第18話(最終話)「新たなる女王へ」
帝都西広場。
新設された演説台の前に、数千の人々が集まっていた。
だがその場に、軍の威圧も、貴族の鎧もなかった。
ただ、民の“目”があった。
それは、かつて“皇妃”というものに向けられたことのない、
真剣で、まっすぐな“信頼の目”だった。
舞台の上、セレナはマントを外し、
皇妃の冠だけを残してゆっくりと前に進む。
「皆様、どうかお聞きください」
マイクも魔法もない。
ただ、生身の声が――驚くほど遠くまで届いていた。
「わたくしは、貴族の娘として育ちました。
“婚約破棄された悪役令嬢”と囁かれ、
皇宮では“冷たい女”と見られ、
民からは“余計なことをする偽善者”とも呼ばれました」
風が吹いた。
それでも、彼女は目を伏せなかった。
「ですが。
どんな名前を与えられても、
どんな立場で呼ばれても――
わたくしは、“ひとりの人間”としてこの国を見てまいりました」
「今日、わたくしは“皇妃”としてではなく、
“この国に生きるあなた方と同じ目線で”ここに立っています」
民の中から、小さな拍手が起きた。
「皇帝というものは、民を導く者ではありません。
共に歩む者であるべきです。
あなたが歩く速さに合わせて、
立ち止まり、ときに背中を押し、道を照らすのが“皇帝”なのです」
ユリウスが、後ろから歩み寄ってきた。
だが彼は、彼女の隣には立たない。
少しだけ後ろに立ち、彼女を“支える”位置にいた。
「わたくしは、陛下の影ではありません。
陛下と、並び立つ者です」
振り返ったセレナに、ユリウスは微笑んだ。
そして彼女の手を取り、
今度こそ、ふたり並んで正面を向いた。
「我が名はユリウス・ヴァルクール。
この国の皇帝として、民に誓う」
「我が名はセレナ・エルヴァイン。
この国の皇妃として、民と生きる」
ふたりの声が、響き合う。
静かな、けれど誰よりも力強い――皇帝と皇妃の宣誓だった。
その夜、玉座の間。
すべての儀式が終わり、誰もいない空間にて。
ユリウスが小さく呟いた。
「……お前は、もう“悪役令嬢”じゃないな」
「はい。“何かの役”を演じるのは、もうやめました」
「なら、お前は今、何なんだ?」
セレナは笑った。
「あなたの愛する妻です。
それだけで、もう十分ですわ」
ユリウスはふっと笑って、彼女の手を取った。
“契約”から始まり、
“対等”を経て、
今――“伴侶”となった手のぬくもり。
それは、世界でただひとつの王冠よりも、重かった。