第11話「未来の選択」
帝都が――燃えていた。
夜の帳の向こう、皇宮の南門から黒煙が立ち上る。
塔の上には、第一皇子派が掲げた旗が風に翻り、その下を重装兵が進軍していた。
「……反乱、です」
報せを受けた枢密院議長が、呆然と呟いた。
「ついに……レオニス殿下が動いた……!」
「帝都の民兵は既に制圧されています。
第一皇子派の兵力は、予想よりも多い。帝都が包囲されるのも時間の問題です」
「皇太子殿下は現在、北部前線の巡視でご不在。皇宮の指揮権は……!」
「……皇太子妃、セレナ・エルヴァイン閣下の手にございます」
沈黙。
その空気を破るように、セレナは立ち上がった。
ドレスは装飾を削ぎ落とした戦装束。
背には剣こそないが、視線がすでに“武器”になっていた。
「命じます。皇宮東門の閉鎖、枢密院兵の即時配備。
帝都第三区にいる孤児院の避難誘導を――私が担当します」
「お、お待ちください、妃殿下! 危険すぎます。ご自身のお立場を――」
「“立場”を守って死ぬより、“民を守って生きる”ことが皇太子妃の務めです」
誰も言い返せなかった。
彼女が“誰のために動いているのか”を、
この場の誰よりも、彼女自身が理解していたから。
夜、帝都第三区。
避難誘導の最中、セレナの馬車が奇襲を受けた。
剣を持った男たちが四方から襲いかかる。
守衛は抵抗するが、数が違った。
(間に合わない――)
そう思った瞬間、セレナは自ら馬車を飛び出した。
「子どもたちを先に! 私はいいから早く!」
叫び声。炎。剣戟の音。
その混乱の中で、セレナはついに――地に膝をつく。
逃げる孤児たちを見送りながら、
彼女は薄れゆく意識の中で“処刑台”の幻を見る。
あの日、最初の舞踏会で断罪された記憶。
愛されず、信じられず、すべてを失ったあの瞬間。
(私は、また……同じ場所に立たされるの?)
その時だった。
馬の蹄が、大地を裂いて鳴り響く。
「遅くなった」
声がした。
誰よりも冷たく、誰よりも熱い――ユリウスの声。
彼は血まみれの剣を振り払いながら、彼女の前に立った。
「……お前は、私の隣に立つ女だ。
こんな場所で、命を落としていい存在ではない」
「……ユリウス……」
「選べ、セレナ」
ユリウスは彼女に手を差し出す。
「この国のために私と共に歩むか、歩まないか」
その手は、熱かった。
血の熱。命の熱。そして――確かに、感情の熱だった。
セレナは、その手を握る。
「選びます。
私を“見捨てなかった人”と、この国の未来を、共に掴む道を」
その夜。
第一皇子派は、鎮圧された。
レオニスは捕らえられ、皇家から正式に“勅命剥奪”と“皇籍剥奪”が通達された。
そして、皇宮の広間で。
ユリウスは彼女の手を取り、高らかに宣言する。
「我が妃に正式に“第二指揮権を付与”する」
“義務”も“打算”も、もうどこにもなかった。
ここにあるのは、この戦いの中で育まれた――信頼という名の絆だった。
傷だらけの手を重ねながら、ふたりは静かに微笑んだ。
かつて、窮地にに立たされた“悪役令嬢”。
だが今は――皇宮の中心で、お飾りではなく誇りを手にした“未来の皇妃”となった。