第17話「処刑台の上で、あなたを信じる」
皇政改革第一号布告から十日。
民衆税の見直し、皇族予算の削減、孤児支援の法制化――
ユリウスとセレナのもとで新体制が次々に整っていった。
だがその裏で、
密かに“もう一つの皇政”を掲げる亡霊たちが動き出していた。
シュヴァルツ家。
かつて先代皇帝により粛清されたとされる血族。
その本流の名は――アデル・シュヴァルツ。
「……皇妃殿下を、国家反逆容疑で拘束します」
その日、皇宮中枢に衝撃が走った。
アデルの手によって提出された文書は、
“セレナ・エルヴァインが、革命派と通じ、旧体制破壊を画策していた”というものだった。
「証拠は、皇妃が秘密裏に交わした文書および資金の流れにあります」
「……バカな」
ユリウスは即座に反論するが、枢密院内には動揺の色があった。
“革命派との接触”――それは、事実だったからだ。
「任意聴取で済む話ではありません。皇妃が無実であればこそ、
潔白を証明すべく“国民の前”で釈明いただくべきかと」
アデルは優雅に笑った。
「“次期国家元首”としての、責任の所在を問うだけです」
ユリウスの拳が、震える。
「ふざけるな……!」
翌朝、セレナは拘束された。
皇宮広場に設けられた“公開審問”。
その舞台は、かつて彼女が“断罪”された場所だった。
(またここで断罪をされるとは……でも)
セレナは、ただまっすぐ前を見ていた。
「皇妃殿下。あなたはこの国の未来を担う立場として、
革命派と秘密裏に接触し、皇権の放棄を画策していたのでは?」
「違います」
「あなたは自ら帝都へ出向き、皇族を否定する発言を――」
「“支配者でなく、伴走者でありたい”と申しました。
それが罪だというなら、いかなる罰も受け入れましょう」
その言葉に、会場がざわつく。
だが、アデルは追撃を止めない。
「ならば最後にお尋ねします。“あなたは、この国の皇帝を――ユリウス陛下を、裏切りましたか?”」
セレナは、目を閉じた。
そして、はっきりと答えた。
「――いいえ。
わたくしは一度も、ユリウス様を裏切ったことはありません」
「証明できますか?」
「できません。
でも、わたくし達は“証拠”ではなく、“信頼”によって結ばれた夫婦です。
彼がそれを信じてくれる限り、わたくしは立ち続けます」
そのとき、皇宮上空から飛来したのは――
ユリウス本人だった。
白銀の騎馬に跨がり、皇妃の処刑台へと突き進む。
「誰ひとり、妻に指一本触れさせるな!」
軍が動く。
銃声が鳴る。
アデル派と皇宮兵とのあいだで乱戦が始まる中、
ユリウスはセレナの前で馬を降りた。
「……来るのが遅れて、すまなかった」
「わたくしは、待っていました」
「……信じていたか?」
「処刑台の上で、
あなただけは“私を見捨てない”と、信じていました」
ふたりの視線が重なる。
まるで、最初に交わした“契約”が、
今ようやく“愛”に変わったことを、確かめ合うように。
その後、アデル・シュヴァルツは皇宮兵により拘束された。
背後にあった国外勢力との資金の流れが明らかになり、完全なる国家反逆が認定された。
そして――
セレナ・エルヴァインは、無罪放免どころか、
“皇妃としての正統性”をあらためて宣言された。




