表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】婚約破棄された悪役令嬢、皇太子に拾われて契約夫婦になりましたが、愛さないと言ったわりに大切にされて困惑してます  作者: 一ノ宮ことね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/20

第12話「夫婦の初夜、閉じた距離」

政変が終わって三日。

帝都にはようやく日常の気配が戻りつつあった。


だが――皇宮の空気だけは、どこか張り詰めていた。


「皇太子殿下より、夜間の御前にお越しくださるよう申し付かっております」


女官の声が廊下に響く。


(……ついに、“この夜”が来た)


セレナは静かに、鏡の前で襟を正した。


純白のナイトドレス。

露出は少ないが、繊細なレースと上質な絹が織りなすそれは、“ただの衣”ではない。

**妻として迎えられる準備を意味する“誓いの布”**だった。


ユリウスの私室。


重い扉の向こうには、いつもよりも灯りの少ない空間が広がっていた。

机の上の燭台がゆらゆらと揺れ、その陰影が彼の表情を静かに照らす。


「来てくれて、ありがとう」


彼の声は、いつもより少し低く、静かだった。


「……呼ばれて参上しただけですわ」


「君が来ないのでは、と少しだけ怖かった」


「……わたくしも、同じことを考えておりました」


ふたりのあいだに沈黙が流れる。


だが、それはもう“気まずさ”ではなく、

互いに何を言えばいいのか、慎重に選びあっている、静かな“余白”だった。


ユリウスは立ち上がると、セレナの前に進み出て、そっと尋ねた。


「……怖いか?」


「はい。とても」


「私も、だ」


「……あなたが、ですか?」


「君に触れて、嫌われるのが」


その答えは、予想外だった。

でも、どこか――すごく、嬉しかった。


セレナは、そっと目を伏せた。


「……触れてください」


「……いいのか?」


「はい。あなたの“意志”で、わたくしを選んでくださったなら。

 わたくしもまた、あなたを“望む”ことに、罪はないと、思いたいのです」


ユリウスはゆっくりと手を伸ばし、彼女の頬に触れた。

その指先は、炎のように熱かった。


それでも、痛みではなく――安らぎだった。


キスは、唇にそっと置かれた。


激しさも、激情もなかった。

ただ、触れ合うということの意味を、ひとつひとつ確かめるように。


服が静かにほどかれ、肌と肌が初めて重なったとき、

セレナは気づいた。


(これは、“奪われる”行為ではない)


(これは――“預ける”行為だ)


自分の意志で、心と身体を、預けるということ。

その意味を、ようやく理解した。


朝。


窓から差し込む光の中、ユリウスは隣に眠るセレナの髪に指を通した。


「……もう、どこへも行くな」


「もう、“逃げない”ですわ」


「……私たちは、ようやく“夫婦”になれたんだな」


「遅すぎるくらい、ですけれど」


ふたりは、ようやく並んで立てる場所にたどり着いた。


政略でも、契約でもない。

支配でも、執着でもない。


“信頼”と“敬意”のうえに咲いた、

夫婦というかたち。



ただ、そこには愛の誓いはなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ