァイン公爵家の令嬢。

 ――つまり、“私”のことだ。


「……引き取る、ねぇ。言うわね」


 私は、そっと笑みを浮かべた。

 先ほどまで演奏されていた宮廷楽団の弦の余韻が、まだ空間に残っている。

 だが、今この場にあるのは静寂と、凍てつくような緊張だけ。


「レオニス殿下。あなたのその“宣言”、あらかじめご用意してらっしゃったのかしら?随分といつもより流暢にお話されてますけれど?」


 レオニスは一瞬たじろいだが、すぐに表情を取り繕う。


「僕に無礼を働き、アリシアを侮辱した……君には、これ以上皇妃の器はない。婚約を続けるに値しないと判断した」


「ふうん。それで、皇妃の器って、具体的には?」


 その瞬間、彼の顔が引きつった。


 私は、ゆっくりと一礼する。

 完璧な舞踏の所作で、貴族らしい優美さを保ちつつも、毒を滲ませて。


「殿下、わたくしがあなたと婚約していたのは、どれだけ不出来でも多少なりともあるあなたの“良心”に価値を見出していたからです。

 それが、このざまではね。――残念ですわ」


「な……っ!」


「よろしければこちらから申し上げます。“あなたとは、結婚いたしません”」


 誰かがグラスを落とし、会場に乾いた音が響いた。


 アリシアの顔が、パステルカラーのドレスにそぐわないほど青ざめている。

 レオニスは言葉を失い、ただ口をパクパクさせていた。


 その時だった。


「……面白い」


 静けさを切り裂くように響いた、低く、よく通る男の声。


 会場の奥、赤いカーペットの上に立っていたのは――


「ユリウス様……?」


「セレナ・エルヴァイン嬢」


 冷たい琥珀の瞳が、まっすぐ私を見据える。


「皇家の恥を笑って流せる胆力。悪くない。

 ――その胆力、私の妃にふさわしいか、試す価値はあるだろう」


 場が騒然となる。


「それはどういう意味で……?」


「文字通りだ。今この場で宣言する」


 彼は、誰よりも堂々とした足取りで私の前に来ると、私の手を取り、跪いた。


「セレナ・エルヴァイン嬢。

 私、第二皇子――もとい、新皇太子ユリウス・ヴァルクールは、

 あなたに正式な婚約を申し込みたい」


 私の視界の端で、レオニスの表情が怒りと嫉妬で歪んでいくのが見えた。

 アリシアは震えながら口元を押さえている。


 私は、ユリウスの手の温もりを感じながら、静かに答えた。


「……望んでいた未来とは少し違いますが。

 ――ええ。よろこんで、お受けいたしますわ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ