第95話 魔石と絹織物
ルイスさんが案内してくれたのは、大婆様の家を通り過ぎた一番奥に建てられた小さな小屋だった。
木製の扉を開けると、中は大人四人がやっと入れるくらいの広さで、中央に魔力を帯びた白い布の掛けられた丸テーブルだけがあり、その上にはさまざまな魔力を取り込んだ魔石が置かれていた。
魔石にため込まれている魔力が丸テーブルの下に向かってほんのわずかだけれど流れている。めちゃくちゃ気になる。
私はそわそわしてテーブルにかけられている手触りの良い布の端を指先で掴みながらルイスさんを呼んだ。
「ルイスさん、この布すごく手触りがいいのね」
「あ、その布は村の特産の絹ですね。この村は昔から魔力が込められた特製の生糸が取れるので、それを加工して絹織物を特産としているんです。税も農作物ではなく絹織物を納めておりました」
「魔力入りの生糸?」
「あ、そういえばある村の特産品である絹織物は貴族たちの間では肌触りがいいって評判だって聞いたことがあるわ。アルトト村の事だったのね」
この布、アリスたち貴族の間で有名な絹織物だったのか。その絹織物の元、生糸の秘密と魔石の繋がりが気になった私は布の下がさらに気になった。
「ねえ、この布の下って何があるのか知ってる?」
私の問いにルイスさんがきょとんと、灰色の瞳をしばたたかせて首を傾けた。村人で毎月魔力を捧げているのに布の下にある〝何か〟を知らないのか。
「これめくっていい?」
「え!? いや、それは大婆様がめくらないようにと言っていたのですが」
「テーブルの下に向かって魔力が流れているから気になるんだけど」
「そ、そうなんですか?」
迷っているルイスさんが視線を泳がせている。ルイスさんも気になっているようだけれど、大婆様からの言いつけを守る使命感と揺れているようだ。
「大婆様に聞きに行くという手もあるけど、そうしている間にも村人の魔力暴走は進行しているわよ」
「っ、み、見るだけなら」
「よし来た! じゃあ、めくるわよ」
手触りの良い布をゆっくりとめくった私は目を丸くする。
魔力を取り込んだ魔石が置かれた丸テーブルの下、透明なケースの中に体表に魔石が埋め込まれたイモムシのような幼虫が何匹もいた。
さらに、幼虫の近くにはいくつもの繭が形成されていて、繭からも魔力が感じ取れる。
視線を幼虫から伸びる細い糸へ向けると、微かに魔石から魔力が流れている。
「カレナ、何かあった? ヒッ」
無言になった私の背後から覗き込んだアリスが小さな悲鳴を上げる。アリスは虫が苦手だったか。
私はテリブの森に行くし、野宿の経験もあるから虫には慣れているけれど、あまり接する機会がないのかアリスは悲鳴と共に私の背後に隠れてしまった。
「イモムシ? いや、蚕みたいな」
透明なケースに手を伸ばそうとした私の背後から扉が開く音がした。
「そうさ」
床を杖が突く音と足音の合間に聞こえるしわがれた声に私は手を引っ込めて振り返ると、隣でルイスさんが大きく目を見開いている。
「お、大婆様」
私よりも背の低い腰の曲がった白髪の老婆が一本杖を床に付けたまま中腰で布を掴んでいる私を見ていた。この老婆が大婆様か。
「イモムシたちはこの村の秘密。ルイス、お前は外の者たちに村の秘密をばらしたね?」
「あ、いえ……申し訳ありません大婆様。みんなを助けられるならと!」
皺だらけの顔で自分へ頭を下げているルイスさんを凝視した大婆様は私へ視線を戻した。灰色の瞳が値踏みするように往復する。
「お前たちは何者だい? 村人を助けるだなんて大ウソを」
「私たちは魔石研究をしている者です! 魔力暴走を起こしている人がいるなら助けることができますけど、その前にこの魔石とイモムシの関係について教えてくれますか大婆様?」




